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中編

数週間の気持ち程度の訓練と何回かの実践を経て、メルメは確実に戦場に順応していた。


彼女の振るう高周波ブレードはリンゴを切るかのように敵機を切り裂き、農地を荒らさないよう会得した足さばきは推進剤を節約する。コロニーでリンゴの枝に手を伸ばしていた時よりも、彼女は宇宙の中でずっとのびのびとしていた。


何より彼女は目が良かった。野生の勘というのだろうか、フレアやチャフ・デコイに囲まれたとしても彼女は正確に敵影を捉えることができた。私の型落ちのカメラアイなんかより遥かに優秀だった。


「ねぇ見てフレックス。私たちのこと<月光>の再来だってテレビで話題なってるよ!」


「所詮ハ急ごしらえの寄せ集め部隊ですからね。子供のころからフットぺダルを両手で押し込んでいたメルに負ける道理ハありません」


「それに特注品の専用機がいるからね」


「おっと、言うようになりましたね」


しかしここまで注目されるのは私個人としては望ましくない。目立つということは、裏を返せばそれだけ標的にされるという事でもある。


確かに全体で見れば兵士のモチベーションや戦争の勝率にいい影響を与えているが、一つ一つの戦闘での被弾リスクはわずかだが確実に上昇し続けている。


塵も積もれば山となる。ジェイクがよく口にしていた地球の古い言葉だ。もっとも彼の場合、少しの努力でも諦めずに積み上げていこうという意味だったが。


「あ、通信入ったよ。グリッド09-52-04で中規模戦闘発生で援護申請。モードイエローでいつものブレードとデブリ除去用のバブルガンを携行しろってさ」


「補給なしでも行けそうですね、向かいましょう」


「ところでモードイエローってどういうこと?」


「セーフモードで問題ないって意味です。要するに警戒度は低いってことですね」


「じゃあ簡単な任務なんだ」


「ちなみにイエローってのは私の目の色に起因します」


「ふーん」


彼女が操縦桿を握る。少女らしく柔らかかった手も今では立派な戦士の手だ。


「他のモードもあるの?」


「ありますが、使えません。あなたの安全性を無視した機能ですので、使命回路に反します」


目的地をマップにマークしてコントロールを彼女に譲渡する。ジェネレーターへの負荷もなくかといって大きくたわむこともない、滑らかな方向転換だ。


「こと機体運びにおいてハ、はルよりも優秀かもしれませんね」


「下手なお世辞は不要よ、フレックス。戦績を見てママのすごさは痛いほどわかっし、戦闘は結局フレックスの蓄積データに頼りっきりだもん」


「……改めてですが、戦場でハ私のことはエクスとお呼ビください」


「それ気になってたけどなんでなの?もしかして、辺境伯がエクストラの再来〜とか言ってたのと関係ある?」


方向が定まり、あとはデブリを除去しながら直進するだけだ。ここからは私の仕事だ。


「『ふレックス』と呼んでいるときに機体が揺れると舌を噛みかねません。エクスなら口を動かさずとも発音できます」


「そんなことまで気にしなくていいのに。お節介も度を越せばマナー違反じゃないの」


「メルの安全のためです。それになんとなくですが……あなたにはエクスと呼バれたほうが、しっくりくる」


「スイッチが入る的な?」


「まぁ、そんなところです」


「はぐらかすなよ~~」


そう話している間に目標のグリッドにたどり着いた。しかし、戦地だったはずの区域は驚くほど静かで、それはつまり私たちが間に合わなかったことを示唆していた。



------------------------------------------------------------------------------------



