第102話 激高
バーベンベルク王国
王都オニエポン―――
場所は変わって敵国バーベンベルクは現在危機に面している。
まず国内は鉱山での落盤事故による管理官の酷い対応により発生した事件を発端とし、獣人による暴動が連日連夜国内各地で発生しており、多くの兵士がその獣人暴動の鎮圧の任に付いており、内戦に全力で参加出来ていない。
この解決方法に逐鹿連隊の半数を治安維持の為に駆り出したり、最新鋭の装甲車も暴動鎮圧に利用しているが、暴動鎮圧の目処が立っていない。
次に国外ではバーベンベルクは隣国である同じエルフの国のゲルマニア帝国による物資支援や武器の供与を期待しているが、ゲルマニアは敗戦による臣民の怒りで南部では左派、北部では右派による暴動が発生し、ゲルマニア政府は支援どころでは無くなってしまった。
また、バーベンベルク内の人間種であるヒューマンの内戦参加の拒否、またはヒューマンの国であるエトルリア王国への帰国や逃亡が相次いでいる事もあり、ヒューマンが経営もしくは労働している工場がストップしていたり、ヒューマンの兵士の数が急激に減少している。
ここで強制的にヒューマンを連行して労働させる、または徴兵させる事は出来るが、そんなことをしてエトルリアが強制連行を大義名分に侵攻されては今まで頑張ってきた事が水の泡になる為、バーベンベルクは極力ヒューマンの強制連行は避けている。
だがこれらの余りにも酷い状況の中、未だに戦い続けているのは度重なるダークエルフとの戦いに戦勝したものであり、これが民衆と兵士の士気向上に繋がっている。
バーベンベルクの摂政であるオリヴィア率いる内閣の官僚はグラデツの戦局の結果を知る為に、議会で待機している。
数時間前は結果を楽しみに多くの酒などを用意していたが、時間が刻一刻と進むにつれて、議会内は重苦しい空気へと変わっていく。
オリヴィアは最初はニコニコと伝令を待っていたが、左手の親指の爪を噛みながら、眉をひそめている。
「遅い………遅いわ……………もう朝だ!」
「何かトラブルがあったのでは………?」
宰相のクルトがそうオリヴィアに呟く。
するとオリヴィアは机を強く叩き、怒りを露わにする。
「トラブルですって!?ふざけた事を言うなクルト!今まで我々は勝ち続けていたのよ、そしてこれからも!それなのに貴様はトラブルとほざくのか!!」
「い、いえ!申し訳ありませんでした」
オリヴィアは眉をひそめた表情のまま、内務大臣の方を見る。
「それよりも内務大臣、貴様は一体いつまで獣人暴動を鎮圧するの?我々が勝利したとしても暴動が鎮圧出来ていなければ、意味が無いでしょ!!」
オリヴィアは内務大臣にそう叱責すると、内務大臣は深く頭を下げる。
「す、すみません、彼らの抵抗が激しく、我々も精一杯頑張っておりまして………」
「クソッ…ホント忌々しい獣風情め………」
オリヴィアはそう呟きながら自分の髪の毛を左手で掴んでいる。
その時、一人の伝令が部屋に入ってくる。
「失礼します、グラデツから伝令が来ました!」
「遅い!早く他の奴らに聞こえるように読め!!」
「は、はい!え、えっと………その………」
伝令は突然口ごもると、一人の大臣が伝令に近づき、伝令が持っていた紙を奪い取る。
「全く、短い文章しか書いてないのなら早く読まんか!私が読ませて頂きます。えっと………『我が軍は敗北した。フーサンの逐鹿連隊が我々を裏切った。』………だ、そうです………」
その伝令から伝えられた電報は議会に居た内閣の官僚達は沈黙する。
そして彼らはおそるおそるオルヴィアの方へと見る。
オリヴィアは怒りを抑えようと頑張っているが、腕がプルプルと震えている。
内閣の官僚達はオリヴィアの態度に顔を青ざめている。
するとオリヴィアは深い溜め息を吐いて、大臣を呼んでいく。
「宰相、内務、そして国防大臣………それ以外の奴らは今すぐにこの部屋から退出しなさい………今すぐに!」
オリヴィアに呼ばれなかった大臣はすぐに書類や荷物をまとめ、そそくさと部屋から退出する。
