表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

詠唱が長すぎて頭を抱える日々

リノアは、森に囲まれた小さな村で生まれ育った少女だった。彼女が魔術に憧れを抱いたのは、旅の魔術師が村に立ち寄った日のことだ。その魔術師は、焚き火の前で杖を振るい、長い呪文を唱えた。


「『燃え盛る炎の精霊よ、我が声に応えなさい。東の風に乗り、西の炎を纏い、南の熱を宿し、北の意志を貫き、悠久の時を超えて契約の鎖に繋がれし者よ。我が命ずるままに、地を焦がす力を与え、星々の導きのもと、この場に現れなさい!』」


呪文が終わる頃には、リノアの目の前で炎がゆらりと立ち上がり、まるで生きているかのように揺れた。彼女は目を輝かせ、心の中で叫んだ。「私もこんな魔法を使いたい!」


それから数日後、リノアは村の物々交換で手に入れた古びた魔術入門書を手に、魔術師への第一歩を踏み出した。母には「ちょっと勉強するだけ」と言い訳し、毎晩、家の裏の小さな空き地で練習を始めた。


だが、夢見た魔法の世界は、予想以上に過酷だった。


「『燃え盛る炎の精霊よ、我が声に応えなさい。東の風に乗り、西の炎を纏い、南の熱を宿し、北の意志を貫き、悠久の時を超えて契約の鎖に繋がれし者よ。我が命ずるままに、地を焦がす力を与え、星々の導きのもと、この場に現れなさい!』……はぁ、疲れた」


リノアは本を膝に置き、額の汗を拭った。呪文を唱え終わる頃には息が上がり、手元の薪には何の変化もなかった。隣にいた野良猫が「ニャー」と鳴き、まるで「諦めなよ」と言っているようだった。


「これ、火を起こすだけなのに……こんな長い呪文、意味あるの? 唱えてる間に敵がいたら逃げられるか、殴られるかだよ。誰がこんなの考えたんだろう」


それでも、リノアは諦めなかった。彼女は毎晩、本を開いて呪文を読み上げた。だが、何度試しても結果は同じ。声が枯れ、喉が痛くなり、時折母に「夜中に何叫んでるの!」と怒鳴られる始末だった。


ある夜、リノアは疲れ果てて本を手に持ったまま、うつらうつらしていた。口から呪文が漏れ出るが、途中で力尽きた。


「『燃え盛る炎の精霊よ、我が声に応えなさい。東の風に乗り、西の炎を纏い、南の熱を……うう、めんどくさい……もういいよ、火、出てくれれば……』」


その時、手元の蝋燭が一瞬だけチラッと光った。リノアは目をこすり、半信半疑で本を見直した。「今、光ったよね? でも、呪文ちゃんと最後まで言ってなかったよな……」


翌日、彼女は再び空き地で試した。今回は少し意識的に、呪文を短くしてみた。


「『燃え盛る炎の精霊よ、我が声に応えなさい。東の風に乗り、西の炎を纏い……えっと、後は適当に、火、出て!』」


結果、薪に小さな火花が散っただけだった。リノアは首をかしげ、「うーん、惜しい」と呟いた。それから数週間、彼女は呪文を少しずつ削りながら試行錯誤を繰り返した。


「『燃え盛る炎の精霊よ、我が声に応えなさい。火、出て!』」――火花が少し大きくなった。

「『燃え盛る炎の精霊よ、火、出て!』」――今度は小さな炎が一瞬だけ灯った。


リノアは気づき始めていた。「もしかして、長い呪文って全部必要じゃないのかも……?」


ある満月の夜、彼女は決意した。「よし、もう一回やってみる。今回はもっとシンプルに!」

深呼吸して、心の中で呪文を整理した。そして、小さな声で呟いた。

「『炎よ、出て』」

すると、手元の薪にポッと小さな炎が灯った。リノアは目を丸くし、本を落とした。


「え、嘘でしょ? これでいいの?」


試しに、もう一度。今度は声に出さず、心の中で念じた。「炎よ、出て」。すると、また薪に火が灯った。リノアは飛び跳ねて叫んだ。

「やった! できた! これだよ、私が求めてたのは! 無声詠唱!」


それから数日、リノアは無声詠唱を磨き続けた。火を灯すだけでなく、水を少し動かしたり、風を軽く起こしたりと、少しずつ応用も効くようになってきた。村人には「リノアが何か企んでる」と怪しまれたが、彼女は気にしなかった。


そんなある日、村に一通の手紙が届いた。「中央魔術学園」からの招待状だった。

「リノア様、貴殿の魔術の才を聞き及びました。ぜひ我が学園にて学びを深め、魔術師としての道を歩まれませんか?」


リノアは目を疑った。「私の才? 誰か見てたの?」と首をかしげつつも、好奇心に駆られた。母に別れを告げ、古びた魔術書と荷物を手に、中央魔術学園への旅に出た。


学園に到着したのは、新学期の前日。石造りの校舎と色とりどりのローブを着た生徒たちに圧倒されながらも、リノアは入学試験の会場へと足を踏み入れた。そこで見たのは、試験官の堂々たる魔術だった。


「『天を貫く雷鳴の使者よ、我が呼び声に応えなさい。雲を切り裂き、大地に裁きの光を降らし、悠久の契約に従い、星々の意志を借りて我が手に力を与え、風の咆哮と雷の怒りを一つに束ね、この場に顕現せよ!』」


雷が落ち、会場が沸いた。だが、リノアは顔をしかめた。「うわ、またこの長ったらしい呪文……。私、ここでやっていけるのかな?」


試験官が彼女に目を向けた。「次はお前だ、新入生。魔術を見せてみろ」


リノアは一瞬緊張したが、すぐに笑みを浮かべた。「よし、私のやり方、見せてやるよ!」

心の中で呟いた。「炎よ、出て」。

すると、手のひらから小さな火の玉が飛び出し、試験官の机の端を焦がした。


「お、お前、何だその術は! 詠唱はどこだ!」試験官が慌てて叫ぶ中、リノアは肩をすくめた。

「詠唱? あんな長いやつ、めんどくさいんで省きました」


会場がざわつき、リノアの新たな一歩が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