「誰もいませんね」


「エクスは何か感じない?」


「まだ解析中でハありますが……事前に聞いていた戦闘規模の割に、やけに残骸が少ないように見えます」


「やっぱそうだよね。バブルガンも使う必要なさそうだし、ちょっと変だよここ」


「ですね。警戒を高めましょう」


索敵範囲を広げるや否やセンサーたちが悲鳴を上げる。周囲に敵影、数はおおよそ15。フレアのせいで正確な数までは把握できない。


確実に言えることは、私たちは囲まれたということだ。


「エクス、ブレード回してバブルガンをライフルに切り替えて」


「すでにやっています」


「どこから切り崩す?エクスはーーー」


左側に衝撃。ライフルをやられた。


「ライふル破損。上手い狙撃手がいます」


「撃ってきた方向はわかってる。あんた本体には傷をつけたくないっぽい、余裕ある感じでムカつく!」


「では、まずはその余裕から削っていきましょうか」


「あいあいさー!」


攻撃警戒のアラートがなる。近くの機体の残骸を狙撃手の方に蹴り、反作用で逆側に飛ぶ。2発目は余裕を持ってかわすことができた。


「あれ、そっちに飛ぶの?」


「狙撃手の反対側はふレンドリーふァイアのリスクがあるので手薄になりがちです。ですのでこちらに飛ブのが正解」


「はえー全然考えたことなかった、ありがとね」


「戦場ではこういった細かな判断の積み重ねが生存につながるのです。といってもこんなのはぷロの中では常識ですが」


デブリの隙間を縫って3発目もかわす。デブリ越しなのにもかなり正確に位置をとらえてくる。厄介な相手だ。


「デブリ帯を抜けるよ!」


「隠れた敵影を見逃さないでください」


索敵の主対象をデブリから敵機に切り替える。


「前衛に熱源、敵機の可能性大!メル、準備を!」


「オッケー、ブレードで行っちゃおう!」


高周波ブレードのグリップを握り、小型デブリごと熱源を突き刺す。手応えは薄い。敵機に当たってはいたが、既に事切れていた。


「これハ……」


「どしたの?」


「先ホどの狙撃でやられたようです。彼のぶースターの銃創が、私のライふルを撃ったものと一致します」


「つまり敵は…」


「常識の通じない相手って事です」


直後、背後から衝撃。けん制用のマシンキャノンか。敵影は3機。撃ってきたのは左側のツノ付き、おそらく隊長機だろう。


「ひとまず姿を隠しましょう。あのデぶリに張り付いて下さい」


「オッケー」


スラスターを操作しデブリに張り付く。彼女が操縦桿を握る手は意外にも落ち着いている。


「被弾状況は?」


「ぶースターをかすった程度で被害は軽微です……が、推進剤が漏れています」


「長期戦はムリってことね…。避けたと思ったんだけどな」


「まさか先ホどの攻撃に反応したのですか?」


「反応した…ってわけじゃないけど、なんかイヤな予感がしてね」


つまり今のは私の失態ということだ。彼女と同じように私が反応できていれば間一髪で被弾は避けられたはずだ。


「ところで今の帰還確率ってどれくらいなの?」


「30%ホどまで低下。狙撃手が私本体を狙い始めたのと、推進剤の漏れがネックですね」


「んじゃ提案なんだけど」


「どうぞ」


「ちょっと前に言ってた『私の安全性を無視したモード』って奴使ってよ。それなら切り抜けられないかな」


「確かに可能ですが、使命回路のせいで使えないと言ったはずです」


「いまは嘘はやめて、ポンコツ」


操作盤を蹴られ、冷却板が思わずビクンとはねた。


「ハ、ハい?」


「アンタの最重要保護対象は昔から変わらずママでしょ。私なんて二の次、だからあんたは私を戦場に出せた。違う?」


「……いつの間に気づいていたのですか」


「コレだけ長く一緒に過ごしてくれば流石にわかるよ。あんたハ行の発音が苦手なくせに、嘘つくときだけは流暢に喋るもん」


「…………確かに、私の使命回路ハ初期設定から変わっていません。戦場に出ることハ、私にとって最善の選択でした」


「どうせ私は大事な人の半分の遺伝子しか入っていませんよーだ」


「そういうことを言いたいわけでハありません」


今度は操縦桿を小突かれる。


「いーの。私だってフレックスを助けたいって言ってたけど、半分はママを戦場から遠ざけるのが理由だし。お互い半分こってことで、起動して」


「……分かりました。操縦中でもシームレスに起動できるよう、モード変更は音声認識となっています。今から画面に出る文字を声に出して下さい」


「OK」


モニターに文字を映し出す。ああ、この機能はできれば使いたくなかった。


「ーーーコード:キルモード。起動」


エクストラの右目が、赤色の閃光を放った。



------------------------------------------------------------------------------------



