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本日の被害者

 トゥールがこの古城で気に入っているところがあった。

 大昔のお姫様が使っていて部屋が、ほぼそのまま残っていたのだ。

 トゥールはそこを自分の部屋として暮らしていた。


「うーん。良い感じのおザコ殿方を迎え入れるのですから、こちらもきちんとオシャレをしておきたいですねぇ」


 少女趣味の桃色の装飾が施された部屋に、大きな衣装箪笥(ワードローブ)がある。

 トゥールはその前に下着姿で立ち、ハンガーに掛けられた衣装を両手に持って悩んでいた。


「吸血鬼らしくビシッと決めるのなら、いつもの黒いゴシックドレスですよねぇ。でもでも、今日はハートを射止めて配下になってもらうのが目的……。ここは可愛くピンク色のフリフリで……、いえ、さすがに浮つきすぎですかねぇ。少し背伸びをして大人っぽい赤、落ち着いた装いの青……。意表を突いて、肩や胸の谷間が見えているセクシー白ドレスでギャップという手も……」


 ――こうして数時間が経過していた。

 もはや服を決めたいというより、服選びを楽しんでいるとも言えるだろう。

 鼻歌交じりで無限に時間が溶けていく。

 そんな中、古城が揺れた。


「ん? 何かしらぁ?」


 この地域は地震が少ないので、自然現象というのは考えにくい。

 あるとしても土石流(どせきりゅう)くらいだろうか。

 直後、ドンッ! と確かな衝撃波で揺れた。


「えっ? えっ?」


 ドゴンッという破壊音が響き渡り、焦ったトゥールは下着姿のまま窓から身を乗り出すようにして中庭を確認した。

 そこには一人の男が大暴れしている姿があった。


「えぇっ!? ただおザコさんに告白の返事をしてもらうだけなのに、なんでですのぉー!?」




 ***




 エイドは古城の中庭に入った途端、様々なゾンビたちに襲われることになった。

 まずは暢気に枝切り鋏で仕事をしていた庭師ゾンビたちだ。

 そのまま鋏でチョキチョキ切り刻んでやると言わんばかりに向かってきた。


「フンッ!」

『ニワッ!?』


 エイドは準備運動とばかりに顔面をパンチすると、ゾンビの首が取れて飛んで行ってしまった。


「あれ? 普通の村人ゾンビよりは強いけど、それでも影の悪魔と比べると死ぬほど弱くないか……? うーむ、弱い相手の内に色々と試しておくべきか……」


 少し拍子抜けしてしまった。

 そういうわけで、本気で戦うというより、実験方向へシフトする。

 こういうことを事前にしておかないと、エイド自身の強さを計測できてなく、足元を掬われることもあるからだ。


「リヒール……効果はいつもより強めに」


 自らに自然回復の魔術をかけた。

 精霊王からの贈り物のおかげで、いつもより数十倍は効果が上がった気がする。

 ――気がするでは困るので、実際に試すことにした。


『ニワァァ!』『ヤリィィイイ!!』『ケーンケンケン!!』


 庭師ゾンビだけでなく、槍兵や剣士のゾンビまで合流してかなりの数になっていた。

 生前のクセが残っているのか、叫び声が少し面白いことになっている。

 それらの前で、エイドは両手を広げて無防備状態だ。


「うぐっ!?」


 まるで雨の日に両手を広げて歩く映画のシーンのようだ。

 ただ当たっているのは雨粒ではなく、金属の武器だ。

 それらがエイドの身体を貫通している。

 血が流れ、エイドも口から血を吐いている。

 ゾンビたちは殺しきったと確信して、身体から武器を引き抜き、それぞれの業務に戻ろうとしていた。

 だが、エイドはリヒールで回復して何事もなかったかのように喋り始める。


「身体はすぐ自然回復するけど、痛みはそのままだな……。あとで痛みに耐える訓練でもしておくか?」


 ゾンビたちは再び敵を発見したかのようなスイッチが入り、エイドに一斉攻撃を仕掛ける。

 だが、今度はエイドも無防備ではない。


「我が手で屠りし英霊よ、我が駒と成れ――〝原始の橙色(アンバー・リバイバル)〟」


 橙色の輝きが周囲を包み込み、倒して消え去ったはずの影の悪魔が再び現れていた。

 エイドはそれに命令をする。


「ふっ、やれ。駒が敵地に踏み入って成った(・・・)のだからな」


 影の悪魔の腕がムチのようにしなり、ゾンビたちを切り飛ばし、それが城壁に当たって轟音を響かせる。

 次々と繰り出される無慈悲な攻撃。

 10秒後には周囲にいたゾンビたちは全滅していた。

 影の悪魔もスゥッと消滅する。


「ふむ、やはりまだ制限時間が短いな」

「うわー!? 何をやっているのですかぁー!? せっかく集めた眷属たちが!!」


 何か黒いドレスを急いで着ながらトゥールが飛び降りてきた。

 中庭が見える上の階に部屋でもあって、そこから見ていたのだろうか?


