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精霊の洞窟へ

「っと、ちょっと止まれ、静かに」


 森の中、精霊の洞窟に向かう一行だったが、先頭を歩いていたカ・マーセが静かに呟いた。

 普段と違って声が真剣だったのでエイドも言うことを聞く。

 カ・マーセの指差す方向をよく見るとゴブリンが一匹いた。


「たかが一匹のゴブリンじゃん。エイドさん、直進して倒しちゃおう」


 ラプンツェルは軽くそう言うが、カ・マーセはオレンジ色の目を瞬きもさせずに首を振った。


「ゴブリンがいるってことは、近くに巣があるってことだ。下手に騒がれたら仲間が来るかもしれない。ここはちょっと先輩として任せてもらうぜ」


 するとカ・マーセは気配を消した。

 目の前にいるはずなのに、不思議と存在感が薄れている感じだ。

 何かスキルなのかもしれない。

 そのまま物陰を経由しながら、足音を立てずにゴブリンの背後側へと迂回して――。


「……ッ!?」


 ゴブリンが声を上げるよりも早く、視界の外から喉笛を斬り裂いて致命傷を負わせていた。

 手際よくゴブリンの魔石を取り出してから、その死骸を草陰に隠しておいた。


「っと、こんなもんだな。本当だったらもっと念入りに死骸をどうにかしたいけど、今は別の目的があるし森なら動物が食ってくれるだろ」

「へぇ、見事なもんだな」

「いや、こんなのシーフ適性がある冒険者なら出来て当然だぜ」


 カ・マーセは最初の印象と違って、そこは謙遜してきた。

 だが、それを気に入らなかったのかラプンツェルは頬をプクーッと膨らませていた。


「わ、私だってできるもん! きっと!」

「おっ、嬢ちゃん、もしかしてエイドに良いところ見せたかったのか?」

「カ・マーセの癖に生意気ー!!」

「ギャハハ! オレ様の方が先輩だからなぁ! やーい、ばーか、あーほ、ちんちくりんのおこちゃま~!」


 大人げない挑発をするカ・マーセは、やはり三下っぽいと思った。

 それでも冒険者の技量としては大きく差があるようだ。


「ラプンツェル、カ・マーセ先輩に色々と教えてもらった方がいいんじゃないか?」

「はぁ!?」

「オレ様もお断り~」


 エイドが言っても反発されてしまった。

 次にリリィが口を開く。


「そうですね、誰かを師匠役にするというのは冒険者ではよくあることですね。新人の頃が一番危ないので、カ・マーセさん頼めますか?」

「リリィちゃんが言うのなら、もちろんオッケーだぜ!」

「リリィさんが言うのならやる~……」

「おい、お前ら」


 エイドとしては何か納得できないが、ラプンツェルの技量が上がるのならいい。

 いいのだが、やっぱり納得できないのであった。




 そのままアイラの案内で森の中を進むと、何の変哲もない岩壁に突き当たった。

 見上げると高い崖となっているので、登ることも難しそうだ。


「ここです」

「何もないように見えるが……」

「精霊様がこちらに気付いてくれれば――ほら」


 不思議なことに岩壁が消えて、洞窟が現れた。

 魔力も感じないし、事前に岩壁に触れていたので幻などでもなさそうだ。


「村の者がいなければ、この周辺に辿り着くことさえできないですから」

「迷いの森に、幻の壁か……随分と厳重なんだな」

「精霊様は恥ずかしがり屋なのかもしれませんね」


 精霊の洞窟に一歩踏み入ると、明らかに空気が違う。

 温度は外とあまり変わらないのに、真夏日に冷房をガンガン効かせた部屋に入ったような差を感じる。

 身体ではなく、精神的に影響を受ける不思議な空気だ。

 リビにかけているリヒールに影響はないので攻撃などではないらしいが。


「なんだこりゃ、壁がオレンジ色に光っているぜ?」

「これは……透明な樹脂のようになっている。もしかして、壁全体が琥珀(こはく)で出来ているのか?」

「琥珀?」


 エイドは琥珀と予想したが、その物自体についてはあまり詳しくない。

 映画で恐竜の血を吸った蚊が封じ込められているのを見たくらいだ。

 その横でリリィがビシッと人差し指を立てて、良い質問ですねと早口し始めた。


「琥珀というのは樹木の樹脂が化石になったものと言われています。地域によってはアンバーとも言われますね。装飾品などとして使われ、数千年前の王族ゆかりの装飾品として今でも残っていたりします。樹脂の特性から、中に小さな何かが入っているのが見えるので、とても浪漫がある逸品ですよね。私も以前フィールドワークで見つけたときは――」