宰相、内務、国防の三大臣はその場で起立したまま、冷や汗を搔いている。
そして他の大臣が去った瞬間、オリヴィアはゆっくりと彼らを見ると、机の上に置いてあった物を手で薙ぎ払い、地面に大きな音を立てている。
「ふざけるなっ!!なんであんな雑魚国家に負ける事があるのよ!!我々は優秀で純粋なエルフ民族、あんな二番煎じのダークエルフや劣等種族である獣人や鬼どもに裏切られる。もう散々よ!何故私の思い通りにならないんだぁああああ!」
オリヴィアはその場で喚き散らして暴れる。
すると宰相のクルトが口を開ける。
「オリヴィア様、もう我々は休戦を裏切って侵攻しました。もう休戦は通用しません。ですがこれ以上の戦争の継続はもう―――」
「不可能、というのかしら?」
オリヴィアはそう言いながらクルトに対して睨みつける。
クルトは後退りしそうになるが、彼はその場で踏ん張る。
「は、はい、不可能であります。それにスパイからの情報によればカズトというニホンジンは優しい男だそうなので、もしかすれば講和をもう一度頼めば許してもらえるかもしれない………と思っております」
クルトがそう言うと、オリヴィアはゆっくりと立ち上がり、内務大臣と国防大臣に対してクルトを指さしながら叫ぶ。
「………貴様等、内務と国防もこの男と同意見なのかしら!?」
オリヴィアは内務と国防の二大臣に目を向けると、彼らは無言で黙っている。
「貴方達、まさか冗談よね?………ふざけないで!貴方達は私に劣等種族に対して、頭を下げろというのか!!私はダークエルフのアンナ陛下に対して頭を下げるだけでも怒りが込み上げるのに、あんなニホンジンにも私は頭を下げなければならないの!?」
「ど、どうしてですか?あのニホンジンと知り合いではないのですか?」
クルトのその発言にオリヴィアは大きな声で笑い出す。
「カズトが知り合い?冗談を…?アイツは私にとって疫病神!私はアイツのせいでエリートである近衛兵団の団長の座から私を引きずり降ろし、エスターシュタットの駐在武官になると思いきや、彼は首都にエステルライヒ帝国なる国を立て、片や私は亡国になろうとしている摂政だ!」
するとオリヴィアは身を屈め、溜め息を吐く。
「こんな没落劇、ガリア共和国のパリシウスの劇場でも見れないだろうね………ハハハ…」
近くの椅子に座ったオリヴィアの背中はものすごく悲しそうだった。
宰相のクルトやその場に居た高官はどうすれば良いか分からず、お互いの顔を見合っている。
沈黙が続く中、内務大臣がオリヴィアに対して発言する。
「と、とりあえず、我が都市にいるフーサンの大使館をどうしますか?アオイが裏切ったということですし、我が都市で略奪でもされたら問題ですからね………」
オリヴィアは内務大臣の発言に興味を持ったのか、彼女は振り返るが、オリヴィアは死んだ魚の様な目をしていた。
「………いや、彼らはアオイが裏切った事を知らないはずだ。知っていたら既に略奪が起きるだろう。大使館の職員は獣人暴動での危機が迫っているので保護を名分に幽閉しなさい。あとグラデツの敗北理由を調査………といっても確実に伝令の通り、逐鹿連隊の裏切りでしょうね………ハハハッ………」
すると国防大臣もオリヴィアを元気づける為か、発言し始める。
「わ、我が国防軍もハルシュタットにて防衛が成功しておりますが、獣人暴動鎮圧も同時に進行しており、数日間を要しますが、今後のエステルライヒとの戦いには影響は無いと………考えます………」
国防大臣は恐る恐るそう発言すると、オリヴィアは驚いた表情をして、ニンマリと笑顔を見せる。
「そうね!それならゲルマニアからの車両も投入し、すぐに増援を派遣しようじゃない!」
その場に居た3人の大臣はオリヴィアの表情に安堵し、胸を撫で下ろす。
宰相のクルトは安心し、彼も発言する。
「では、私も外務大臣と一緒にエステルライヒとの講和の道を模索しますね」
「あ、それは却下ね!」
オリヴィアはクルトの発言に対して笑顔で拒否をする。
