第十一話「絵画」
ルシファーは自分のナイトクラブ、ルシファーズハンマーの自室で昼寝をしていた。
ナイトクラブは昼間は暇なのだ。
まあ酒の準備やら何やらあるがそれはもう済んでいるし、他は従業員の仕事だ。
ルシファーは何気なく1階に下りていった。
周囲を見て何かが足りないと感じる。
それは絵である。
こうしたイカしたクラブの中には幾つか洒落た絵があるもんだ。
ルシファーがそう思っていると入口からドンドンと音が鳴った。
「なんだなんだ、開店は夜だぞ」
そして勢いよく入ってきたのはいつぞやの彫刻店の小太りの店主だった。
その顔は何かを訴えようとしている必死な顔だ。
「助けてくれ、お客さん!」
「おやおや、彫刻店の店主じゃないか。まだ禿頭が治ってないようだな」
慌てて帽子で頭を隠す店主。
かつてルシファーが改造を施した結果である。
悪魔の悪戯と言う奴だ。
「ワシの事はどうでもいい!それより店に来てくれないか!?」
店主はかつてルシファーの超常的な力の一端を見ている。
その慌てっぷりを見るにルシファーに助けを乞いに来たのだと察した。
「ふーん、どうやら厄介毎の匂いがしそうだ。リィン、行くぞ」
「私は今清掃中なんだが……」
モップを片手にぼやくようにリィンが言う。
しかしルシファーの言う事は絶対なのだ、従うしかない。
―ハンス商店
禿頭にさせられた店主の名はハンス。
彫刻等の貿易品を多数取り扱っている。
その中には絵画もあった。
ルシファーが周囲を見渡すと奇妙な絵があった。
ぽっかりと抜け落ちた様に書かれている筈のモノがないのである。
「この絵画も、この絵画も、背景だけで何も書かれていないようだが……」
「相談したいのはその事なんですよ、お客さん。ある絵描きから買い取った絵で、ある晩起きたらこのザマですよ」
「で、この絵には何が書かれていたんだ?」
「一角の馬、三つ首の獣、翼の生えた人間です。どれも想像の産物ですよ」
「へえ、それを書いた人間に興味があるな」
それはどう聞いてもユニコーン、ケルベロス、そして天使だった。
現代の怪物や天使達の存在を知っていると言う事は現代から来たのか?
それとも現代を見る事が出来るのか?
ルシファーの興味は尽きない。
「その絵描きに会ってみたいな」
「偏屈な爺さんでね、会ってくれるかどうか……」
「大丈夫、アポは取れるさ。現代から来たと言ってみろ」
「現代、ですか?分かりました」
―絵描きの家
絵描きの老人が椅子に座ってキャンバスに向かっている。
店主が声を掛けるが振り向きもしない。
「やあ絵描き君。僕の名はルシファー、聞いた事位あるだろう?」
ルシファーの名を聞いた途端老人の顔が青ざめ十字に手を切った。
「主よ、どうかこの哀れな子羊を救いたまえ……」
「父さんはもういないぞ。すがっても無駄だ」
「ああ、何をしに来た悪魔の王よ!」
「君の描いた絵に興味があってね。ずばり君は現代から来た、そうだろう?」
「ああ、そうだ。何十年も前だがね」
「君の描いた絵の化物達が絵を抜け出してる様なんだ。心当たりはないか?」
「儂はただの平凡な絵描きさ。そんな力はな……」
「どうやら心当たりがあるようだな。多分女神から授かった力だろう」
「そういえば意識がもうろうとしてて……何か言われた様な気がしたが」
「その時に絵から描いた物が飛び出す力を得たんだろう。しかしなぜ今更なんだ?」
「これまでは風景画を描いていたんだが、急にインスピレーションが湧いてきてね……」
「インスピレーションねぇ……」
