僕が見た黒髪の少女
人間には、はっとした瞬間に、
目を奪われるもの、時がある。
奪われるものは人によって違うし、
様々なものがあるだろうけど、
僕の場合、海に面した砂利道と、
砂浜や海岸を楽しげに歩く、
白いワンピースを着た一人の黒髪の少女がその対象だった。
知り合いでも無いし知った場所でもない僕が何故そういう事になったのかというと、
はじめてきた田舎をざくざくと散策しつつ適当な道を進んでいたら、
偶然にも、防波堤の近くに出る道へと辿り着いた。
唯それだけだった。
なんの理由も無かったけれど、
石壁から顔を出して少しだけ下を確認すると、
僕はその少女が目に映った。
とても不思議な感覚だった。
少女は海の方に身体を向けて度々来る涼しげな潮風を、
目一杯身体に感じながら楽しそうに一人ではしゃいでいて、
時折、大きくて強い潮風に声をあげて楽しそうに笑っていたり、
大きな波がざぶんと音を立てるのに驚いたりしながら、
黒髪の少女は永遠とそれを繰り返す。
その姿はとても愛らしくて、穏やかな気持ちになる。
そんな状態が繰り返しくりかえし続いて。
――いつの間にか夕日が沈みかかっているのに気付いた僕は、
今夜泊まる宿を探しに行くためにこの場所を離れる事にした。
後ろを向いて、石壁の先から意識を外して、
ゆっくりと歩道へ進もうと歩を進めた時、
一際大きな波音が辺りに響いた。
特に気にしては居なかったつもりだったけれど、
何故だか胸がざわざわとして、
独りでに僕はまた直ぐに石壁の近くに戻って、海を見た。
海を見た僕の視線に映っていたのは、
夕日の光に照らされてきらきらと光る黒髪と、
はにかむようにこっちを見て笑っていた少女の姿で。
はにかむ少女に釣られて、
僕は少しぎこちない笑顔を返した後、
宿を探しに先を急いだ僕は、
その後直ぐにいつの間にか少女の姿が、
砂浜から消えていたのを宿についてから思い出した。