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第三話 奴隷少年の身請け人

気がついたら累計で1000PVを突破していました。

まだ二話しかなかったはずなんですが……。

皆様、本当にありがとうございます。

 新しい仕事相手が来たのは、珍しい事にまだ陽の高いお昼時の事だった。


 僕は夜に仕事をする事が多い事を知っているので、普段は寝ている事も多い時間帯。おそらくご主人様だって寝ていたに違いない。いつもよりも目をパチパチと瞬いて、僕から見てもとても眠たそうに見えた。


 実はこの施設には営業時間があるわけじゃない。本来は昼間でもこの店は開いているのだが、それでも昼間に仕事をする回数は僕も含めて圧倒的に少なかった。

 店側に問題があるのではなく、客側が昼間にやって来ないからだ。

 元々、夜の施設を元にしているからというのもあるのだが、おそらく最大の理由はこの施設の目的のせいだろう。

 この施設の目的は、「加虐趣味を持つ人間(サディスト)の欲求を満たす事」である。言ってみればここは一般的な施設ではないのだ。しかも、ここは一応政府の認可を受けているとは言っても、秘密裏に運営されている施設である。堂々とこの場所に来るような人は、殆どいないといって過言ではない。


 僕も今までそんな変わった人は見た事がなかった。


 でも。

 今日の僕の相手はそんな“変わった人”だった。


「……こちらです」

「…………へぇ……?」


 仕事の合図とも受け取れる、大きな鉄の扉の音。

 重苦しい圧迫感を感じるその音に、僕はゆっくりと意識を覚醒させていった。


 最初に目を開けた僕は、いつもとは違う何らかかの違和感を感じた。しかし、部屋の中の様子はいつもと変わりがないように見える……。

 いや、違和感を感じるとすれば、窓から入ってくる柔らかな陽の光が、部屋の中を照らしている事くらいだろうか。


 昼間の仕事……。中々に珍しい事だ。

 あぁいや、違和感と言えば、もうひとつあった。

 僕自身ちょっと衝撃を受けたくらい驚いた事だったけど……。


「酷い臭いね」

「えぇ。まぁ、ひとりひとりを洗浄するほど裕福なわけではありませんので」

「嘘を言わないでくださいません? 洗浄するほど裕福ではないだなんて……。あなたが裕福でないのだとすれば、この国の九割以上の人が裕福ではありませんのよ?」

「はてさて、どうでしょうな?」


 いつもどおりたおやかなご主人様の後ろに立っていたのは、女の人だった。

 綺麗で、透き通るような金色の髪。一本一本がまるで宝石とでも言うかのように、陽光に晒されながらキラキラと輝いていた。

 背は低い。いや、男の姿ばかりを見ていたからそう感じるだけだろうか。でも、それでも僕よりは少し高いくらいの身長しかない。おそらく、女という性別から見ても、彼女は身長が低いのではないだろうか。

 顔つきもまだ幼く、“女性”と呼ぶには些か無理があるかもしれない。僕としては“少女”と呼んだ方がしっくりきそうだ。

 しかし、幼い顔をしているからといって、女っぽくないわけではない。ご主人様相手に微笑むその顔は、どちらかといえば“妖艶な女”を思わせる表情だった。あまりにもチグハグすぎる……。


 僕はこの少女に対して、少しだけ警戒心を強めていた。

 しかし、あまりあからさまにしすぎると、相手の心証が悪くなってしまう。心の中だけで、探るようにその少女を見つめていた。


「ふふ……それにしても……」


 少女はご主人に対する会話を打ち切ると、こちらへと視線を向けてきた。

 男達と同じような品定めをするかのような視線。足先から頭の先へ。僕を見つめる瞳。まるで店先に並んだ商品を眺めるような、そんな目。僕はおそらく彼女達からすれば、そういう“商品”と大差ない存在で、生き物としては最低限のレベルでしか扱われていないのだろう。

