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AI探偵あいたん  作者: ヨシウス
3/3

カメ駅長で有名な駅で駅長の眼前で事件発生したのでAI探偵に依頼した

カメ駅長の事件にAI探偵あいたんが挑む!

本件は駅長の名誉を考慮し、名称・数値など特定しうる要素を変更していることご了承いただきたい。


※万日市はまんかいち、千日市はせんにちいちと読む。


千万電鉄、通称万電の体育館口駅は万日市体育館の最寄り駅である。最寄り駅といっても〇〇口駅の例に漏れず結構離れていて健脚の学生でも徒歩で20分はかかる。体育館への道自体は北口からまっすぐ延びているので迷うことは少ないだろう。万日市体育館は今は万日市運動公園という広大な公園の一施設となっているので駅から一番近い公園中央口までは15分、そこからさらに歩いて5分である。もっともバイパスをまたぐ歩道橋はバリアフリーのスロープ式なので大きな信号待ちがない。健脚なアスリートだと歩いていく場合も多いし、地元住民は自転車を多用する。

バスの運動公園中央口停留所は体育館口駅前停留所から1つ目の停留所である。名前の通り公園中央口にある。途中に5個ある信号をうまく通れれば3分、引っかかると10分は見たほうがいいだろう。倍になるのは4個目の信号がバイパスとの交差点でバイパス優先とばかりに延々と赤信号が続くからである。こんな駅名になったのはバイパスが出来るはるか昔、周囲が田畑だらけで駅から体育館が見えていた時代に作ったからだが、試合やイベント開催では意外にも渋滞知らずのこの鉄道を利用する人が多いのである。

片道2車線・自転車道と左折レーン完備のバイパスは出来た当初ガラガラで税金の無駄遣いとも言われたが10年しないうちに沿線にロードサイド店が埋まり今では渋滞の名所である。市内外から運動公園へ直行する選手たちのバスが渋滞に巻き込まれ試合開始が遅れる事態もあったためか、昨今は再び万電利用の選手も増えた。


万日市運動公園は現在体育館のほか硬式軟式両対応の野球場に陸上競技場、サッカースタジアム、テニスコート、プールやランニングコースを備えている。

体育館は2代目で初代は中央口すぐ横にあったのだが建て替えで移動し、初代体育館跡は駐車場・駐輪場である。建て替えといえば体育館口駅の駅舎も南口開設の際建て替えた2代目で現在はエレベータや自由通路もあり随分と便利になった。


普段の体育館口駅は住宅街の通勤駅という様相で駅前にはコンビニ・スーパー・ドラッグストア・ファストフードとお決まりの店舗が集まっている。

もちろんバイパス沿いにも無料駐車場を完備した大型店があるのだが、普段使いに手頃な規模なのと通勤通学のついでに利用できるメリットは計り知れない。

鉄道沿いに駅前を通る旧道はぎりぎり片道1車線で歩道もない箇所が目立つ。

いっぽう運動公園へ伸びる道路は体育館開設時に用地確保したので自転車道併設の歩道・片道1車線に加え主要交差点には右折レーン完備である。

駅前の北口ロータリーは開設時に市が整備したものでバスとタクシー数台で埋まる小さなものである。これは当初は体育館へは駅から徒歩利用が多いと判断されたためだが、ほどなくバス・タクシー移動が増え、バイパス開設までは試合開催時には駅横の空き地を臨時駐車場として借りて何台も往復したものである。

現在は空き地もすっかり宅地化され、臨時バスの待機には南口のロータリーが使用される。南口は宅地化の進展により開設されたもので北口の数倍大きいロータリーがある。南北とも有料駐輪場があり、定期利用する客で埋まっている。北は民間、南は市営である。最近は北口から少し入ったコインパーキングに全国展開しているレンタサイクルがあり、運動公園など市内随所で乗り捨て可能なのでこれを使う人も増えた。

空き地の宅地化といえば万電沿線も今はすっかり住宅地続きで始発の千日温泉駅から終点の万日市港駅まで家だらけ、店だらけである。

万日市郊外にある千日山の山頂からは万日市の全景を一望できるが、特に万電の周囲が建物に埋まっているのがよく分かる。万電とバイパスの間、後は万日市と千日市の旧市街が町でそれ以外はまだ田畑も残っている。

