第88話 二人の鬼
―――同時刻、逐鹿連隊専用宿営地。
エルフ達による会議の最中、多くの戦いで活躍した逐鹿連隊の会議ではアオイを失った事で紛糾している。
特にアオイは武士の鬼としては珍しく平和主義者で部下には優しい上官として逐鹿連隊の皆が慕っていたこともあり、優秀な戦士として知られる彼らも動揺が隠せない状況となっていた。
だが今回のアオイの生死不明により、不安と怒りが広がりつつあり、戦意が向上している。
「どうしますかアカネ様、自分達も彼らエルフどもの作戦に参加をするべきだと考えます!」
「アカネ様、ご指示を!!」
鹿人の兵士はあぐらを掛く鬼のアカネに対して頭を下げ、懇願する。
するとアカネはスクッと立ち上がると、後ろに飾っている大きな金棒を掴み、鹿人の前に振り回す。
「何故ワシが貴様等、鹿風情の願いを聞かないといけないのじゃ?」
そうアカネは睨みつけ、右手で金棒を持ちながら金属製の丸く、平たい缶の蓋を左手でパカッと開ける。
缶の中にはまるでカラフルでプニプニとした宝石の様な宝露糖というお菓子をアカネは一つ手に取り、 ポイっと自分の口の中に投げ込む。
鹿人の兵士はアカネの睨みによってまるで生まれたての小鹿の様に小刻みに震え、怯えていた。
するとそこにもう一人の鬼のオウドが現れ、部屋に入ってくる。
「ははっ、まさにアオイとアカネは『飴と鞭』だな、なあアカネ?それに何をやってるんだアカネ、こいつらをビクビクさせても意味が無いだろうよ?あとその宝露糖は我のだぞ?」
「うるさいのう、ヌシには関係ないじゃろ!」
「いやいやいやいや、関係あるよ!?アオイとお前は俺と親戚だし口出しても構わんだろ?あとその宝露糖は我のだぞ?高かったんだぞ??何勝手に食べてるの???」
アカネはオウドに睨みつけ、鹿人に突きつけていた金棒を下げる。
オウドは部屋に入り、笑顔で鹿人に話しかける。
「………とりあえず、アオイに関しては彼女は簡単にやられる奴ではないさ。何かをミスして捕まったのだろう」
「そ、それではアオイ様の救出作戦を行いましょうぞ!!」
オウドは腕を組みながら、首をかしげ、唸る。
だがすぐに笑顔になって鹿人に言う。
「んー、いや、大丈夫だろう!アオイもそんなに弱くないし、あちらの皇帝陛下は優しいという噂だ、手厚く保護されているかもしくは脱獄に成功している頃だろう」
「では救出作戦はしないと言うのですか!?本当に問題ないのでしょうか?」
鹿人はオウドに対して懐疑的な目を向ける。
するとオウドの笑顔がすぐに消え、アカネの様にその場にいる鹿人に対して睨みつける。
「何だ?我に何か文句があるのか?」
「い、いえ、なんでもありません………」
鹿人達はオウドの睨みに再び身体が震え始める。
オウドはその鹿人の怖がる姿に溜め息を吐く。
「アオイはな、お前ら獣どもに優しいから、勝ち目のある戦いだけ逐鹿連隊を参加させているんだ。一人でも逐鹿連隊が欠けたら、彼女は心を痛めて嘆くんだよ?君達も知っているだろう?それに上様からの指示では獣どもには戦いでは犠牲を多く出すなと仰せつかっている。我々はエルフどもの撤退命令とアオイの指示及び捕らえられた場合以外はここで待機とする。皆の者分かったか!!」
オウドはそう怒鳴ると、鹿人達は深々と頭を下げる。
「「「ぎょ、御意ッ!!!」」」
すると先程、バーベンベルクの陣営から走って来たローゼが扉を軽くコンコンとノックする。
「会議中すみません、バーベンベルク軍のローゼ少尉です」
「………どうぞ、お入り下さい」
「失礼します!」
ローゼが部屋に入ると、鹿人が怯えている姿に驚愕し、扉の前で動きを止める。
するとローゼが何も言わず立ち止まっている為、オウドはローゼに対して強く怒鳴りつける。
「何だ?早く用件を言え!」
「ハッ!え、えっと、報告です!今から侵攻作戦を開始するそうなので、逐鹿連隊の支援が必要だと我が国の司令官が言っております」
するとオウドとアカネはローゼの言葉に呆れたのか、二人はローゼに激怒する。
「お主らの司令官はたわけ者なのか?ワシらの司令官は帰還しておらぬのに今から始まる侵攻にワシらは用意も糞もしていないのが解らぬのか!?」
「アカネの言う通りだ、我々はアオイ大尉が不在の中、こちらに何の事前の報せもなく貴方達の侵攻の手助けをするのは全くおかしいと我は思う!それに我々は治安維持部隊である!あちらからの侵攻や獣人による暴動なら対処はするが、そちらが始めた戦争には今回は参戦致しかねる!!」
二人の怒鳴り声と怒った顔にローゼは仰け反る。
ローゼも部屋に居る鹿人の様に小刻みに震え、涙目になり、そして返す言葉も先程より声が小さくなっている。
「つ、つまり、今回の参加しないという事で……よろしいですか………ね?」
「「何度も言ってるだろ、当たり前だ!!!」」
アカネとオウドは声を合わせ、ローゼに怒鳴り声のような返事をする。
「は、はい!し、失礼しましたァ!!!」
ローゼは二人の怒声に驚き、敬礼してから急いでこの部屋から去った。
「………侵攻作戦に参加しなくても良かったのか?戦馬鹿」
アカネがそうオウドに小声で呟くと、オウドは鼻で笑う。
「お前こそ、愛する妹を助けなくても良かったのか?まな板」
「ワシは妹を信用しておる……っておいオウド、貴様は一体ワシのどこを見てまな板と言ったのじゃ??ゑ?」
「我はアオイと一緒で無いと戦場に行きたくありませんから」
「オイ、答えになってないぞ!あとワシの愛しい妹を妹を好いとらんよな………?」
アカネはムッと頬を膨らまし、じっと睨みつける。
するとアカネの発言にオウドは表情を緩める。
「ハハッ、無いよ!我が好きなのはお前だよ」
「そうかそうか、ワシの事が好きなのか……エエエエエエエッッ!!!ななな、今なんと!!」
「小さい頃からアカネをお慕いしてますから………」
「ワ、ワシもそう思っとるのじゃけど………恥ずかしいのう………」
鬼二人が赤面しながら突然の告白に鹿人は余りにも呆れる。
その場に居た鹿人は皆思った。
(俺達は一体何を見せられてるのか、早くこの会議を終わらせて欲しい。あとアオイ様、早く帰って来て下さい……)
とアカネとオウドのイチャイチャを見せられながら正座が辛く思う地獄の会議だと彼らは心に留めたのであった。