 そんな気がした。


「可愛らしいわぁ……ふふ……ふふふ……」

「お、お気に召したようで、なによりですな……」


 少女は恍惚に満ちたような表情(かお)をしながら、両手で自らの身体を抱いていた。その声音からも、彼女が相当な性的興奮を覚えているのを僕は悟った。

 おそらく、ご主人様もそれを感じているのだろう。ご主人様の声には力がなく、頬が心なしかヒクついて見えた。というか、かなりドン引きしているみたいだった。


「容姿も私好みですわ……うふふふふふ……」

「うっ……で、では、ごゆっくりとお楽しみください……」


 タジタジになりながらもそう伝えたご主人様は、僕の檻から出て行った。この檻の中に残ったのは客である少女と、商品である僕だけ。


「ふふふ。そうねぇ……、あなたのために安くないお金を払ったのだもの。私も楽しまなければ損というものですわ」


 独り言のように呟く少女。独り言にしては大きな声だったけど。


 少女は僕の方へと歩きながら近づいてくる。その顔には「たまらない」とでも言うかのように、笑みが浮かび上がっていた。

 やがて、目の前に来た彼女は。


「さぁ、舐めなさい……」


 高そうな桃色のドレスの中を見せつけるかのように右足を高く上げると、つま先を僕の顔の前に向けてきた。

 黒いストッキングに包まれた右足。今まで見た男のようなゴツゴツと筋肉のついた脚ではなく、美しいとさえ感じる流線型を保った脚だった。


 僕は誘蛾灯に導かれる虫の如く、両手足を地面に着けて四つん這いになりながら、その差し出された脚に近づく。

 ふわりと、鼻に女の匂いを感じた。

 花の匂いだ。なんという花の名前だったかは忘れたが、とても妖しい香りがした。


「さぁ……早く舐めなさい……私の足を、あなたの舌でタップリと……」


 言われるがままに、僕は舐めた。

 ストッキングのザラザラとした繊維を舌で感じる。

 甘いような、苦いような、よくわからない味。でも、僕は熱心に、そして丹念に少女の足を舐めた。

 親指の足の腹を舌の腹で覆うように舐める。指と指の間をストッキングに阻まれながらも、必死に舌をだして舐める。時には何本もの指を口に含むようにして舐めた。


 少し前からピチャピチャと音も出るようになった。ベトベトになったストッキングと、僕の唾液が混ざり合い、水音を奏でていた。


「はぁ……ピチャ……ジュルル…………はぁ、はぁ……あむ……くちゅ……」

「いいわ……いいわよ、あなた。そう、その感じ……あ、もっとよく顔を見せなさい。そのままで、顔だけっこちに向けて……」


 言われた通りの行動をする。

 僕は舌を出し、彼女の足を舐めながら顔を見るように見上げた。


「ふふふ……そう。それでいいの。そのまま……」

「――――んぐぅ!?」


 少女は、僕の口の中に足を無理やり突っ込んだ。

 喉の奥まで刺さる右足に、僕は嘔吐いた。その足を嫌って、後ろへとズルズルと動くが、逃がしてもらえない。やがて背中を壁へと打ち付けてしまい、完全に退路を失ってしまった。


「おが――――っ! えぐぅ――!!」

「いい表情……こんな事をされているのに、表情の端々には気持ち良さそうな表情も見えてるし……。あなたには本当に似合っている表情よ」

「えふぅ――――」


 引き抜かれる足。

 僕は体力を根こそぎ奪われ、動くことができないでいた。

 口を半開きにさせ、舌を出しながら、ダラダラと胃液と唾液の混じった液体を吐き出す。その僕のだらしなく出ていた舌を少女は器用に右足の親指と人差し指で掴んだ。


「んんッ――!!」

「あなた今自分がどんな表情(かお)をしているかわかるかしら? あぁ、鏡が手元にないからわからないでしょうけど……、トロトロになったとてもいやらしい顔をしているわよ。それはもう……私自身が見てるだけで快感(エクスタシー)を感じてしまいそうなほどに……。ふふ、私に不信感を抱くあなたの目も素敵でしたけど、今のあなたの目はもっと素敵ですわね」

「――――っ!?」


 バレてた!?


