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初心者パーティ

 さて、自己紹介も済んだところでいよいよクエストを受注し、初めて僕はパーティとして大型の魔物を1体討伐する狩りへと出かけることとなった。


 前衛のヒゲのおじさん『ヒゲおじ』と中衛のイケメン自己中心的お兄さん『ジコチュウ』が先頭になり、その後ろを少し頼りなさげな優男『ヤサオ』と僕『ヒジキ』が歩き、そのまた後ろに謎の赤髪無口の魔法使い女『パプリカ』がいる。


 ちなみに僕の名前以外は、全て僕が勝手に付けたあだ名で、彼らの本名は聞き取れなかった。というより、僕がこの異世界の言葉をまだちゃんと理解できていないせいで分からなかった。



 向こうもこちらを変なあだ名で呼んでいるので、お互い様だと思うことにした。



 僕の荷物はほぼ軽装。肩に担げる分だけを持ち歩いている。


 依頼に書かれていた魔物が出る場所は徒歩で2〜3時間ほど。


 ジコチュウは歩いている間もずっと何かを喋り続けていたが、話し相手がほぼリアクションも返答も無いヒゲおじだったので、すぐに話し相手を変えて後方の僕たちの方にやってきた。


 ヤサオはジコチュウの話に愛想良く相槌を打っていたが、観客が1人だけでは満足出来なかったのか、ジコチュウは僕やその後ろにいたパプリカの所にまでわざわざやってきて話をし始めた。


 ジコチュウはどうやら、自分がどれほど優れた人間なのかを僕達に理解して欲しかったようで、そんな自分と一緒にいられる君たちは、どれほど光栄なことかを力説しているようだった。


 そんなジコチュウに対して嫌味無く、純粋に話を聞けるヤサオのことを僕は心の底から尊敬した。


 パプリカは相変わらず、無愛想な態度でジコチュウの話を無視している。いや、ジコチュウのことが個人的に気に食わないというよりも、本人の態度や表情を見るに、誰とも口を聞きたくなさそうだった。

 

 自己紹介の時もそうだったけど、彼女は何やら訳ありみたいだ。けど、はっきり言わせてもらうが、あの女がどんな事情でこのパーティに加わることになったのかなんて、正直どうでもいい。


 僕はただ、自分のやるべきことをやり遂げて、それに見合った報酬をいただくだけだ。


 この『魔法(ちから)』を使って、これからどんどんのし上がってやる。


 僕が鼻息を荒くして心の中で野心を滾らせていることは、僕以外の誰も知らないまま、僕たちはギルドの在る町の中心から離れた郊外の村へと順調に歩みを進めていた。



 お昼過ぎから出発して、少し日が傾き始めたところでようやく僕達は目的の村へと辿り着いた。


 依頼主はこの村の村長で、報酬もクエストのランクに比べるとかなり破格だった。


 というのも、僕達がこれから討伐しに行く魔物は結構大型の種らしく、村にある武器では太刀打ち出来ず、農作物を食い荒らされる、家を壊される、何人もの村人が襲われもうすでに怪我人も出ている等、実害が深刻化している現状、早急に対処してもらいたいとのことで、難易度に比べて破格の報酬を頂けることになった。


 早い話が、相場の倍の報酬を出すから、大人数で素早く討伐してくれとのことらしい。


 これなら、報酬が山分けになっても結構嬉しいのでは? と僕は内心ウキウキしていた。


 僕達は村長への挨拶もそこそこに、早速魔物討伐へと向かうことになった。


 初めてのパーティ依頼で浮かれていた部分も、もちろんあったけど、何より誰かに頼りにされるのって本当に嬉しいなと、僕は心の底から喜びを噛み締めていた。



 生まれてこの方、誰かに頼りにされるとか、期待されるとか。そんな経験無かったから。



 村の中心部から少し離れた、人の住む村とそれ以外を森で隔てる僻地に奴はいるらしい。


 やはり、人が少なくなると魔物の出現率も比例して上がるように感じる。


 これほど多くの魔物と遭遇し、戦闘したのは初めてだった。


 ギルドの在る町からこの村まで行く道中、ほとんど魔物に遭遇することは無かった。しかし、この村からどんどん離れていくほどに、よく魔物と出くわすようになった。


 ただし、大した事の無い小動物のような魔物ばかりだ。姿形は、兎や狸、狐や犬、猫、鹿のような僕の知っている動物によく似ていた。


 ただ、決定的にそれらの動物と違う点として、獰猛であるというところが挙げられる。


 僕の知っている兎や狐は人を見ても襲いかかってこないし、ましてやよだれを垂らして牙を剥くなんて事はありえないからだ。


 いくら小動物のような魔物の群れとはいえ、襲いかかってくる多数の魔物供を1人で相対することになる羽目になったら、僕は尻尾を巻いて逃げていたかもしれない。


 でも、今の僕には心強い仲間がいる。


 どんなに怖い魔物がいても、ヒゲおじの大きな背中が僕を安心させてくれる。口が軽く、時折人を見下したような言動をするジコチュウも、戦闘となれば意識を変えて率先して前に出る。これほど頼もしい仲間はいない。


