第87話 賛成多数
ヴィクトリアが前線司令部に到着した同じ頃―――
俺はヴァイスとアオイ、スラとマルクスの五人を連れ、敵の前線司令部へと向かっている。
「ヴァイス、メイド服で来るのを諦めてくれたのは助かるが、パールに付いて行っても良かったんだぞ?」
「嫌なのです!私はカズト様から絶対に離れないのです!!」
ヴァイスはほっぺを膨らませながら、俺の意見に反対する。
まあ、ヴァイスは確実に俺よりは強いし、逆に俺の方がヤバイのか、これは……ハハッ。
「カズト様、我々は一体どうするんですか?」
スラがこちらに質問をする。
「とりあえず敵の陣地に入って、逐鹿連隊及び鬼の二人をこちらの陣営に入ってもらう。その為にはアオイの力が必要なんだ」
「そう!私がバーベンベルクの陣地で逐す鹿連隊と一緒に暴れればこの戦いは解決ですね!」
スラはアオイを無表情でじっと見る。
アオイはそれに気付いたのかスラに睨みつける。
「………何ですか?気味が悪いですよ」
「私はアオイ様、貴女をまだ信用していませんから………」
「貴女に信用されていなくてもカズト様に信用されているのなら大丈夫です。ねっ、カズト様!」
アオイはニヤニヤしながら俺の腕に抱きつくと、俺の腕にアオイの胸を押し付けてくる。
まるでマシュマロのようなモチモチとした感触が腕に感じる。
同時にヴァイスの表情が曇り始めている。
「と、とりあえず、早く敵の陣地に向かおう」
話題を変えないと、険悪な空気の苦しさで押し潰されそうだ。
「なあアオイ、敵の拠点はもうすぐで着くのか?」
「はい、もう少しで着きます。カズト様とスラさんはとりあえず、この捕虜が来ていた軍服を来て下さい。ヴァイスさんと……マルクスさんでしたっけ?」
「はい、そうですよ」
「すみません、ヴァイスさんとマルクスさんは後方で待機して、合図を出すまで出てこないで下さい」
ヴァイスは少し不機嫌な顔をするが、すぐに諦め、俺を含めた四人はアオイの案に賛成する。
「………見えました、あそこに見えるのがバーベンベルクの前線指揮所です、とりあえずお二人は早くお着替えをお願いします」
俺は木の影に隠れて、スラから貰った鎧の上から敵の軍服を着る。
スラは反対側で着替える。
俺はマルクスに自分の軍服を渡し、スラはヴァイスに軍服を渡した。
「準備したぜ、これからどうするんだ?」
「私が仲間に説得させ、基地内で内乱を起こします。ただ、逐鹿連隊の犠牲を多少少なくしたい為、どこかに陽動させたいので出来ればマルクスさんが適当にどこか発砲してほしいのですが………」
するとスラが首を横に振り、マルクスを制止させる。
「大丈夫です、多分今頃グラデツ市街では戦いが始まっているようです。微かに我が国の機関銃と爆弾の音がします」
あっちから撃ってきたか、尚更好都合だね。
一方的に休戦協定を破るのは今後あちらから講和の話を持ちかけられた時の切り札として使わせてもらう。
まあ、講和しても全土併合しか無いけどね!
