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壷と木台

作者: 小田中 慎
掲載日:2011/09/08

 むかしむかし、西の国に自己中という男がいた。

 自は陶芸を営んでいて、国でも知られた男だった。

 弟子も大勢いて、その作品は王宮にも献上され、皇帝の食卓に華を添えていた。

 正に当世一代の名工だった。


 ある日のこと。

 自は窯から取り出したばかりの壷を仔細に眺めていた。

 ひとつひとつ手にしては重み、釉薬の溶け具合、紋様の浮かび具合やら傷や歪みを確かめていたのだ。

 そして自が一番気にしていたのは作品の「声」。

 声とは作者の「意図」のことだという。

 自は作品に込めた意図がどれだけ反映しているのか、その声に耳を傾けていた。

 どんなに完璧に焼き上がろうと、その声が感じられないものは、自にとって破棄すべき対象だったのだ。


 自はひとつずつ確かめては、これはだめ、これもだめと打ち割ってしまった。

 気に入ったものは一旦脇に置いて、あとで仔細に確かめるのだが、その日は最後まで残ったものは少なく、三つだけだった。

 だが、自はしまいまで見る前にそのうちのひとつに異常な関心を示して、最期のひとつを叩きつけて割ると、急いで三個の壷に戻って気になる一個を手に取った。


 自の周りには弟子たちが囲んでいて、その目利きをじっと眺めていた。

 師匠がこのように興奮するのを見たことが無い弟子たちは、壷を手にじっと動かない師匠の様子を固唾を飲んで見守っていたのだった。

 弟子の一人が隣の一人に耳打ちする。

「お師匠様は、あの作品の何を気に入ったのだろう?」

 もうひとりはしたり顔で答える。

「それはあの作品がよい声を発しているからだろう」

「ああだめだ。私にはあの作品からの声が感じられない」

「それが聞こえておれば、お前はもっとましな作品を生み出していることだろうよ」

「お師匠様が声を感じるのなら、一見平凡に見えてもそれはすごい作品に決っておろう?」

 弟子たちはひそひそと噂しあったが、自は真剣そのものに品定めをしていたので、耳に入らぬ様子だった。

 やがて自は大きく息を吐くや、その壷を頭の上に押し頂く。

「神よ、吾によきものを授けてくださりました。感謝いたします」

 と呟くと、一番弟子に向かって、

「これに相応しい当代一流の木台を用意しなくてはならぬ、探して参れ」

 と命じた。

 一番弟子はさっそくその壷を受け取ると、千里も離れた街へと旅立った。

 弟子には心当たりがあったのだ。


 その街には唯我独という男が住んでいた。

 唯は木工を営んでいて、特に陶器を置く木台を作らせたら国でも右に出るものはいないと言われた男だった。

 弟子も大勢いて、その作品は王宮にも献上され、皇帝の逸品を惹きたてていた。

 正に当世一代の名工だった。


 さて、その唯の下に先程の自の弟子が作品を持ってやって来た。

 自の弟子は、

「唯先生、吾らの師匠が作りしこの壷に見合う台を見繕っては頂けませんか」

 そうお願いする。

 唯は暫くその壷を仔細に眺めた後、自分の一番弟子に、

「この前、溜め置いたあの台を持って参れ」

 と命じた。

 するとその弟子は、

「お師匠様、あの蓮花の台、でございますか?」

 と困惑した表情で聞き返す。

 唯は、

「それだ。いいから持って参れ」

 と言うので、弟子は急いで一枚の台を持って来た。

 唯はその台を高床に置き、恭しく自の壷をその上に飾る。

 そして惚れ惚れと眺めた後で、

「どうだ、正にこれが一番合うではないか」

 そして満足げに付け加えたのだ。

「匠が己の意図通りに仕上げた作品には、同じく意図をよく呑んだ品を合わせると、互いが互いを引き立てあって実に味わい深いものとなる。これらもよく馴染んでおるわ」

 唯の声にも一番弟子はじっと黙ったままで、自の一番弟子は何か深く考え込んでしまった。

 やがて気を取り直した自の弟子が、

「ありがとうございます」

 とだけ答えてその台の代金を払おうとすると、唯は、

「それは自先生へ差し上げよう」

 といい、頑として受け取らなかった。

 自の弟子は深く頭を下げ、その場を引き上げたのだった。


 さて、翌朝の出立に備え、宿で寝支度をしていた自の弟子に客人があった。

 辺りを伺うようにしながら訪れたのは唯の一番弟子。

 唯の弟子は何用かと問う自の弟子を制し、まずはこれを、と持参した包みを解いた。

 そこには昇龍を彫り込んだ一枚の木台があり、自の弟子にも一目でそれが大変な逸品であることが分かった。

 唯の弟子は自の弟子が手にした木台を愛おしげに撫で、吐息を吐きながら感心するのを満足げに眺め、こう言った。

「あなたも、これが相当の逸品であることに気付かれましたな」

 自の弟子は大きく頷き、

「はい。大変な逸品だと思います。これも唯先生の作品ですね?」

 すると唯の弟子は驚くようなことを言った。

「確かにこれは師匠が作ったものですが、師匠はこれを私に破棄せよと命じました」