 後衛から前に出る2人を僕とパプリカが援護し、ヤサオが僕たちを大きな盾と槍で護衛する。


 安心感が半端無い。


 これほどまでに安定していて、心の底から安心できる魔物討伐は経験したことがない。


 なにしろ、1人でギルドの討伐依頼を行なっていた時は、安定しない魔法と僕の練度不足も重なり、毎回終わった後は傷だらけだったからだ。


 でも、あの頃は今まで出来なかったことが出来た喜びと、安定した稼ぎを得る事の出来た充足感に胸がいっぱいで気にはならなかったけど、パーティーを組んだこの安定感を知ってしまった今の僕に、あの頃へと戻る覚悟があるのかは甚だ疑問だ。


 そんな物思いにふけっている間に、僕たちは目的の場所へと到着した。


 村長の話通り、そこには巨大な『何か』がいた。


 外見はでかい熊と言うべきだろう。いや......違う。実物の熊を直接見たことは無いし、テレビの画面越しで見ただけで、本当の熊の大きさを知らないとはいえ、僕は確信した。まず大きさが桁違いに違う。


 どちらかというと、ゾウやサイの方が近い。しかし、毛むくじゃらで僕の腕ほどの大きさの爪が両手に備え付けられている。


 二本足で立ち上がれば、身長がマンションの2階まで到達しそうだ。


 絶対に、僕のいた世界には存在しない生物。それが僕の目の前にいた。


 いや、そもそも魔物ってなんだ? 生き物なのか?


 動揺と混乱で、頭の中で謎の自問自答を繰り返してしまう。


 そんな僕を余所に、おそらくこういったことには1番経験のあるヒゲおじが、すぐに動いた。遅れてジコチュウが後に続く。


 ヤサオがぼーっと呆けている僕に対して大声で何かを叫んだ。それでようやく、僕はハッとして臨戦体制に移ることが出来た。


 隣にいたパプリカの様子を見ると、僕と同じように動揺していたみたいだけど、僕よりはまだ全然マシだったようで、もうすでに意識を切り替えていて前線の2人に守りの加護をかけていた。


 それに続くように僕も自分の『魔法』を発動させる。


 僕が唯一、この異世界で役に立てる方法だ。


 火の弓矢を構え、放つ。

 

 僕がこのパーティで行ってきた役割は、群れの分断、ダーゲットの誘導、つまりヘイト管理だ。


 僕の火の矢は、そのままでは殺傷力が殆どない。分厚い毛皮や、甲皮で守られた魔物に対しては特に。出来るとしても多少、相手を火傷させるくらいだ。


 しかし、僕は自分の起こした火をある程度操作することができる。それは、僕の手から離れ、別の何かに燃え移ったとしてもだ。


 火の壁を作り、魔物の群れを一箇所に集め一網打尽にしたり、火の矢を魔物の目の前で炸裂させ目眩しを行ったり。


 前衛の2人に死角から襲いくる魔物に対して、守るために火の矢を利用して僕に意識を向けさせたこともあった。


 僕がやってきたことはざっとこんなものだ。

 

 本当は......魔物にダメージを与える手段もある。一番最初の討伐依頼で行った『あれ』だ。


 でも、僕はパーティ戦で『あれ』を行うことを躊躇していた。なぜなら、一歩間違えれば暴走し仲間に危害を加えかねないからだ。


 僕は知っている。完全に全てを覚えているわけじゃない、けれど......『あれ』が暴走した時のことを、その痛みを、そして怒りで我を忘れた時の破壊衝動と、えも言われぬ心地よさを。


 そして正気に戻った時の絶望感を。


 だからこの魔法(ちから)を暴走させたくない。感情の制御を失うことに、僕はトラウマを抱えている。だから、なるべく『あれ』は使わないつもりでいた。



 それこそ、『命の危機』に陥らない限りは。



 ただ僕は目の前の魔物を見た時、本能的に『命の危機』を感じた。それほどまでに恐ろしい相手だった。万が一、パーティの誰かが殺されそうになったら僕は────


 しかし、僕の心配は杞憂に終わった。


 僕のパーティは僕が思う以上に優秀だった。あの時、僕が言った言葉を今更ながら訂正させて欲しい。



 初心者パーティなんてとんでもない。僕は彼らを、異世界で生きる『人』を軽んじすぎていたらしい。



 時間にして数十分だ。ただ、僕の人生の中で最も長い数十分だった。



 素早い動きでヒゲおじは魔物に近づき、ヘイトを取る。そこに合わせるようにジコチュウが、剣にエンチャントを行い、ヒゲおじの後ろから一太刀を入れる。


 足を狙った的確な一撃に、魔物は反撃する間も無く体勢を崩す。ヒゲおじはその間に魔物の死角に入り、盾を構えつつ、大きな斧でもう一方の足目掛けて振り下ろした。


 戦局を見て、ヤサオは前に出る。


 鋭い槍の一撃は、魔物の胸にある急所に向かって深々と突き刺さった。三人の見事な連携に僕は手を出す暇させ与えて貰えなかった。



 一瞬の間の後、僕とパプリカは、何ともなしにお互いの顔を見合わせて、ちょっとだけ苦笑いを浮かべた。

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