一ノ怪 ガシャドクロと異世界転生
■これから沢山の妖怪が出てきますが、怖い話ではありません。ごゆっくりどうぞ
日本風の庭園、鹿威しの音、ホトトギスの鳴き声……その全てが心地よい。そんな和の庭園が隣に見える六畳程の茶室に俺は座っていた。
「あのー、ここはどこですか?」
「冥界だよ。君たちの言うところの「彼岸」だな」
ちゃぶ台を挟んで座る初老の男性が頭を掻きながら言った。短めの髭と雑に切られた髪が所々白く光っている。どことなく昭和の名探偵を連想させる人だ。
彼岸なんて言葉、滅多に使わないよな……
「えーっと……つまり俺は死んだということですか?」
「残念だがその通りだよ。君は殺されてしまった。あのバカ共にな」
「あー……曖昧ですが覚えてます。なんかとても変わった人達でしたが、あなたのお知り合いで?」
俺は出された紅茶をゆっくり飲む。……ズズ。うん、熱いけど美味しいな。だけどTHE・和みたいな空間で紅茶が出てくるとは思わなかった。湯吞みも茶碗だし
「あいつらは儂の部下だ。「猫又」と「雪女」と言った方が分かりやすいかな?」
「ブッ!!……ゲホッ!ゲホッ!……人間じゃなかったんですか!?」
思わぬ返しに紅茶を吹き出す。熱いかったのもあって盛大吹いてしまった。……ごめんなさい
てか、猫又に雪女なんて本くらいでしか見たことないぞ。ホントにいるんだな……
「名前で分かると思うが奴らは妖怪だ。休暇を使って此岸に遊びにいったそうでな。その先でばったり人間と会い、驚いて殺してしまったそうだ。人間慣れしてないとはいえ、驚いたくらいで殺すなど普通ありえん。そんな世間知らずな奴らを送り出してしまった儂の管理不足だ。許してほしい」
「あ、頭を上げてください!俺は全然気にしてませんから。元を言えば、俺が人通りの少ない道を選んでしまったのが原因なんです。妖怪がいる可能性も考えるべきでした」
人間界に妖怪がいるとは思っていなかったので、完全な不可抗力。そもそも妖怪の存在を知ったのも死んでからだ。100パーセント俺は悪くないが、目の前で頭を下げられると、責める気にはなれない。責めたって仕方ないし
「君は優しいな……えーっと――」
「あ、鈴谷 火月夜です」
「ああ、そうだったそうだった」
俺は再度紅茶を口に含む。少し冷めてきたのでだいぶ飲みやすい。俺は案外猫舌なのだろう。昔から冷めたものの方が好きだったからな
「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「儂か?儂はこの冥界の管理をしている『冥界神』だ。死んだ魂を天界に送るか、奈落に送るかを決定するのが仕事でな。……とは言っても儂はほとんど見ているだけなんだ。送り先の決定は部下の妖怪達に任せてある」
へぇー、天国地獄の行き先って妖怪が決めてたんだ。なんか意外だな。もっと、こう……すごい神様が審判を下しているような印象があった。最後の審判的な感じで
「となると、俺もどっちかに送られるってことですよね?地獄はちょっと嫌だなぁ……」
「いやいや、すぐに生き返らせるよ。今まで君がいた世界とはちょっと違うがな」
「え!?生き返れるんですか?」
つまり転生か?これも輪廻転生の一つなんだろうか。死んだ魂が新たな命を宿してこの世で生まれるっていうアレ。……いや、待てよ。生き返るってことは輪廻転生を逆走することになるのか?