万日市市は人口20万人、都市圏人口50万人の中堅都市である。

市中心部には千日川や千脇川が流れる。

大きく分けて万日市地区・千日市地区・千日山地区・北千日地区に分かれ、昭和の大合併以前はそれぞれ万日市町・千日市町・千日山村・北千日町となっていた。

千万電鉄は海に面した万日市港から千日温泉までを結び、体育館口駅は真ん中から少し千日温泉に寄った場所に位置する。

古来街道の宿場町として千日市が栄えた。千日市という地名は千日の間、市が続くほど繁盛しているとの意味があり、実際には8・18・28日や3・8・13・18・23・8日に市を開いていたようである。

江戸中期に港を整備した際、千日市を凌ぐ繁盛を願って万日市と命名され、千日川都の間に脇街道の整備が行われている。この脇街道が体育館口駅前の道路である。

明治中期の官設鉄道(今のJR)建設に際し、資材運搬に万日市港を使用したため万日市を通ることになり、千日市は放置された。衰退を危惧した千日市の財界が千万鉄道を建設したのが千万電鉄の始まりである。

経営順調で汽車から電車への切り替えや複線化など改良が進んだ。特に当時源泉掘り当てに成功した千日温泉への延長は成功で工業化しはじめた万日市一帯では良い収入源になった。

更に先、千日山への延長も計画されたが収益性を考慮し中止された。現在の千日温泉駅の先に万電グループのバス車庫やスーパーが並ぶのは当時買収した土地の名残である。

国鉄末期に万日市駅と万日市港駅との間の万日市港線を買収し今に至っている。

この万日市港線は万日市に鉄道をもたらしたにしては放置気味な歴史を歩んでいる。末期の時刻表を見ると朝晩に2本だけ、貨物列車も不定期に1本と宝の持ち腐れのような扱いだった。再開発で千万電鉄のドル箱になったがもしそのまま廃止されたら莫大な機会損失となっただろう。

こうした抜け目のなさは万電が交通系ICカードを入れず、クレジットカードのタッチ決済を入れた点からも分かる。万電の電車バスの特性を考えるとこちらの方が有利だ。駅ではクレジットカード系プリペイドカードが販売され、定期券もクレジットカード系決済。同じカードでスーパーなど系列各社が利用可能としている。

千万電鉄の路線は1本につながって見えるが法令上は

万日市港線 万日市港-万電万日市

千万本線 万電万日市-千日市

温泉線 千日市-千日温泉

の3線に分かれる。

全路線複線で早朝深夜は20分おき、それ以外は終日15分おきに万日市港から千日温泉まで往復している。車庫は千日市駅にあり、車庫から出入りする場合は千日市駅で車両交代である。


そんな体育館口駅は利用客が極端に変動する。客がいるのはもっぱら平日朝晩と運動公園などで行事がある土日祝の朝夕で、それ以外は客はいるといえばいる、程度である。

これは駅ができた頃からの傾向である。開業当初は体育館で試合がある日だけ満員、それ以外は客0という時期もあったのである。

こういう状況だったから普段無人駅で、試合がある日だけ臨時で駅員が来る対応になっていたのも理にかなっている。現在は北口に駅員がいるようにも見えるが万電グループの不動産店が駅舎に入っていてそう見えるだけである。

1年前のある日までは駅長がいることなど考えもつかなかった。


「おお、かわいいねえ」

駅から不動産店に入る軒先に駅長室と描かれた看板と囲いがある。囲いの中ではカメが青年に向かってのんびり歩いてくる。

「ですよね」

隣の女性はカメのアクリルキーホルダーと絵葉書を手にしていた。

「簡単な占いもできるんですよ。たとえば、どっちが売れるかな?」

カメの眼の前のキーホルダーと絵葉書をじっと見ていたが、キーホルダーの方を向いた。

「ああ、キーホルダーが売れますね」

余戸ゆかりは千万電鉄経営企画室企画課長。大手広告代理店から転職して2年目である。課長といっても部下は2年下の新卒ヒラ1人とアルバイト2人で、箔付けのようにも感じるが、学生の頃からアイデアウーマンで知られた彼女の経歴からすると妥当と言えた。

青年・岩倉直人は万電にAIを導入したいと彼女に相談を受けていた。カメの世話は想定はしていたが予想以上に楽しいようだ。

カメ駅長として知られる満月くんはヘルマンリクガメのオスで推定5歳から6歳、カメのイメージ通りのんびりした性格。普段は駅員室奥の倉庫に暮らしているが、土日祝のイベントでは表に出てきて客と触れ合い体験したり、写真を撮ったりしている。人馴れしているのか、好奇心旺盛なのか人が近づくと自分から駆け寄ってくる。かなり鈍足であるが。

