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AI探偵あいたん  作者: ヨシウス
2/3

自転車レースがアクシデント続きでコース変更したら怪しいのでAI探偵で捜査した

ホイッスルが鳴る。

スタート地点から自転車が一斉に走り出す。

「第3回堺サイクリングレース社会人部門!まずは各選手…」

アナウンサーが解説を始める。

選手たちはゴール目指してペダルを漕ぐ。


堺市は自転車の街として知られる。

自転車レースも盛んだが、今開催中の堺サイクリングレースはAIでコース選定するということで話題になった。

勾配や道路幅、開催時期の風向きに経済効果までAIが判定してコースを作る。

コースだけではなく、待機場所や本部・控室、フォトスポットになるカーブや撮影場所の公園・歩道まで選んでくれるのだから便利だ。

今回のコースは南部の泉北ニュータウン。

ここが会場として適しているのは街に来ると一目瞭然だろう。

まず踏切がない。鉄道で妨げられる心配がない。

次に起伏が多い。丘陵地ならではの坂とカーブは適度な刺激をもたらす。

さらに広い道路。事故リスクを減らす。加えて道路網が充実しているので万一の迂回路設定も有利。

公園や公共施設など中継地点や鑑賞ポイントに恵まれている。

どれをとっても自転車レースに有利な場所である。


本部は駅近くの公園にある。

スタートとゴールを兼ねているので管理は楽だ。

公園広場は本部だけでなくレースと併催の自転車イベントの会場になっていて、おもしろ自転車や屋台が並んでいて学生や家族連れなどが訪問している。

会場のレイアウトもAIがプランを出してくれる。地形、水道やトイレ、可燃物になる樹木や花壇を入力すると安全面や人流を配慮して配置する。行列もスムーズにさばけているのはそのためだろう。

本部横のモニターには昨日の各部門のレース映像が流れている。

その前で長身の男女がモニターを覗き込んでいる。

今モニター内で自転車を漕いでいるのは男の方だった。

「ここだよね、撃くんが勝負決めたの」

「この坂がラストチャンスだったからな」

撃くんと呼ばれた男・狙一撃はこの地の名門府立高校・堺丘高校1年生だが別に自転車部でもなんでも無い。

たまたま応募したらユース部門で優勝してしまったのだ。自転車も自転車部員から借りたものである。

もっとも、運動神経は他のスポーツで鍛えていたのだから運だけではないのだろう。

彼のいうように昨日のレースは終盤の坂で逆転勝利したのだが、よほど絵になるのかモニターの1つでは繰り返しリピート再生されていた。

「チルコも来年一緒に出ようぜ」

「うん。」

チルコこと真下みちるは一撃の同級生。一撃とペアストラップをスマホにつけている、といえば関係は分かるだろう。

2人の数々の武勇伝は別の機会にするとして、今は2人が眺めているモニターの裏側、本部の中に視点を移そう。


本部や給水所などコース中の要所には運営スタッフが配備されている。首から下げた名札ホルダーで名前が分かる。後は名刺の色と記号で主催者や来賓などが区別できるようになっていた。

