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◆01話:悩める少年

「諦めよう、二つとも」


 リヴィエール王国のとある王宮の一室にて、黒髪の少年――ティナが倒れざまに気の抜けた声を洩らす。と、同時に背後に据えたベッドがギシっと古めかしい音を立てた。


「そもそも人間っていうのは、二つの事を同時には考えられないんだよ。しかも精神的に追い詰めるかのように期限付きだし……。僕はもうお手上げ状態だよ」


 ぶつくさ詭弁を呟きながらもティナは体を捩じらせて布団へと潜り込んで行く。その際もベッドが軋む事は絶えなく続いており、年季の入ったベッドの質感を部屋中に知らしめていた。


「もうっ、ぐだぐだしすぎよティナ。そんなのはただの言い訳でしょっ? いいから早く出てきなさいよ」


 赤子のように布団に包まり始めたティナに、ピシャっと喝を入れるのはフィフィである。フィフィは人間ではなく、水の神として生を灯す『精霊』。女性を小さくした人形のようであった。しかし表情はよく変わるもので、今は眉を寄せてティナの扱いに困った様に顔を崩している。

 

「そんな調子だと陛下にも、先生にも怒られちゃうよ。それでもいいの?」

「うるさいなぁ。もう少し静かにして欲しいな」

「ティナ?」

「わかってるよ」


 少ない言葉数で言い負かされたティナは、うんざりしたような面持ちで布団から顔を出す。

 フィフィは「それでいいの」と、満足げにコクコク頷きながらふわっと体を宙に投げる。そして腰付近まで癖無く伸びた金髪を布団に垂らし、ティナの上へとゆっくり腰を下ろした。


「学校と仕事の両立は難しいと思うけど、それはティナが自分で決めたことでしょ? だったら責任を持って取り組むのが筋だと思けど。どう思う? ティナ」

「フィフィ様の言う通りですよ」


 嫌味交じりにそう呟いたティナは、殻を破るようにして布団を払い、ふらふらと手を振ってベッドに座り込んだ。


「うむ、偉い」


 それを見届けたフィフィは満足したように笑みを零して、


「大変だと思うけど、まずは武闘会のレポートを仕上げちゃおうよ。多分すぐ終わるんじゃないかな」


 それに私も手伝うから、と嬉しそうに言葉を加えてティナの膝元へと場所を移した。けれどもティナの表情は曇ったままであり、


「終わらないよ……絶対。これ見てよ」


 と、ティナはベッドに座り込んだまま隣に置かれた机へと手を伸ばす。そして何やら引出しから紙を抜き出して、膝元に座り込んでいたフィフィへとそれを渡した。


「あちゃー。なるほど」

 

 その紙にはずらっと活字が形式的に並んでおり、文章の形式や、字数の制限。そして、レポート用紙の指定までもがきっちり記されており、それを見たフィフィも驚いた様子で固まっていた。


「これはティナが嫌がるわけだね。私でもちょっとやる気が起きないかも」

「でしょ? 多分こういった気分になっているのは僕だけじゃないと思うんだ」

「先生も酷だね」

「陛下並みだよ、ホント」


 そうやってぶつくさ呟くようにして会話をしていた二人は仲良く溜息をつく。そしてティナはもう一度温もり残る布団の中へと身を委ね、遅れてそれに気付いたフィフィは溜息交じりにそれを見つめ、布団を剥ぎに取り掛かった。


「ぎゃー」

「疲れさせないでよっ! もうっ」


 お母さんと赤子のやり取り紛いはさらに続くのである。




 そもそもティナの抱えている問題は何なのかというと、レポートの提出。そして仕事に関してのことだった。 


『レポートの提出』――それはティナの通う学校、即ち、スリヴェール魔術高等学校からの課題であり、十日後に行われる武闘会についての事前学習であった。

 

 本来勉学に勤しむ場であるはずの学校で何故、武闘会などという危な気な催しを学校主催で執り行われているかというと、ある程度将来的に有望な生徒を見出す目論見があってのことだった。


 というのもスリヴェールに在籍する殆どの生徒は三年の授業を終えて卒業して後、魔術を扱う仕事へと就職することが多い。なので早めに有能な生徒を見つけ、息を掛けておこうと魔術関連企業の業者の人たちや、国事に関わる者、そして、王族までもが生徒達の才能、及び努力量を図りに視察として訪れて来るのである。