当駅で暮らすようになった理由は不動産店がペット不可のマンションに転居した客から引き取ったのがきっかけである。店で飼っているうちにゆかりが駅長として売り出した。

あるとき満月くんが近寄る人は運動公園での試合で勝つと評判になった。そうすると願掛けにくる客が急増した。

この不動産店でも満月くんグッズを売っているが、日によっては不動産収入を上回るほどである。

道路に面した窓も物件より満月くんの写真やイラストのほうが大きく貼られていた。

今朝は試合前ということなのか野球サッカー柔道バスケットボールラクロスなど各種スポーツの学生らしい客が集まっている。

「ここ1年の鉄道部門黒字は半分満月くんで稼いだようなものですからね。」

「これだけ客が乗ってるのに?」

「千万電鉄の収益は不動産・小売・貨物で9割ですからね。鉄道は単体ではたいして儲からないんです。」

「しかし、景気良く15分おきに走ってるし、朝晩は増結しているが」

「動く歩道みたいなもんなんですよ。万電グループの店を動き回るための。」

「ここの不動産店とかスーパーかな?」

「それだけじゃないんですよ。ちょっと離れたコンビニ、あれのオーナーも万電なんです。」

「ひょっとして隣のドラッグストアも?」

「はい。万日市周辺のチェーン店はだいたい万電がフランチャイズやってますし、他にも土地やビルの所有者だったりします。今回ご用意させていただいた万日市駅前のビジネスホテルもそうですね。」

万電グループの資料には各業界の企業がぎっちりと並んでいた。

「託児所から墓地まであるのか」

「ゆりかごから墓場まで万電ですね」

「うまい商売だ」

「万日市の人は昔から商才に長けているのです。温泉もバブル期のリゾート計画を断ったのが良かったのでしょうね。今は旅館を閉めて日帰り温泉と温泉付きマンション、老人ホームになってます。万電の定期券があれば日帰り温泉1割引ですから電車を使う人も多いのです。」

「廃墟温泉にならずに済んだのは賢明ですな」

「大昔競輪場もかなり離れたところにあって伸ばす話もあったのですが隣町の競馬場に客が流れていると見送ったらすぐに競輪場が潰れたことがあったそうです。見切りもうまいですね。」

「Aシンクタンクによれば万電の地元住民の満足度は全鉄道会社中8位。この10年はずっとベスト10だね。」

「万電グループ全体の満足度を考えて経営しています。」

「昔はつまらない鉄道ワースト10にも入っていたそうだが」

「個性的な車両や沿線風景を求めるファンもいらっしゃいますからね。当社は車両の種類は1種類、沿線も住宅地に再開発のベイエリアであまり写真映えしないと言われたものです。そういったものよりお客様が快適に移動できることを重視しています。」

車両は大手メーカーの出来合いで部品も汎用品である。

「最近では満月くんのラッピング電車や撮影コーナーを用意したのでその辺の評判も変わってきてますね。」

土曜日ということもあるのだろう。満月くんを撮影しに来る客がひっきりなしに来る。海外からの来訪者もいるようだ。

「満月くんの売上は日本を100とした場合アメリカ10,台湾55、インド15・・・」

直人のスマホからAIネコのあいたんがデータを読み上げる。

このあいたんが直人の疑問を解決したり情報収集をしてくれる。直人の会社AITANLabの主力商品でもある。

さゆりはあいたんに問いかける。

「あいたんは満月くんのことどう思いますか?」

「好感度ベースで言うとあいたんと満月くんの数値は拮抗しており…」

「好き嫌いとか感情ないんですか、あいたんは?」

「そういうロジックは今入れてないんですが入れたほうがいいですかね?」

午後の直人は万電グループの視察でスケジュールが詰まっていた。

駅前のスーパーは食料品に注力していて隣接するドラックストアと棲み分けるようになっている。一方郊外の単独店では日用品や衣類も充実させるなど店ごとに意識した品揃えになっている。

「AIで配送車の渋滞予想や商品発注までカバーできるのはいいですね」

AIサービスをひとまとめにできるAITANLabのサービスには魅力を感じているようだ。

千日市駅。

万電のもう1つの拠点で高度成長期のコンクリート駅がレトロ感あるようにリフォームされている。

千日市駅は宿場町の面影がある一角に位置している。レトロな町並みは1920年代を思わせるところがある。蔵の並ぶ一角はかつて千日川、その後は万電で物資を輸送した名残である。夜になると町がライトアップされ、観光客が夜遅くまで滞在できるようになっている。

「ここの蔵は昼はカフェ、夜バーになります。」

天井で回るファンがムードを掻き立てる。

「この辺のモデルコースや天候からの売上予想も出せますかね」

「AIなら簡単だよな、あいたん」

終点の千日温泉駅は名前と裏腹に住宅街になっており、名残は駅前の日帰り温泉と数件の温泉マンション、老人ホーム程度である。もう1つ、駅に設置された足湯がかつての旅情を忍ばせる。

