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前編

宇宙歴0023。大規模な一つの戦争と小規模ないくつかの闘争を経て、人類は宇宙へと進出した。しかし宇宙進出のための名目上の平和とは裏腹に、コロニー間の差別や小競り合いはいまだ絶える気配を見せなかった。


かくいう私も、その戦争に参加していた1人だ。型番はFlat-Loader-EXTRA。戦争終結を目的とした連合軍の特注機で、最先端の完全自立型AIを搭載する『たとえパイロットが死んでも戦える』新しい兵士として注目を集めた。当時は私に乗るのを夢見て軍を志願する若者も少なくなかったと聞く。


しかしそんな栄光も戦争の終結とともに役目を終え、今はハルハとその娘のメルメの家でお手伝いロボのフレックスとして働いている。


ここは平和だ。地球や大規模なコロニーからは遠く現代的な設備は少ないが冷たい宇宙の中に緑溢れるあたたかな地を築いている。


「おーーい、フレックス~」


<保護対象>が私に駆け寄ってくる。私の足先ほどの背丈しかないこの小動物を守ることが今の私に課せられた<使命>だ。



「私の名前ハFlat-Loader-EXTRAです。名前を省略するのハ人間の慣習では失礼にあたりますよ、メル」


「だって名前なげーんだもん。それにあんただって私のことメルって呼ぶじゃんか」


「私ハ目上の人なので」


「じゃかしいわボケ」


彼女が私の足先を蹴る。女性ならばもっと落ち着きを持ってほしいものだ。あのハルハの娘とは到底思えない。


「それより乗せてくれよ。いい大きさの実を見つけたんだ!でも私じゃ届かなくって」


「相変わらず目だけハ優秀ですね。いいでしょう、どうぞお乗りください」


「いえ~い」


彼女に腕を差し出しコクピットまで運搬する。マニピュレーターの調整を誤れば握りつぶしてしまいそうだ。でも、高周波ブレードのグリップに力を入れる時より、ずっと心地がいい。


粗野な性格とは裏腹にメルメが私を操作する手つきはとても柔らかい。周囲の地面をほとんど削ることなく着地して、私たちはその木にたどり着いた。


「にしても、木ってなんでこんな高ーく背が伸びるんだ?」


「重力が小さいからですよ、メル。この子がもともと生きていた地球に比べて負荷の低いコロニーでハ、ずっとのビのビできるんです」


「ふ~ん、地球はここよりずっと重いんだ」


「メルも地球にいけばおデブちゃんです」


「私は細身だしここで暮らすから関係ありませーん」


リンゴの実を慎重につまんでかごに運ぶ。ハルハの好物に傷がつかないようマニピュレータの操作にメモリを集中する。


「こんな小さなリンゴもしっかり持てるなんて、フレックスってほんと優秀」


「私ハ特注品の専用機なので」


「カメラが私の目みたいに2つ付いてるのも、専用機だから?」


「それハ、単にカメラの性能が古いだけですね」


「ロマン無いなぁ」


「これでも当時は最新型だったんですよ、メル」


実はあなたのような若者が私の姿を見てヒーローにあこがれるようにするためのデザインなんですよ……とは言えなかった。


額のアンテナに引っかかった枝を払いのけ、リンゴいっぱいのカゴを持って帰路につく。奇麗なリンゴはそのまま市場にだして不揃いなものはジャムに加工してパン屋に卸すのだろう。そして一番綺麗なものは、今夜の食卓に並ぶ。


このまま2人を見守りながら穏やかに朽ちていくのが、私の望みだ。



------------------------------------------------------------------------------------



「あれ、お客さんかな」


家に近づくと黒い人影が2つカメラアイの視界に入った。ハルハが玄関先でその応対をしている。2人のうち片方の男には見覚えがあった。バルバロッサ提督、かつての私の上司だった人物だ。


