仲間
初の討伐依頼達成の夜が明け、次の日の明朝に僕は意気揚々と、新たな討伐依頼をこなすためにギルドへと足早に向かった。
とにかく、今僕は言葉では言い表せないほどに興奮してる。
初めて自分だけの武器を手に入れたような、今まで搾取されるだけの奴隷だったのが、急に超能力に目覚めたスーパーヒーローになって、この世界の主人公にでもなったような気分になっていた。
こんな気持ち生まれて初めてだ。
僕だけの『魔法』僕だけの......
持たざる者だった僕が、初めて『特別な存在』になれた瞬間だった。
ボロボロの布切れみたいな必要最低限しか隠せない服を纏い、側から見ればどこぞの流れ者、不審者、浮浪者にしか見えないけれども、今の僕は紛れもなく一端の勇者だった。少なくとも心の中では。
だって今の僕はただの『男子高校生』じゃない。『魔法が使える男子高校生』だからだ。
そんな僕の心の内が外まで漏れ出ていたのか、口角が自然と上がる。両手でほっぺを必死に押さえても言うことを聞いてくれない。まるで、自分の意思とは関係なく誰かに無理やり糸で吊り上げられているかのようだ。
そんな僕の様子を、ギルドの受付の女性は苦笑いを浮かべながら一瞥していた。
僕が昨日達成した討伐以来のランクはZZZ。これ以下のZZやZは、難易度的にそもそも討伐以来そのものが存在しない。
つまり僕は昨日、いきなり2ランク上の難易度の依頼を達成したのだ。このまま勢いでYやX以上の依頼を引き受けるのもありかもしれない。
が、さすがにそこは思い留まった。
ここはゲームの中の世界じゃない。死ねば終わり。信じがたいが、『ここ』は今の僕にとっての現実世界。
失敗しましたでは済まない。失敗はつまり、死であることとほぼ同義だ。
だからこそここは慎重に、今自分が受けられる討伐依頼を地道に重ね、経験を積むのが得策だと思う。
うん、それが正しい。
なんとかそういう風に自分自身を説得しながら、高鳴る気持ちをなんとか押さえ、僕は新たな討伐依頼を引き受けることにした。昨日請け負った依頼とほぼ同ランク帯の討伐依頼をいくつか受けると、早速魔物討伐へと向かった。
とはいえ、普段ギルドを利用している連中にとっては小学生の遠足みたいな難易度の依頼だ。
討伐未経験の、僕より年の若そうな人が受けても楽々クリアできるような物ばかり。
こんなことで一喜一憂している僕は、他人から見ればさぞかし低レベルの、地べたを這い回るうじ虫のように見えたに違いない。
でも、それでもこれは、僕にとっては大きな一歩であることに変わりなかった。
日々成長している実感が、僕に生きる希望をくれる。そんな感じだ。
と言うわけで、この日から僕は農作物を荒らす害虫や害獣をせっせと退治したり、人の通り道や畑を荒らす獣や魔物を脅かして追い払ったり、ちょっとした用心棒のことをしたり、1日中突っ立って交通整理みたいなことをしたりして、日々の生計を立てていた。
不思議なことに、人間というのはこんな異常な状況でも、ずっと続けているとなれるもので、この異世界での生活もすっかり板についてきた。
元の世界にいた時も、友達に頼まれてバイトを代わったりしたこともあったので、バイトに近い感覚で続けられているのも大きい。
何より、一日中泥まみれ、汗まみれになりながら草を毟ってた頃に比べたら遥かに生活の質が上がった。
文明が原始時代から、一気に近代文明まで進んだような気分だ。
ようやく野宿から、借宿みたいなところで寝られるようになったし。お風呂に入ることができるようにもなった。
衣服もボロボロの布切れみたいな服から、ある程度しっかりとした冒険者風の装いになることが出来たし、それに、外を歩いても好奇の目に晒されなくなったのは、何よりも嬉しかった。
そんな安定した生活がしばらく続き、ギルドの依頼にもそこそこ慣れてきた頃、いつものように依頼を受けようとギルドの受付カウンターに立ち寄った際に、あの幸薄そうなギルドの中間管理職のおじさんに声をかけられた。
どうやら、僕がいつもソロで依頼を引き受けているので、そろそろパーティでの依頼も受けてみないかと、スカウトしにやってきたみたいだった。
いよいよ、人に認められるまでに成長してしまったのかと、感慨深くなり少し目頭が熱くなる。
僕はおじさんの提案を快く引き受けた。
おじさんが紹介してくれたのは、どこからどう見ても新米冒険者のパーティーだった。まあ当然といえば当然なんだけど。でも、僕はなんだか嬉しくなり満面の笑みでパーティーのみんなに大きくお辞儀して挨拶した。
この異世界では、お辞儀とかいう文化が無いので変な人をみる目で見られたけど、やる気に満ち溢れた僕の態度に一応、感心して喜んでくれているようだった。
