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第二話 奴隷少年のお仕事

 この場所では男よりも女の方が人気が高いらしい。

 当然といえば当然か。風俗店なんかにやって来る人間は女よりも男の方が多いわけで、男娼を求めるような男以外は基本的に女を求めるものだ。男尊女卑な現代の思考もそれに拍車を掛けているに違いない。


 だからなのかはわからないが、こんな狂った施設の中でも僕の立ち位置といのは非常に微妙なものであった。

 この施設の中に男娼が居ない訳ではない。無論、稀にこの場所にも少年のような悲鳴が聞こえてくる事はあった。でも、絶対的に需要が少ないのだそうだ。「需要が無い訳ではない」辺りに男という生き物の浅ましさが見え隠れしている気がした。

 この場所の僕の立ち位置ももちろんその男娼だ。女の人の相手をした事は無いが、男の人の相手なら何度かした事がある。


 でも、あまり僕は人気が無かった。おそらく、男娼の中でもさらに人気が無い方の部類に入るのかもしれない。

 容姿が女っぽいせいなのか、それとも、頭から生えるこの二本の角のせいなのかは分からない。でも、僕が今生きているのはきっと僕が人気ないからだと思うから……。


 人気の出る女の子は短命になる。ここがそういう場所だからだ。早い子では、その日のうちに亡くなるみたいで、入ってきた姿も出て行く姿も一日の間に両方見た子もいる。

 あれは一年ほど前の出来事だったはずだ。そう昔の出来事でもなかった。


 考えてみれば、僕はここに来てから相当長い。

 おそらく五年目くらいだろうか。狂った施設の中では、もしかしたら僕が一番長生きしているのかもしれない。それくらい、ここでは“死”が日常茶飯事だったから。


 僕も何度か死ぬような思いをしている。

 骨を折られた回数は数え切れないほどで、身体を斬られた事も何度か。鞭を浴びせられた事も、ただひたすら殴られた事もあった。

 でも、不思議と腕や足などの四肢を切断される事は無くて、本気で死ぬ程の行為をされた事も考えてみれば一度もない。死ぬ程の痛みはよくあったが、死ぬような行為は無かった気がした。

 それもこれも人気がないからか。


 そんな自分にちょっとだけ笑った。


「おい」


 扉の向こうからかけられる声。

 声に合わせて視線をあげみれば、格子の向こう側にご主人様が立っていた。いつもどおり重たそうなお腹をして、コチラを睨むように見つめてくる。


 気になったのは彼の後ろに立つ男性の姿。

 筋骨隆々という言葉が似合うくらいに筋肉のついた大男だった。腕なんて僕の頭と同じくらいの太さがある。背は高く、足まで筋肉で包まれていた。

 全身に傷がある所を見ると、騎士が傭兵……それとも冒険者だろうか。いや、この施設に来れる人間というのは基本的に高位の人間だけなので、騎士が正解かもしれない。まぁ、合っていようが間違っていようが僕のする事に変わりは無いんだけど。


「仕事だ」


 言われなくても、そんな事は分かっている。

 僕はノソリとゆっくりとした動作で立ち上がった。わざゆっくり起き上がったのではなく、栄養失調の身体にうまく力が入らないせいだ。僕の身体も知らず知らずのうちに相当弱っている事を自覚した。


