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魔法

 今から約半年前、僕は異世界へと飛ばされた。


 それは事故か、あるいは運命の悪戯とも呼ぶべき現象だったのか。


 ただの男子高校生には、神なる存在の心の内に秘めた思いなんてものは、全く想像出来かねる。



 僕に与えられた選択肢は2つ。異世界で漂流したまま野垂れ死ぬか、泥水を啜ってでもいつか元の世界へと帰れるはずだと希望を胸に抱きながら、生き続けるか。


 

 

 異世界に飛ばされる前の僕は、何処にでもいる何の変哲もないただの落ちこぼれだった。



 両親、祖父、曽祖父、果ては親戚筋まで医者まみれという僕の家庭環境において、そうなれなかった、あるいはそうなれそうにない僕は、存在する価値の無い人間だということを、嫌というほどに僕の置かれた環境が実感させてきた。



 僕の兄は、およそ三年前の春に、都内でもトップクラスの大学、しかも医学部に合格した。両親は、非常に出来の良い兄を溺愛していた。



 僕はいつも、そんな兄と常に比べられて生きてきた。



 一つ下に、妹がいる。妹も僕と同じように肩身の狭い思いを強いられてきた。しかし、僕はいつしか妹からも関心を持たれなくなってしまい、完全に家に居場所を無くしてしまっていた。



 都内でも有数の進学校に通っているというのに、僕は両親の期待に応える成績を残すことが出来なかった。



 両親からは、兄と同じ大学に入れないのであれば、進学することを認めない。どうしても別の大学に行きたいのであれば、自分で金を出せ。そして、高校卒業と同時に家から出て行ってもらう、などといったニュアンスの言葉を吐き捨てられた。



 それはおそらく、両親から僕に対する最後通告だろうということを、僕は理解した。


 

 高校卒業と同時に僕は両親から捨てられる。



 そんな漠然とした絶望感に襲われながら、毎日をただ何の目的もなく過ごしてきた。


 そんなある日だ。

 

 季節が冬になり、僕の周りの同級生たちは本格的に大学受験への最後の追い込みをかけている。それなのに、僕だけが蚊帳の外にいて、置いて行かれているようなそんな気分になっていた時だった。


 ふと自分のスマホに入っていたメールにあった例の文言。あなたの五感の全てに体験を与える新感覚VRという触れ込みに、普段の自分ならくだらないと一蹴していはたずの心が揺れた。



 気が付くと僕は無意識のうちに、先行体験への応募フォームにアクセスしていた。


 

 半信半疑というよりは、好奇心半分、現実逃避半分、といった所だろうか。



 必要事項を入力して一週間も経たないうちに、僕宛に再びメールが一通届いた。『ガーデンオブクオリア先行体験にお申し込み頂き、誠にありがとうございました』という、いかにも胡散臭い題名で送られてきたそのメールには、『厳正に抽選させていただいた結果、ご当選されましたのでお知らせいたします』と書かれていた。



 他には、先行体験が行われる日時と場所だけが書かれており、それ以外の情報が全く無かったのが不気味だった。



 明らかに胡散臭いし、何かよくないものを感じているのに、それでも行くのをやめられなかったのは、理由はなんであれとにかく、今自分が直面している現実から一刻も早く逃げたいという気持ちの表れだったのかもしれない。



 ただそうやって、目の前の問題から逃げ続けていれば、いつかきっとそのしっぺ返しをくらうだろう。僕の場合は、それが『異世界に飛ばされる』ことだった訳だ。



 日時は、僕がメールを受け取ってから約一週間後の午前九時。


 場所は都内有数のビルが立ち並ぶ一等地の、大層立派な高層ビルの一つ。


 玄関には看板や案内すら一つもない。



 しかし、豪華な内装のビルの受付には、およそ二十代前半くらいに見える慎ましやかな格好の女性がいて、おろおろと心配そうに尋ねてきた僕に対して、丁寧に会場まで案内してくれた。


 会場に入る前に、受付の女性に荷物を全て預けるように言われた。どうやらVRの機械はとても精密で繊細らしく、僅かな磁気や電波等、些細なことで誤作動が起きる可能性があるからという理由だ。


 最もらしい理由だけど、何処か胡散臭い。とはいえ、ここでそれを拒んで入室を拒否されるのも、それはそれで、ここまで覚悟を決めて来た自分の行動を否定することになる。


 どちらにするか心の中で天秤にかけて、結局僕は好奇心に負けた。言われるがまま渋々、受付の女性に荷物全てを預けることにした。鞄や家の鍵、スマホだけじゃなく、ポケットに入っていたハンカチまでも預ける羽目になった。