提督と目が合う。念のためカメラアイをフォーカスしてジェネレータのギアを上げる。使命回路がチリチリしだした。


「お久しブりです、ばルばロッサ提督」


「今は第9コロニー辺境伯だ」


「おっとこれハ失礼。最近はネットワークもオふラインにしているもので」


見定められているように感じる。


「……エクストラのメンテは行き届いているようだな」


「はルのメンテナンスはいつも完璧です」


「この通り、言語回路にはガタが来てるけどね」


突然の来訪者の割にハルハは落ち着いている。


「戦闘行動には関係ない項目だ。問題ない」


「それでウチにどんな用で?」


「……近いうち、コロニーの独立を掲げたレジスタンスが蜂起するとのタレコミがあった。エクストラ、お前の力が必要だ。」


「確かに私はそれなりに強いですが……最新鋭の量産機に比べると型落ち品ですよ?」


こほん、と彼が咳払いする。これは彼が正直にものを話すときの内々の合図だ。


「必要なのは戦力ではなく偶像としての君だ。エクストラの再来というだけで、現場のモチベーションは格段に高まる。それに<月光>の―――」


「娘の前でその話はやめて」


「おっと失礼、娘がいたのか。搭乗中かね?」


そんなことも事前に調査済みだろうに。白々しいぞ、辺境伯。


「ばルばロッサ辺境伯、直々のダンスのお誘い大変喜バしいのですが、私の現在の使命ハ敵機殲滅ではなくこの子を守ることです」


「ほぅ。つまり?」


「戦場にいてはこの子を守ることはできません。それに今の使命回路の設定が敵機殲滅ではない以上、たとえ戦場に立ったとしても以前のような力は発揮できません。せいぜい高周波ブレードを振り回すのが関の山です」


「そうか……それは残念だ」


そういうと、バルバロッサ辺境伯の隣の男が書簡を取り出す。


「これはコロニー連合国ハイリディン大統領閣下の勅令であり、従わなければ反逆の意志ありと解釈されます」


「……一応聞いとくけど、反逆者への対応は?」


「労働力の接収および再教育委員による1年の指導教育となります」


「要するに収容と拷問ってことね」


「……まぁ、そういうわけだ。私としても退役した君らにまた戦場に立てとは言いたくはないが、これは私の意志決定を超えたものであると理解してもらいたい」


せっかくハルハお手製のハーブティーが飲めるというのに、また来るとだけ言い残すと彼らは去っていく。


「なんなのあいつら!母さんの足のことも知らないで!!」


「シッ、彼らに聞かれますよ。それに足のことハご存じのはずです」


「むーーー。でももし聞かれてたとしても、使命回路ってやつであんたが守ってくれるんでしょ?」


「極力善処します」


「……なぁんだ、結局あんたも軍事用ロボットってわけね」


「まずハ目の前の仕事を片付けましょう。どうするかハそのあとで」


「はーい」



------------------------------------------------------------------------------------