「あれ、会長さんじゃない?」

みちるが言ったのは本部奥で話し込んでいる中年女性のことである。

「たしかに。昨日トロフィーくれたおばさんだな。」


「助かりますよ、岩倉さん」

声の主の年は40代だろうか。ホルダーには田中東洋子、色によると主催者である。

この女、協会長の東洋子は総合商社在職で協会には出向という扱いである。

元は工業製品の輸出入担当で自転車部品販促にと本社辞令で来たのだが、このAIのおかげでレースは成功し、釣られるかのようにイベント部門や飲食部門も業績が向上。

商社内では本社役員に推す声も挙がるほどだ。

「選んだのは田中さんですからね」

返事をした男性のIDカードには「岩倉直人」とあり、色分けでは主催者となっている。

直人の経営する「AITANLab」のAIが自転車レース協会に採択されたので運営委員になっていた

イベントに顔を出せば社名とサービス名、それに顔も売れる。

トップ営業というわけだ。自転車レース協会だけでなく自動車・オートバイ・ヨット・マラソンなど他のレース主催者も導入を始めていた。

本部内にもモニターが数台あってレースコース各地の様子が表示されている。

「そろそろ先頭グループが抜け出す頃ですよ」

スマートフォンの画面にいるネコが直人に話しかけた。

「おっと、そうだったなあいたん」

あいたんというのはネコの姿をしたAIである。

直人のAIが売れた理由の一つに見た目がかわいいというのがある。

他にも犬やヒヨコ、金魚など愛嬌ある外見にできるので利用する取っ掛かりになるのだろう。


今日のレースが始まる直前、途中のコースで水道管が破裂する事故が発生した。

目撃者の証言ではスタート30分ほど前に唐突に破裂したようだ。

SNSでは瞬間を映した写真や動画が上げられている。

昨日のユース部門やシニア部門でも同じコースを使ったが異常はなかった。

急遽ルートを予備のBコースに変更したが、これもAIで準備済みである。スタッフや交通整理の警官がBコースへと移動した。

Aコースに残ったのは水道局の職員と警官だけである。

幸いにも破裂はそれほどでもなかった。

「これでひとまず止まりましたね」

「なんでいきなり」

「老朽化ですね」

「あれ、でもここ5年前に交換してませんでしたか?たしかパトロール中に見た気がするんですが。」

「それはガス管の方ですね。」


本部の方ではスタッフがモニターをチェックしている。

アナウンサーの口調も快調そのものだ。

「今日は天気にも恵まれましたからね。去年は途中で雨でしたが、今年は最後まで晴れるでしょう」

アナウンサーの言うように天気予報では明日まで快晴である。


先頭集団が全コースの20%ほど進んだあたりだろうか。

会場内のモニターを見ていた一撃が画面に出ているものに気づいた。

「なんか煙出てない?」

「だよね、これ」

歩道の観客は大混乱を起こしていた。

運営委員たちの顔が不安げになる。

「会長、どうします」

「Cコースに変えましょう。岩倉さん、まだ大丈夫ですよね?」

「大丈夫ですよ。先頭の選手からは10kmほど離れています。」

そのとき、直人にあいたんがなにかを言った。

「ちょっと現地行っていいですか?」


Bコースで発煙騒動があったのはちょうどカーブを曲がって1つ目の信号がある箇所だった。映像を見ると歩道に並んだ観客の後ろから発煙があった。

「自動車の発煙筒ですよ、これ」

現地の警官は直人に筒を見せた。

「こっちもです。」

「被害は?」

「観客はすぐ避難したのでこれといって」

「後ろは空き地だし、被害が出るものでもないですからね」

「いや、被害はこれからだ」


Bコースの中ほど、AコースやCコースとやや離れた箇所。

発煙騒動があった場所から2km程度の距離がある。

ここは戸建ての住宅が並んでいる。

垣根や塀で囲われ、少しお屋敷街の雰囲気も漂う地区だ。

ニュータウンのなかでは分譲時期が古く、住民はかなりの高齢である。

自治会の看板に貼られたポスターには自転車レースの観戦会が貼られている。

人の気配がないのは住民が観戦会に参加したからだろう。


とある1軒から男女数人が出てきた。

みな運営スタッフのホルダーをぶら下げている。

手にはボストンバッグ。

そこに別のスタッフらしい数人が巡回で来た。

「こちらの家になにか」

出てきた方の1人が顔面を殴りつける。

とっさに取り押さえる。

巡回しているのはスタッフに扮した警官だ。

乱闘。

形勢不利と観て逃げようとする一行は発煙筒を投げつけてくる。

そこへ発煙対策をした警官の増援が到着。たちどころに取り押さえられた。


表彰式の後、警察署では直人が運営スタッフや警察官に説明していた。

「大捕物でしたね」

「あそこまであいたんの予想通りとは思いませんでしたが」

「私の予想的中確率は82%でした」

あいたんが答える。

「ここ3年、各地のイベントで窃盗事件が頻発していました。

その中で注目すべき未解決事件が7件ありました。

この7件には共通事項があります。

まず、専用ユニフォームを使っていないことです。

バッジや名札なども使っていない事例も2件ありました。」

大型モニターに各事件でのスタッフ写真が表示された。

「こりゃ本物かどうか分からんね」

「そのとおりです。犯人がスタッフに紛れやすいのです。容疑者が逮捕され一審判決が出た2年前のマラソンでは容疑者5人がスタッフのTシャツを会場で盗んでいたので逮捕に繋がりました。」

「ユニフォームを偽造するのは大変だものね。このホルダーなら100円ショップで売ってるし。」

「次に、この7件は前後1ヶ月以内に近隣で重大犯罪がなかったものばかりです。つまり、運営者も警察も油断しやすいイベントばかりでした。」

「特別厳重注意とかスローガン書いても気が緩むものな」

「そのとおりです。更にこの7件はいずれも運営本部などを狙わず、高齢な住民や個人商店など警備が手薄になりがちな箇所を狙っています。

さて、今回の自転車レースですが上記7件の要件をすべて満たしています。

スタッフ区別は市販の名札ホルダー。ここ3年で堺市で開催される自転車レースでも過去1ヶ月の堺市内でも重大な事件が起きていません。

開催コースから少し離れたところに高齢化した住宅街があります。

しかも住民は自治会の集いでレースを見に出かける可能性が高いのです。

事前に警察には注意喚起しましたし、2日あるレースですので1日目は犯人も様子を見て2日目に犯行を考えていたと見られます。

ところが2日目のレース直前に思わぬ水道管事故がありました。

これでコースが狙っていた住宅街近くのBコースに変更されたのです。これでは観客が近くに来て空き巣どころではありません。

それで犯人グループのうち1人が発煙騒動で強引にCコースに変更させたのです。

新コース中できるだけ住宅街から離れた箇所でトラブルを起こして観客をすぐ立ち退かせる、加えてトラブル現場に警察の目を集める、それもレース中止にならないよう原因がすぐに無害と分かるレベルのトラブル発生源として自動車の発煙筒は最適だったのでしょう。

もちろん犯行がバレたときにも逃げる手段として用意してあったと思われます。」

「実際、投げてきたからなあ」

「そこでこちらも制服警官とスタッフは発煙現場とCコースに移動させ、別ルートで住宅街にスタッフに扮した私服警官を送り込みました。発煙筒持ちということで念のため後方に予備戦力も置いたわけです。」

「あいたん すごいね」



数日後の堺丘高校。

一撃とみちるは焼きそばパンを食べていた。

「チルコ、レースのときの空き巣、色々やらかしてたらしいぞ」

「3年間で5億円の被害だって」

「俺みたいにレースで勝てば100万円もらえるのに馬鹿だな」

「だよね。」

後ろから友人の声がする。

「撃、こんどクロスワードパズルの大会あるんだけどさあ」


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