第5話 ヤングケアラー(後編)
佐野さんの自宅は、学校からほど近い場所にあるアパートの1室だった。
私達は早速、部屋のインターホンを鳴らす。
すると、彼女のお母さんが慌てた様子で出てきた。
「芽依は今帰ってきたところです。よろしくお願いします。」
「失礼します」
私達は佐野さんの自宅へ上がる。
「佐野芽依さんですね?初めてまして。私、双宮高校スクールカウンセラーの月ヶ瀬明莉です。」
「よろしく…お願いします…」
まだ状況が飲み込めていないのか、佐野さんは少し驚いたような表情を見せる。
「それでは早速、本題へと移りたいのですが、よろしいでしょうかね?」
「はい。」彼女のお母さんが答える。
「実は私、今日は担任の若村先生からの依頼で参りました。先生によると、芽依さんはここ暫く学校に来れていない状況とお聞きしたのですが…」
「すいません」
佐野さんが謝る。
「謝ることじゃないよ。私達は、決して佐野さんが悪いなんて思っていないから。ここに来る前にお母さんから聞いたんだけど、佐野さんはいつも、弟の竜斗くんのお世話をしているんだよね?弟想いで優しいんだね。」
「そんなんじゃないんです」
そう話す彼女。
「私は、ただ母にこれ以上心配かけたくないんです。母はいつも、私や竜斗のために頑張ってくれていて…」
「芽依、いつもごめんね。」
「ううん、お母さんは悪くないよ。」
それはまさに、親子の想いがこれでもかと詰まった会話だった。
「確かに、お母さんはいつも、佐野さんに助けてもらっていて感謝しているって私達に話してくれた。でも、本当は佐野さんのことが心配だってことも教えてくれた。いつもお母さんのために頑張る佐野さんを見る度に、申し訳ないってことも…」
「芽依、あなたには長い人生がある。それを私達のためだけじゃなく、自分のためにも使ってほしいって、お母さんはいつも思ってた。」
「お母さん…でも、竜斗はどうするの?」
「それならもう大丈夫。竜斗を受け入れてくれる保育園が見つかったわ。」
「良かった…」
安堵する佐野さん、しかし…
「お母さんごめん、やっぱり私、このままバイト続ける!!」
「芽依…」
「竜斗が保育園に行くってことは、その分お金がかかるってことだよね?それに、私がバイトしたらお母さんの夜勤も減るし」
「芽依、お願いだから今は自分のことを考えて!」
「私はどうだって良いの!ただ、お母さんや竜斗が幸せなら…」
「それは違う!!」
私は、つい声を荒らげてしまった。
「それであなたが苦しんだら、お母さんや竜斗くんは絶対に幸せにはなれない。それに、クラスのみんなや周りの人たちだって悲しむ。」
驚いた様子の彼女に、私は続ける。
「あのね佐野さん、実は私も同じことを思ったことがあるの。仲の良かった友達を助けられなくて、もういっそ自分も死んでやりたいって思ったこともあった。でもね。私が死んだら悲しむ人だっているし、何よりその友達と同じ境遇の子を助けることだって出来ないって思ったの。だから私はカウンセラーになった。佐野さん、あなたの気持ちもよーく分かる。でも、あなたの大好きなお母さんや竜斗くんは、本当にそれを望んでいると思う?」
いつの間にか佐野さんは涙を流していた。
「あっ、ごめんね。ついキツイこと言ってしまって…」
「ありがとうございます」
「え?」
「私、つい竜斗の事でいっぱいいっぱいになって、お母さんの気持ちなんて考える余裕が無かった。でも、月ヶ瀬先生が私にお母さんの気持ちを教えてくれて…やっぱり私、学校行きます!」
「芽依…」
涙ぐむお母さん。
「無理しなくても良いよ。ゆっくり、自分のペースで良いからね。それまでクラスのみんなと待っているわ。」
「はい!」
若村先生の言葉に元気よく返事をする彼女の姿は、希望に満ち溢れていた。
数日後
「月ヶ瀬先生、あの時はありがとうございました。」
相談室に佐野さんがやって来た。
「今日から学校?頑張ってね!」
「はい!」
気持ち良い返事が返ってくる。
「あー、芽依こんなとこにいた!みんなずっと待ってたんだよー」
「うん、いま行くー」
友達の元へと走る彼女の姿を見ると、私もなんだか胸がジーンとした。
ご覧頂きありがとうございました。
つい結末をどうしようか考えていると、こんな時間になってしまいました。(本当に申し訳ございません!)
引き継ぎ双宮高校の物語を書いてまいりますので、よろしくお願いします。