 

 からして就職率や有能度、そして世間体を気にするスリヴェールとしては是が非でも成功させたい催しなのであった。


 事前学習としてのレポートは、生徒達の武闘会に対するモチベーションを上げるための言わば起爆剤。即ち、大人たちの思惑が入り交じった薄黒い課題であり、生徒達からも不満のでる不評なものなのであった。

 

 けれども武闘会自体が自身の将来を左右し、繋げることは当然の如く生徒達にも認識はされているため、盛り上がりに欠ける事はなく、逆に生徒達が全身全霊を注いで挑んでくるために、長い間消えることなく伝統行事として執り行われてきたのである。


「武闘会なんて別に参加したくないのにさ、新入生は全員参加だって。どう思う?」

「まぁ……聞いた所によると大人たちへの見世物みたいなものだから、ティナには関係ないのかもね」


 でもちゃんと提出するんだよ? と、フィフィは母親のようなセリフをティナの耳元できちんと言い聞かせる。しかし、ティナは依然やる気がでないようで、「うー」と、布団の中で蠢いていた。


 もう一つの悩みの種である『仕事』に関しては、ある意味ティナが『武闘会』を嫌がる理由と直結している。

 

というのも、言っての通りティナは現在仕事をしている。国直属の魔導士部隊に、だ。二年前くらいだろうか、ある事を切っ掛けに国からスカウトされたのである。それも直接のこと。

 

 それまで孤児として生きてきたティナにとって、それは雅に天からの降ってきた恵みのようであった。住居も宛がわれ、食事も自由。そしてお金も支給されるのだから文句の付けようも無い。それに魔術の事に関しては、並々ならぬ自信を抱いていたので身の保証もできた。なので、これ以上ない位気持ち良くその依頼をティナは受け入れることができ、入隊する事が出来たのである。

 

 そのため、幸か不幸か仕事を既に抱えているティナとしては将来的希望を求めるために身を削り、必死の思いで武闘会に参加する気はさらさら起こらない。更にはモチベーションを上げるためのレポートなんてものには全くと言っていいほど身が入らないのであった。

 

 だからティナは困っている。体が、心が、動いてくれないことに。


「何か最近気が入らなくて困るよ。何においても……。明日は学校休みだし旅にでも出ようかな」


 冗談であることは内容からして分かるのだが、布団から覗かせるティナの表情がやけに真剣味を帯びているために意図が読めない。ティナの目前に腰を下ろしていたフィフィも疲れたように「はぁ」と、溜息をついていた。


「学校も、仕事も……きちんとしなきゃダメだよ。いつ何処で何が起こるか分からないんだから、何かしておける内にしておかなきゃ損するよ?」

「うーん。まぁ……言っている事は間違っていないと思うけど」


 寝転がるティナは顎を枕に乗せて視線を目の前に座り込むフィフィへと向け「なんかねぇ」と、軽い言葉を洩らす。


「ティナには危機感ってものが足りないんだよ、きっと。だからだらけるし、やる気もなくなっちゃうの」

「さんざんな言われようだなぁ、僕。そんなに信用が無いなら違う所に行けば? 真面目にきびきびと働いてて、カッコいい人。そう、それがいいんじゃないかな、フィフィには」


 言いながらティナは徐に体から布団を引き剥がしてベッドから降りる。そして引き付けられるかのように机へと赴き、引出しから紙を取り出して椅子に座った。


「本気で言っているの? ティナ。私行っちゃうよ? そのカッコいい人の所に」

「行けば? 勝手に」

 

 ふくれっ面を保ちながらも僅かながらに微笑を含み、フィフィはそのままベッドに取り付けられた天蓋へと上ってティナを見下ろした。しかし、ティナは興味なさげに言葉を返し、ペンにインクを滲ませて紙に何かを書き始めている。


「もう……、素直じゃないんだから。手伝うことはある?」

 