そのインスピレーションとやらに自分が来たことが関わっているのかもと感じたルシファーだったが今はそんな事はどうでもいい。
処女好きな狂暴な獣一角獣ユニコーン、三つ首の地獄の番犬ケルベロス、そして神の下僕の天使、本物ではないとはいってもその特質は同じと見ていいだろう。
「おいリィン、お前処女か?」
「いきなり何を言い出すんだ、お前は!?」
「重要なことなんだ、頼む」
「処女だ……」
リィンはもじもじしながらルシファーの問いに答えた。
「よし、餌は決まったな。いくぞ」
「餌ってなんだ!さっきの質問の意味を言え!」
怒るリィンだったがルシファーは無視している。
「さぁてと、ユニコーンはどこかなぁと」
ルシファーは千里を見通す能力、千里眼を発動させると遠方を見渡した。
とある村に胸の喰いちぎられた何人かの死体が見える。
いずれも男の様だ。
「見つけたぞ、ユニコーンだ」
ルシファーはユニコーンの描かれていた草原のキャンパスを手に取るとリィンと絵描きを連れ現場へ急いだ。
―ユニコーンのいた村
現場についた村には血の匂いが立ち込めている。
辺りに転がる死体は胸が喰いちぎられていて、心臓が何かで貫かれている。
恐らくユニコーンの額の一角によるものだろう。
「しかし何故皆男なんだ?それに胸を喰いちぎられているのは?」
リィンが怪訝そうな顔をして言う。
「奴は処女以外には心を許さない狂暴な獣でね。特に男を嫌っていて、胸に関しては奴の習性とでも言うべき物だろう」
「処女……ああ、だから私にあんな質問をしたのか。ん、貴様もしかして私を囮にするつもりか!?」
「これも人助け、もとい獣助けだ。頼むよ」
「お前の力で殺せばいい話だろう」
「おお、心優しいエルフの言葉とは思えん言葉だな」
「架空の絵の中の生き物なんだろう?何故そこまで躊躇する」
「僕の世界では虫けらの様に沢山いる人類と違って希少な絶滅危惧種でね。現代の王としては保護しないと」
「で、儂はどうすればいいんじゃ?」
絵描きがルシファーに尋ねる。
それを見てルシファーはニヤリと笑った。
「僕がこう闘牛の様に奴を引き付けるから君はキャンバスを持ってそこにいてくれ。僕の予想が正しければ君の力で元の所に戻る筈だ」
「分かった、そうしよう」
「私はどうすればいい、オーナー」
「君はユニコーンをここまで連れて来てくれ。奴は処女厨だからな、自然に寄って来る」
「わ、分かった……」
それから数分後、パカランパカランと馬の足音が響いた。
そこに現れたのは白くて美しい純白の一角獣ユニコーンだった。
何故かその上にはリィンが乗っている。
「(なぜ乗ってるんだ?)まあいい、おーいユニコーン、こっちだ!」
ルシファーが赤い布をひらひらと見せながらユニコーンを挑発する。
ユニコーンは鼻息を大きく鳴らすとその鋭い一角をルシファーと赤い布に目掛けて突き刺そうとしてきた。
間一髪のところで華麗にかわすルシファー、そしてその先にはユニコーンの描かれていたキャンバスがあった。
「さあ、ユニコーン!戻るんだ!」
意気込む絵描きの老人だった。
が、しかし無情にもキャンバスごと老人は貫かれ、ユニコーンに乗っていたリィンは血塗れになっていた。
「おいオーナー、話が違うんじゃないかコレ?」
怯えた顔をしてリィンが言う。
しかしルシファーは飄々としていて反省している様子は微塵もない。
「まあ僕だって間違う事だってあるさ。そうそうそれとそのユニコーン、うちで飼う事にしたから。飼育係はエルフの少女の処女達で交代で頼むぞ」
「あ、ああ……」
今この状況で言う事か?と驚くしかないリィンであった。
残りの化物はケルベロスと天使だ。