第98話 ナイフ
ーーー同じ頃、アオイの運転する車。
アオイは小さい丘の上に車を止め、そしてゆっくりと車から降りる。
スラも車から降りて、後部座席の俺側のドアを開ける。
「どうぞ、お降り下さい」
「ありがとう、なんかこういうのは初めてだな………」
俺はそう言いながとヴァイスと一緒に車から降りる。
「ん?マルクスは降りないのか?」
「ああ、俺は大丈夫だよ。それよりもご主人様は車外に出るなんて危険じゃないのか?」
「うーん、まあ自分の目でこの国の現実を見たいしな。まあ、撃たれたら撃たれたでカールが居るし大丈夫だろ?」
そう俺が言うとカズト様は難しそうな顔をして頭を傾げる。
するとヴァイスは俺に強く抱きつき、俺の顔を見ながら真剣な表情でこちらに話す。
「もしカズト様が襲われそうになったら私が絶対助けるのです」
「ありがとう!それは頼もしいね!」
やっぱりヴァイスは可愛いな!もう!!
「分かったから早く行けよ!お前らのイチャイチャを見せつけるな!!」
「お、おう?ありがとう、じゃあ行ってくるよ」
マルクスはため息を吐き、車内で待機した。
俺は急いでアオイとスラが向かった方向へと向かい、目を向けると、雷の様な爆発音が家屋の壁によって反響し、普段より数倍の爆発音となって街のあちこちで響いていた。
空には夜の暗闇でも分かる程の黒煙がモクモクと上がっている。
そして空気は血と焼けた身体の匂い、そして硝煙の強い匂いが辺り一面に広がっている。
「カズト様、これは私達の勝ちですね。敵の部隊が膠着状態に陥ってますから降伏は時間の問題です」
そう言ってアオイは俺に双眼鏡を渡す。
双眼鏡でアオイが見ていた戦場を見ると、機関銃と大量の兵士による一方的な虐殺が見える。
すると逐鹿連隊の後方からゆっくりと俺達の軍のダークエルフ部隊が近づくと、すぐにその惨状を目にし、ダークエルフ部隊は逐鹿連隊によるエルフの一方的な虐殺を止めに入る。
俺は逐鹿連隊に恐怖を感じた。
何故なら彼らは笑顔で敵兵を殺していたからだ。
だが、これは戦争………虐殺ではない。
彼らもその覚悟を持って戦っているんだし、戦いも終結したんだ。
俺はこの戦いが終わった事にホッとした。
だが、それと同時に目の前で起きていた虐殺を止められなかったこと。
「こんなのは虐殺だ、もう十分戦ったんじゃないか?」
「カズト様、人聞きの悪いことは言わないで下さい。これは単なる激しい『戦い』です。彼らもこの『戦い』に参加している時点で我々を殺しに来ているんです」
そうアオイは言っているが、その『戦い』を見ていた彼女の表情は不気味な笑みを浮かべている。
まるで心底戦争を楽しんでいるかの様な表情だ。
俺は初めて見るアオイの顔に背筋が凍り、鳥肌が立った。
俺は同時にあの『戦争』を止める力や能力を保持していない事に、俺の無力さがひしひしと感じられた。
「カズト様、早く車に戻りましょう」
「あ、うん………」
アオイはそう言って車に戻っていく。
ーーー俺達が前線近くに到着してから十分後。
司令官と一部の兵士は近くの建築物に隠れていた所を捕らえ、グラデツ防衛戦はバーベンベルク王国からの一方的な停戦が破られてからたった一夜でエステルライヒ軍が勝利した。
これはエステルライヒ帝国建国後初の勝利である。
死傷者は停戦前の戦いを合わせるとバーベンベルク軍200人、エステルライヒ軍500人、そして逐鹿連隊は3人の負傷で済んだ。
そしてバーベンベルク軍の捕虜は2000人となった。
逐鹿連隊は突撃しているのに、死者が居ないことに奴等は化け物にも程がある。
エステルライヒ軍は工業都市であるグラテツ防衛は戦略的に成功したが、多数の死者を出したことは戦術的に失敗であった。
ユーラ大陸では歴史上初めての機関銃による戦争であったが、一都市の戦いであり規模が小さく、また戦いでの多くの戦死者は扶桑の逐鹿連隊によるものであり、戦いにはやはり騎兵による一斉突撃が重要という考えが広まってしまった。
俺達は再び車に乗り込み、アオイの運転する魔力車で機関銃を設置した激戦地であるカール橋へと向かう。
最前線はバーベンベルクの後方部隊による砲撃で中心街の一部は瓦礫の山と化している。
ヴァイスと歩き回った時に見た街並みは一部ではあるが破壊されている。
暗い夜中でも分かる程のエルフの死体が沢山転がっており、機関銃の餌食になったのか逐鹿連隊の餌食になったのかは分からない程、死体がそこにはあった。
早くもハエが死体の回りをブンブンと飛び回り、久しぶりに吐き気を催す様な光景と車窓が無いため鼻の奥を刺すような強い臭いがした。
ホントに気持ち悪い………。
「ウップ………久しぶりに沢山の死体を見たけど、涼しくなって冬になりつつあるのに腐敗臭がするぞ………」
アオイは運転をしながら話しかけてくる。
「暑さとか関係無く、凍土でない限り死体は一日で腐敗し始めますよ。だがらすぐに死体を処理しないといけません」
「遺体を処理って………これを全部どこかに埋めるのか!?」
「勿論ですよ、カズト様が吐き気を催す様に味方も見ているだけで気分が悪い人もいるだろうし、味方の士気にも関わりますよ」
なるほど、確かにこんな臭いで遺体を放置するのは、無理があるな。
これはヤバイ、マジで気持ち悪い、目眩がする。
でもこんな大量の遺体をどう処理するんだ?
