防御系聖職者
「へへ、ねーちゃん、俺らちょーっと金がなくてよ、少しでいいから恵んでくれねぇか?」
「俺なんか昨日は飲まず食わずで倒れちまいそうだぜ……」
じり、じりと壁際に追い込み、隅で小さくうずくまる女性にそう話す男の2人組みがいた。
一人は眼鏡を掛けた細身の男、もう一人はやや太ってはいるものの、それなりに腕力がありそうな男。
──どちらも所謂ところの“ゴロツキ”である。
「お、お金は出しますので命だけはどうか、た、助けてください……っ」
女性は危害を加えられると恐怖に慄き、持ちうる金品を差し出した。
「おー、これだけあればとりあえず“今日は”持ちそうだぜ!」
「へへっ、ありがとな、ねーちゃんよぉ」
2人組みはあっさりと金品を渡した女性に満足げな顔をしながら、踵を返そうとした。
「……おっ、そうだ」
「へへ……兄貴」
「……っ?」
再び女性に向き直り、
「少し俺らと付き合ってくれるよな?」
と細身の男が語った。
「……!」
その言葉を聞き、女性の体が強張る。
「へへへ……たくさん楽しもうぜ、姉ちゃんよぉ?」
小太りの男が舌なめずりをしながら女性に迫る。
「い……や……いやああああっ!!」
ピキイイィン
「ぐあっ」
「!?」
「……!」
女性が叫ぶと同時に、女性の周囲にキラキラと輝く半透明の光の柱が現れ、触れようとした小太りの男が弾き飛ばされる。
“聖域”である。
「だ、誰だっ!」
「いってぇ……何しやがる!!」
突然のことに、驚きを隠せず動揺する2人組みのゴロツキ。
「──白昼堂々と女性相手に2人がかりで追い剥ぎとは、貴殿方には少々神の裁きが必要なようですね」
どこからともなく、裏道に声が響く。
「なっ……で、出てこい!!」
「──こちらですよ、“ソルライト”」
すっ、と木の影から出てきた人物──青年は、2人組に声を掛けると同時に、眩い光を掲げた右手から発する。
「うあっ!」
「ま、眩しい……」
突然の強烈な光に2人組みは目が眩み、思わず片手で目元を覆う。
「少しじっとしていてくださいね──“セントバインド”」
相手に隙ができたところに立て続けざまに拘束系の聖属性魔法──“聖なる鎖(セントバインド)”を小太りの男にかける。
「な、何だ!?」
「ど、どうし……!!」
空間から現れた聖なる魔方陣から出ている光の鎖が、小太りの男の手足に絡み付き、拘束している。
「くそっ、動けねぇよ兄貴っ」
「ひ、卑怯だぞっ!」
突然のことに未だ現状を処理しきれていない2人組みに、青年は冷静に語りかける。
「僕は争いは好みません。 もし貴殿方に善良な心があるのでしたら──そちらの女性から奪った金品を置いて去っていただけますでしょうか?」
「だ、誰がそんなことするか! “ヒートファイア”!」
青年が言い終わると同時に、細身の男は炎属性の下級魔法を唱えた。
「返していただけないのですか……残念です、“エレメンタルガード”」
魔法による被害の効果を軽減し、無・聖・闇属性以外の属性に耐性が付く防御系支援魔法を青年が発動する。
ブォン……。
青年の周囲に赤・水色・青・緑・茶・黄色が混ざった6色の盾が現れ、細身の男が放ったヒートファイアは途中から弱々しい炎となり、青年に当たるまでに消滅した。
「くっ……!」
「……これが最終警告です。 もしこれ以上反抗を続けるのであれば──僕も手加減いたしかねますが、それでもよろしいでしょうか?」
「あ、兄貴……!」
「ちっ、に、逃げるぞ! こんなものもういらねえよ!」
青年が防御系の魔法を扱うことに不利と感じた細身の男は、女性から奪った金品を放り投げ、そそくさとその場から逃げ出した。
「あ、兄貴! ま、待ってくれよぉ!!」
「貴方は、どうしますか?」
青年が、未だ拘束されている小太りの男に語りかける。
「ひぃっ! お、俺ももう何もいらねぇよ、助けてくれっ!」
半泣きになりながら青年に懇願する。
「……分かりました、それではお往きなさい」
青年は拘束を解く。
「ハァ……ハァ……あ、ありがとよ……」
「これに懲りたらもう追い剥ぎまがいなことはしないことです、いいですね?」
「ヒッ……! は、はいぃぃっ!」
小太りの男は逃げる途中、石に躓いて転びそうになりながらもその場から逃げ出した。
「ふう……今回は少々手荒でしたが、どうにかこうにか無駄な争いも特になく済みましたね……」
「……あ、あの……」
聖域で守られていた女性が青年に声を掛ける。
「ああ、大丈夫……とは言えなさそうですが、とりあえずご無事なようですね」
「た、助けて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、悪しき者を祓い人々に安息を与え、神の教えを説き、そして教え導くのが聖職者の務めですから。 お気になさらないでください」
半分定型文で、半分本気で青年は女性に語る。
「そ……その……何とお礼をしたらよいか……」
「お礼だなんてとんでもありません。 私にとってのお礼は、感謝され、困っている方々を救えることが最大のお礼ですから」
