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乙姫さんのにぎやかな日々

作者: 黒湖クロコ

 私の名前は乙姫。

 漫画【飛べない鳥】の登場人物に生まれ変わった者だ。正確には、【飛べない鳥】の世界で一度死んで途中退場し、別世界に転生してそれが漫画の世界だったと知った上で、再び【飛べない鳥】の世界に産まれたという、にわかには信じがたい状況が起こっている。

 

 こういうのを、逆行転生とか回帰転生とかいうのだろうか? いや、タイムリープ? 憑依ではないよね? 

 この状況はよく分からないけれど、【飛べない鳥】は、超能力を持った高校生の少年少女のバトルもの。ばったばった登場人物が死ぬ仕様な上に私は主人公の当て馬要員なので、二度とその漫画の登場人物にはなりたくないと固く心に刻んでいる。

 とはいえ、漫画のストーリが始まるのは高校生。

 まだ小学生である私は、主人公と会う心配はないしのんびり小学生ライフを送ろうと思っていた。一度目の人生を教訓に生きれば、危険なこともなく、世渡り上手で生きていけるはず。


 ……と思っていたが私は【飛べない鳥】の登場人物なので、超能力がある。そんな私の能力は【擬人化能力】。物が擬人化して見え、会話できるというものだ。

 そして小学生の私はまだ能力が上手く操り切れない為、突然物が擬人化してしゃべりかけてきたりした。この擬人化は私にしか見えないものだ。

 一度目の人生ではそれをうまくごまかすことができなくて、超能力少女というよりも霊能力少女、もしくは不思議ちゃん的な扱いを受けて孤立していた。

 今世は脱不思議ちゃん、脱当て馬ヒロインを目標として掲げ、生きていこうと思っているのだが……人生上手くいかないなと遠い目をしてしまう。


『私が防御魔法かけましたから、もうご安心を』

 まるで聖女のような微笑みを浮かべる美少女は、蚊よけスプレー。

『何言っているのよ。穴だらけの防御魔法じゃない。私のヒーリング能力がなければ、乙姫の肌は今頃血塗れになっていたでしょうね?』

 血濡れというのは、私が蚊に刺された場所を掻きむしるからね。

 にやりと笑うのは、かゆみ止めの塗り薬だ。……笑顔は邪悪だが、見た目はこっちの方が聖女っぽい。蚊よけスプレーは、どちらかというと魔術師だ。

 

『ヒーリング? 何を言っているのかしら? 貴方、かゆみが分からないように体内の物質を阻害しているだけではないの。それでよくもまあ、聖女のような顔ができますわね?』

 おっとりとした様子で蚊よけスプレーが首をかしげるが、かゆみ止め薬はキッと睨みつけた。

『なによ。貴方なんて、臭い匂いの不完全防御魔法しかできないくせに。最近、虫の人形にすら負けているという噂を聞いたわよ!』

『負けてませんわよ! オニヤンマは確かに防御力が強いようですが、どちらかと言えば、戦士が発する殺気で追い払うようなもの。鈍い蚊は、殺気に気づかずご主人様を刺しにくるのですわ!』

 オニヤンマの蚊よけ方法は、殺気扱いなんだ。

 少年漫画には殺気を飛ばすことによって、相手が怯んだり逃げ出したりするって表現が確かにあるなぁと思いながら遠い目をする。


 一度目の人生の時、私は幼すぎて擬人化能力が上手く使いこなせず、人前で不要な発言をしてしまったりした。

 三度目の人生ならば、この試練を上手く乗り越えられると思っていたが、どうやらこの擬人化能力は、使う本人の記憶を媒体にしているようで、二度目の人生で得たオタク知識が映像と表現にバラエティーを富ませるようになってしまった。

