理想の我が家
とある一家が、リビングにて家族会議を行っていた。
その内容は、マイホームについてであった。
「どうせ引っ越すんだったら、理想の我が家に住みたいわよね」
先陣を切るようにして真っ先に呟いたのは母。悩ましそうでありながら、どこかウキウキしているようにも見える。
今まで窮屈な賃貸アパート暮らしだったのが、三人目の子宝に恵まれたのをきっかけに、一念発起してマイホームを買おうということになったのである。
「そうだな。予算にも結構余裕があるしな。奮発して、注文住宅にしてみようか」
それに答えたのは父だった。この一家の大黒柱は、風貌こそパッとしないが出世を重ねて稼ぎだけはいいのだ。
「じゃあねー。あたしのお部屋はおっきくして! たっくさんおもちゃ出して遊びたい!」
長女の奈津美は身を乗り出して興奮気味に話す。
それを黙って聞いていられなかったのは、次女の冬美だ。
「えー。お姉ちゃんずるい! ふゆもおっきいお部屋がいいー」
「なっちゃんとふゆちゃん、同じ部屋じゃ嫌なの? 二人で大きなお部屋一つっていうのは?」
「嫌!」
「お姉ちゃんとは別の部屋がいいの!」
「もう、二人ともわがままなんだから」
母が呆れるのを、父が「まあまあ」となだめる。
「いいじゃないか。できる限り、希望を叶えてやろうよ」
「あなたってば、本当に子供達に甘いんだから。でも、そういうなら私だって自分の部屋が欲しいわ。キッチンも、最新式にして。あ、寝室も作らなきゃ」
「だったら僕は書斎が欲しいなあ。あ、そうそう。洗面所も小ぎれいにして。風呂も広い方が……」
「赤ちゃんにもおっきいお部屋ー」
「そうねえ。赤ちゃんの分もお部屋作らないとね」
「お庭も大きくー。ふゆ、赤ちゃんがおっきくなったらお外で遊んであげるのー」
「冬美はいい子だなあ。きっといいお姉ちゃんになれるぞ」
「リビングも大きくしましょ。きれいな洋風のデザインにして」
「僕は一つくらい和室があってもいいと思うんだけどなあ。畳もなかなかいいもんだよ」
「あたし、畳好きー」
「ふゆもー」
「うふふ。理想の我が家を考えるのは楽しいわね。あと、外観はどうする? ベランダとかも」
「うーん。やっぱりシンプルでありながら上品な感じに……」
家族会議は大いに盛り上がり、あっという間に夢のマイホーム像が出来上がった。
後日、家族はハウスメーカーの元を訪れ、理想を忠実に再現するように依頼した。
……結果、完成した一軒家にはトイレがなかったという。