資源が足りない
ミュラは広がる畑を眺めてため息を吐いた。
足元には完熟したマンドラゴラが徘徊している。結界が張ってあるとはいえ、なんとも形容しがたい感情が胸に広がる。
――マンドラゴラを栽培する。
アーディのやりたかった畑仕事は、これだったの? そう突っ込まずにはいられない。
「おはようアーディ。今日も畑は元気ね……」
土を耕していた彼は、額の汗をぬぐい振り返る。その表情は生き生きとしていて、今の生活にとても満足しているようだった。
この畑を用意したかいがあったと思うけれど……目の前をとことこと歩いていくマンドラゴラを見ていると複雑な思いだ。
「おはよう。ミュラは相変わらず早起きだな」
童顔の頼りなさげな顔。身長もこの国の民よりも低め。筋肉はあっても基本的に体の線が細く見えるのは昔から。
少女の姿を保っているミュラは、彼を見て苦笑した。
「ねぇアーディ。このマンドラゴラの調査結果なんだけど……どうする? あとでまた来たほうがいいかしら?」
足元をよちよちと歩いているこの特殊な植物を放置して、話し込むわけにはいかないだろうと、ミュラは考える。
アーディは器用にマンドラゴラを避けながらまっすぐ、ミュラのほうへ歩いてくる。
「いや今でいいけど、それは面倒な話なのか?」
「そうでもないわ。でも――」
「じゃ、今」
この警戒心をどこかに置き忘れたような彼は、相変わらずで出会った頃から変わらない。そして意外と頑固なところがあるところも、変わらない。
ミュラはまたひとつため息を吐いた。
「……わかったわ。本当は情報を内密にしておきたいんだけどね」
「なぜ?」
「あぁ私が悪かったわ。そうね、利益になることを独占するのは良くないわね」
彼が言いたいのはつまり、そういうこと。
本当なら情報や利益を独占して、他国間との交渉に使えば有効だろうと思う。けれどアーディはそれを極度に嫌う。
栽培するといっても、元は野生しているものの苗を採取して栽培している。
これは自然にあるもので、人が独占して良いものではない。
「じゃあ、簡潔に言うわ。ここで栽培しているマンドラゴラの成分は、野生しているものと成分が異なるわ。このままでは弱い」
「使えるか?」
「調合次第では可能よ。でもこの手間を考えたら、探索で採取してきたほうがいいんじゃないの?」
誰でも栽培できるものじゃない。この結界は強めにして張っている。だからこそ収穫するときのマンドラゴラの悲鳴が街に届かない。
けれど、この状態をどこでも再現可能かと聞かれたら、出来ないと答えるしかない。それほどに、この栽培自体が無謀で計画性があるのかどうか……それさえも疑わしい。
「ミュラにはミュラの考えがあると思う。けど、野生で採取できるものは限度がある。採り尽くせば多方面で歪みが出るだろう。そうじゃなくてもこの国で採取してこられる者は限られていて、人員が足りない」
「志願者を募っても、人がいないんじゃ仕方ないわね。だからと言って、報酬を上げれば生態系を歪ませる程度に採り尽くす可能性もある……。難しいわ」
だからアーディは栽培をしてみたいと言い出したのかと、やっと理解できた。てっきりいつもの興味本位かとミュラは勘違いしていた。
今は資源も薬草も不足はしていない。
しかしアーディの言う通り採取できる人員確保は期待できないだろう。
この国は独立し、建国したばかり。
まだまだ安定するには遠くて、隙を見せれば他国の侵入がたやすくなる時期。
「ミュラ、いつも助かっているよ。だけど俺たちは争いを避け守らなきゃいけないものがあるんだ。この国の代表として俺はここにいる。本意ではないけど、責任がある。生きなきゃいけないんだ」
何度もアーディから聞いたことのある言葉『争いを避ける』『生き延びる』『死んだら意味がない』は、根拠は聞いたことないけど絶対譲ることはなかった。
勇者として、魔王を討伐する前もした後も。
彼は元勇者として生贄に出されたもの。あの時のパーティはこの国を支える中心になっている。
アーディと出逢ったのは、討伐出立の時だ。
討伐とは名ばかり。人の国で異端者とされたものを消すためにやっていたこと。アーディはよそ者として嫌悪された。
討伐を終えたあと彼は、かなり一人苦しんでいた。倒したくなかったと。
城に戻ったパーティを見た王は、動揺していた。そうだろう、処分したかった者が叶わないはずの魔王を倒してしまったのだから。おそらく王の中で私たちに対する畏怖の念は計り知れないものが沸き上がったことだろう。
とてもいい気味だったわ、とミュラは感じた。