第96話(永遠の別れ)
パルトネール少将の病状が悪化して、亡くなる。
そして、リウも決断をしたのであった。
みんなとの永遠の別れを......
新しい人事体制となってから約2ヶ月後。
小康状態が続いていたパルトネール少将の病状であったが、一気に悪化し始めた。
レアであっても、もう病状の進行を止める手立てが無い状況に。
リウは仕事を終えると、少将の病室で過ごすことが増えていた。
「ケイト。 気分はどう?」
気晴らしになるように、話し掛けるリウ。
「リウ。 私に気を遣わなくて良いのよ」
少し苦しそうな表情で答える少将。
「私が死ぬと、直ぐにリウも旅立ってしまうのだろうから、みんなの為に頑張って生き延びてきたけど、いよいよ限界のようね」
らしい言い方で、既に死を受け容れている少将。
「最後の数年間は楽しかったわ。 新しい場所でイチから何かを作るっていうことがね。 大変だったけど......」
少し懐かしそうな目をした顔を見せると、
「逆に、最後が後方司令部で飼い殺しの人生だったら、不満足だったろうね。 リウのもとで働けて良かったわ。 もう十分満足したよ、自分の人生に」
そこまで話すと疲れた様子を見せ、やがて眠るのであった。
その後、体調の良い日に、最後の昔話をした2人。
「私が大尉の時、ケイトの部下に異動した日は、本当にビビっていたのよ」
「リウが? そんな様子見たことないわ」
「あの時ほど、緊張したことは無かった気がする」
「本当に大袈裟ね」
「ケイトの最初のひと言、まだ覚えているわ」
「なんて、言った?」
「『貴方がリウ・プロクター大尉? 明日から覚悟していらっしゃい』って」
「そんなキツイセリフ、言ってないわよ。 絶対」
「今となっては、良い?思い出よ」
リウはそう言って笑う。
少し不満そうな少将。
「でも、噂よりケイトは、全然優しかったですよ。 私に対してはね」
「その言い方だと、他の部下には厳しかったみたいじゃない?」
「多くの同僚が、ケイトの威圧感と凄い仕事ぶりに付いて行けず、逃げていきましたからね」
「......」
「お蔭で、事務処理能力を鍛えて貰えましたよ。 逃げ出した同僚の分まで仕事が沢山回ってきたので」
その話を渋い表情で聞いていたパルトネール少将。
「リウ。 最後にお願いが有るのだけれど」
「わかっています。 私が喪主をつとめますから、安心して」
「墓地は、エーレン大佐の隣の、私が用意したところでね。 墓碑に刻む銘は......リウに任せるわ」
「もう、幾つか考えてあります」
「それと、首都星系に残っている家族には連絡しないで。 いずれわかることだから、放っておいて構わないから」
「本当に良いの?」
「リウも最期の時、総帥に連絡する? 絶対しないでしょ。 それと同じだから」
そこまで話すと、なんだか満足そうな表情を浮かべた。
「財団のことは、リウよりもレアにお願いして有るから。 その方が良いでしょ? 今後のことはリウもレアにお願いするのだろうし」
「うん」
そう答えると、リウはケイトの細くなった手を握るのだった。
別れを惜しむ様に。
それから3日後。
レアから容態が急変したと連絡があり、病室に詰め掛けた方面軍の幹部達。
「やせ衰えた姿だから」
当人の希望により、看取りはごく少数の人だけにして欲しいとのことであった。
そしてその日の夜、ケイト・パルトネール少将は、眠る様に息を引き取った。
44年の生涯であった。
遠征軍で一緒に、遠い遠いこの惑星ネイト・アミューにやって来た、リウとルー大将、コーダイ中将、ブルーム少将、イルバール少将の5名の仲間に見送られて......