 おかげで一度目の人生の時よりも、気が散る。

 あの頃の映像は、幼児番組みたいな世界だったのに、今はまるで二次元ものを見ているようだ。


『ご主人様、どちらが役立ちますか?』

『絶対私ですよね⁈』

 二人が顔を近づけてくる圧で、私はのけぞる。それが周りからどう見られているかは分かっているのに。

 どうやら私は今世も不思議ちゃんになってしまうみたいだ。

「私が今一番役立つと思うのは……冷房かな?」

『当然です』

 クール系な美少年が眼鏡をくいっとしながら胸を張っている。悪いが夏に欠かせないのはこれだ。だって熱中症怖いし。

 ぎゃんぎゃんとそんな彼に文句を言う二人を見ながら思う。

 不思議ちゃんでボッチなのに、にぎやかだなぁと。

 これはそんな私の非日常のような日常物語。



◇◆◇◆◇◆



『これから、パーティー脱退者を決める会議をする』

 パーティーのリーダーらしい、赤ボールペンが言いにくい議題を上げた。

 皆が深刻そうな顔で、顔を見合わせごくりと喉を鳴らす。

 そんな中、一人……というか、一本の鉛筆が手を上げた。

『何故赤ペンがリーダーっぽく仕切っているの? 君、名誉の死を迎えた赤鉛筆君の代わりに途中加入したはずだよね? もう一度言うけど、古参でもないのに、何でリーダーみたいな顔しているの?』

 ……そうだったね。

 私の学校は三年生まではペンではなく、赤鉛筆と青鉛筆を持ってくるように指定されている。だから彼が途中加入したのは四年生になった今年からだ。


『いいだろ! 赤ってリーダーっぽいじゃないか⁈』

『戦隊ものの見過ぎ』

『それは君の感想だよね』

『ウザッ』

『泣くぞ!』

 泣くぞと叫びながら、すでに赤ペンが泣いている。頼むからインク漏れはやめて欲しい。あと、気分でインクが出なくなるのもやめて欲しい。

 赤ペンのメンタルが弱すぎて、私が学校で泣きそうになる。


『でも確かに、筆箱の中が手狭ですね。誰かがパーティーから追放されなければならないかもしれません……。まあ、僕は絶対追放されませんけど。皆さん頑張って自己アピールして下さい』

 深刻そうな顔をしたと思えば、さらっと周りを地獄に突き落とす定規。アイツの心の線引きは恐ろしいほどしっかりしている。定規だけに。

『ならば、私も大丈夫じゃな。鉛筆の間違いを正せるのは私だけだ。私はこのパーティーに必要な存在じゃ』

 そう言うのは消しゴム。彼も鉛筆同様一年生のころからの古株で、少しおじいちゃんになっている。

『だけど、もうじーさんじゃん。だいぶんと小さくなっているし、引退間近じゃね?』

『最近は匂いのついたのとか、かわいいものもあるものね』

『なんじゃと⁈ ……ご主人、私を捨てんよな?』

 ドワーフみたいなずんぐりした消しゴムが、ウルウルと私を見上げる。その視線は痛い。

「大丈夫だよ。人形みたいな可愛い形の消しゴムは、学業の邪魔になるからって禁止されているから」

 一応。


 持ってきている子は持ってきているけれど、この場では言う必要はないし、まだ使える消しゴムを捨てる気もない。

「だから、最後までしっかり使うね」

『最期まで、お供させていただく』

 きりっとした顔をしたが、最期とか言わないで。ギリギリまで使い潰した私が人でなしみたいに感じるから。

『ならば、途中から加入したばかりの私も残らねばなりません。ペンたちの後始末をするのは私ですから』

 執事のような恰好で話す彼は、修正液だ。

 彼も赤ペンが加入した頃に一緒に入れた文房具である。彼がいないと、誤字脱字をちょくちょくする私は困ってしまう。


『けっ。お綺麗なことで。お前なんて、白い液をぶちまけるから、下ネタに使われるくせに』

『何か言いましたか? 自己主張が強すぎて、裏面にまでインクを滴らせご主人を困らせる馬鹿犬の癖に』

『なんだと⁈』

『貴方の後始末、誰がやっていると?』

 確かに油性ペンは、裏うつりして困ることもしばしばだ。でも名前を書く場面では欠かせなく、ずっと私に付き合ってくれているのも彼である。さらに修正ペンが加入したおかげで、書き損じした時も安心だ。


『くっそぉ。間違えるのは俺のせいじゃねぇ!』

 はい。私のせいです。ごめんなさい。

『俺より、この五つ子の方が邪魔だろ』

『何を言っているんだ。鉛筆は一時間に一本必要なんだよ!』

『削れよ!』

『そのようなことをして、ご主人様の休み時間を無駄にはできませんから。兄弟で協力するのはあたり前のことです』

 鉛筆は授業時間数ぶんもってこいというのがうちの学校の方針だ。


『なら、たくさんいるこのカラーペンが必要ないだろ』

『ふざけないで頂戴⁈』

『そうよ、そうよ。油性ペンは野蛮で嫌だわ。女子はカラフルなペンが必要なの』

『女の子の身だしなみよ』

 可愛いから色々ペンを増やしてしまったのは間違いない……。というか、筆箱を圧迫しているのはこれが原因だ。

 

