街でお買い物です
「ふああ……」
大きな欠伸をしながら身を起こす人影──僧侶さんである。
たまたま窓から差し込む光が当たらず、目が慣れていれば人影にしか見えないであろう。
「昨日はいろいろとありましたが、神はお休みの時間だけは僕にくださったのですね……」
今日は何事もなく平穏に過ごせますように、と心の中で祈りつつ僧侶さんはベッドから出た。
「今日もいい天気ですね」
外は快晴である。
「……さあ、まだ休んでいたいところですが買うものを忘れないうちにもう出掛けましょう」
僧侶さんは昨日のうちにあらかた整理していたアイテムバッグを背負い、宿屋を後にした。
わいわい、がやがや。
相も変わらず街は人込みで溢れている。
「買いたいものを選んだら速攻で会計してパパッと出れば問題はないはずです、たぶん……」
僧侶さんはぐっ、と右手を握り、気合い(?)を入れた。
「まずは旅の必需品、“帰還石”を買いに行きましょう」
僧侶さんは最寄りの道具屋に向かった。
ガチャッ。
カランカラン。
木製のドア特有の乾いた音と共に、来客を知らせる鐘の音が道具屋の中に響く。
──一瞬の間を置いて、いらっしゃーい!と、奥のほうから威勢の良い声が聞こえた。
(ああ、いつも思うのですがこの鐘の音は目立ってしまうので苦手です……)
目立つことも苦手な聖職者──僧侶さんは憂鬱ですね、と内心思った。
「……とりあえず“帰還石”を探しますか……」
僧侶さんは数ある戸棚の列を、1つ1つしらみ潰しに見て回る。
「エルシェルト草にブリューナ草、それから解氷剤に緊急キット……とりあえず旅の必需品に関してはそれなりに揃ってはいるようですね」
見た目は青く、凍傷を治す効能があると言われている“ブリューナ草”、魔力薬草と同じ見た目と色で判別はしにくいものの、葉の裏が白っぽく、火傷を治す効能があるとされている“エルシェルト草”、氷の研究から、万が一使用者が凍りそうになると、使用者の意思で自動で氷が吹き飛ばされるという特殊な遠隔操作系の付与魔法が施されている“解氷剤”など、旅の道中には欠かせない品が置いてある。
「投擲用爆弾、筋力増強剤、復活の欠片(リバイブチップ)……」
投げることで数カウント後に小規模ながら、破壊力のある爆発が起こるという“投擲用爆弾”、一時的に筋力を増強する効能のある、いわゆる“ドーピング”の類いである“筋力増強剤”、死の淵から蘇らせる効果があるとされる中位施術の魔法・“リバイブ”の力に模したものであり、パーティーを組んでいる時にしか使えない“復活の欠片”など、これまた戦闘でも役に立つ道具がありますねと僧侶さんは内心呟く。
それからは日用品であったり、用途不明の謎の品々が並んでいたりと、まさに“便利屋”である。
……いや、正式には“道具屋”なのだが、この店の品揃えは便利屋と言ってもいいほどに品揃えが豊富なのだ。
「……あっ」
──と、思っているうちに僧侶さんは奥の棚から目的の物である──“帰還石”を見つけた。
「値段は……1つ450Gですか……。 まあ、妥当な値段でしょう」
今更ではあるが、この世界での共通の通貨は“G”である(決して、“あの”Gのことではないということを記しておく)。
ゴールド、とは言われているものの、色は金色のみならず銀と銅もある。
……つまるところ、
金>銀>銅
の順に硬貨1枚あたりの価値が変わるのである。
金なら100G相当、銀なら50G相当、銅なら1G相当、といった具合である。
最も、多く使われることがあるのは言うまでもなく金か銀の硬貨ではあるが、銅は子供のお小遣いであったり、募金の為などに使われているということも忘れてはならないであろう。
……もちろん、“お布施”にもである。
話は戻り、現在僧侶さんの手元には金貨30枚ほど──およそ3000Gの資金がある。
一般的な旅人としてはやや不安が残る残金ではあるが、それでもないよりはマシな程度である。
「……強引な手段と暴力はあまり好みませんが、単純に魔物さんを倒すか依頼を請けて地道にこつこつ稼ぐかそれとも思い切ってどこかの迷宮にでも潜って一発当ててみるか……素直に働くという至極素朴な手もありますが、如何せん、僕は“働く”というのが苦手ですので困りましたね」
楽してお金を稼いでのんびりしたい。
これは、誰しもが必ずは思うことでもある。
「……なんて、働くといってもあてなんてないのですが」
自嘲気味に僧侶さんは呟く。
「……さって、ここで長居する必用もありませんし、とりあえず3個ほど買ってこの店を出ましょう」
棚から3個、帰還石を手に取ると僧侶さんはカウンターに向かった。
「あの……すみません、帰還石を3個ほど頂きたいのですが」
カウンターにいたのは、先程ドアを開けた時に聞こえた声の主と思われる──いかにも威勢が良さそうな店主である。
「はい、いらっしゃーい! 帰還石を3つかい?」
やや根暗気味の落ち着いた声の僧侶さんとは対照的に、店主は明るい声で応答する。
「……はい、3つです」
(客相手に敬語を使わないお店もあるのは分かってはいますが…… 僕としましてはとても話し辛いですね……)
人見知りでもある僧侶さんは、表面上は落ち着いた聖職者ではあるが、内心はできる限り人との交流や会話など避けたいのである。
「帰還石が3つで合計1350“万”Gだ!」
「えっ……」
恐らく店主にとっては客を笑わせるための単なる“ジョーク”であろう。
「せ……1350万Gですか……僕にはそんな大金は……」
突然の大金に僧侶さんは困惑する。
その様子を見た店主は半ばやっちまったな、と思いながら苦笑した。
「あ、あっはっは……い、いや、“万”は冗談で1350Gでいいぞ?」
「……は、はあ……」
──僧侶さんは本当に1350“万”Gもすると思っていたようだ。
正直な客だな、と店主は思ったことだろう。
僧侶さんは銭袋から金貨13枚と銀貨1枚──1350G丁度を、カウンターにすっと置いた。
「ひい、ふう、みい……ちゃんと1350G、頂戴したぜ。 ほら、この帰還石はお前さんのもんだよ」
「あ、ありがとうございます……」
とにかく明るくフレンドリーに接してくる店主に半ば拒絶反応を感じながら僧侶さんはおずおずと帰還石を3個受け取った。
「そ、それでは失礼します」
「おう! また来てくれよな!」
半ば逃げるようにして僧侶さんは道具屋を出た。
ガチャッ。
カランカラン。
タッタッタッ。
道具屋から出るや否や、僧侶さんは近くの脇道に入り込む。
(……はあ、やはりフレンドリーな方はどうしても慣れないですね……)
あまり人慣れしていない僧侶さんは、胸元を右手で掴み、緊張を和らげようと深く深呼吸をする。
「すー……はあ……」
それから落ち着くまで、僧侶さんはしばらくその場にいた。
「…………そろそろ出ましょうか」
あれから数分後、落ち着きを取り戻した僧侶さんは脇道から出ることにしたようだ。
わいわい、がやがや。
「……やはり人混みというものは慣れないですね……」
今日も相変わらずの人混みで、うっかり気を抜けばどこかに流されてしまいそうである。
「さってと、お次、は武具でも見に行きま、しょうか」
人混みに揉まれながらも、次なる目的地へと僧侶さんは向かうことにした。