僕は使用出来る魔法の特性上、後衛担当になった。
前衛には筋肉質で、体毛が濃くて、長い髭の傷だらけの鎧を纏ったおじさん。タンク係だ。なんかベテランみたいで頼り甲斐のある人で嬉しい。
中衛は魔法剣士みたいな、20代前半のお兄さん。金髪でイケメンの、THE 勇者みたいな見た目の人。でもまだまだ経験は浅く、未熟な部分も多い。自信過剰な面がある。
同じく中衛の、少し自信なさげな黒髪短髪のお兄さん。田舎からやってきた風のまだ垢抜けない優男。金髪イケメンのお兄さんより大きめの盾を持ち、リーチの長い槍で敵を牽制する。
後衛は僕と、僕と同い年くらいか少し年下の赤髪で赤い瞳をしている色白の女の子。黒いフードを纏った、所謂魔法使いだ。魔法で遠距離攻撃を行い、前衛を回復するサポーター的なポジションで紅一点。
ただ、僕は回復とかそんな細かいことは出来ないので主に攻撃役で、彼女は回復等の防御担当になる。
まあでもこんな新米パーティーでも、意外と中々悪く無いんじゃないかと思えてきた。ど素人の僕の目から見ても、贔屓目無しで、まあそこそこバランスの取れたパーティなのではないかと思う。
依頼はX相当の難易度なので、僕が普段請け負っている依頼のおよそ2〜3クラス上の難易度だ。
1人で請け負うには少々荷が重い難易度だけど、パーティとしてなら受けやすい。こんな感じでパーティで依頼を受けながら、少しずつ上の難易度の討伐依頼にも慣れていって、徐々に1人でもクラスを上げられるようになってゆくのが、ギルドを請け負う依頼人の主な流れらしい。
僕たちは初顔合わせの後に、軽い自己紹介をした。
長い髭の傷だらけの鎧を着たおじさんは寡黙で、多くを語ろうとはしなかった。どうやら、ここから相当遠い北の町からやってきたらしい。風貌を見れば、色々あったんだなと察することが出来るが、本人が詮索されたくないような雰囲気だったので、みんなそれ以上何かを尋ねようとはしなかった。
いかにも調子の良い、飄々とした顔をした金髪イケメンのお兄さんは自分のことを得意げに語った。
どうやら、ここから少し離れたとある国の侯爵か何かの孫であり、ここに来るのは社会勉強で庶民の暮らしや仕事っぷりを見にきたとか何とか。
まあそれが真実かどうかはさておいて、如何にも自分以外を見下しているかのような言動に、場の空気が凍り付く。
僕のクラスにもいたな。自分の親がいかに偉くて優秀で、金を持っているのかというのを、さも自分の手柄のように語る奴が。
ここは異世界とはいえ、人間の性分というものは僕たちの世界とあまり変わらないのかもしれない。
続いて、自信なさげな黒髪短髪のお兄さん。年齢はおよそ、あの金髪イケメンお兄さんとほぼ変わらないらしい。田舎からやってきて右も左も分からないといった風な、少し鈍臭い人だが根は優しそうだ。
時折、あたふたしたり、転びそうになったり。でも、気前のいい笑顔で印象は悪くない。
華奢な風貌な割に、結構重そうな盾と槍を抱えているのは、ギャップで女子にも受けが良さそうだ。
続いて、大きな黒いフードを身に纏う小柄な赤髪で赤い瞳の女の子。自分の身長より少し長い木の杖を大事そうに抱えている。
色白で顔は可愛らしいが、終始むすっとしていて愛嬌が無かった。
まあ無理もないか。こんな男だらけのパーティに、僕と同い年くらいの女の子が1人だけというのは警戒するなというのが無茶な話だ。
彼女はどうやら別の国の魔術学の学生? で本来ギルドで依頼を受けて働くというのは行わないというか、行う必要が無いみたいで、僕以外のみんなが彼女の経歴を聞いて驚いていた。僕も周りの人たちのリアクションに合わせて驚いた顔をしたが、僕は彼らの話のおよそ半分も理解出来ていない。
なぜなら、僕はこの異世界の言葉がわからないからだ。
最後に僕が自己紹介する番になった。
カタコトの言葉でとりあえず挨拶し、得意げに僕は自慢の『魔法』を披露した。
特にみんなのリアクションは無かった。
まあ、魔法なんてこの異世界じゃよくありふれた現象だもんね。ただ、1人舞い上がってた僕のテンションはあまりにも冷めた周りのリアクションに、一気に急降下することとなった。
恥ずかしすぎて、顔に全身の血液が集中して真っ赤になるのが分かる。まるでゆでだこみたいになった僕はいそいそと背を縮こませた。
ちなみに僕の苗字は『ヒジキ』じゃない。『日退』だ。でも、この異世界の人たちには日本語のニュアンスというものが伝わりづらいのか、いつも『ヒジキ』と誤解される。
今回もそうだった。僕のこのパーティでの名前は早速『ヒジキ』になった。