「いや、だってトゥールが『ゾンビになって自分の物にならないと、村人を全員殺すぞ? わかっているな?』と脅してきたからだろ」

「そんなこと言ってませんがぁー!?」

「村を襲って人々をゾンビにしたお前だし、それくらいやるだろ?」

「いえ、していませんが?」

「ん?」

「え?」


 そこで会話が止まった。

 吸血鬼のトゥールが村を襲ってゾンビを増やしたのではないのか?

 いや、ただ単に言い逃れているのだろう。

 ここらへんに吸血鬼はトゥールしかいないし、都合良く別の吸血鬼がいるというのもありえない。


「よし、考えるだけ無駄だ。お前を倒す」

「思っていたより脳筋ですわねぇ!? というか、其方は鎧を脱いだおザコ人間のエイド?」

「ああ、そうだ。もう正体を隠す必要はないからな。村を襲って大半をゾンビにするなんて奴は生かしておくわけにはいかない。ぶっ殺してしまえば証拠も残らん」

「あのあの、完全におザコ人間が悪役側のセリフなのですよぉ……」


 エイドは厨二病ポーズで構えた。


「ふはは! 自らの配下たちに殺されるがいいわ! 我が手で屠りし英霊よ、我が駒と成れ――〝原始の橙色(アンバー・リバイバル)〟」


 橙色の輝きが周囲を包み込み、今度はトゥールの配下であったゾンビたちが蘇った。


「絶対にそっちが悪役じゃないですぁー!?」

「やれ、元主人をわからせろ」


 エイドは楽しげに命令を下す。

 屈強なゾンビ兵士たちは元主人だろうが関係なく、トゥールに襲いかかる。

 はさみ、槍、剣が突き出される。


「やられますわぁー!? ……なーんてね、おザコたちの攻撃くらい簡単に避けられますよぉ」


 トゥールはひらりと回避したあと、コウモリのような翼を出現させて空中へ舞い上がった。


「なに!?」

「もしかして吸血鬼を舐めてますかぁ? おザコ人間とは根本から違うのですよぉ♪ ――それじゃあ、さすがに堪忍袋の緒が切れたので、おザコ人間には反省してもらいましょうねぇッ!!」


 トゥールは紅玉色の瞳を猛禽類のように輝かせ、空中から急降下してきた。

 狙いはエイドだ。

 五指から魔力の刃を放出し、まるで長い爪のようになっている。

 身軽な庭師ゾンビが空中にジャンプして止めようとしたが、軽々とはさみごと斬り裂かれてしまった。


「お仕置きですよぉ! おザコ人間!!」

「ヒール」

「は?」


 エイドがカウンターで手をかざし、強化されたヒールの輝きがトゥールの右斜め上辺りを覆った。

 人間にとっては回復の光だが、アンデッドでもある吸血鬼にとっては対魔の光だ。


「おっ、吸血鬼にもちゃんと効いたか。まぁ、強化前でも魔王四天王とかいう奴にも効いたし順当か」


 エイドはノンビリとした平坦な口調で言い、トゥールは無様に地面へ激突した。


「あ、がが……」

「おー、さすがゾンビと違ってまだ生きているし、自然再生も少しずつしているな。吸血鬼すごい、すごい」


 トゥールは見るも無惨な姿になっていた。

 狙いをわざと外したので頭部の四分の一ほど、それと右腕が肩周りごと消滅している。

 血の色は同じ赤らしいが、バケモノから流れているものなのであまりグロくない気がする。


「な……に……これぇ……。こんな力……ありえるはずが……?」

「ククク……冥土の土産に教えてやろう。俺はヒーラーだ」

「魔王様が昔……消滅させたはず……」

「そう。だから救世主召喚で喚ばれた、世界でただ一人のヒーラー。お前が言うおザコ、最弱ってのは正しかったな。まぁ、一人だから最弱で最強というのが成り立つのだが」

「そんなに……ペラペラと話しちゃっていいのかしらぁ……。もしかして、事情を話してアタシを改心させて、仲間にでもしようと――」

「いや、この古城を皆殺しにするからヒールの力を見せているだけだし、単純に俺が気持ちいいからペラペラと話しているだけだ」


 トゥールは四分の三しかない頭部で、絶望の表情をしていた。


「完全に悪役……人の形をしたバケモノ……身も心もバケモノじゃない……」

「そうか? 俺は普通の男だし、お前の初対面の印象は可愛い女の子だし、好感は持っていたぞ。美少女が好きじゃない人類なんていないしな」

「そ、それじゃあ助け――」

「ただ、人間の村を襲って半数をゾンビにして、面白半分で殺し合わせるような外道の大量殺戮を行った奴を人間だとは思えないし、ただの害獣にも劣る存在として見ているだけだ」