クルトは拒否された事に呆れた顔をする。
「ど…どうしてです!?我々にはもう戦う余裕なんてないですよ!ゲルマニアでの左派右派による反乱により我々への補給も止まってますし増援など夢物語です!獣人による暴動も収まっていない!そしてエスターシュタット地方一の産業都市であるグラデツを落とす事が出来なかった。これでも勝機があるとお思いですか!?」
クルトの発言にオリヴィアはムスッと不機嫌な顔になる。
「それならば、我々が勝利に近い状態で講和すれば問題無いわよ。ハルシュタットの軍で敵軍に総攻撃すれば良いでしょ?私たちはまだ完全に負けていない!」
オリヴィアのその言葉に怒りを覚えたのか、クルトは自分の前に置かれている机を両手でバンと大きな音を立てながら強く叩く。
「オリヴィア様、貴女はどうしてそこまで勝つことに執着してるんですか?」
「おい止めておけ、もう十分だろ?」
内務大臣はクルトの腕を掴み、止めようとするがクルトは内務大臣の手を振り払う。
オリヴィアは腕を組み、クルトを鋭い眼光で睨みつける。
「もちろんエルフ民族の国作りの為である、貴様はその考えに反対するのかしら?」
「我々の事を考えている?獣人で多くのエルフが惨殺され、戦場ではエルフとダークエルフが戦いあう………これのどこがエルフ民族の事を考えているんですか!オリヴィア様、今すぐに内戦終結、講和のご再考を!!」
クルトはオリヴィアに対して必死に内戦を終結させるようにと訴え、頭を下げる。
部屋は沈黙が続くが、オリヴィアは溜め息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
「分かった………分かったわよ、君の言いたい事が………」
「か、考え直してくれたんですね!」
クルトは笑顔でオリヴィアの方を見るが、オリヴィアは机の近くにあった箱を手に取り、その箱に付いているボタンをカチッと押した。
すると出入口とは違う部屋から軍服姿の二人が現れる。
「な、何なんだ君たちは!」
「私の親衛隊だ、公には女王陛下の衛兵にしてるけどね」
クルトはその親衛隊に両側に囲まれ、腕を掴まれる。
国防大臣はこの親衛隊を見て、オリヴィアに対して憤慨する。
「オリヴィア様、私は圧政の為に兵士を貴方に送った覚えはないッ!貴様らもクルトの拘束を解け!軍法会議に掛られたいのかッ!」
「それは無理、そいつらは私の忠実なる下僕だから国防大臣の貴方の命令は通じないわ………よし、クルト宰相を牢に連れて行きなさい!」
「「はっ!!」」
二人の親衛隊の兵士は腕を力づくで拘束しながら強く引っ張り、部屋から無理矢理連行しようとする。
「オリヴィアァァァ!貴様は間違っている……間違っているぞ!私を牢に入れても戦局は何も変わらない!!貴様がこの現状を変えない限り、貴様は死に、この国は敗北へと向かうだろう!!」
クルトはまるで獰猛な怪物の様に白い歯を見せながら激しい剣幕で怒鳴り込む。
オリヴィアはそのクルトの怒声に一言も発言せず、軽く鼻で笑いあしらう。
クルトと二人の親衛隊が部屋を出て、再び沈黙が部屋を包み込む。
「………とりあえず話は以上だ」
「は、はい、ありがとうございました」
内務大臣はそう言いながら深く頭を下げたが、国防大臣は何もせず、何も言わず、沈黙したままオリヴィアを睨みつける。
「それでは失礼致します………」
内務大臣はそう言うと、大臣二人は静かに部屋から退出した。
二人が退出した後、オリヴィアは深く息を吸い込み、そして長い溜め息を吐く。
「カズトめ………どこまでも私とスラ様の計画を邪魔をするのか!」
そうオリヴィアは呟き、議会の窓の外から見える山脈を眺めている。
「………そうだ!思いついた!!」
するとオリヴィアは何を思いついたのか、辺りを見渡す。
そしてオリヴィアは近くに置いてある壁掛けの電話に向かい、受話器を取る。
「私だ、オリヴィアだ。今すぐに王宮に繋げろ」
オリヴィアは不気味な笑みを浮かべ、王宮に電話を始める。