「やはりか、アオイの言う通り戦いが始まったな」
「そうですね、少し早めですが戦闘が開始しました。とりあえず急ぎましょう、お二方は準備出来ましたか?」
アオイは俺とスラに準備は出来たか聞いてきて、俺達は即座に返事する。
「おう、準備できてるぜ!」
「はい、こちらは問題ありません。早く行きましょう」
そう俺達が言うと、ヴァイスが下向きながら無言で袖を引っ張る。
「どうしたヴァイス、俺にはスラとアオイの強い味方が居るから大丈夫だよ。だから安心してくれ」
俺がそう言うとヴァイスは小さい声で話し始める。
「……絶対に無事に帰って来て下さいなのです」
「勿論だとも………マルクス、ヴァイスを任せるぞ」
するとマルクスは俺の言葉に鼻で笑い、両腕を組む。
「フン、ご主人様に言われなくともヴァイスは守ってやる」
「ありがとうマルクス………じゃあ行ってくるねヴァイス」
「……………はい」
するとヴァイスは袖から手を離し、マルクスの所に向かう。
「では付いて来て下さい、今から案内します。あとマルクスさんとヴァイスさんは私が彩光弾を空に発射するのでその合図で来て下さい」
「「「はい!!」」」
アオイはヴァイス達の返事を聞くと、反転して走り始める。
俺とスラはアオイの後ろから追いかけ、バーベンベルクの陣地に向かう。
少し時間を巻き戻し、バーベンベルク王国前線陣地―――
こちらの陣営の作戦会議室でも会議が行われ、状況も緊迫している。
アオイと数人のエルフ兵の行方が不明と分かり、首都からの電報で休戦協定の一方的な破棄の指示が送られ、作戦会議は紛糾していた。
「本部は一体何を考えておられるのだ!内戦中に勃発した獣人による暴動も鎮圧出来ず、我々の兵士を治安維持の為に少しずつ引き抜いているが、全く解決しておらぬ!」
「しかもヒューマンどもは協力姿勢も感じられず、フーサンの軍も指揮官を失い、あちらの作戦会議も紛糾しているそうだ」
「日に日にこちらの軍勢が少なくなっておるのに、今さらこちらから休戦協定破棄して攻めろだと!?」
作戦会議に参加している全員が政府に対する苛立ちを隠すことが出来ず、深い溜め息を吐く。
バーベンベルク軍の司令官は煙草を吸い、灰皿に擦り付ける。
「とりあえず、我が軍は負け続けのダークエルフと比べれば厭戦気分が蔓延しているという情報を受けているが、一方的な協定破棄して侵攻は大きな賭けになる………この戦いに勝てば敵の首都に流れ込める。だが負ければ一気に獣人やダークエルフの士気が上がり、バーベンベルク王国の体制は瓦解するだろう………」
作戦会議室に居た全ての者は深刻そうな顔をして沈黙する。
すると一人のエルフが小声で呟く。
「仕方ない、あのオリヴィアとか言うゲルマニアの大使が臨時摂政をやっているからな。あの女は戦争の事しか考えてない。獣人の労働環境を少しでも改善すれば獣人どもは尻尾を振って喜ぶだろうに………」
オリヴィアへの不満を漏らす兵士に司令官は机を強く叩く。
呟いたエルフはビクッと驚き、司令官を見つめる。
「本当にその通りだよ、君!私はあの女が気に入らない。隣国のヘルヴェティアの女神の方がまだ国民を見ている」
「そ、そういえば新しい女王が就任したそうですね、しかもダークエルフの……」
作戦室内に居る誰かがボソッとそう呟くと、司令官はその発言に鼻で笑い、呆れたような顔をしている。
「ああ、私が議会で会ったあのお方ははっきり言って女王としての威厳が感じられない。ビクビクしていて何かに怯えているようだった。だが過去に私がノリクム帝国での御前で会った時とはまるで別人の様なのだ。だから私はあの女王を信用することは今は出来ない……何かを企んでいる様に感じる」
司令官の発言に皆、再び沈黙する。
そして司令官はタバコに火を点け、また吸う。
タバコを吸って落ち着いたのか、司令官は周りを見て頷く。
「とりあえず、進軍するかしないか挙手して決めようか………」
そう司令官が言うと周りの将兵は突然の多数決に目を丸くして驚く。
「じゃあ賛成の奴は挙手しろ、勿論反対しても構わない、無理強いはしない」
するとその場に居た将兵は司令官を信用しているのか反対意見もなく、全ての者が挙手する。
「………ん?何だ、誰も反対しないのか!?」
「えっ!?違うんですか?」
将兵は司令官の発言に驚き、動揺するが、司令官は笑顔で返す。
「いや、それで良い。とりあえず逐鹿連隊の奴等も戦いに参加出来るか誰か聞きに行ってきてくれ!」
司令官の言葉に一人の女エルフの兵士が手を挙げ、声を掛ける。
「私が行きます、大佐殿」
「えっと、確か君は………」
「自分はローゼ少尉であります、大佐殿」
「………そうだったなローゼ、とりあえず参加できるか聞いてきてくれ」
「畏まりました、大佐殿」
そう言って頭を下げ敬礼し、ローゼはテントを飛び出す。
「他は街の中央に流れているムーラ川から越境して、敵の前線の司令場所がある丘の占拠に取り掛かる。後方は弓兵部隊、魔導部隊は我々の援護をしろ。勿論、確認して敵とは違う物ならば撃つなよ。越境したら無線で通信して連絡する。我々も獣人暴動で物資が枯渇しかけているからな……物資の無駄はしないように、分かったか!!」
「「「ハッ!!!」」」




