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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ねこのかえりみち。

 私とトラは、空が曇った日に出会った。学校の帰り道で出会った。


 公園のベンチの上で退屈そうに寝転がっている一匹の猫を見つけて、私はゆっくりと近づいてみることにした。

 猫と私の距離は私の歩幅で三歩ぐらい。大抵のノラ猫は人にこれだけ近づかれると逃げるか、警戒するような素振りを見せてくるはずなのに……この猫はまるでそんな様子がない。私の存在なんてどうでもいいことだという様子で、やっぱり退屈そうに寝転がっている。


「ねこちゃん、こんにちは。」


 と、挨拶してみても眠たそうに欠伸をするだけで返事をしない。そもそも猫って返事するのかな?

 猫好きな友人は「猫の気まぐれな性格が可愛いんだよね~。」と言っていたけれどその気持ちは痛いほどにわかる。だから私は、猫を見つけるとつい近づいてみたくなってしまうのだ。

 少し頭でも撫でてみようと思いもう一歩を踏み出す。相変わらず猫はこちらの行動に対しての反応が全くと言っていいほどにない。

 さらにもう一歩を踏み出すと、猫の頭に手が届く距離まで来た。私は前屈みの姿勢で利き手の左手を猫の頭へと伸ばした。


「ねこちゃんは、私が怖くないのね。」


 優しく頭を撫でながら語りかける。猫は撫でられても知らん顔とばかりによそ見をしている。その様子はまるで不貞腐れた子供のようで、なんだか可愛い。

 すると突然その猫はにゃあ、と一言だけ鳴いて私の右足に擦り寄ってきた。この子は私を怖がらないんじゃなくて、人と接することに慣れているのだろうか。表情は相変わらずの仏頂面だが、私という訪問者を歓迎してくれているようだ。


 私は伸ばした左手を戻し立ち上がった。少し寄り道をしてしまったが、日が暮れてきたのでそろそろ帰ろう。ここ最近体調を崩しがちなお母さんの為にも早く帰って家事の手伝いをしてあげないと。

 ・・・この人懐っこい猫と別れるのは少々寂しいが、あまり道草を食って時間を潰すわけにもいかない。

「それじゃ、私帰るね。おうちでお母さんが待ってるんだ。」


 手を振って踵を返し帰ろうとすると、「にゃあ、にゃあ。」と二回鳴き声が聞こえた。

 私はその愛らしい声に誘われ思わず振り返ると、猫は左の後ろ足を引きずるようにしてこちらに歩いてくる。元気な声で鳴いてるし、顔を見ても辛そうには見えないけれど怪我でもしているのだろうか・・・。


「もしかしてお母さんとはぐれちゃったの?」


 猫は答えない。ただ私が一歩踏み出すごとに、その後を付いて歩いてくる。さっきと変わらないはずの仏頂面がひどく寂しそうに見える。そんな猫を見かねて私は歩を止めて、猫を抱きかかえ上げる。

 虎縞模様の毛の猫。野良のわりには綺麗な毛並みをしている。抱きかかえたまま頭を撫でてあげると、またにゃあ、と一言だけ鳴いた。名前を呼んであげようと思い、声を発しようとしたとこで気づいた。私はこの猫の名前を知らない。

 野良だから名前はないのかもしれないし、もしかしたら本当はちゃんと名前があるのかもしれない。だったら、あだ名みたいな名前でもいい。この子を呼ぶための言葉を考えよう。この可愛い虎縞の毛並みの猫の名前を。


「・・・ねぇ。キミのこと、トラって呼んでもいいかな。」


 猫は一回だけにゃあと鳴いた。



 私はそれから毎朝と毎夕、登下校時に通りかかる公園に立ち寄り、トラに会いに行った。

 そして、足に怪我を負って満足には動けそうにないトラはきっとお腹を空かしているだろうと思い、公園まで来る道の途中にあるコンビニで買った猫缶をあげた。最初は恐る恐る匂いを嗅いだり、眺めたりしていたトラだったが、試しに食べた一口で気に入ったらしく美味しそうに食べ始めた。いつも買ってる自分のおやつのベビースターラーメンよりは値段が高かったけれど、猫缶を美味しそうに食べるトラの姿を見て幸せな気分になったのでおやつ食べたかったな~という気持ちはどこかへ飛んでいってしまった。