「そ、それは――がぁっ!? あがっ!?」


 エイドはヒールで、残っていたトゥールの左腕も念のために潰しておいた。

 逃げられでもしたら面倒なので脚も消し飛ばしておく。


「あ、あぁ……」

「そういえば、気が変わった。トゥール・ビヨンド。お前を生かしておいてやろう」

「ほ、本当……?」

「あー、正確には生き残るかもしれない、だがな。試したい実験があったのを忘れていたんだ」


 エイドは小指の先ほどの金属を取り出した。


「えっ……なに……それ……」

「これは動く鎧の金属で、先ほどのヒールの力を封じ込めている」


 トゥールはこれから自分が何をされるのか恐ろしくなったが、四肢を失っているので震えて歯をガチガチ鳴らすことしかできない。


「これだけの生命力を持っているが、吸血鬼なら心臓が弱点だろ? ほら、心臓に杭を打ち込むという話がよくあるし。だから、このヒールの力を封じた金属片をお前の心臓に埋め込む」

「ひっ!?」

「埋め込んだ時点で死んだら終わり」


 エイドは指先に金属片を乗せ、トゥールの心臓の位置にズブズブと深く突き刺していく。


「あぎゃあぁぁああ!?」

「うんうん、美少女っぽくない、バケモノのような叫びだ。お前に相応しい。でも、お前にゾンビにされた村人さんたちはもっと辛かったからな?」


 指をチュポンッと引き抜くと、トゥールはぐったりとしたが息はしていた。

 しばらくすると徐々に頭部や手足も再生していっているのがわかる。


「おぉ、成功か。よかったな、生き残ったぞ」

「ど、どうするつもりなのよ……」

「その表情、嫌な予感がしているのか? それとも大体は察しているのかな? ハハハ……ハハハハハッ!」


 エイドは厨二病めいた笑いをしていた。

 トゥールから見たら、それは本当のドス黒い悪に思えただろう。


「この……油断しているおザコがぁッ!!」


 トゥールは再び爪から魔力を放出して、その刃でエイドに飛びかかろうとした。


「おっと」


 エイドはパチンと指を鳴らす。

 本当は慣らさなくてもいいのだが、気分だ。


「あがっ!?」


 突然、トゥールは心臓を押さえて苦しみだした。


「説明が省けたな。俺に害するような行動をしたら、心臓に埋め込まれた欠片がヒールの力を解放する。今はお試しだから、1%のヒールも放出していない」

「救世主のやることじゃない……アンタの方がバケモノ……」

「お褒めにあずかり光栄です、吸血鬼のお嬢様。テメェらみたいなバケモノから、バケモノ呼ばわりされるなら最高だ。あんな良い村人さんたちを弄んだ罰だ」


 いくらエイドでも、激しい怒りを覚えるときはある。

 普段はそれをあまり表に出さないだけだ。


「ああ、ちなみに俺のことをヒーラーだとか、正体をバラすとか、不利になるような言動でもヒールの発動判定になるぞ。ついでに俺が死んでも発動する。まだ言ってない発動判定もあるから、おかしなことはするなよ?」

「わ、わかったわよぉ……。でも、おザコ人間……アタシは本当に村の人間をゾンビにしてない……。この古城のゾンビだって、数十年前にアタシに付き従ってくれた人間が病気とか寿命とかで死ぬときに同意の上でゾンビにしたものだし……。エイドだって、説得して人間のまま配下にするつもりだったのよぉ……」

「おいおい。そんな長い言い訳されてもなぁ……。ああ、ちなみに俺の害になるウソを吐いてもヒールが発動するから、今ので死んだな。さよならだ」


 エイドは実験が短すぎて残念だとばかりの表情をしていた。

 せめて、どんな感じで発動して吸血鬼が死ぬのか確認したい。

 そのときが来るのをジッと待つ――が、何も起きなかった。


「……あれ? 発動しない? 調整をミスったのか……」

「いや、だから本当のことしか言ってないってばぁ……」

「ちょっと待て待て。トゥールの言うことが本当ならもう一人吸血鬼がいるってことになるぞ……? まずくないか……」


 エイドの脳内に、ありとあらゆる自体が想定されていく。

 そして、その中で一番想像したくないのが、この瞬間の隙を突かれることだ。


「ご、ごめーん。エイドさん……人質になっちゃった……」


 城門の方にラプンツェルと、その後ろに立つウェーブのかかった茶髪茶目の素朴な女性――アイラがいた。

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