その後、リウが喪主をつとめ、方面軍葬が行われた。
墓碑銘は『我等の信頼の友』と刻まれたのだった。
彼女の遺産約400万ノイエドルは、遺言に基づき全額パルトネール&リウ財団に寄付された。
パルトネール少将の日用品や最後に身に着けていた軍服等と一緒に。
リウは1週間ほどかけて、ケイトの身辺整理を終えると、いよいよ自身の身辺整理を始めたのだった。
レイが帰ってくる迄、待つつもりであったが、それは叶いそうもなかった。
レアに尋ねても、
「わからない、難しい」
と言われるだけであったからだ。
もう、気持ちの整理はついていた。
丞相のもとに預けてあるレイザールに、手紙を一通書く。
こっちに戻って来られると、決意が揺らいでしまう。
だから、気持ちを込めた手紙で、別れを告げる。
『謝罪と感謝、それに私の生まれ変わりであるレアと会った時には、よろしく』
と伝えて。
西暦3901年8月10日。
リウ・アーゼルが、レアのもとに行くと決めた日であった。
この日は、朝からいつも以上に陽気な雰囲気のリウ。
副官のキートラン中佐は、後にその様子を語るのだった。
久しぶりに、統治官オフィスの自身の執務室を訪れる。
自身の席に座っている統治官ロボットと少し話をするリウ。
「変わりはない?」
「統治官殿。 事務処理は滞り無く、行われています」
「じゃあ、今後も宜しく」
その様な挨拶を交わすと、長く座る人の居ない副統治官のデスクの前に。
花を手向け、先日亡くなったパルトネール少将への祈りを捧げる。
そして、執務室隣室の控室に入るリウ。
ここは、亡くなったエーレン大佐が、リウの護衛の為に毎日詰めていた場所であった。
ラートリー少将もリウの護衛の為によく来ていた場所でもある。
今は記念室となっていて、保存処置がされ使われていない。
リウは、ここでも持って来た花を手向けると、生前エーレン大佐が使っていたデスクに向けて、祈りを捧げる。
小さな声で何かを呟いていたが、中佐には全く聞き取れなかった。
その後、艦隊司令部にある自身の執務室に戻ると、リウは副官に、
「午後は、墓参に行きます。 警護はレアー号に上空からさせるので、必要ありません」
そのように指示をすると、議長として最期の自身の執務を始めるのであった。
午後。
リウとリンは、レアー号に搭乗して、墓参に向かう。
軍の施設からは、少し離れた場所にある墓地。
ここに、リウ自身の墓碑予定地が有り、その周囲にはこの星域で亡くなった4人の部下達の墓碑がある。
自らそれらの墓碑を綺麗に拭いて、その一つ一つに花を手向け、祈りを捧げるリウ。
一人一人に、何かを呟く。
「今までありがとう。 そして......」
小さな声だったので、副官のリン・キートラン中佐が、リウの呟いた後半の言葉をハッキリと聞き取ることは出来なかった。
長い時間をかけて、祈りを捧げる姿に、少し不安を覚え始めた中佐。
明らかに普段と異なる様子だったからだ。
「総司令官。 今日はこれから何か有るのですか?」
その質問にリウは、
「あとで話すからね」
と誤魔化して答えるのであった。
4箇所の墓碑を巡って墓参を終えると、レアー号で軍の施設に戻った2人。
軍事宇宙港に入ると、リウは巡航艦オーシャンⅢを電撃訪問した。
軍トップの議長である総司令官が突然来艦して、慌てふためく乗組員。
リウはリンと一緒に艦長席に向かう。
そして、艦長に、
「突然来てしまってごめんなさい。 前艦長の墓参をしてきたので、一緒にこの場所もと思って......」
訪問理由を告げると、修理で改装された艦長席に花を手向けて、祈りを捧げる。
「カイキ中佐、本当にありがとう。 そしてごめんね......」
リウは小さい声で呟くと、艦長に改めて礼を言う。
そして、指揮室の片隅に生けられている花に気付くと、
「私が持って来た花も、一緒に生けておいて下さい」
とお願いしてから、下艦したのだった。
執務室に戻ると、暫くして、何やら誰かと連絡をとっていた。
国防次官であった。
「クリス。 今までありがとう」
リウが挨拶を始める。
「ついに、決めたの?」
沈痛な面持ちのクリス・アーゼル少将。
「うん。 これからみんなを集めて、説明したらお別れだね」
「そうか......引き留めることの出来ない話だから。 こちらこそ、今まで本当にありがとう。 リウが居なかったら、帝國に蹂躙されて、こうして話すことは出来なかっただろうね」