「よしよし、そんなに美味しかった?」

 トラの頭を撫で、笑いながら語りかける。やはり、ろくに身動きが出来なくて食べ物を調達出来なくて、相当お腹が減っていたんだと思う。

「これでよければ、毎日は無理だけど・・・たまに買ってきてあげるよ。」

 私がそう言うと、トラが少し嬉しそうな顔をしたように見えた。そして、私の左足に擦り寄ってきて、またにゃあ、と一言だけ鳴いた。



 ある日、私がいつも通り学校帰りにコンビニでトラの大好きな猫缶を調達してから公園に立ち寄ると、私よりも少しだけ幼そうな男の子たちが楽しそうに遊んでいた。その子供たちの横を素通りしていつもトラがいるベンチまで行ってみたけれど、今日はそこには誰も居なかった。

「あれ・・・トラ? 居ないの?」

 私がここに通うようになってから今までトラがここに居なかった日は一日たりともなかった。それはたまたまそうだっただけなのかもしれないが、いつもいる存在がそこにないと不安になる。

 トラ、トラと声をかけながらしばらく辺りを見回してみてもトラの姿は見当たらない。一体、どこへ行ってしまったのだろうか。あんな足で遠くまで行けるはずがないと思うけれど・・・。

 そういえば猫は死ぬ時期が近づくと飼い主の目の前から姿を消すという話を聞いたことがある。ふとその話を思い出したことで余計に不安な気持ちでいっぱいになってしまう。

 私は、トラの飼い主ではないけれど……もしかするともう先が長くないことを悟ったトラが私に姿を見せないようにここから居なくなったんじゃないだろうか・・・? と悪い方へ悪い方へと考えてしまう。

 

「やーい、ノラ猫!! 悔しかったら鳴いてみろ~!!」


 子供たちが楽しそうに騒いでいる。

 私はそのノラ猫という言葉にはっとして、子供たちが遊ぶ輪の近くまで走り寄る。すると、輪の中心にはトラが酷く疲れた顔をしてうなだれていた。

 彼らはトラが足が悪くて走って逃げる事が出来ないのを逆手に取り、トラ目掛けて石を投げてぶつけるのを面白がっている。私はそれが許せなくて「あなたたち、やめなよ!」と声を張り上げるが、そんな声は遊びに夢中な子供たちに届くはずもなく、結局私は何も出来ずにただその様子をじっと見ていた。


 それから、人懐っこかったトラが人を避けるようになった。大好きだった猫缶を持って近づいてもこちらを見向きもせず。私が構うのを嫌そうにしている。頭を撫でると、後ろ足を引きずりながら私から離れていく。

「トラ・・・。」

 怪我をしたノラ猫に向かって石を投げて遊んでた子供たちを憎く思い、ただ見ているだけで助けてやれなかった悔しさと自己嫌悪で胸がいっぱいになって、私は大声で泣きながらで猫缶の入った袋を握り締めた。



 あるとてもよく晴れた日の朝。トラは私の通学路に居た。トラは、道路の上で寝転がっていた。

 どうしてあんなところで寝ているんだろう……と不思議に思い、近づく。

「トラ、そんなとこで寝てたら危ないよ。」

 私は、トラが怯えないように優しく声をかけた。

 いつもなら、声をかければにゃあと鳴いたり、最近なら……頭を撫でると私から避けるように遠ざかっていくトラ。なのに今日のトラは全く反応のがない。そんなトラの様子に一瞬、あれ? と私は思った。――よく見れば、そのトラがいる場所だけ、黒いアスファルトの上にどす黒い赤い液体が広がっている。

「・・・あっ。」

 トラの身体は押し潰されてぺしゃんこで、虎縞にタイヤの痕が付いていて、その周りに内臓が飛び出している。かろうじて頭だけは原型を留めていた。

 片目は私の方を向いていてて、片目は飛び出していて、顔の前の方に転がっていた。その目もまた、私の方を向いていた。まるで私に助けを求めるかのように、トラの亡き骸は私を見つめていた。

「ひどい・・・。」

 いつだったか忘れたけど、ノラ猫はよく車に轢かれて死んでしまうんだって、お母さんが言ってたけど……まさか、私の友達のトラまで車に轢かれてしまうなんて思ってもみなかった。今目の前を走る車全てが憎く見えてくる・・・。車なんてなければ、猫が轢かれることなんてないのに・・・!

「あー、かなちゃんだ!! おはよう!」

 向こうの方で、友達が私に向かって手を振っている。

「あ、さきちゃんおはよー。」

「せっかくだし、一緒に学校行こうっ。」

「うん、そだねー。」

 私は、友達と並んで学校へ向かって歩き出す。そして、その後ろには左の後ろ足を引きずるようにして歩く虎縞模様の毛の猫が、どこまでも私と一緒に歩いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続編期待してます!
[良い点] 虎猫と少女のはかない交流を描いた物語で、怒涛の展開が楽しめました。 [一言] ラストシーン、主人公は虎猫にでも憑かれたのでしょうか。興味深いですね。
2013/01/17 12:49 退会済み
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