「わわわわわ、ちょっと待って、揺れすぎ揺れすぎ」


「コクぴットの荷重制御に使用していたメモリを追加の戦闘メモリとして運用しています。揺れるのハつまりキルモードが機能している証左です。耐えて下さい」


急旋回後に飛び出して3機を捕捉。

隊長機のブースターは私に互換性があるようだ、わたしのお下がりだな。

戦闘規模が間違っていたことも考えると内通者の可能性も考えられる。逃すものか。


「向かって右、射撃きます。角度30.05-26.37!」


「ちょちょちょ待て待て」


彼女の代わりにスラスターをふかして回避。


「正面近接、その裏に狙撃手がいます。叩いて回避、すぐ動く!」


「こなくそっ」


高周波ブレードの振動をオフにし、棍棒のようにぶっ叩く。

反動で狙撃を回避。


……大丈夫。メルメは確実についてこれている。


「ばぶルガンでツノ付きを止めて、直後に近接機を斬りなさい!」


「もうやってるっ!」


「良い調子です、そのまま隠れて!」


「りょーかい!」


ブースターを回収、これを換装すれば帰還率はほぼ元通りだ。でもあの狙撃手にお返しをしなくては。


「メル、飛ビますよ」


「重力に備えろってことでしょ!」


メルメが耐えることを前提にブースターを最大点火。勢いが出たらパージして換装。


「狙撃手の護衛が来ます。前方から2機左右から1機ずつ!」


「左、正面2、右、正面1で!」


「妥当な判断です。Go!」


左の槍持ちの懐に入りブレードを突き刺す。そのまま方向転換、正面2と衝突、援護が遅れた右はそのままブレードで切り抜けて、最後に正面をーーー


「バックステップ!!」


メルメの声で正面スラスターを思いっきりふかし、狙撃手の一撃をかわす。踏み込み過ぎた正面1の胸部に、狙撃手の弾が直撃した。


「同胞ごと撃つのですか?」


「常識の通じない相手だよ、エクス。マナー違反ぐらいわけないでしょ」


「これは失礼」


正面1の残骸を蹴り飛ばし、狙撃手を見据える。


「もう一度飛ビますよ、メル」


「もう慣れた、Go!」


ブースターをふかしスナイパーに突貫する。正面からライフルの迎撃、角度0.0の0.0。高周波ブレードが唸りをあげ、狙撃手の弾丸を真正面から切り裂く。


「そんなことできるのあんた!?」


「はルの前でリンゴを切るのが私の夢ですので。さぁジェネレータは傷つけないように!」


「あいあいさぁーーーー!」


狙撃手のヘッドモジュールに刃を突き立てる。躊躇いはない。


「そのまま動く!ばぶルガンで狙撃手を止め、周囲を索敵!」


「全部やってる!敵はパッと見いない、センサーはどう?」


「同じく見えません、撤退した模様ですね。決めたタイミングは4機撃墜したあたりでしょうか」


「ふぅーーー」


「戦闘終了です。よくやりました、はルーーーおっと失礼、メル」


「あら、マナー違反がうつったかしら」


「じゃかしいですよ」


「わはは」


動かなくなった狙撃手からエネルギーをいただき、キルモードをオフにする。


今回はなんとか生き残れたが、素人メンテの量産機といえど新型は新型だ。このまま性能があがり続けると、いつか本当に危ないかもしれない。


だが笑顔の彼女に水を差すような気がして、そんなことは言えなかった。



------------------------------------------------------------------------------------



「敵の決戦部隊、ですか?」


コーヒーを飲みながらメルメが素っ頓狂な声を上げる。バルバロッサ辺境伯が訪れるから失礼のないようにと、あれほどしつけたのは無駄だったようだ。


「そうだ。敵は追い詰められたように見せかけて、とあるグリッドに集結して大攻勢の準備を進めていたらしい。それが整う前に叩く」


「戦力ハどの程度でしょう?」


「正確には把握できてはいないが……新型の量産機を調達したようだ。全くあの武器商人め、見境のなさだけは立派だな」


メルメはすぐにロッカーからヘルメットを取り出し両手で抱えた。


「私たちにも出ろって事でしょう?」


「私の修理もすでに完了しています」


「残念だが、今回の君たちの任務は待機だ。ここにいてもらう」


「は、なんで?あんたのご期待通り、私たちが一番戦果を上げてるでしょう!?」


「……<月光>を失うわけにハいかない、というわけですか」


こほん、とバルバロッサ辺境伯が咳ばらいをする。


「そうだ」


メルメが私の端末を持ち上げる。


「どーいうこと?私たちが撃墜されたらみんなやる気なくなっちゃうし、もう戦力は十分整ったから私達はいらないよーだとか、そういうことが言いたいわけ?」


「辺境伯の話を要約すると、そういうことです」


辺境伯がもう一度大きな咳ばらいをして、私たちの注目を引く。


「もちろん勝機が見え次第、すぐに君らも戦場に出てもらう。早く戦争を終わらせたい気持ちも分かるが最近は出撃しすぎだ。実際この前の戦闘でも被弾していただろう」


「それはあんた達の報告のミスでしょう!?」


「被弾は被弾だ。それに戦場でのイレギュラーなど良くあることだ」


「メル。辺境伯に失礼の無いように」


「でも……」


なるほど。この前の戦闘はバルバロッサ辺境伯の仕組んだもので撤退した4機はいざというときの護衛だったというわけか。一杯食わされたな。


「この戦いが終われば戦争も一段落つく。君らにとっても母のもとに帰れるのは悪くない話なはずだ。然るべきときのためにしっかり英気を養うこと、これは命令だ」


「……りょーかい」


「エクストラ、メルメのことを頼むぞ」


「かしこまりました」


彼の言う通り、私としても願ったりな選択肢だ。でも私の用意したハーブティーを断った事だけはいただけない。辺境伯が来ると聞いて慌てて淹れたのに。


「安全に帰れることが決まったのです、まずは喜ビましょう、メル。辺境伯も私たちに気を遣ってくれたのです。好意は素直に受け取るのが大人のレディーというものですよ」


「それはまぁ、そうだけど……」


名残惜しそうに作戦概要の書かれた端末を触る。こういった所作もハルハに似てきている。<月光>の再来というのも、あながち間違いではなかったのかもしれない。


「ねーねー。敵の根城ってグリッド08-49-89にあるんだって。まさに八方塞がり四苦八苦って感じだね、ふふ」


「そうですね……って、おっと」


使命回路が突然起動し、今すぐそのエリアを調べろとまくしたてる。慌てて冷却材で回路を落ち着かせ、ネットワークに接続する。答えはあっけなく導き出せた。


「フレックス、どうかした?」


「メル、まずい。グリッド08-49-89ハ……」


「08-49-89は?」


「はルのいる第9コロニーのすぐ隣です」

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