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◆02話:轟音に向けて

 リヴィエール王国の北東に位置する王宮は、山に囲まれる形をとってはいるものの、広大な土地を有しており、城自体も広く展開していた。

 城に住まうものは王族、そしてそれを守るための騎士や魔導士、生活の水準を高くキープするためのメイドや家政婦など、多くの人々がその広い空間を共有していた。


 けれども城内の作りがあまりに作品染みている――即ち、設計者の趣向に傾きすぎた造りをしているために、日常生活においての行動パターンを一切無視した造りとなっていて、住む人々の不平は絶えないものとなっていた。


 例えば、階段。階段は本来、階の行き来をスムーズにするために、一定の場所に固められて設置されることが多い。それに緊急の場合には階の行き来が重要となるため、それは至極当然の事として設計されていた。


 しかし、この城ではその常識が通じない。単に階段は邪魔なのもとして扱われる傾向にあった。というのも、階段の設置場所が極端に狭い所や、スペースを埋めるために宛がわれているなど酷い扱いなのである。

 ある一人の兵士の不満を聞いてみると、


『初めてこの城に来た時、緊張してお腹を壊してしまったんです。僕は見習いということでここに来ていたので教官に許可を得て城内に行きました。けれど何なんですか? このお城。どれだけ女子トイレが好きなんだ? と言いたくなるほどにその数が多かった。それもその数五十個。そして男子トイレはまさかの三個のみ。それには王室専用のも含まれていたから僕にとっては一つだけでした。そして――中略――、泣きました。三階にトイレがあると聞いて行ってみたんですけど、階段が二階以降見つからなかったんです。だから恥を忍んで女子トイレへ行ったんですけど――以下略』


 と、赤裸々に話をした。


 他にも例はたくさんあって、食堂が何故か外に設置されていることや、窓が一つもない階がある事。そして何より、道の分岐が多すぎるなど、挙げれば限がないほどに問題を抱えた城がそこにあったのである。


 それは王宮に住まうティナも感じるところであり、現に体感しているところでもあった。


「ここは二階だから……、右に階段があるんだっけ」

「違う違う、左にあるの。そしてまた右に曲がって……ああ、そっちそっち」


 物覚えの良いフィフィの言葉を信じて幾度となく廊下を折れていく。そしてやっとの事で一階へと通ずる階段を見つけた時、再び轟音が城内に鳴り響いた。


「何なの? この音……」

「ああっもう。急がないと城が壊れちゃうよ」


 ティナは焦ったように階段を駆け下りて、外を目指す。フィフィはそれに振り落とされまいと必死にマントにしがみ付き、轟音へと耳を傾けていた。


「やっと一階だ。……今度陛下に話して城内での魔術許可を得よう。そしたら窓から外へ行けるよ」

「荒手だね。……ああっ、もう人がたくさん集まってるっ!」


 一階の造りだけは至ってシンプルであり、左右に開いた階段を駆け下りれば真正面に外へと繋がる大きな扉が見える。しかし今はその扉が人だかりによって開けられており、人を避ければ外を窺える状態となっていた。


「ちょっと退いて」


 やや背の低いティナは、大人を差し置いて外を窺えるはずもなく、役職を口にして人を押しやり、外へと急ぐ。 

 外に出てみると生温い風がティナの頬を掠め、過ぎていく。そして城から庭園へと続く階段を下りていくと、その先に轟音の発信源たる『それ』がいた。


 目下ではその轟音に気付いた衛兵達が『それ』を遠巻きに囲い、指示を仰いでいる。しかし突然の出来事ともあってか皆、慌てふためいており、冷静さを欠いている者達で殆どだった。


 ティナはそれを見定めると、一度溜息をつき階段半ばで足を止める。そして視線を『それ』へと向け、観察をするかのように目を細めた。


「さっき感じた通りのやつだ。……でも、ちょっと雰囲気が違うみたい」


 平然とした態度で『それ』を見据え、そう呟く。それを聞いたフィフィは驚いたようにマントから顔を出し、勢いよく尋ねた。


「もしかしてティナ、あれが来るって分かってたの?」

「あーうん。君と言い争いをしている間にちょっとした魔力の移動を感じたんだ。それも大きな。けれどその魔力……なんか違和感があって、付け加えられた感じがするんだよ。現に今もそれを感じてる」