 しばし流れた沈黙を裂くようにしてフィフィが尋ねる。それに応えるようにしてティナは座ったままふらふらと手を振った。


「む……、私に意地悪しようとしてるんだね? 冷たくされても私はティナのそばにいるよ? たとえ嫌がられても」

「……」

「でも嫌われるのはちょっと寂しいかな」

「……」


 黙々と紙に何やら書き込んでいるティナにフィフィは声を掛けるも、返ってくるのは机を叩くペンの音のみ。それ以外は何も返ってこなかった。


 それを不条理ながらも不満に思ったフィフィは着こむワンピースを握りしめて、天蓋よりティナの手元を見下ろす。すると、

 

「武闘会のレポートじゃないじゃないっ!」


 紙に書かれているものを上から除き見たフィフィは、確かめるようにしてぴょんと飛び下り、ティナの頭へと着地した。

 目に入ったものは予想していたレポートとは違い、何やら幾何学的な方陣が書かれていたのである。


(魔方陣かしらね。中央に向けて有効線分が向けられているもの。模様からして空間遮断魔方陣だと思う……って)


「まさか私が逃げないように捕まえるつもりなのっ? そして捉えた後にはあんなことやこんなことをっ!? そりゃ私は可愛いけどそれは歪んだ愛ってものだよっ!」


 記されたものを瞬時理解したフィフィは、目前に生える黒髪を思いっきり引っ張りながら、問いかける。痛さの余り椅子から落ちそうになったティナからして、拷問というのが妥当であろうか。


「違う違うっ!! 僕はフィフィなんかに発情はしな、痛い痛いっ! 分かったよ。じゃあ、します。ムラムラします。……ああっ!、今何本か抜けたよ? ブチッて音がした」

「じゃあ何なのかなっ」


 依然引くことを止めないフィフィをティナは無理やり両手で掴み、頭から降ろす事によって一時治める。その際、結構な量の髪が机に落ちてきたのでティナは将来が不安になった。


「違うんだよ……これは」


言いつつも、ティナは「もうちょっと大きめに」と、それを破いて屑籠へと棄てる。やや不満の残る様子で机に腰を下ろしたフィフィは不思議そうにそれを見やっていたが、ティナの様子からしてそれ以上の返答は見込めないと踏んだのか、次第に飽きてきたらしく散らばっている髪の毛で首飾りを作り始めた。


(僕の髪が……)


 片目でそれを見つつも新しく出した紙に同じような模様を、今度はやや大きめに記していく。


「出来たっ!」

「出来たわっ!」


 ほぼ同時に歓喜の声が部屋の中に響き渡る。意外と息の合った二人(?)なのかもしれない。


 フィフィは出来上がった首飾りを嫌がるティナに掛けさせ、笑い転げる。それを溜息交じりに見つめていたティナは、椅子から立ち上がりタンスへと向かった。


「可愛いっ! もうお腹が……ってどうしたのティナ。もうすぐ夕食の時間だけど、まだじゃない?」


 ティナはタンスの前まで行くと普段着を脱ぎ棄てて、何やら身軽そうなTシャツを身に纏い、ズボンを履き替え始めた。それを眺めていたフィフィはまたしても疑問をぶつけ、問う。


「何処か出かけるの? 私も付いて行っていいかな」


 机から椅子へと飛び移ったフィフィは「いいでしょ?」と、身を乗り出して返事を待つ。

 しかしティナの返事はフィフィの問いかけに対し、全くと言っていほど的を得てはおらず、


「僕は真面目なんだよ?……意外とね」

「……?」

「可愛いなんてまっぴらごめんさ」 

 

 壁に掛けられた『仕事用』の黒いマントを肩から羽織り、靴紐を結びなおしながらティナは、含みあり気な様子でそう返す。そのマントが『仕事用』というのを知っているフィフィは、更に抱える疑問が増したようで「むむむ?」と、首を捻っていた。


「そろそろだと思うよ? 僕の勘では……」


 言うなり、身支度の終えたティナは机の上の紙を折りたたんでポケットの中へと押し込む。その一連の流れでドアへとすぐさま向かい、ドアノブを掴んだ。


「ちょ……ちょっと待ってよー。置いてかないで!」


 閉まりかけたドアの間を間一髪でフィフィはすり抜けてティナのマントへと潜り込む。


 と、その時だった――。


 城内が揺れ、轟音が鳴り響いたのは。


「少し早かったかな」


 ティナはニッと含みのある笑みを浮かべながらそう零す。そしてゆったりとした歩調で暗い廊下へと姿を消していった。 


































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