そう答える次官の顔は、涙で濡れていた。
「クリス。 次はレアが会いに行くから、泣かないの」
そう答えるリウの表情は、意外にも晴れ晴れとしていた。
「じゃあね。 また」
リウはスクリーン越しのクリスに手を振ると、通信を切ったのであった。
不思議なやり取りに、後方で怪訝そうな顔をしている副官。
「中佐。 これから、ルー大将の執務室に向かうよ」
リウに言われて、慌てて準備を始めるリン。
しかし直ぐにリウは、
「いや、少し待って」
と言って、奥の部屋へ。
数分経つと、軍の真っ白な礼服で現れた。
その姿は凛々しく、しかも非常に美しい。
思わず見惚れてしまったキートラン中佐。
「総司令官、その格好は......」
「理由が有るの。 説明はルー大将のところでするから」
そう答えると、そのまま艦隊司令官室へ向かうのだった。
執務室に入って来たリウの姿を見て、ルー大将は、
「コスプレか?」
と冗談を言う。
「コスプレですよ。 流石、先輩ですね」
リウも冗談で返事をしながら、
「午後5時から重要な話をします。 長官、私と付き合いのある主な幹部と王国軍のマリー・ルーナ中将をここに呼んで下さい」
と指示をする。
『長官』と言ったことで、リウは議長として指示を出したのだ。
それを聞いて、慌てて準備を始めるルー大将の部下達。
マリー・ルーナ中将も呼ぶということで、スケジュールの調整も始まるのだった。
その様子を見たリウが、
「ルーナ中将には、私から話をするね」
と言って、直ぐにホットラインで連絡を取り始める。
「リウ。 その格好なに?」
スクリーン越しで突っ込まれるリウ。
「マリーさん。 非常に重要な話をしたいので、午後5時こちらに来れますか?」
副官にスケジュールを確認してから、
「いいわよ」
と了承したルーナ中将。
トップ同士で約束を取り付けてくれ、手間が省けたので、連絡調整役を命じられていた参謀がリウに御礼を述べる。
「急な指示をしたのは私だから、気にしないで」
そう答えると、ルー大将のデスクの前のソファーに座って、時間迄待つことに。
「リウ。 本当にどうしたんだ?」
ルー大将が、ただならぬ様子に心配して確認する。
「私がこの世から消えるのですよ」
冗談みたいなことを答えるリウ。
「何を言っているんだ。 まさか死ぬわけじゃないだろ?」
「うん。 死とは異なるけど、本当に消えますよ」
「冗談だろ?」
「冗談じゃありません。 さっきクリスとは別れの挨拶をして来ました」
その会話を横で聞いていたキートラン中佐。
ようやく、今日のリウの行動に合点がいったのであった。
「総司令官。 本当に消えてしまうのですか......それで亡くなった方々にお別れを......」
「残念だけど、それが約束だから」
その会話を聞いて、ようやく冗談を言っているのでは無いと気付いたルー大将。
「リウ。 どうして......」
沈痛な面持ちに変わり、ひと言発すると、絶句してしまうのであった。
ちょうどルー大将のスタッフが、リウの好きなお菓子を持って来たので、
「いつもありがとうね」
と言いながら、素敵な笑顔を見せる。
恥ずかしそうに会釈をして、その場から下がるスタッフ。
そして、お菓子を食べ始めるリウ。
「そういう感じだから、真剣な話なのか、冗談なのか、わかりにくいんだよね」
とブツクサ文句を言いながら、自分の仕事に戻るルー大将。
「コスプレの様な正装で、真剣な話をする統合作戦会議議長。 このポストに座った期間も、僅か3ヶ月だったね」
そんなことを喋りながら、副官にもお菓子のお裾分けするリウ。
その場所は、事態の重大さを知った者達の鎮痛な様子が伝播し、徐々に重い空気へと包まれてゆくのであった。
午後5時。
ルー大将を始め、コーダイ中将、ブルーム少将、イルバール少将、ジン准将といったリウと直接交流のある幹部達と、その他司令官室に在室しているノイエ軍の参謀の他に、マリー・ルーナ中将とその副官が集められた。
「さて皆さん、急遽お集まり頂きありがとうございます。 そして、今までリウ・アーゼルにお力添えありがとうございました。 私はこの話を終えると、約束を果たす為、この世から消えることになります。 ゴメンなさい」
そう切り出すリウ。
制帽を脱いで、頭を下げる。
長い時間......
