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vs吸血鬼アイラ

 このタイミングでラプンツェルを人質に取っているアイラ。

 どう考えても敵側だ。

 それでも信じたくないという気持ちと、万が一の可能性を考えて質問をする。


「アイラさん、ラプンツェルが人質にされたと勝手に勘違いをしている可能性もある。だから――」

「いいえ、救世主様。私は吸血鬼で、村をゾンビだらけにした人間の敵ですよ」

「……そうか、アイラさんが吸血鬼だったのか」


 もう戦うしかない。

 エイドの思考は『親しかったアイラ』から、『村人を虐殺した吸血鬼アイラ』へと変化した。

 アイラ自身も素朴な村人の服装から、魔力で編んだであろう胸元や太ももが見える過激で淫靡な紫のドレスに変身した。

 眼も鮮血のように赤く輝き、これが吸血鬼本来の姿なのだろう。

 魔力で作った長い爪を出し、ラプンツェルの首筋に当てた。


「救世主様、わかりますね? あなたがヒールを使ったり、攻撃したりすればどうなるか……」

「ああ、わかった。抵抗はしない」

「エイドさん、なんで!? いつもだったら、私なんて見捨てて自由にやりたいように――」


 ラプンツェルは叫びながら足掻くが、アイラの腕力は尋常では無くビクともしない。

 アイラが優しく諭すように言う。


「あらあら、ラプンツェルちゃんは気付いてないのかしら? 口では突き放したりしてるけど、とても大事にされているわよ」

「えっ?」

「ラプンツェルちゃんに労力も強要しない、戦力も要求しない、子供なのに/異性なのに愛も求めない。これって純粋にとても大事にされてるってことでしょ?」

「……やめろ、そんなのじゃない。俺はただ自由に生きて、何も考えていないだけだ」

「エイドさん……ごめん……ごめんなさい……」


 嘲るようなアイラ、否定するエイド、ただ謝るラプンツェル。

 もう以前のように食卓を囲んだ姿はない。


「アイラさん、なぜあんなことをしたのか聞いてもいいか? 力のある吸血鬼が、なんであんな回りくどいことを――」

「飽きた、から」

「………………飽きた?」

「そう、飽きたんです」


 何を言っているのかわからない。

 飽きたというのが、どうして村を虐殺したり、そのあとも村長のモリスと娘のアイリスと家族を続けられたり、村の復興をエイドと一緒にできたのか。

 何も繋がらない、はずだった。


「ある意味、ヒーラーのエイドさんは当事者なので特別に説明してあげますね」


 アイラは優しく、子供と接する母親のように語った。


「私はそれなりの年齢を重ねた吸血鬼なんです。数百年前は手強いヒーラーたちと血で血を洗う戦いをしていました。しかし、魔王様がヒーラーを消してしまってからは、人間側がとても歯ごたえがなく、虐殺し放題となりました」


 それはまるで世間話のようだ。

 いや、長き刻を生きる吸血鬼にとっては、そのくらいの話なのだろう。


「そのときに最初の飽きが来ました。強くもない人間たちを虐殺しても、全然楽しくないんですよ。不思議ですよね。この気持ち、たぶんわからないと思いますが」

「ゲームクリアして、ラスボスがいない世界で無双してみたけど飽きちまったってことだろ? 現実でそれをやること自体は理解できねぇが」

「あらあら、さすが異世界からのお客人。私たちにはない概念をお持ちのようですね。多少なりとも通じたようで嬉しいです」


 吸血鬼は狂気の赤い瞳で笑顔を見せた。

 好きだったアイラさんの顔で笑うな、と思った。


「それで、飽きてしまったあとは違うことをしてみようと思いました。それが村での生活です」

「……人間ごっこか?」

「ええ、はい。村に迷い込んだ弱い人間を演じてみたら、うちの夫であるモリスから求婚されてしまい、娘のアイリスを授かりました。村のみんなからも祝福され、これはこれで楽しかったですね」