「そんなに驚いて、もしかしてバレてないと思っていましたの? ふふ、私達貴族は職業柄、人から見られる事が多いものですわ。それが敵意のあるものなのか、それともまた別の考えを持った視線なのか……それが分からないほど貴族は甘くないですわよ?」

「あ――――ふぁっ――」


 そう言いながら僕の舌を放してくれる。

 僕は舌を口の中に戻しながら、息を整えていた。


「でもそうね……あなたは合格ね。容姿も声も表情も全部私好みですわ」

「あ、ありがとう……ございます……」

「ふふ」


 少女は僕の顔の近くまでしゃがんで来た。

 綺麗な顔が目の前にある。白い肌と、恐ろしいくらいに整った顔。その深い瞳に見つめられ、僕はその目から視線をそらせなくなった。


「これは、契約の証」


 僕の顎をクイッと持ち上げると、彼女は――――。


「ん――――っ!?」

「ん――。今はこれだけよ。もっと欲しかったら、私をもっと楽しませる事ね」


 ただ触れるだけのキス。

 それだけなのに。


「……あぅ……」


 僕の腰に一気に力が入らなくなり、ペタンと尻餅をついてしまう。いや、腰だけじゃなく、全身に力が入らなかった。これではまるで、僕が“魅了”されてしまったかのようだ。


 僕のそんな様子に満足したのか、彼女は「フフ」とうっすらと笑うと、部屋から優雅な足取りで出て行く。

 心なしか、その歩調がスキップでもするかの如く軽く見えた。


「はぁ……はぁ……」


 僕だけが取り残される。

 荒い息を整えるように大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。その行為の繰返し。


 どうもいつも以上にペースを乱されてしまった気がする。相手が女性という事もあるかもしれないが、あの女性からなにか不思議な“魅力”を感じたのだ。ただの魅力ではなく、まるで強制的に虜にされてしまいそうな甘美な――――。


 僕はゆっくりと深呼吸を繰返し、心を落ち着かせた。


「うわ……」


 冷静に考えてみれば、僕は相当な事をしていたように思う。

 なんだよ。足を舐めろって。行為の最中は脳が焼き切れんばかりの興奮を感じていたものだが……。やはり、冷静に考えれば、あの行為は相当倒錯的でおかしな行為だったのではないかと思う。


 自分の周りを見てみれば、ドロドロとした水溜りが数箇所できていた。おそらく、舐めていた際に零れた僕自身の涎と嘔吐いた時の胃液なんだろう。相当な量が吐き出されてしまっていた。これは掃除が大変かもしれない。


 などと、僕は考えていた。


 僕の思考はいつも以上に早かったし、いつもは考えない事すら考えていた。おかしな話で、いつもは仕事が終わった後は泥のように眠るだけだというのに、今は逆に力が漲ってくるような気すらしたのだ。

 自分の身体が、少しだけおかしく感じた。


 そして、気がつけばご主人と彼女はココに戻ってきていた。


「はぁ……えっと、なにかご不満な点でもありましたかな?」

「いいえ。ご不満なんてありませんわ。むしろ、大満足をしているところですわ」


 先ほどと同じように桃色のドレスを着た彼女と、脂汗をハンカチで拭くご主人様。

 僕は座り込んだ状態で、その二人の様子をジッと眺めていた。


「ところで、この施設では“身請け”の制度があると伺ったのですが――――」

「――――ほう?」


 彼女の一言に、ご主人様はスゥッと目を細めた。

 身請け……という言葉の意味は何となく知っている。風俗や遊郭の身代金や、借金を持っている人のお金を払い、その場所で働く事を辞めさせる事だったはずだ。

 お金持ちの貴族やら、王族なんかが見初めた女性なんかを、自分達の所で囲う為に身請けするなんて話はよく聞く話だ。


 でも、この施設では初めて聞く言葉だった。

 今まで一度も“身請け”なんて単語は聞いた事が無かった。本当に身請けなんてできるのだろうか。そして、その話をこの部屋の中で出す意味――――。



 ――僕を、身請けするという事なのか?