 ギギギと底から響くような音を立てながら鉄の扉が開く。

 相当に重そうな扉だ。ここまで厳重にしなくたって、鎖につながれている時点でそう簡単に逃げられないというのに。


 ご主人様は手に持った燭台のロウソクを僕に向けてきた。

 結構眩しい。暗闇に慣れた目にはその明るさでさえも毒のように感じた。


「んー……ん? おい。コイツ……角があるようだが?」

「そうですな。おそらく(オーガ)でしょう。人間に容姿が似ている事を考えると、もしかすると人間と鬼との間に産まれたハーフかもしれませんな」

「ほぅ……いや、それにしても……」


 男は僕の身体を下から上まで舐めるように見つめる。

 ゾクリと僕の身体にいつもの感覚(・・・・・・)が襲いかかった。とても気持ち悪い感覚だ。男を相手にする時はいつもその感覚が身体を襲っていた。


「予想以上にいいじゃねぇか……。お前が出し渋るから、どんな相手かと思ったが……」

「お気に召していただけたようで何より。それでは私はこれで失礼させていただきます。この場所でのルールは知っておりますな?」

「わかっている。さっさと行け」

「ふむぅ。では、ごゆっくり」


 ご主人はそのまま燭台を扉の近くに置いていくと、そのまま出て行ってしまう。後に残るのは、男と僕だけ。

 男はゆっくりと僕に近づくと、顔を近づけてきた。

 いかつい顔だ。年齢は三十代と言った所だろうか。僕はあまり多くの人と会った事が無いから、そう言った事はあんまり判らなかった。


「おい。お前。名前何ていうんだ?」

「ぷ……、プリムラ……」


 久しく使っていなかった喉は、うまく機能を果たしていなかった。ちゃんとした声を出したはずなのに、実際に出てきた声は掠れていて聞き取りづらい声になってしまう。

 が、男はそれを気にした様子もなく、さらに顔を近づけてきた。


「ほぅ……プリムラか。また可愛い名前してるじゃねぇーか」


 舐められる。

 首筋からツツツゥーと舌が這う。

 そのまま顎先を滑り、唇周りを舐められる。


 不快感と嫌悪感で身体がゾクリと震えた。いくら行為を何度かしていると言っても、男を相手にする事だけは慣れたくなかった。


「ちゅぅ……くちゃ……おい、口、開けろ」

「は……ふぁい……」


 舌が入ってくる。

 男の舌と僕の舌が絡み合い、やたらと卑猥な音が部屋の中に響いた。


「ん…………はぁ……ふぁ…………」

「蕩けたみてぇーな顔しやがって……結構エロい表情できるんじゃねぇかよ。見た時は人形みてーな奴なのかと思ったが……、これなら結構楽しめそうだな」


 ……この場所はただの風俗店なんかじゃない。

 僕らのような男娼でもそれは例外じゃなくて。


 僕の右目が最後に映し出したのは――



 男の大きな右手の指先だけだった。



「おらぁ!!」

「ぎぃ、やああああああぁぁぁああああ!!!」

「うわっ、うっせぇ」


 男の、右手が、指が、僕の、右目を、えぐる。

 グルリ、なんて、音が、頭の中に、グチャグチャて、響いて。


「痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ!!!」

「うっせぇっての。くっそ……やっぱ人形のが良かったんじゃねぇーのか、これ」


 痛い。とにかく痛い。

 頭が焼ききれるんじゃないかと思うほど僕は痛みで叫んだ。そうしないと、痛みが強すぎて狂ってしまいそうだったからだ。

 とにかく叫んで。僕は痛みを緩和させるように叫んで。


「はぁ……さすがにこの感触はやめられねぇな……つっても、さっさとしねぇと、コイツも死んじまうか」

「ぁぁあ……ぁぁぁ……」


 もう、わけがわからなかった。

 とにかく痛くて。

 いまだに男のてが僕のみぎめの中にはいってて。

 ぼくの右目をにぎっていて。そこで、僕はようやくなにをされるのかを理解した。


「こいつは貰ってくぜ」

「ぎゃあっ!!」


 言葉通りに、男は右手に握ったソレを引き抜いた。

 ブチブチって音が聞こえた気がして。痛みが僕の許容できるレベルを大きく超えてしまった。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「はは。あの男との契約じゃあ目玉一個しか買えなかったんだぜ? お前の体、マジで高すぎだろ……。まぁ、ここまで良いんじゃあそれも仕方ねぇって所か。よし、お前の左目だけどよぉ、それも俺が買ってやるから、絶対に待ってろよな?」