「どうして……どうしてそのまま生きていけなかったんだ……」

「言ったじゃないですか。飽きたからですよ」

「それで……そんなことで村の半数をゾンビにして殺し合わせ、自分は何食わぬ顔でギルドに助けを求めたというのか?」


 吸血鬼は悪ぶれもせずに肯定した。


「はい、その通りですね。あれはあれで、築いたモノを一気に崩す感覚が楽しかったですよ。本当だったら被害者として、そのあともまた人間社会で楽しもうとしたのですが、想定外の救世主様がお救いになってしまったので」

「なかなかの外道だな。村で俺やラプンツェルとのやり取りも偽っていたのか?」

「あらあら、私はいつでも本当に全力で生を楽しんでいますよ。救世主様は男性としても好きですし、ラプンツェルちゃんは娘のように可愛かったです。うふふ、爛れた関係になりそうでしたね」

「もういい、黙れ。吸血鬼」


 エイドは感情を抑えきれず、低い声で言った。

 アイラはそれを母親のように、隣人のように、恋人のように、人妻のように――吸血鬼として受け答える。


「本当はもっとこの関係を深めて、続けたかったんですけどね。まぁ、こんなことになってしまったのなら仕方がありません。でも、いつか救世主様もわかっていたはずだと思いますよ。自分が強すぎて、敵が弱すぎると飽きてしまうということに」

「ふっ、黙れと言っているだろう。時間稼ぎは終わった、お喋りは地獄へ行ってから存分にするといい」

「何を――あっ!?」


 アイラの背後からリビが体当たりをした。

 エイドが喋っていたのは、リビがやってくるまでの時間稼ぎだったのだ。


「よくやったぞ、リビ! さすが俺の相棒!」


 アイラの拘束が解かれ、ラプンツェルがエイドに向かって逃げてきている。


「あらあら……! でも、逃げ足の遅い子にはお仕置きで死んでもらわないと……!」


(まずい、間に合わないか!?)


 アイラはすぐに体勢を立て直しコウモリの羽生やして、ラプンツェルへ飛びかかろうとしていた。

 エイドからはまだ距離があるし、射程の長いダークネス・ウィップなどを使おうとしても角度的にラプンツェルごと巻き込む可能性がある。


(イチかバチか、手足くらいは間違って斬り落としてもヒールで何とかなるか? いや、ショック死してしまう可能性もある……。それにそこまでにならずとも、心臓が止まって脳に血流がいかなくなれば、ヒールで直せない障害が残るかもしれない。頭部をケガした村長は平気だったが、症例が少なすぎる……クソッ!! 死なせるよりはマシか!!)


 エイドが覚悟を決めて、ラプンツェルごと巻き込む前提で攻撃しようとした――そのとき。


「……頭上に注意だぜ」


 空から何者かが降ってきて、アイラをナイフで細切れにしていた。

 その赤い髪は見覚えがありすぎる。


「カ・マーセか!!」

「おいおい、その名前で呼ばれると噛ませっぽく聞こえるだろう」

「ん? あれ? 故郷の言葉で『栄光ある道』って意味だとか言ってなかったか?」

「そんなのデマカセに決まってんだろ。と言っても、あんたたち異世界人にしか誤魔化す意味がねーけど。まっ、偽名として使ってたけど、オレと関係ある異世界人から伝えられただけだしな」