「ただ、一つ問題があってなぁ……人間を生き返らせるのは禁じられている行為なんだ。輪廻の輪から外れてしまうからなぁ。そこで、だ。君には儂の眷属、妖怪として生き返ってもらいたい」
「いいですよ」
「嫌だと思う気持ちは十分分かる。儂の勝手な都合で……って、いいのか?儂は今とんでもないことを言ったのだが」
「構いません。俺はまだ17です。もうちょっと世界を見てみたかったので、この際妖怪だろうとなんだろうと気にしてませんから」
冥界神様はそんな俺にあからさまに驚いた目を向ける。うわー、わかりやすいな。そんな驚くことかね。結構本気で言ったつもりだけど。
「本当に済まないなぁ……ああ、そうそう。君を殺した儂の部下2匹な、明日死刑になるんだ。君も見ていくか?」
「グハァ!!ええ!?死刑ですか!?……ちょ、可哀想ですよ!人間慣れしてなくて殺しちゃっただけなのに」
「では君は悔しくないのか?17という若さで殺されてしまったのだぞ?これからって時に死んだんだ。人の未来を奪ったあいつらには、相応の裁きが必要だと思わんかね?」
ああ、これはマジの眼だわ。でもここで引き下がる訳にはいかない。己の快感のために殺したならまだしも、驚いて殺してしまったんだ。間違えは誰にだってある。それは人間に限った話ではないだろう。
「俺は気にしてませんから、ホントに。どうにかして2人を助けることはできませんか、冥界神様」
「うーん……出来なくはないよ。ここは儂が管理する世界だからな。だがそれで君はいいのか?」
「失敗を責める気にはなれません。……よろしくお願いします。あの2人を助けてあげてください」
頭を下げる。ここまでする道理はないけど、あの2人が俺のせいで死んだんでは寝覚めが悪すぎる。これから新たな生を授かるってところなのだ。精神的なしこりはなくしておきたい。
化けて出てこられても困るしな。……妖怪の幽霊っているのかなぁ
「君は面白いな。自分を殺した相手のために頭を下げるかね、普通……まあ、被害者の君がそこまで言うんだ。処刑は取りやめよう。ただし、あの2人には君の世話をしてもらうことにする」
「え?俺の世話?……それは転生先でのってことですか?」
「そうそう。【妖力】の使い方はあいつらから学ぶといい。そして君と行動を共にし、君に一生涯仕えさせる。それがあいつらへの罰だ」
なんか罰ゲームみたいに聞こえるけど、まあいいか。仲間がいてくれるのは俺も心強いし、安心する。……自分を殺した相手に安心を感じるのはちょっと違うかな。悪い人たちではないと信じたいところだ。
あと心残りがあるとすれば……
「あのー、すいません。【妖力】って何ですか?」
「おおー、すまんすまん。てっきり説明した気でいたよ。【妖力】ってのは妖怪が権能を使うために必要になるものだ。……そうだなぁ。簡単に言えば、RPGゲームとかにあるMPみたいなものだな」
なるほど。つまりは、妖怪が地上に居るために必要になるものではないということか。……よかった。【妖力】無くなったら消滅するのかと思ってたからな。防衛手段として使うものなら、そんなに慌てて習得する必要もなさそうだ。
「あ、最後に一つだけいいですか?」
「ん?なんだい?」
「俺はなんて言う妖怪に転生するんですか?まさか「人間」なんて妖怪、いませんよね?」
「あー……それなんだが……」
ん?どうしたんだろう。俺はそんな歯切れの悪くなる質問したか?これから俺の立場……というか、名前が気になるのは至極当然だと思うのだが。
「……火月夜君。君は『ガシャドクロ』という妖怪を知っているかね?」
「ええ、知ってますよ。大きい髑髏の妖怪ですよね。俺、あれ嫌いなんですよ。なんかこう、おどろおどろしいというか……あ、ガシャドクロさんがいたら申し訳ないですが」
「ははは、結構結構……えーっと、な……すごく言いづらいんだが……」
冥界神様は頭を掻きむしりながら苦笑いをする。その仕草、すごくあの名探偵に似てるなぁ。
――――……。
続く沈黙に多少の居心地の悪さを感じた俺は紅茶を口に運んだ。もうすっかり冷めている。だが、ほんのりと甘い香りが残っていた。今更だけど、これはダージリンかな……
そして数秒の瞑想の後、冥界神様はある事実を述べた。そのタイミングは俺が紅茶の茶碗を置くのとほぼ同時であった。
「……君には『ガシャドクロ』として……蘇ってもらいたい」
冥界神様はそう言いながら、静かに頭を下げた。「あ、頭を上げてください!」という言葉を俺はどうしても発することが出来なかった。
■1/5 サブタイトルに若干の変更を加えました。