とはいえ最近新たに温泉ホテルや民宿をやろうという動きも出ているらしい。

千日温泉駅から千日山へのバスはヘアピンカーブをすいすい登っていく。

バスは鉄道との連携が意図されていて、クレジットカード決済では自動的に乗り継ぎ割引されるようになっていた。特に1日券を買わなくても上限金額が決まっていてそれ以後は課金されない。

「ここまで合理的だと導入しやすいですな」

直人が感心するほどである。

山頂からの夕日は絶景ポイントとして写真やビデオを撮る客が多い。

展望台には鍵をつける柵やフォトスポットが設置され、抜け目なく観光客相手に稼ぐ万日市の施策を見せてくる。

「流石に気候差激しいので満月くんは連れてこれませんが、代わりに新キャラでも作ろうかと思ってるんですよ」

「何が当たるかAIで予測でも立てますかね」

抜け目のなさはゆかりも直人も同じだ。

夜の電鉄万日市駅西口。

駅ビルを兼ねたビジネスホテルは全国チェーンのホテルブランドだが先述したように万電がフランチャイズ契約して経営いる。

シンプルに部屋とバスルームがあるビジネスホテルだが駅を眺められるのは鉄道ファンには魅力的だろう。再開発でスッキリしたロータリーにはバスとタクシーが停まっている。

東口は元は貨物駅で今は別のビジネスホテルやマンション、再開発ビルが並んでいた。

工場は隣市に多く万日市は倉庫主体だったせいか再開発はスムーズに行ったようだ。

直人が部屋で荷物を整理しているとゆかりから連絡が入った。

時刻は午後7時15分。

「体育館口駅が襲われました」


直人が駅に着くと不動産店からは非常ベルがまだ鳴り続けている。ここで時刻は午後7時47分。

ゆかりが改札口で待ち構えていた。

「不動産店の窓が叩き割られたんですよ」

道路に面した窓が盛大に割られている。

ガラスも物件情報の張り紙も混ざり合って店内の応接スペースに散乱していた。ソファーに破片が刺さっている。テーブル上には凶器と思われる自転車が落ちていた。

すでに警官が店員から聞き込みしている。店員たちは閉店業務を終えて帰宅したところ、慌てて戻ってきたようだ。

「何か盗られてませんか?」

「それがどうも割っただけのようなんですよね」

「満月くんも無事ですよ」

店長が奥の部屋から満月くんを出してきた。

「よかった」

警官が満月くんの前でしゃがみ込む。

「証人、というか証亀としてなにか…って無理か」

店員がノートPCを立ち上げた。

「防犯カメラの映像ちょっと見てみますか」

道路側のカメラ映像をチェックしていてある箇所で止めた。

「これじゃないですかね」

「これだな。」

映像にはジャージ姿の人間が自転車を持ち上げて窓にぶつける様子が写っていた。

「割れるとすぐ逃げてますね」

「多分そこで非常ベルが鳴ったんでしょう」

この人物の映像は駅改札側のカメラ映像には映っていない。

乗客が出入りしているほか、不動産店で満月くんの公開がある時間帯は不動産店へ出入りする観客が映っている。


「岩倉さんは昼間こちらに視察されていたんですよね。なにか怪しいこととかありました?」

「特に無いですね。満月くんも元気でしたね。」

店員や駅員の証言では満月くんには怪しい挙動はなかったという。

「なにか仲介や契約でトラブルとかありませんでしたか?」

「無いですね。これも満月くんのおかげと思っていたのですが。」

「ああ、グッズでアクリルスタンドと缶バッジが売り切れて残念がっていたお客さんは何人かいましたね」

バツの悪そうな顔をした痩せ型の中年女性が近寄ってきた。

「す、すいません。その自転車私のもので」

「さっそくホンボシ登場かね」

「路駐しましたけど、窓壊したのは私じゃないです」

「どういうことですかね」

女性の名前は真木冬香、56歳。近隣のファミレス従業員。

午後3時頃万日市港のショッピングモールへ買い物しに歩道に自転車を止めて買い物にいったが、今着いた電車で戻ったところだという。

「駐輪場止めるの面倒だからここに止めちゃったんですけど…」

「路駐の件は別に伺いますからこちらに来ていただけますか?」

冬香が連行されると捜査員たちは

「まあ、あれは違いますね。カメラの人物と体型も合わないですよ。」

「持ち主ではあると思いますが」

直人はさゆりに尋ねた。

「昨日の運動公園で行われた試合ですが」

「ああ、たしかにこれで合ってますよ」

直人は警官に声をかけた。

「どうも犯人の心当たりがあるんですがね」