「お前……何者なんだ?」

「信頼の証に、本名はカマラードとだけ言っておく。別に今のところは後輩たちの敵じゃないぜ?」


 敵だったら、かなり厄介な相手だろう。

 気配を悟られずに、吸血鬼を一瞬にしてナイフ一本で細切れにする腕なのだ。

 今までは噛ませとして偽っていただけなのだろう。


「おっと、オレ程度じゃ、このクラスの吸血鬼は対処できない」


 カ・マーセ改め、カマラードはその場をバックステップで移動した。

 その瞬間、魔力の斬撃のようなものが数百現れていた。

 それを放ったのは、もう細切れから再生しているアイラだ。


「あらあら、お気に入りの服が台無し」


 吸血鬼として美しい人外の裸体を見せつけるようにしてきたが、すぐに新しい紫ドレスが出現してタイトに身を包んでいく。


「無敵の相手を倒すには、ヒーラーの力が必要だ。あとは頼んだぜ、後輩」

「後輩に任せるにはきつい相手じゃないか、カマラード……」

「信頼の証ってやつだぜ?」


 カマラードはアイラから大きく離れた。

 あれだけの実力者が距離を離すということは、アイラはもっとヤバいということだろう。

 エイドもまずは小手調べをする。


「我が手で屠りし英霊よ、我が駒と成れ――〝原始の橙色(アンバー・リバイバル)〟」


 橙色の輝きが周囲を包み込み、影の悪魔と兵士ゾンビたちが現れた。

 ラプンツェルを背にして庇いながら、エイドはそれに命令をする。


「吸血鬼アイラを倒せ。これでトゥール相手にも多少は何とかなったし――」

「む、無茶ですわ! アイラお姉様は、ビヨンド家の長女……! このアタシ、三女のトゥールとは数百年分の格が違いますよぉ……!?」


 トゥールがしばらく喋っていなかったが、どうやら実の姉にビビっていたらしい。

 そこまで言うほどなのかと思ったが、実際に目にしてわかった。

 影の悪魔と兵士ゾンビたちが一瞬にして弾け飛んだ。

 精霊神の魔法でも一秒と持たない、死ぬほどヤバい相手で実質ラスボスだと認識した。


「そうなるとこっちも本気でやるしかないみたいだな。リビ、装着だ!」


 時間稼ぎのおかげでリビが合流してきて、エイドはいつもの慣れた全身鎧姿になった。

 走ってくるアイラ。


「リヒール」


 このままだと、リビごと中の人が切断されるという以前のパターンになってしまうだろう。

 そこで追加の対策を取らせてもらう。


「さよなら、好きだったですよ。救世主様……!」


 殺気が向けられ、次の瞬間には数百に斬り刻まれるだろうという確信があった。

 なので、安心して唱えられる。


「ヒール」

「がァッ!?」


 アイラが溶け始めた腕を押さえていた。

 どうやら見えない速度で攻撃をしていたらしい。

 間一髪だった。

 何をしたかというと、置きヒールをしたのだ。

 ヒールは継続時間が短いのだが、相手が攻撃してくるのならタイミングを合わせられる。

 これならリヒールだけでは危うい状況でも、さらに追加で回復魔術を強化できる。


「悪いが油断できない、決めさせてもらうぞ」


 最初のヒールがアイラを蝕み、腕も自然回復が極端に遅いようだ。

 立っているのもやっとに見えるが、ヒールを食らって戦意を失わないのは初めてだ。

 よほど強力な吸血鬼なのだろう。

 だが――。


「言っただろ? 俺はお前たちの死神だ――ヒール」


 アイラの心臓に拳を打ち込むと同時に、ヒールを唱えた。

 吸血鬼の身体をぶち抜き、そこからゆっくりと消滅していく。


「ガハッ!? ……さ、さすがヒーラー……。これだけは何度戦っても飽きない……」


 アイラは消滅しながらも、最後の瞬間まで喋り続ける。


「でも、救世主様……あなたは強くなって強大な敵を倒したあと、この世界に飽きずにいられるかしら……? ふふ……同じだから自分と重ねてしまって、愛情と……哀れみを向けてしまったのかもしれないわね……」

「アイラさん……」

「最後に頼みたいことがあるの。家族――モリスとアイリスには真実を告げてあげて。きっとそれで呆れて、私のことなんて飽きてくれるから――……」


 そう言い残して、アイラは消滅した。

 残ったのは紫色の小さな魔石だけだ。

 トゥールがポツリと呟く。


「狂ってしまったアイラお姉様……。いえ、ヒーラーが消えたあと、この世界が大きく狂ってしまっただけかもしれないわねぇ……」

「トゥール、お前は世界に飽きないのか?」

「私はそもそも、年が離れすぎていてヒーラーがいた時代のことを知らないもの」

「そうか」


 エイドはそれだけ聞くと興味がなくなり、試したいことを実行した。


「我が手で屠りし英霊よ、我が駒と成れ――〝原始の橙色(アンバー・リバイバル)〟」


 橙色の輝きが周囲を包み込み、アイラが現れた。


「お、お姉様!?」

「……」

「何も言わない、か。姿と力を真似ただけの存在だな」


 しばらくするとアイラは消えてしまった。

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