山奥で快適な生活をしています
あれから一年が経った。
癒沢湧也改め〝エイド〟は当初、ひたすらにヒールを使った定点木こり作業をしていると、かなり筋肉がついたことに気が付いた。
そこから自らの疲労にもヒールを使い、筋トレ的なものが楽しくなっていった。
木こり用の斧も飽きが来ないように剣やナイフ、槍などにして変化させて動作を習熟させていく。
初級魔術のヒール程度では魔力切れも起こらないのか、ほぼ寝ずにこれが出来てしまうので面白い。
腕も太くなったし、腹筋も綺麗に割れている。
誰が見ても惚れ惚れするような肉体美で、身体方面はかなり仕上がってきた感じもする。
ただ筋肉がカロリーを求めて、食事がとても美味しくなり、食べる量が物凄く増えてしまった。
運動部の高校生かというレベルだ。
さすがに金欠になりそうなので、何か金になることもしなければならない。
そこで切りすぎた木材を町に売りに行き(筋肉のおかげで山盛りに運べる)、ついでに野菜や果物の種や苗などを仕入れて、ヒールを使った農耕をしてみた。
最初は味や形に苦労したが、町にいる本業の農家さんの腰痛や肩凝りを治す代わりに(ヒーラーだとバレないように、湿布を貼った瞬間にわずかなヒールを使った)、農耕のコツを教えてもらったり、農耕ヒールの調整をして納得いくものができたりするようになった。
もちろん現地の経済バランスを崩してもいけないので、食費や日用品代、念のための蓄えを稼ぐくらいだ。
というわけで、現世とは違って非常に有意義で自由な生活を送っている。
「そろそろ次にやりたいことも出てきたなぁ。いつの間にか中級魔術も使えるようになってたし、身体も仕上がってきた」
エイドは筋肉が付いた上半身裸で呟く。
それと同時に剣を一振りすると、周囲の木が一斉に倒れる。
もはや達人ワザだ。
「色々と試してみたいな! となると、冒険者辺りだろうか? 実際にやるなら少し考えないとな。おっと、ヒール」
何千、何万回と繰り返したヒールは一回で周囲の木々や土を瞬時に癒やした。
「この成長性、救世主とやらとして召喚された補正なのかもしれないな」
と言っても、もし救世主として立ち回って、王国最深部までスパイに潜り込まれるガバガバ環境で24時間気が休まらないのはゴメンである。
どうせ死ぬなら自由に生きて死にたい。
いや、死ぬ気も無いが。
「あっ、そろそろスモール・サンクチュアリを張り直さないとな」
スモール・サンクチュアリとはヒーラーの中級魔術の一種で、周囲に結界のようなものを張ることができる。
これで大抵のモンスターは避けてくれるし、数の多いアンデッド系は強引に通ろうとしてもダメージを受けたり、こちらに通知されたりする仕組みとなっている。
何回か使っていくうちに少し手を加えて、畑を襲う害獣も来ないようにしたり、山賊避けに悪意のある人間も対象にできたりした。
スモールで家と畑を覆うことができるので、ミドルとかラージになるとどんだけになるのだろうと思ってしまう。
特殊な調整をしたので一日に一回くらい張り直さなければならないが、日常生活では使い勝手がかなりいい。
いつものようにスモール・サンクチュアリを張り直そうとしたのだが――。
「ん? 何やら良い匂いが……」
家の方からだ。
家も以前の丸太小屋と違って、時間をかけてちゃんとコテージとして建築し直した。
……リビが。
良い匂いがしてきたということは、たぶん食事ができたのだろう。
ヒールで腹の虫はどうにかできないので、その香りに釣られて行ってしまう。
今のエイドは男子高校生並みの食欲に支配されてしまい、他は何も考えられない状態だ。
家の玄関を開けて台所に直行すると、エプロン姿のリビがいた。
動く鎧にエプロンはシュールだが見慣れている。
どうやら今日はシチューを作ってくれたらしい。
畑で採れた野菜がふんだんに入っていて美味そうだ。
リビはビシッとエイドの身体を指差してきた。
たぶん『汚れてるから先に風呂に入ってこい!』と言っているのだろう。
数ヶ月の間に、以心伝心で言いたいことがわかるようになってしまった。
もしかしたら頭がおかしくなって〝鎧の言葉がわかると思い込んでいる狂人エイド〟の出来上がりかもしれないが、便利なので気にしない。
「わかったよ、リビ。お前の言うとおりにするって」
胃袋、その他、かなり掴まれているので言うとおりにするしかない。
鎧に対して人間様の完全敗北である。
ハタから見れば完全に嫁ポジなのだが、さすがに鎧を嫁にする気は無いので相棒ポジだ。
「は~、どこかでカワイイ嫁が襲ってきてくれるとかないかな」
――そんなことを風呂に入りながらつぶやき、その後にリビの作ったシチューを食べて、今日も充実した一日だったと思ってベッドで寝た。
***
……はずだったのだが、夜中に目が覚めた。
寝室に誰か入ってきたような気配がしたのだ。
またリビが『身体が欠けたからヒールしろ』とやってきたのかと思い、寝たふりでスルーしようと思った。
しかし、何かが腐ったような臭いがして変だなと思っていると、その気配はベッドに乗り上げてきた。
さすがに何事かと思って目を開けると、薄暗いながらも土気色の女ゾンビがまたがってこちらを食べようとしているところだった。
その蒼い瞳は狂気に染まっている。
「うおおおお!? ヒール!!」
心臓が飛び出しそうだったが、普段からヒールを使っていたのでとっさに対処できた。
アンデッド系に使うと消滅させることができるのは念のために何回か試した。
「カワイイ嫁に襲って欲しいとか言ったけど、さすがにゾンビは勘弁してくれ……」
女ゾンビは光に包まれながら消滅するかと思いきや、意外なことに――。
「あれ? 消えない……元の人間に戻っている?」
そこには血色の良い人間の女の子が倒れていたのであった。