 そこでリリィは我に返った。

 照れくさそうにしながら一言。


「こ、これだけの規模の琥珀は珍しいということです……」

「リリィさんがこういうの好きだというのはよーくわかった」

「べ、別に一般女子の知識ですから!」


 琥珀について早口で語り出す一般女子は、いくらこちらの世界でも少数だろう。


「つーことは、この琥珀を取って帰れば大金持ちってわけか? やったぜ!」

「カ・マーセさん、そんなことをしたら精霊様の怒りを買って二度と出られなくなるかもしれませんよ?」

「……やっぱり自然は大切にしなきゃだぜ!」


 そんなやり取りをしながら、琥珀で出来た洞窟を進んでいく。


「わっ、踏んでも平気ですね」


 琥珀は樹脂なので柔らかいイメージだが、地面の琥珀を靴で踏んでもビクともしない。

 どうやら特殊な琥珀なのか、魔術か何かによって守られているのかもしれない。


「な、なぁ……得体が知れなくてこえぇんだけど、どこまでいくんだぜ?」

「もうすぐ〝農園〟につきます」

「こんなところに農園……?」


 琥珀の道を進むと、広い部屋に出た。

 そこには橙色の果実が生る木がいくつもあった。


「見たことが無い果実ですね」


 現地人のリリィが言うのだから、珍しい果実なのだろう。

 エイドとしてはデカいオレンジかミカンに見える。

 ただしボーリング玉のサイズなので、現実的な光景には見えない。


「ナブゥと呼ばれています。精霊様に感謝を捧げ、いくつか頂いていきましょう」

「琥珀はダメだけど、これは持って帰っていいのか? アイラさん」

「ええ。大昔、ナシェミエント村で光の精霊神が誕生して、そのお祝いとして精霊様がナブゥをわけてくださるようになったらしいのです」

「へぇ~、そんな歴史ある村だったのか」

「ふふ、今は面影もないですけどね」


 そう小さく笑うと、アイラは跪き、両手を合わせて精霊に祈るようなポーズをしていた。

 何となくそうした方が良い空気が流れてきたので、他の四人もそれに合わせる。

 すると、視界の隅にチラッと何か動く物が見えた。


 気になってよく観察すると、幼児くらいの背丈の丸っこい生物がいた。

 前世で見たらゆるキャラか何かと思ってしまうような外見だ。


「モンスターか……? それにしてはマヌケそうな感じだが」

「せ、精霊様がこんなに近くまで!?」

「あっ、利口そうなお姿です、はい」


 エイドは手の平をクルッと返した。

 精霊を怒らせるとなんかヤバいと聞いていたからである。


「ん? 何か手招きしているぞ?」

「精霊様が……誰かをお呼びになっている?」

「ヤバい、俺が失礼なことを言ったからお説教を食らうに違いない……。ちょっと行ってくる……」


 精霊様は背中を向けて、短すぎる尻尾のようなものをヒョコヒョコと振りながら奥へ行ってしまった。

 エイドも渋々それについていく。


「エイドさんがお説教食らうのも面白そうだし、精霊さん可愛いから私も行くー!」

「面白そうってなんだ、この野郎」


 なぜかラプンツェルまでついてきてしまった。


「じゃあ、オレ様も」

「わ、私も後学のために!!」


 カ・マーセと、リリィもついてこようとしたのだが、透明な壁に遮られてしまっていた。


「おやおや、どうやら不思議な血をお持ちのようで……」


 アイラは小さく呟いていた。

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