 驚いた自の弟子は尋ねる。

「これほどの出来栄えを?何がいけなかったのでしょう」

 俯いた唯の弟子はこう答えた。

「この作品には声がない、とのことでして」

 更に項垂れる唯の弟子は、

「私にはこれほどの逸品を壊して捨てることなど出来なかった」

 自の弟子は気の毒そうに頷きながら、

「それであなたは密かに隠し持っていたのですね」

 自の弟子の問いに、唯の弟子は黙って頷くばかりだった。

 すると、自の弟子は暫く黙考した後で、

「それではお返しに、あなたにも見て頂きましょう」

 といい、箱をひとつ持って来た。

 自の弟子が取り出したのは、こぢんまりとして形の良い壷だった。

「ほー、これは!」

 たちまちにして唯の弟子はその壷の美しさに惹きつけられた。

 正に王宮を飾るに相応しい気品に溢れ、光輝を放つかのような逸品だった。

 それはこの前の窯出しで最後に残った三つのうちのひとつで、自が選ばなかった壷。

 後で割っておけと命じられた自の弟子は、この壷だけはどうしても壊すことが出来なかったのだ。

 

 唯の弟子は納得したように頷いて、

「あなたも、悩んでいたのですね」

 自の弟子も大きく頷く。

「はい。私はずっと不思議に思っていたのです。師匠はなぜ完璧に見える作品を無造作に打ち捨ててしまうのかと。声がしないと言う。意図した通りに謳わないからと割ってしまう。私はそれにずっと耐えておりました」

「同じだ。私も師匠が上出来と見える木台を割る毎に、痛みを感じていました。まるで作品の叫びが聞こえるように」

 そして唯の弟子は、思い切って言ってしまう。

「吾ら師匠のような名匠に限らず、己の生み出した作品を自ら評価し、批評の目を経る前に消し去る者が大勢いますね?自分が作り出したのだから、選別は自ら行う、と。それは全く正しいと思うのですが、師匠の行動を見ていると、そうとばかりは言えない気がしてなりません」

 自の弟子も頷いて、

「くだらないと師匠の言う作品が、私にはこの上もなく美しく見えたり、逆にこれこそ私の意図した作品だ、と賞賛する作品が何も訴えて来ることがなかったり……」

「そう、そうなのですよ」

 唯の弟子は苦笑しながら、

「私は自分の目に自信がありませんでした。師匠が説明して初めて、師匠の言う声がどういうものか理解し、漸く作品の声を感じることが出来る。そんなことが続いていましたから」

 自の弟子も自嘲する。

「私も全くその通りですね。作り手の意図を知らされるまで、何の輝きを示さない作品を実に多く見て来ました」

 すると唯の弟子が遠くを見る目付きで呟いた。

「果たして作品とは、その作り手の満足のためにあるものなのでしょうか?」

 すると自の弟子は、

「どうでしょう?確かにそういうこともあると思いますが……作品とは誰かのために作るのではなく、己の心をそこに込めるため、吾はここにあり、と世に訴えるためにある、私はそう信じています。しかし、それは訴えるためであり、己の満足を得るのとは少し違う。そう思いたいですね」

 唯の弟子も言う。

「確かに作品はそれだけでは成立しませんからね。鑑賞する者がいて初めて成立する。私は、鑑賞の本質とは鑑賞者の心と感性をみる行為だと教わりました。その意味に於いては、作品とは鑑賞者の心を映す鏡に他ならない、と」

 自の弟子は唯の弟子の言葉に頷きながら、

「であるならば、作者は作品を己の満足のためだけに世に問うてはならない。なぜなら、ものをつくるという行為は、作者の心を作品に移す行為であると同時に、鑑賞者の心を映す鏡をこしらえる行為でもあるからです。そういうことにはなりませんか?」

 

 二人は夜を徹して話し合った。翌朝、自の弟子は心地よい疲れと共に旅立った。

 結局、お互いに得心した弟子たちは、その作品を大切に持ち続ける事にしたのだった。


 それから長い長いときを経て、自も唯も、その名前すら忘れ去られたころ、その作品はどうなったであろう?


 自が自信を持って皇帝に献上した壷は、これも唯が自信を持って自に差し出した木台と共に王宮の奥の院に飾られていたが、一年もすると他の献上品と共に宝物庫にしまい込まれ、やがて忘れ去られてしまった。

 その後、国が荒れ乱世となり、宝物庫も襲われて暴かれてしまう。

 実に多くの宝が散逸したが、彼の壷と木台は一瞥もされず、王宮の裏に打ち捨てられてしまった。

 たまたま通り掛った猫が一匹、割れたその壷の匂いを嗅ぐと、その曲面に沿って丸くなった。それは彼が一休みするには程よい大きさと形だったからだ。

 脚の取れた木台の方は、兵の賄いをつくる料理人の下働きに拾われた。戦場に携帯するまな板として具合が良かったのだ。


 弟子たちが持っていた作品はどうなったのか?

 壷と木台は今でも立派に残っている。

 両方共にある大国の博物館に恭しく飾られていた。

 それは正しく国宝と呼べる逸品であった。



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