第33話 鐘の音
聞き覚えのある声だと俺はそう思い、ゆっくりと後ろを振り向く。
そこに居たのは軍服を着たフレイヤだった。
「お前、ここで何してるんだ?レナが探してるぞ」
「いやー、宮殿内を迷ってて、今さっき場所が分かったから向かっている所だよ。フレイヤはどこに行ってたんだ?」
「どこって、お手洗いだよ………って、ん?オマエなんか変な匂いがするな」
フレイヤは近づいて、クンクンとまるで犬の様に俺の体を嗅ぐ。
「変な匂いって何だよ?」
「うーん、分からんが、何だか知ってる臭いの様な………何だろ?」
「べ、別に良いだろ?取り敢えずパーティー会場に行こうよ、な?」
俺がそう言うと、フレイヤはムスッと不満を持った様な顔をする。
「……フン、お前に指図される覚えは無い」
そう言って会場の方へ俺とフレイヤは並列して歩く。
回廊を抜け、少しだけ歩くと、パーティー会場に着いた。
「着いた、やっと着いたよおおおお!」
そう俺は言ってパーティー会場の部屋に向かって走ると、フレイヤが俺の手を何故か捕まえる。
「待てカズト、オマエはそっちじゃない、こっちだ」
そうフレイヤが言い、俺の腕を無理矢理引っ張りながら外の方へと向かう。
ああ!早く食べたいのに!!
もう腹が減って死にそうなんだよおおおお………。
「おい、パーティー会場に行かないのか?俺、何も食べてないから腹減ってるのに………」
「後で行けば良いだろ?良いから黙ってこっちに来い!」
だからなんでだよっ!!
教えろよ、ったくホントに腹が立ってきた!!
必死に俺は引っ張られるのを抵抗するが、フレイヤはそんな事に気づいていないのか、顔の表情は変わらず、俺は無理矢理引っ張られながら付いていく。
――――宮殿の外を出て、ぐるっとその宮殿の外側を歩く。
するとそこは碧さんと回廊で歩いた時に見えた庭園があった。
だいぶ小さい庭園と思っていたら、建物で隠れていたからか実際は巨大な庭園だった。
その巨大な庭園に入ると、そこには多くの白い花がその場で咲き誇っていた。
「なあ、これってエーデルヴァイスだよな?」
俺はフレイヤに聞く。
フレイヤは地面に咲く花を見て言う
「ん?ああそうだが、この国のエーデルヴァイスは特殊で夏に開花ではなく年中この花が 咲かせているんだ」
「へー、夏に咲く花だったんだ」
「知らないで言ったのかオマエ!?」
「あ、うん」
そりゃそうだろ、花は知ってるがエーデルヴァイスを育てる機会なんてないんだから………。
そんな話をしながら歩いていると、大きな時計塔に着く。
大きいと言っても、とても大きい時計塔ではなく、ビル5階か6階建て位の高さの時計塔で、その時計塔には黒くて大きな時計が塔の中央に設置されていて、針の先には時間の方に太陽、分の方には月が描かれている。
その大きな黒い時計の下に天文時計があり、曜日や日にちに星座などが表示されていた。
時計塔の下は通り抜け出来るようになっていて、そこには多くの人で埋まっていた。
時計塔の辺り一面にエーデルヴァイスが花咲き、まるで異世界の楽園の様な幻想的な風景を醸し出していた。
その時計塔から手前側に少し離れた所に、よくアニメとかギャルゲーでヒロインがそこで紅茶を飲んでそうな小さな円形の建物に誰かが座っていた。
「ほら、あそこのガゼボにレナ様が座っているから、行ってこい」
あの小さな円形の建物は『ガゼボ』って言うのか?
初めて知ったわ、というか見ること無いわ。
そのガゼボに恐る恐る近づく、そこに居たのはレナだった。
レナは音を立てずに、静かにティーカップをソーサーの上に置く。
「遅いわカズト、貴方一体何してたのよ」
「何って普通に宮殿に居たけど?」
俺がそう言うと、レナはキョトンと目を点にして俺を見る。
まあ、パーティー会場には居なかったけど、嘘は付いていないだろう。
「………まあ、待っている間に紅茶を飲めたから良いけど、ほらカズト、早くここに座りなさい」
レナは空いているベンチの横の場所に、手でポンポンと軽く叩いて座るように指示する。
俺はゆっくりと指定された場所に座る。
………物凄く近い。
心臓の動悸が激しくなり、緊張する。
「カズト、先程の調印式の様子を貴方は見ていた?」
「い、いや、見てないな。」
「………そう、じゃあ、説明するわ。我が国の講和会議の影響で他のエトルリアに対して宣戦布告していた味方の国々が同時刻に和平し始めたの」
「へぇー!じゃあ、ユーラ大戦が終了したのか」
「まあ、殆どは我が国とエトルリアが戦争していただけで、他の参加国は特に何もしていないわ。だから、実質ゲルマニアとエトルリアの戦争よ」
「まあ、戦争が終わって良かったじゃん」
「そう、だから戦争の期間中、ユーラでは時計塔の鐘を鳴らしてはいなかったのだが、あと数分であの時計塔を中心にユーラ全体の鐘が鳴るのよ」
「だからレナはここに来て鐘が鳴るのを待ってるのか」
俺がそう言うと、レナは少しの間だけ黙っていた。
その短い沈黙が終わって、レナが口を開け、話を始める。
「………カズト」
「うん、何?」
「私ね、貴方の事が………」
「うん」
「………やっぱり、何でも無いわ」
レナはそう言って、顔をそっぽを向く。
俺は何かを期待していたのか、動悸が最高潮になっていたが、レナがそっぽを向いたので少しだけ落胆する。
まあ、一応国の次期トップだしな。
すると突然、またレナが声を掛ける。
「カズト、やっぱりこっち向いて」
「ん?どうしたんだ?」
次の瞬間、俺の唇に柔らかい物が当たる。
彼女の唇だ。
彼女は目を瞑り、顔を赤らめていた。
俺とレナはキスをした。
と、同時に時計塔の鐘が鳴る。
重厚感ある鐘の音が夜空の下に鳴り響く。
山脈に反響しているのか、他の村でも鳴らしているのか、様々な音色の鐘がゴンゴンと鳴っている。
時計塔の下に居た人々は戦争終結を祝い、拍手や歓声が上がる。
だか、それ以上に衝撃だったのが俺がレナからキスをされた事だ。
俺の『ファーストキス』がレナになったんだ。
俺とレナの唇がゆっくりと離れる。
たった数秒の唇の接触なのに余韻がまだ残っている。
甘くて良い匂い、そして凄く柔らかかった、まるでゼリーか何かのプルプルした物質の様だった。
俺は驚きを隠せず、その場であたふたと動揺し、立ち上がる。
「レ、レ、レ、レナ!!??」
「もう……会えなくなるから、今のうちにやっておこうと思っていたのよ。愛しているわ、ありがとう」
レナは小声でそう言うと、彼女は両手で顔を隠すが、赤くなった彼女の顔を確認出来る位、完全には隠れていなかった。
「お、お外、走ってくるぅ――!!」
そう言ってレナはその場から走り去る。
「って、ここお外だよ!」というツッコミを入れる考えも思い付かず、俺はキスされた予想外の出来事でその場で立ち尽くしていた。
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