「……パーティーは誰も脱退させなくてもいいわ。筆箱を大きくするから」

 私がそう宣言すると、文房具たちが歓声を上げた。

 こんな調子だから、文具は中々捨てにくい。寿命前に捨てたら、私の心が死ぬ。

 そして膨れ上がる筆箱……。ああ、またランドセルが重くなる。

『ご主人様……私はクビですか?』

 悲し気にたたずむのは、今まで使って来た筆箱だ。

 幼児のような幼い姿で目をウルウルさせて見上げてくるので、心が痛い。


「貴方には、新しい職場を紹介するね」

 仕方がないので、家にある文具を入れるのに使おう……。こうして私の部屋の物も増えていく。

 将来ゴミ屋敷ならないよう気を付けなければ。そんなことを思いながら、私は文具たちのパーティ脱退会議を見届けたのだった。



◇◆◇◆◇◆



『まったく、近頃の若いやつは、なっとらん』

「はぁ」

『まず体の動かし方が不十分じゃ! もっと動け。てれびげーむとやらばかりしておるのじゃろ。だから怪我を良くするんじゃ‼』

「そうですか……」

 体育の授業を休んで見学をしていたら、壁に張り付いたおじいさんがひたすら喋りかけて来た。正直うるさい。


「というか、どちら様でしょう?」

『なんじゃ。わしを知らんのか? どこの学校にもあるこのわしを⁈』

「無知ですみません……」

 壁に貼り付けられた梯子のような彼。君の名は一体……。

 私は老人の勢いに押されて謝る。でも多分ほとんどの小学生が、この道具の名前を知らない。

 というか授業でも使わないし。何をする道具なのだろう。……オブジェではないだろうし。


『わしは十九世紀から使われるようになり、日本には大正時代から導入された、歴史ある器具じゃ』

 この学校は五十年前ぐらいにできたので、十九世紀にできたのはご先祖様みたいな関係のそれだろう。でもなんか、名家であることを説明するみたいに胸を張って話しているので、流しておこう……。

 否定するのが面倒だ。

『わしに登れば、体をのばしたり、腕の筋肉をつけたり、バランス感覚を鍛えたりと遊び感覚でできるんじゃがのう。他にも筋肉トレーニングとして、腕立て伏せや懸垂にも使える。しかし、最近の教師は授業で使おうとせん。それどころか、危ないからと子供が昇るのを禁止することもある。まったくもってふざけた話じゃ』

 ぷんぷんと怒るおじいさんは、どこか寂しそうだ。

 

「子供が悪ふざけをして怪我をすると、責められるのは先生ですから……」

『悪ふざけ……そうじゃな。子供の遊びが大人にはそう見えるんじゃな。確かに、怪我をすることもある。じゃが、まったく怪我をせず大人になれるものはおらん。もしも怪我を一度もすることなく大人になったら、危険を回避することもできんじゃろに……』

「そうですね。でも死んでしまったら、それでおしまいだから、大人は心配するんだと思います」

 正しく怪我をするだけならいい。

 もしも死んでしまったら……。死ななくても、一生残る怪我を負ってしまったら。そう心配するから過保護になる。


『確かになぁ……。わしも子供が死ぬ姿は見たくないな』

「安全に使えればいいんですけどね」

 ちゃんとそれができれば問題ないのだ。でもその加減が難しい。難しいから、事故が起これば、使わないように規制される。


『嬢ちゃんも怪我したのか?』

「はい。ちょっと頑張ったら捻挫してしまいました」

 漫画の内容を回避するために、少し頑張ったらこのざまだ。

 でも死んでないのだから、よかったと思っている。

『……頑張ったんじゃな。だが、捻挫とは、鈍いのう。普段からもっと体をうごかさんから怪我をするんじゃ。わしがまだ若い頃は——』

 その後もおじいさんの愚痴に付き合い続けているうちに体育の授業は終わった。

 

 それで結局、おじいさんは誰?

 分からないまま、私はまた次の授業を受ける為に移動するのだった。

おじいさんの名前は、肋木ろくぼくです。

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