「そんで、ママはどうしたいのー?」


「ん~~ちょっと困ってるとこ。フレックスがいなくなるのは嫌だし、かといって断ったら反逆罪だって言われちゃうとねぇ」


そう言いながらハルハは味見をする。今日の夕食はメルメの好物のオニオンスープなようだ。デザートはおそらくリンゴのタルトだろう。


「フレックスはどう思う?」


卓上小型端末の私にメルメが話しかける。


「ばルばロッサ提と…辺境伯ハ、見かけによらず話せばわかる人です。ですが最近の連合国軍のやり方を考えると、おとなしく私を引き渡すのが妥当かと」


「でも、使命回路ってやつのせいで100%の力は出せないんでしょ?そんなんで行ってもスクラップにされるのが落ちじゃない?」


「私、そこまで弱くハありませんよ」


「タレコミからわかった戦力と、今の第9コロニーの残存兵力を考えると、帰還できる可能性はどのくらい?」


ハルハの落ち着いた声がキッチンから聞こえる。彼女が聞こえやすいように私は端末のスピーカーの音量を上げた。


「現状だと五分五分といった感じです」


「もしフレックスが100%の力を出せたらどのくらいなの?」


「状況と環境次第ですが…第9コロニー周辺での戦闘想定で、低めに見積もって75%。離脱のみを優先するならば94%といったところかと」


「あんたそんな強いの……つーか、どうしてタレコミの中身まで知ってんの」


目を丸くしながらメルメはハーブティーをすする。


「ばルばロッサ辺境伯のお連れの方が持っていたタぶレットをはックしました。今やあれは私のものです」


「すご。あんたそんなこともできるの」


「私ハ特注品の専用機です。電子戦も当然想定の範囲内、むしろ一番得意だと自負しています」


「嘘くせ~」


私を小突きながら彼女が2杯目のハーブティーをカップにそそぐ。


「食事前のお茶の飲みすぎはマナー違反ですよ、メル」


「話そらさないの。大事な話の途中なんだから」


「メルこそ、今話をそらしましたね」


「む~~っ」


「こらこら、ケンカしないの」


ハルハも席に着こうとする。が、よろけてテーブルを勢いよくつかんでしまった。テーブルがガタン大きく揺れる。


「ちょっとママ大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。ごめんなさいね」


「私がごはんよそったげるから、ママは座ってて」


そう言うとメルメはどたどたとキッチンに駆けていく。


「ねぇ、フレックス」


「なんでしょう?」


「ちゃんと脚が動く私と今のFlat-Loader-EXTRAだったら、帰還率はどの程度?」


「帰還率・勝率ともに99.00%です。加えてあなたの操縦であれバ、連合軍の援護がなくとも殲滅できるでしょう。」


「当時の私なら、援軍だなんてむしろ邪魔だって言ってたかしらね。ちなみに残りの1%は?」


「あなたが前日に酒を飲み過ぎて二日酔いになる確率です」


「そんな確率高くないわよー、ポンコツ」


足を気にしながら食前酒を注ぐ彼女を見ると使命回路が熱を帯びる。これは美術品を見る時の感動か、それとも美術品に傷をつけてしまったことへの悔恨だろうか。


「私の使命を変更することハできないのですか」


「ハード方面ならなんとかできるけど、ソフトは完全にジェイクまかせだったし、ダメね。それにその使命は彼が…設定したものだから」


そう言いながら彼女は机の上の写真を手に取る。まだメルメの父が生きてた頃の、数少ない家族3人でとった写真だ。


「すみません、頭でハ理解していたのですが……。聞くべきでハありませんでした」


「いいのよフレックス。人はいつか死ぬものなんだから。ジェイクはそれが私たちより少し早かっただけ」


「何々?父さんの話?」


両手にトレーを抱えたメルメがやってくる。


「パパにどうしようかなーって聞いてたとこよ、さぁ食べましょう」


「いただきまーす」


2人が食事をする間、私は戦場の再現と敵機のシミュレーションにメモリを限界まで割り当てることにした。


彼女のためにも、私は絶対に死ぬわけにはいかない。



------------------------------------------------------------------------------------



シミュレーションを繰り返す。撃墜、撃墜、被弾、マニピュレーターが破損、撤退、ブースターがオーバーヒート、装甲破損、遮蔽物なし、ジェネレータに直撃。ダメだ。累計100回のシミュレーションで形を残して帰還できたのは7回だけ。やはり私の力だけでは、あの戦線を潜り抜けられない。


ぎぃ、と音がする。誰かが納屋のドアを開けたようだ。メルメが様子を窺うように姿を現して、私の前に座る。


「ねぇフレックス、ちょっと相談いいかな」


「私の名前ハFlat-Loader-EXTRAです。名前を省略するのハ人間の慣習では失礼にあたりますよ、メル」


「いまは真面目な話。冗談はよして」


「……わかりました。で、どんな内容ですか?」


彼女が顔を上げ、私と目を合わせる。


「ママが言ってたの。もし使命回路のせいで100%の性能を引き出せなかったら、フレックスがフォーマットされるかもしれないって」


「客観的に見て妥当な選択だと思います。戦力でなく偶像が必要だと彼らハ言っていました。つまり最優先事項は『Flat-Loader-EXTRA』という機体が撃墜されないこと。仮に私がばルばロッサ辺境伯だとしても、それを真っ先に検討しま―――」


「そんなのイヤ。絶対にイヤ」


食い気味にメルメが声を上げる。


「あんたは私の家族なの。楽しいときも辛いときも、私はあんたと一緒に過ごしてきたの。その思い出がたかが戦争なんかのためにリセットされるだなんて、絶対イヤ」


「メル、人はいつか死ぬものです。今回はそれが私の番だと―――」


「あんたが私に乗って戦場に出る。それで使命回路の条件は満たせるでしょ」


返答に詰まる。それは最初に思いつき、そして真っ先に棄却した案だ。


「戦場にあなたを連れていくなど、危険がすぎます。」


「でも私を守るためだったら、フレックス……いえ、Flat-Loader-EXTRAは100%の力が出せるんでしょ」


「それハ……そうですが」


彼女が立ち上がる。背は低いはずなのに、今はとても大きく見える。


「私はあんたを守るために戦う。あんたは私を守るために戦う。2人の願いを叶えるには、これしかない」


「まずハ、はルに相談を」


「ママは関係ない。これは私とあんたがどうしたいかの問題よ」


メルメを守り、2人で家に帰る。私に選択の余地はなかった。

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