 今は冬休み期間中。しかし、受験生に休みは無い。本来なら、その受験生の一人である僕もこんな所に寄り道なんてしている場合じゃ無いはずだ。


 胸の中に燻る罪悪感と、これから一体何が起こるのか分からないという好奇心がせめぎ合いながら、僕は案内されるがままに会場の扉を開ける。



 気が付くと、僕は清々しい風が吹く原っぱのど真ん中に突っ立っていた。



 それから僕はおよそ半年もの間、この異世界を彷徨う羽目になった。


 いや、今もまだ彷徨っている最中だ。


 でも、僕をこの異世界へと連れてきた『何か』は、僕にとんでもないものを与えた。


 それは『(ちから)』だ。


 人智を超えた神の如き(ちから)


 人はそれを魔法(キセキ)と呼ぶ。



 いや、もしかしたらここが『異世界』だからこそ、僕にとって『それ』が可能になったのかもしれない。


 でも、真実なんて今の僕に分かるはずもないし、それよりももっとずっと優先すべきことがある。決して僕が、興奮して我を忘れているからじゃない。



 しかし、人の身に余るその(ちから)を制御するのは至難の業だった。



 だから、僕はこれをコントロールするために、制御する過程として五つの段階を設けることにした。



 この(ちから)をコントロールするには、自分の中にある『怒り』の感情をコントロールしなければならない。なぜなら、僕が『何か』より与えられたこの(ちから)は、僕の怒りという感情に紐づいているからだ。



 理由は分からないし、仕組みも分からない。


 

 僕が今、この(ちから)について分かっているのは『経験した所』までだ。


 

 僕の怒りの感情によって、『火』は発現し、感情が大きくなるにつれて威力も大きくなる。


 だが、あまり力が大きくなりすぎると制御が出来なくなり暴走する。特に、怒りという感情を制御するのは難しい。力に感情が引っ張られるか、あるいは感情に力が引っ張られて暴走する。



 そうやって僕は何度も失敗した。



 だから僕は、この(ちから)を完璧に制御(コントロール)するために、段階を踏みながら訓練することにした。



 ステップ1 右手のひらから1cm浮いた空間にゴルフボールくらいの大きさの火の塊を出す。



 これは比較的簡単だった。大体1週間くらいでマスター出来た。



 ステップ2 ステップ1で作った火の玉をサッカーボールくらいの大きさまで成長させる。



 ここで、一つ目の壁が僕の目の前に立ちはだかった。


 ちょっとでも火を大きくしようとすると、力が暴走して爆発する。


 爆発するたびに髪は焦げ、服はボロボロになっていった。


 感情を完璧にコントロールしつつ、火の出力を操るのは非常に困難だった。ちゃんと制御出来る様になるまでに約2週間ほど時間がかかった。



 ステップ3 火の玉を棒状に引き延ばす。



 頭の中ではイメージが出来ていた。あとはイメージ通りに生み出した火を制御するだけだ。


 しかし現実はそう甘くはなかった。頭の中にあるイメージ通りに、おいそれと上手く制御できない。


 怒りの感情とそれに紐づいた(ちから)のバランスを完璧にコントロールしながら、さらに生み出した火を思いのままに操るなんて芸当、両手、両足で同時に皿回しを行う様なものだ。



 出来る様になるまでにおよそ1ヶ月ほどかかった。



 ステップ4 火を弓の形にする。


 

 僕は今この段階にいる。挑戦し続けてもうすでに1ヶ月以上の月日が流れていた。


 今日こそは上手くいくと信じて、僕は自分の心の内にある怒りという感情を起こす。『後悔』という変え難く、耐え難い記憶を糧にして火花が散るイメージを作って意識を手に向けると、小さな火の塊が右手のひらに現れた。