翌日の11時すぎであった。

万電本社でAI導入の会合に出ていた直人とさゆりたちのところに警察から連絡が入った。

防犯カメラの男が逮捕されたのだという。


万日市警察署は万日市の旧市街と新市街の境目あたりにあった。

最近建て替えたのか、ヘリポートがあるなどコンパクトながら充実した設備である。

直人とゆかりが万電の社用車で到着するとちょうど運転免許更新の人たちが帰っていくところだった。


応対した警官は中年の大柄な男で挨拶すると

「意外とあっさり認めましたな」

と語る。

「なるべく本件だけで終わりにしたがっているようだがそうは問屋が降ろさない」

「ここ2年張ってたんだよ」

相方らしい警官も同調する。

本坂慶希、27歳。

万日市界隈を拠点にした半グレ集団の一員。近辺でノミ賭博の仕切り役をしており、事件当日も運動公園で開催された高校硬式野球やサッカーの試合を使って賭博していたのだという。

「どうも最近、満月くんのおかげで客が減っていたらしいんですよ」

「ほう?」

「なんか満月くんに占ってもらったほうが勝つので商売上がったりだったそうで」

「カメに負けた腹いせか」

「あいつは万日市と縁もゆかりもないところの出身だが、小学校の頃から常習犯だよ。万日市に来る前も傷害でやらかしててな。」

「暴力団の後にああいう連中が裏社会の穴埋めしとる。」

「岩倉さん、なんで分かったんですか?」

「あいたん、説明してくれ」

スマホからあいたんが説明を始める。

「まず万電に依頼を受けたときに万日市市のリスク分析をしましたが、その際半グレ集団の存在が浮上しました。

公営ギャンブル場が50年前に消滅し、場外馬券売り場計画も頓挫した万日市市では宝くじなどでは埋めきれない潜在的なギャンブル需要が違法ギャンブルへと流れやすい状況があったと考えられます。

インターネット掲示板やSNSを分析するとバブル期のリゾート計画頓挫で地元暴力団が衰退し、穴を埋めるように半グレ集団が勢力を伸ばしているとの情報がありました。また彼らのビジネスにノミ賭博があり、運動公園でのスポーツ競技が使用されていると思われる投稿が複数散見されました。内容から特に野球やサッカーは使用されている可能性が高い事もわかりました。推定される使用確率は以下のとおりです。

高校硬式野球:78%

高校軟式野球:45%

高校サッカー:67%

高校バスケットボール:58%

昨日の万日市運動公園は高校の硬式野球とサッカーの地区予選がありました。

ノミ賭博が行われている可能性は極めて高いです。

この場合負けた客ないしは損害を出した半グレが腹いせに店を襲った可能性があります。

防犯カメラの映像と自転車で検出された指紋に半グレ集団と関わりある人間はいないか、と尋ねました。」

自転車には本坂の指紋がしっかりついて、翌日内偵でよく出入りしていたマンションに踏み込んで御用となったそうだ。


数カ月後

AI導入が決まり、研修のため直人は体育館口駅を再訪していた。

凶器になった自転車はすっかり修理されて駅前の自転車置場に置かれていた。

半グレが修理代払うはずもなく冬香が自腹で修理したようだが、路駐しなくなったのは一歩前進だろう。


「どうですかね?」

「AIで契約率も出せるのは便利ですな」

不動産店の窓もすっかり元に戻っている。

店先では満月くんの回りに人だかりができていた。

駅員と店員が整列したりグッズ販売の応対に追われている。

「あの犯人、上納金が滞るくらいに稼げなくなっていたそうですよ」

「賭博で金を巻き上げる、高利で貸して身ぐるみを剥ぐところ本人が剥がれそうになっていたらしい」

慶希の余罪は車上荒らしやオレオレ詐欺など相当な件数にのぼった。

「ノミ賭博の連中は一掃したらしいから、平和になるでしょうね」

「けど客はまた別のギャンブルに手を出すのかね?」

「いっそ場外馬券売り場の話再開してもいいのでは?」

「まあ出所して満月くんがお礼参りされないようにな」

「念のため防犯カメラ増設したので大丈夫ですよ」

あいたんが声を出す。

「ヘルマンリクガメと人間の半グレの寿命を比較した場合、半グレが先に死ぬ可能性が63%あり…」

「ということなので満月くんより先に本坂が死ぬ可能性が高い、ということかな」

直人が小松菜を渡す。

満月くんはおいしそうに平らげていた。

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