「これはこれは、面白い事を聞きますな。確かに気に入った者を身請けする事は可能ですが……いや、そこまでこの奴隷がお気に入りましたかな?」

「えぇ、そうね」


 ご主人の言葉から、なんとなくだけど「僕を身請けさせたくない」という感情が見えた気がした。何故だろうか。ご主人様にとって、僕なんて「死んでも問題のない相手」なのではなかったのだろうか。


「ふふ。そんな言葉は私は必要ありませんの。私が今必要としているのは、この子を身請けする際の代金のみ。それ以外の言葉は私には必要ありませんわ」

「――――――」

「あなたのその目。私を測っているのかしら? 私の真意が読めない? それとも、何か別の思惑があるのかしら?」

「――――――いえいえ。別の思惑など……。そうですな……、この奴隷は私としても手放すに惜しい人材。特に、この奴隷を手に入れる為に私は多くの賃金を使っておりましてな……それを全てあなたにお支払いいただければ、身請けを認めてましょう」

「……ふふ、急に少しだけ早口になったわね。何か気に触る事でも言ったかしら?」

「いえいえ。とんでもない。私はいつもどおりですよ」


 ニコニコと同じような笑みを浮かべて会話する少女とご主人様。

 笑顔の裏にはどんな表情があるのか知りたくないものだ。おそらく、笑顔の下の表情は、真っ黒な表情をしていそうだから……。


 僕は一度(ひとたび)間違えれば殺し合いに発展しそうな空気を放つ二人を、まるで別次元にいるかのようにボーっと眺めていた。

 僕の事を話しているのに、僕自身は蚊帳の外だった。


「さて。そう、金額でしたな。先ほど申したように、この奴隷には相当な金額を使っておりまして――――そうですな――――」






「―― 五千万ほどあればよろしいかと」





 た、高すぎる。

 桁がいくつか間違っているのではないかと疑ってしまうほどに高い。

 五千万というと、人が十人くらいいて、その人達全てを一生養っていける程度の金額ではないだろうか。目がくらむような金額である。


 さすがの少女もその金額には驚いたのか、ピクリと一瞬だけ顔を硬直させていた。さすがに五千万であれば払える訳が無い。そんな風に思っていたのだが……。



「分かりましたわ。五千万、お払いいたします」

「―――― なっ!?」


 その一言。

 ご主人様は表情を崩し、驚きで染まった顔をしながら少女を見ていた。


「あまりに大金過ぎてすぐには用意できませんわ。ちょっと残念ですけど……、数日ほど待っていただけると嬉しいですわ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「あら? 商人ともあろう者が、己の口にした金額を今更変える……などとは口にはいたしませんわよね?」

「――――」

「ふふ。いいですわ。三日後、五千万をお持ちしてまたコチラにお伺いいたします。馬車がやって来ますが、問題ありませんわよね?」


 絶句。その時のご主人様は、まるで何かに怯えるような顔で言葉をなくしていた。

 僕一人がいなくなるだけで、どうしてそこまでの表情をするのか分からない。


 あぁ、そうだった。今の話が本当ならば、もう彼は僕のご主人様じゃなくなるんだ。


「――そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたわね。あなたの名前を教えてくださるかしら?」


 少女が近づいてくる。

 僕は彼女の顔を見上げながら答えた。


「――プリムラ……」

「そう。プリムラ。私があなたの新しい所有者ですわ」


 頭を撫でる女の手。

 くすぐったくて、どうにも気恥ずかしくて。




 ――甘い、香りがした。



稀にすごく書きにくいと感じる時があります。

なんででしょうか……?


おそらく書きにくいと思った箇所は読者からすれば読みにくいって感じる部分になっちゃうと思うんです。

ですから、今回の話は読者的には読みにくかったかもしれません。申し訳ありません……。

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