「言い争いじゃなくて説教よ? もう。……で、付け加えられたって事は、人為的なものってことなの?」

「そこまでは分からないけど……」


 やや納得がいかなそうな表情でそう言うティナは、口を尖らせ頭を掻いた。肩に乗るフィフィは不思議そうにそのティナの横顔を眺め、首を傾げている。


 至って普通の会話を取り持つ二人ではあるものの、階段下の状況はあくまで緊張の走る緊急事態。『それ』を取り押さえようと兵士たちが悪戦苦闘、縄を投げたり術を使ったりと必死な様子で戦闘、捕縛を繰り広げていた。

 

「隊長! ティナ隊長!!」


 突如として背後より、ティナの名を呼ぶ女性の声が響き渡った。しかしティナは反応する事無く、依然として『それ』を見据え立っている。

 

 その女性はティナの態度を少々不満に思ったのか、遠くからでも窺える美貌をやや歪ませ、小走りにティナの元へと駆け寄ってきた。その際、腰まで伸びた癖の無い金髪がティナの頬を掠め、流れていく。


「隊長……探しましたよ。隊長の部屋まで行ったのですが、入れ違いになったようですね」


 息を切らしつつも階段を駆け下りてきたのは魔導士部隊率いるティナの部下、ミーナである。本名はミーナ・ミュルツ・シルフィリア。生粋貴族の血を引く十七歳の美人女性だ。


 もともと魔導士部隊隊長には貴族が実力と共に就任するのが普通なのだがティナは貴族どころが平民。更には孤児であった。

 からして率いる部下達にはあまり言う事を聞いてもらえず、ティナ自身も積極的に部下達へと介入していかなかったため、隊長に就任した当初、部隊がばらばらになってしまったのである。

 そこへ仲を取り持つようにして割り込み、なお且つ部隊を良い方向へと導いてくれたのがこの女性――ミーナなのであった。


「ごめん。声をかけるのを忘れてた」

「いいえ、別に良いのです」


 ミーナは息を整えつつそう言って「あれはなんです?」と、前方を指さしてティナに尋ねる。ティナは一度考えるようにして目を瞑ったが、考えが纏まったようで、一人コクンと頷いた。


「色が変色しているのと、所々変な突起物が付いているけれど……あれはドラゴンだよ。それも……」

「それも?」

「種類はリトルドラゴンだ。口から火が零れ出ているあたりが特徴だしね」


 と、ティナはドラゴンの口元を指して説明を加える。ティナの指さす辺りをミーナはまじまじと見つめ、


「なるほど。そう言われてみれば……そう見えます」


 美貌に皺をよせながらミーナはティナの推察を肯定した。ティナはそれより気になる事があるようで、ミーナに説明をし終えるなり目を瞑って唸り始めた。


「どうしましたか? 隊長」


 ティナよりも幾分背の高いミーナが腰を折り、顔を覗き込むようにしてそう尋ねた。しかしティナは「別に何でもないよ」と、ミーナの詮索を打ち切って目を開け、ドラゴンをもう一度ゆっくり視界に取り込み、前方を見据えた。


 城の敷地内に入り込んだドラゴンの数は一匹。大きさは約五メートルくらいで、色は煤けた黄土色をしている。堅い鱗に覆われ、長く伸びた首の付け根には左右に開けた翼が生えており、城の至る所にそれがぶつかって破壊を繰り返していた。鋭い爪を持つ二本の足もそれは同じことであり、丁寧に整えられた庭園を引っ掻きまわし、見るに堪えないものに豹変させていた。


「如何しましょうか、隊長。方陣を敷いて、睡眠の術式をかけさせれば、おそらく。……いや、少々無理がありましょうか。あの様子では」

「……そうかもね。ちょっと暴走気味だ」 


 改めてドラゴンを見返せば、何かの束縛から逃れるようにして暴れ狂っている。体を使って破壊を繰り返すと言う事は、自身の体にも影響が及ぶということだ。それが如何に堅く頑丈な鱗で覆われていようとも正気沙汰だとは思えない。現にドラゴンの体に傷がいくつも見受けられるので哀れにも、可哀想にも思えてくる。