ああ、なんと素晴らしい御方なのだろう、と女性は思ったことであろう。
「立てそうですか?」
「……あっ、」
女性はあれからずっと座りっぱなしだった。
「だ、大丈夫です、何とか立てそうです」
赤面しながらも、女性は立ち上がった。
「でしたら、早いところ表通りに戻りましょう。 ここは人気が少ないですし、いろいろと物騒ですので……。 僕がご案内しますよ」
「は、はい!」
青年は優しい笑みを浮かべながら先ほど通ってきた道を歩き、女性を表通りへと導いた。
「や、やっと出られた……」
「何か探し物でもしていたのですか?」
「あっ、いえ、その……猫を見かけたので追いかけていたら、気が付いたら裏道にいて……そこで迷っていたらあの2人組みに追い掛けられてしまったんです……」
「ああ、なるほど……そのような事情があったのですね……さぞ恐かったことでしょう」
「はい……でも、そんな時に貴方が私の命を救ってくださったので、今はこうして無事に生き延びられています」
「命を救うだなんて、大げさですよ。 僕はただ、迷える子羊に呼ばれ、そこで邪な者を追い払ったに過ぎません」
青年と女性の会話は続く。
「──私は、貴方のような素晴らしい御方……そう、まるで“聖人”のような貴方に命を救っていただき、本当に光栄です」
「いえいえ、それはさすがに買い被りすぎですよ。 それに僕は──ただのしがない聖職者──ですから」
青年はそう言うと、女性に軽くお辞儀をする。
女性も慌ててお辞儀をし、お互いの間に和やかな雰囲気が生まれた。
「あっ!」
「? いかがなさいました?」
女性は、思い出したかのように声を上げる。
「そう言えば私、まだ貴方のお名前を聞いていませんでした!」
「おお、そういえば僕もまだ貴女のお名前をお聞きしておりませんでしたね」
どうやら、お互いに“天然”だったようだ。
「まずは私の名前から言いますね。 私の名前は、“イレーヌ”です。 よくパンを丸コゲにしちゃったり、朝が弱かったりするんですが……改めて、よろしくお願いします! ──貴方のお名前は、何というのですか?」
青年が助けた女性──イレーヌは、軽く自己紹介をすると、今度は青年の名前を訊く。
「イレーヌ、さんですね。 こちらこそ、改めましてよろしくお願い致します。 僕の名前は──そうですね、聖職者でありながら聖職者のことが好きな、しがない聖職者──“僧侶好き”とでもお呼びください」
“僧侶好き”。
これはいわゆる、彼にとっては著名のようなものだ。
「そ、“僧侶好き”……さんですか??」
「はい、僧侶好きです。 “僧侶さん”の愛称(?)で呼び慕われることが多いですね」
この世界──“エドゥーナ”では、実名の他に、著名で名を名乗ることも法により許可されている。
これは、著名を利用して戦争や紛争、訳ありな諸事情による複雑な状況から暗殺や批判、その他家族や友人、恋人など身内の者を守るためにも使えるためである。
ましてやこの世界では、実名を名乗るよりは著名で名乗ったほうが好都合なことも多いため、旅人や盗賊、商人から一般市民、果ては王族までもが著名を名乗ることのほうが多い。
青年──僧侶さんの場合は、その中でも“訳あり”なほうに入るほうで──簡単に言うと“厄介事”と“人付き合い”を極力避けるためである。
実名を名乗っても特に問題はないのだが、僧侶さんに限っては“好んで”使っている。
「……“著名”、ですか……」
「はい、著名です」
著名を名乗ることについてはメリットも多いのだが、デメリットもあるのである。
簡単に言うと、著名を使うということは、この世界にとっては“相手のことを信用していない”ということでもある。
お互いに著名で名乗れば砕けた雰囲気での挨拶代わりとなるのだが、もしも相手が実名を語ったのに対しこちらが著名を名乗れば、明らかに相手が実名を知られたことにより不利になるのは明白である。
「……はあ……」
女性は方を落とし、溜め息をつく。
「いろいろと訳ありでして。 すみません」
「……そうですよね、僧侶さんも訳ありなんですよね、なんかすみません……でも、命を救って頂いたので感謝はします……」
先程とは打って変わって、やや軽蔑的な態度になる女性だが、僧侶さんはこれに動じている様子はない。
「──さて、それでは僕は用事がありますので、そろそろこの辺りでお開きにでもしましょうか」
「はい、そうですね。 それでは、さようなら」
素っ気ない返事をし、その場から立ち去る女性を遠目に、僧侶さんはその場にしばらく留まっていた。
(これでいいのです、これで……僕は、あまり人とは関わりたくはないのです……)
人付き合いが苦手で、なおかつ面倒事が苦手な聖職者──僧侶さんの人助けは、こうして自分から避けていくのである。
これも、後々の“ギルド”の存在などに自分自身が深く関わらないようにするための防衛線を予め張っているのである。
「僕はギルドで“組織”として働くよりは、こうして自由に動き回るほうが好きですから……」
──ぽつりと呟くと、僧侶さんは再び宿屋へと向かう道に歩みを始めた。