夏の朝
ジリリリリリと壊れかけた目覚まし時計の音がなる。ベルの音はスピーカーが割れてもはや不快な音でしかない。けれどこの目覚ましは古いアナログ時計のくせに時間だけはいつも正確だった。最近はスマホのアラームを目覚ましにしている人が多いが僕の場合はそれでは起きられない。この音を聞いてこそ僕の意思が目覚めるのかもしれない。パチンと、一発で定位置にある目覚ましをしとめ、まだ言うことを聞かない体を起こす。カーテンの隙間からは夏独特の眩しい光が差し込んできている。今日もきっと暑いにちがいない。僕はまだ少し残っているであろう朝の空気を部屋に入れようとカーテンを開け、窓を開いた。
「おはよう、健人君。今日もいい朝だな。」
そして思いっきり閉めた。
「おーい、どうして窓を閉めるんだい?空気の入れ替えは健康の基本だぞ。」
なんだろう。まだ寝ぼけているに違いない。ここは5階であってそう簡単に登れる高さではない。よし、そろそろ大丈夫だろう。夏の暑さで見えた幻覚もそろそろ消えてくれたはずだ。心の中で勝手に結論付けてもう一度窓を開く。
そこにはベランダの手すりによりかかって優雅に紅茶を飲む先輩の姿があった。
「一応聞いておきますが、先輩はここで何をしているんですか?」
「決まっているだろ!君を起こしに来たんだ。ほらよくマンガとかアニメではかわいい女の子が起こしにくるってやつあるだろ。あれをやっただけだ。」
「先輩はさらっと自分のことをかわいい女の子認定するんですね。」
「ん?かわいくないのか?」
夏の朝の爽やかな風が駆け抜けて爽やかな風が先輩の長い黒髪を揺らし少し甘い香りを含み僕の部屋へと吹き込んできた。たなびく髪を左手手で押さえつつ、ティーカップを持つ手は微動だにしないその姿はまるでどこかの令嬢のようだ。この場にいるのがひどく不釣り合いでもっと大きな屋敷のバルコニーなんかなら絵画にしても惜しくない出来であっただろう。整った顔立ちに雪のように白い肌、そしてそれをきわだたせる黒髪が一層そう思わせる。白いワンピースなんて似合うのだろうな、なんて思ってしまう。そう、長々と言ったが結局のところ言いたいことはといえば、
「かわいい系じゃなくて、美人キャラなんだよな。」
「ん?何か言ったか?」
「それは置いておくとして、先輩は結局何しに来たんですか?」
「嘘はついていないぞ。強いて言えば朝ごはんも食べずに君を起こしに来ただけだ。」
「つまり?」
「高校生の身分でこんないいマンションに一人暮らしをしている大好きな後輩君が1人で寂しく朝ごはんを食べているのかと思うとかわいそうになってな。この私が一緒に朝ごはんを食べてあげよう。」
「確か先輩も一人暮らしでしたよね。両親は海外にいるとかで。……あっもしかして先輩も寂しかったんですね。」
「寂しくなんかないもん。」
いや、口調変わってますから。
「先輩のつくる朝ごはんが食べられるなら大歓迎なんですけどね。」
「ここは君の家だろ?どうして客である私が料理をしなければならないんだい?」
つまり、先輩が後輩に飯をたかりに来ていると。
「まあ、朝ごはんくらい作りますけどね。というか、ここまで流されてきてたんですけどそろそろ聞いていいですか?」
「なんでも聞いてくれ。」
胸を張りながら先輩は僕が聞くのを待っている。
「なぜ窓から?」
「?窓から入るのはおかしいのか」
先輩は割と本気で首をかしげながらつぶやいた。
「だって私は魔法使いだぞ、空を飛ぶくらい朝飯前ってもんだろう?」
魔法使いは心底不思議そうに首を傾げた。