すると対岸からゾロゾロとダークエルフが荷車を引っ張ってやってくる。
「ヨシ、今から死体を載せていく!お前ら気合い入れてやれよ!!」
「「「ウェーイ!おけまる!!」」」
まるでパリピの様な返事の仕方でダークエルフ達は荷車に遺体を載せ、運んでいく。
あれをどこかの墓地に埋めるのか。
戦いが終わっても遺体処理の仕事はあるんだな、大変だ。
すると前からパールが走ってやって来た。
「カズト様!よくご無事で!!」
「おうパール!」
「カズト様のおかげで戦局をひっくり返す事が出来ました!」
マルクスは俺の両手を取り、強く握りしめる。
「いや、俺はそんな大きな事なんて何もしてませんよ」
「いやいや、今まで一度も勝つことはありませんでしたから。カズト様が神のご加護を受けているのでしょう!」
するとマルクスは荷車に遺体を載せる手伝い始める。
「遺体を載せるの手伝いますよ」
「おお、ありがとう獣人の少年」
「………私はマルクスと申します」
「よし、マルクスだな。じゃあマルクスはあっちの死体を載せてくれ」
俺はその光景を見て、何かお手伝いをしたくなった。
死体を触るのは少し精神的に嫌だから他のお手伝いが出来れば良いな。
「なあ、何かお手伝いをしても良いかな」
そう俺が言うと、アオイと周りに居たダークエルフ兵が驚いた顔をしながらこちらを見る。
………なんか俺は変な事を言ったのか?
「別に普通だろ、まさか俺がニホンジンだから差別しているってことじゃないよな?」
俺は睨み付けながら周りを見渡す。
すると偶然に目を合わせたダークエルフが俺の発言に否定する。
「ち、違うッスよ、みんなが驚いているのは君主が俺達臣民のヘルプをするのが少し驚いたって感じで………」
「まぢ有り得ないよな………」
周りはそう言ってざわめき始めるが、スラはすぐに空に拳銃を向けてを発砲する。
ざわめいていた声が途絶え、スラに集中する。
「カズト様は心が優しい御方です。カール様も臣民に手を差し伸べる御方である。違いますか?」
スラがそう言うと、周りがドン引きしている。
「ど、どうしたんですかスラ様………いつもはそんな冷酷な感じなのに………」
「私はいつも通りですよ。とりあえずカズト様は良い人なんです」
スラがそこまで俺の事を信頼している事にとても嬉しくなった。
こんなダメで迷惑掛けるような人間なんだけどな。
「その通りだ、俺はこの国の皇帝である以前にこの国に仕える一臣民である。俺も君達を助けるのは当たり前だ、何故なら俺も臣民だから!!」
俺は声を高らかにそう言うと、周りから拍手が聞こえ始める。
「そうだな!カズト様はニホンジンだけど、我々と同じエステルライヒの民だしな!」
「皇帝陛下万歳!!」
………みんなちょっとチョロすぎではないか?
日本人というか転移者や転生者自体が嫌われ者のはずなのに、これじゃあ逆に怖すぎて、違う面で騙されることは無いと考えたい………。
すると突然、マルクスが俺の背中に向けてタックルをする。
俺は吹き飛ばされ、そして尻餅をつく。
俺はマルクスの行動に対してムカついた。
「な、何するんだよ!急に押すなマル…クス………」
俺はそう言った途端、その場の光景に青ざめる。
マルクスはエルフ兵にナイフで刺されていた。