「あ……ああああ……あぁぁあ……」


 僕にはもう男が何を言ってるのか聞こえなかった。

 ただ、いつもよりも見えにくい視界の中で、男が右手に持った白くて丸い球体を何度も舐めているのを呆然と見つめていた。


 そして。


 気がつけば僕は、気絶していた。






「……ぁ……ぅあ……」

「ふん。やっぱりハーフとは言え、鬼というのは体が良くできているな。もう傷が塞がってるか……。まぁ、見た目があんまり良くないから、眼帯ぐらいはつけてやろうか」


 なにかが顔に当てられる違和感を感じる。が、それに僕は反応を返す事ができない。

 痛みのショックが大きすぎて、体中が痺れたようにうまく動かせない。時折自分の意思ですらないのに、身体がビクッと跳ねてしまう。

 頭もぼーっとして、目の前のご主人様が何を言っているのかも分からない。

 耳に入ってきた声が、意味のある言葉として認識出来ないのだ。


「……あぁ……」

「あーあ……さすがにやばかったか……コイツも痛みでだいぶショック受けてるみたいだし……まぁ、コイツがいつ壊れようと私には関係ないのだが」

「……あぅあ……」

「いい加減目を覚ませ」


 言いながら鞭を振り上げてくるご主人様。

 九つの革が付けられた鞭は威力こそ低いものの、拷問用にも使用されているものだ。人間であればすぐさま根を上げるような痛みでも、僕にはあまり意味をなさない。

 ……さすがに眼球は死ぬかと思ったけど。


「ぅあ……ご……主人……様……?」

「ふん。意識が戻ったか。じゃあさっさと体力を回復させろよ。明日別のお客様がお前の事を指名しているんだからな」

「…………え…………?」


 想像以上にペースが早い。

 いつもは二、三ヶ月に一回あるかないかという程度だったというのに、今回に限ってはどれくらい気絶していたのかは謎だが、速いペースで次の仕事を振り分けられている。これにはさすがの僕も予想外だった。


 でも。

 例え予想外だったとしても。

 僕には否定する言葉も、拒否する言葉も口にする事は出来なくて。


「わかり……ました……」


 痛みを堪えながら、僕はご主人様に向かってそう呟き、ゆっくりと目を閉じた――。






 あれから結構な時間が経った。

 もう“明日”にはなっている気がする。

 頭がボーっとして、身体がフワフワと浮いているような違和感。ジクジクと未だに痛む右目だけが、僕にとっての現実感だった。


 そういえば、ご主人様のくれた眼帯。……いや、これは正確にいうなら眼帯なんかじゃなかった。

 白いガーゼをただ包帯で固定しているだけの物。ただ傷口を隠しているだけに過ぎない代物だった。だからどうしたと聞かれれば、「どうともしない」と答えるしかないのだが。

 こんな粗末に見えるものでも、主から与えられた物は至高の物である。だから、この眼帯だって主から与えられた大切な眼帯なのである。


 まぁ、もっとも。


 止血もしていない目の上からそのままくっつけているだけなので、既に血で汚れてしまっていたのだが。


「うぐ……あ……」

 《――――セ――》


 右目がズキンと疼いた。

 普段は痛みをあまり感じないはずの体が、右目を中心にして、ジクジクと痛みが身体中に広がっていく。

 慣れていないその痛みは、僕の精神をちょっとずつ犯していくような……そんな気がした。


 僕は濁った瞳で、空を見上げる。今日はもう月は見えない。


 明け方に近くはなったようだが、空はまだ暗い。でも、もうすぐまた誰か(キャク)がやってきて、僕を壊していく……。


 鎖の音を立てながら、僕は腕を窓の方へと向けた。



 いつもと変わらないハズの日々。



 でも、この日から、何かが変わる――





 ――僕は不思議と、そんな気がした。



 《……サァ……コロセ……プリムラ……》


実は三回くらい書き直してます。

泣きたくなりました。



いえ、プロットでは、第二話では男の人にプリムラ君が犯されちゃう予定でした。でも、「あれ? これヤりすぎじゃね? これ載せられなくね?」って事で没に……。

結果、施設ストーリーが三話で終わる事となりました。ヤッタネ?



まぁ、性奴隷編はまだ終わりませんけどね。

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