 そこまでざっと思いを巡らせたところでティナは「はぁ」と深い溜息をつき、


「僕が止めに行くかな。あのドラゴン」


 苦渋に悩むような面持ちでボソリとそう呟く。辛うじてその声を聞き取ったミーナは目を見開き「本当ですかっ!?」と言って驚きの表情をつくった。それを不満に取ったティナは、冷やかな視線をミーナに向けて送る。 


「すみません。意外だったもので」


 ティナの視線に気付いたミーナはさっとマントを払って頭を下げる。それを横目で見ていたティナは何故かその時、顔を朱に染め、視線を払った。


「……?」


 それを上目使いで見ていたミーナは少々首を捻る動作をした後、頭を上げてティナの顔を見据える。その時にはもうティナは真面目な顔に戻っていて、ドラゴンをじっと見つめていた。


(この人は……)


 真面目な顔をするティナを見てミーナは少しばかり思案にふける。けれどもそれはさらに大きくなった轟音によって遮られ、ふと我に返った。ドラゴンが城に向け進行してきたのである。


「僕は行くよ。ミーナはここに残って城内の人たちの誘導をお願い。……多分影響は無いと思うけど、一応ね」

「っ!? 私はティナ隊長と共にドラゴンと戦うつもりでいたのですが……、だめですか?」


 すたすたと階段を押していくティナに向けてミーナは焦ったように声を掛ける。けれどもティナは止まることはなく、首を振って一言。


「可愛い下着だね」


 場違いな言葉を残して悠然と階段を下りていった。残ったミーナはというと、白い肌を真っ赤にして「みっ……、見たんですかっ!?」と、叫び、


「いつもは服を着ていますっ! 今回はっ……時間を優先し、それに下着ではなく夜着ですっ。それに下着はっ……」


 と、喚くようにして言い張る。しかし、それ以降の言葉は轟音に打ち消されティナの耳に届く事は無かった。ただギャギャ―という金切り声がティナの耳元に雑音として届いてくる。


(ミーナがあんなのをねぇ。意外だったよ)


 苦笑しつつもティナはゆっくり足を進めていった。


 




「ミーナはなんで連れて行かなかったの? 本人が行きたいなら連れて行けばいいのに」


 ミーナを置いて長い階段の下付近まで行くと、今まで静かにマントの中で身を潜めていたフィフィがひょっこりと顔を覗かせて不思議そうにそう尋ねた。

 残り僅かな階段を残して徐に足を止め、悠然とドラゴンと対峙したティナは、それでもきちんと返事し、


「女性の肌に傷がつくのはいけないでしょ?」


 やや微笑を浮かべながらそう零した。それを聞いてマントからずり落ちそうになったフィフィは、呆れたように溜息をつく。


「柄じゃないのっ。……本当の理由は何よ。まさか恋してるとか? ミーナ相手に」

「はい? 違うさそんなの。ミーナは可愛いし美人だとは思うけど、恋愛対象じゃない。……っていうより恋なんていう無駄な感情は僕にないよ」


 こちらも呆れたように肩元へと視線をやり、言葉を投げかける。ドラゴンが目前に迫っているというのに。


「まぁいっか。後で聞けばいいしね。私はここまで、だからあとはよろしくー」


 簡単に折れてくれたフィフィに感謝しつつ、ティナは「また後で」と、飛んで行くフィフィに向けて声をかけた。


(後があったら……いいけど、ね)


 一人残ったティナは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。冷静に冷静に、と。


(今頃本当はご飯食べてたのになぁ……。ホント間が悪いんだから) 


 気を紛らわせるようにしてそう思い、瞬間、ティナは地面を蹴り高く飛躍していった。


 何も、武器さえ持たずにただ――ドラゴンへと挑んでいく。





 

  


















 

 


 



 


 





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