 慎重に、慎重に。暴走しないように細やかに火と感情をコントロールしながら、素早く火を引き延ばしていく。


 質量を持たない、純粋なエネルギーの塊に形を与えるというこの作業は、一言で言うと馬鹿げている。


 だが、その馬鹿げたことをやろうとして、無謀な挑戦し続けている僕は本当の大馬鹿者だ。


 弓の形、弦、そして矢さえも自分が生み出した火で作ろうと言うのだから。


 僕は弓の形をした火、そのものを握る。不思議と熱さは感じず、空気に触れるのとさほど変わらない。つまり、何も感じない。握った感覚さえ無い。


 そう思っていると、手のひらに何か圧力のようなものを感じ始めた。


 僕の手のひらには確かに何かがあって、僕はそれを完璧に意のままに操っている。急にそんな気分になって、自然と気分が高揚した。


 空いているもう一方の手で、矢の形をした火を生み出す。そしてそれを火で作った弓に合わせて弦を引く。


 まるで本物の弓の弦の様に、火は僕の手に合わせてしなった。


 額から汗が滴り落ちる。眼前には、僕が事前に作っておいた木の的があった。それに向かって僕は思いっきり火の弓矢を引き絞る。


 本来、質量も明確な形さえも持たない火のはずなのに、僕の手のひらは確かに、何らかの『形あるもの』が存在していて、同時に引っ張る腕には元の形に戻ろうとする張力を感じていた。


 僕が僕の意思で、本来存在し得ないはずの性質を、僕自身が生み出した火に与えているんだ。そう思うと嬉しさで自然と口角が上がり、唇がわなわなと震えだした。



 まるで、実際の弓の様な挙動で、火の塊そのもので出来た弦はキリキリと音を鳴らす。一瞬の静寂の後、僕が矢から手を離したと同時に、弦に勢いよく元に戻る力が働いた。


 まるで、本物の弓矢を放したような感覚に、この時ばかりは確かに僕は興奮していた。



 火の矢は勢いよく放たれ、宙を舞う。

  

 

 が、矢は的を大きく外れ近くの空き地に落ちた。



「やばっ…!」



 僕は慌てて火の矢を追いかける。火が燃え広がって火事になったら大変だ。


 あらかじめ作っておいた木の的には、燃え広がらないように周りの草を刈り、堀を作り、近くに木製のバケツで汲んだ水も用意していたのに。このままじゃ大惨事だ。



 僕の心配は現実になり、明らかに燃えやすそうな原っぱに火の矢は落ちた。そして火の矢は静かに炎として、周囲の有象無象を巻き込みながら燃え広がってゆく。


 僕は内心焦りながら、燃え広がりそうな火を何とかコントロールしようと必死になった。


 

 狼狽しつつも何とか大事には至らず、およそ1〜2分ほどで火は鎮火することができた。どうやら、僕が生み出した火は、燃え広がっても僕の意思でコントロール出来るみたいだ。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、今度は胸の内にじわりじわりとした高揚感が広がってゆく。



 僕はこの異世界に迷い込んでからやっと、初めて『手に入れることが出来た』。


 自分だけの武器を。


 生き残るための切り札を。



 それは希望そのものと言っても過言じゃない。



 地べたを這いずり回りながら、ひたすら草を毟って飢えを凌いでいた死に損ないが、ようやく人並みに生きることを許される。そんな気がしていた。



 いける! いけるぞ!



 もっと上のランクへ。目指せ、最高ランクへなんて大それたことは言わない。少なくとも、飯には困らない程度の稼ぎを手に入れたい。


 やはり、ギルドでは何かを収集する依頼よりも、魔物、化物等を討伐する依頼の方が遥かに高収入だ。


 それは例え低いランクだとしても、命に関わる場合があるから。実際、この異世界ではちょっと町の外に出ただけで化け物に襲われて死ぬなんてことは珍しくない。


 魔物等に対抗出来る武器や、魔法等の何らかの手段が無ければ自分の身の安全すら碌に守れない。この国のどこかで誰かが襲われていたとしても、公的機関が颯爽と現れて助けてくれるなんてことは、はっきり言ってあり得ないのだ。


 だから多くの人がギルドに頼る。さながら民間で運営されている警備会社のようなものだ。


 それにこれから僕は参加して、多くの人を助ける代わりに収入を得るというわけだ。



 でも、やっぱり怖い。



 僕は、僕自身の手で実際に誰かの命を奪うなんて、今まで経験したことが無い。



 だから不安なんだ。ずっと心の内で念仏のように唱えている。本当に出来るのか? と。


 相手が魔物や、化け物だとしても、命を奪うことが出来るのか? と。



 医者の子供として育てられてきた僕に。



 でもそれ以上に僕は、『殺されるかもしれない』という恐怖を乗り越えることが出来るのだろうか? という心配が頭から離れない。



 不安と葛藤で眠れなかった。空き地に生えている短い草の上に、柔らかい葉っぱを敷き詰めて作った手作りベッドの上で寝転んで、ひたすら夜空を眺めながら僕は静かに夜が明けるのを今か今かと待ち侘びていた。

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