やがて顔を上げると、制帽を被り直し一呼吸おいてから、過去の経緯の説明を始めるのだった。
リウ・プロクターが考えた名将育成計画。
最初にその計画を話した相手が、ルーナ大将であったこと。
リュウ・アーゼルによるシヴァ丞相との交渉。
やがて、リュウ・アーゼルが自身の別人格が考えた名将育成計画だけではと疑問を感じ、新型艦艇艦隊整備計画を立てたこと。
そして、難航を極めた新型艦艇の設計と技術提供に関する交渉過程。
最終的に、三種族からオーバーテクノロジーを提供する条件を出され、それをリウが受け容れたことまで。
その結果、帝國軍を破ることに成功して、現在に至ること。
その全てを打ち明けたリウ。
「三種族側が結んだ分の約束は全て果たされ、帝國軍を破ることに成功したのに、私の結んだ約束だけが履行されていません。 これを果たして初めて、三国同盟の民は前に進むことが出来るのです」
リウはそこまで話すと、口をつぐんだ。
「レアって、まさか......」
ルー大将がリウの話を聞いて、真実に気付く。
「長官がいま考えた通りです。 レアは私が約束を果たす相手として、エルフィン人の持つ最高技術で生み出された、特別な生体頭脳です」
その後、無言の時間が続く、司令官室。
「それでは、最後にもうひと言、私から」
リウはそう続けると、
「私は消えますが、私とほぼ同一の存在であるレアが、今後皆さんの前に存在することとなります」
「私そっくりの容姿、見た目だけでは無く、喋り方も仕草も、考え方も思考回路も感情も、リウ・アーゼルという女性の持つ全てがほぼそっくりそのまま引き継がれた存在として、皆さんの前に改めて登場します」
「ただ、レアは人智を超えた特殊な存在。 殺すことの出来ない生命体であり、地球人類を見守り続ける役目を背負っているのです。 その役目は私の今の立場とだいぶ異なるので、だから私の様に、皆さんと一緒に考え、笑って、喜んで、悲しんで、戦って、励ましあって、ということは出来ません」
「それだけは、理解して下さい」
時々、こみ上げる感情の影響で、言葉に詰まりながらも、やがてリウの話は終了したのだった。
ついに、別れの時がやって来た。
リウは一人一人と握手をしながら、ひと言ずつ最後の挨拶を交わす。
「ジン准将。 私やフォーの分も頑張ってね。 きっと貴方は優れた艦隊司令官になるよ」
そう言われたジン准将は、涙が止まらない。
「不遇の身に落ちていた私を引き上げて頂き、ありがとうございました。 多くの同期が亡くなり、また軍を去りましたが、その者達の分まで力を尽くしたいと思います」
短い会話のあと、握手をし、これが別れの挨拶となった。
続いてリウは、コーダイ中将の前に歩み寄り、
「コーダイ中将、本当にお世話になりました。 私とルー先輩の艦隊が今の成功を成し遂げたのは、中将が縁の下の力持ちとして、艦隊運用や指揮を支えてくれたお蔭です」
「こちらこそ、大怪我して現役復帰するか迷いがあった時に、声を掛けて頂き、ありがとうございました。 そして、現在の成果を、この星域を、退役まで守っていきたいと思います」
その言葉を聞いたリウは、ニコッと笑い握手をする。
今度は、ルーナ中将の前だ。
「マリーさん。 11歳の子供だった私のあの事故から、25年近く経ちましたが、色々とありがとうございました。 特に最近の5年以上、この惑星に単身赴任で駐屯して頂き、感謝に耐えません。 今後はアルテミス星系に戻って、旦那様と水入らずで過ごして下さい。 そして、御礼を言う機会の無かった大将閣下にも、宜しくお伝え下さい」
「いえいえ。この惑星での5年以上の間、色々と楽しかったわ。 女性同士だから気兼ねなくて......何度もご馳走になってしまって、本当にありがとう。 そして、さようなら」
別れの言葉を聞いて、流石にリウもグッと来てしまう。
だが涙は見せず、長い時間ハグをしてから握手をする。
最後にルー大将の前に歩み寄り、
「先輩。 私に長く付き合って頂き、感謝の言葉もありません。 それと重い責任を伴う地位を押し付けてしまって。 まだ先輩は若いから、長官の座に居る期間が長くなっちゃうと思うけど、その点はゴメンなさい。 先に責任から降りてしまう私を許して下さいね」
「そんなこと無いよ。 妻との結婚を迷っていた時に、背中を押して貰ったり......レイとダブルデートもしたな。 副司令官の人材に困っていた時には、レイを通じてアイザール先輩を紹介して貰ったし、リウ夫妻には、公私共に本当にお世話になった。 ここで永遠の別れが来てしまうのは非常に寂しいけど、俺は俺で残りの長い人生、出来得る限りリウの名を汚さぬ様に頑張るからさ。 リウもレアの中から見守っていてくれよな」
別れの挨拶を交わし終えると、ジョン・ルー大将とハグと固い長い握手を済ませる。
そして最後にリウは、副官を呼んだ。
「多分、この場で消えちゃうと、制服とか下着がその場に取り残されちゃうのよ。 だからリンが預かっていてくれないかな? 暫くすると私の生まれ変わりの人物が取りに来るから」
そうお願いすると、
「皆さん。 私が消えても、まだこの場に残っていて下さい。 30分くらいで、新しい私がここにやって来ますので」
とお願いをしてから、言葉を絞り出すように、
「それでは、みんな元気でね。 さようなら。 そして、本当にありがとうございました」
リウは最期の挨拶をすると、
「レア、お願い」
と言った瞬間、本当にその場から消えてしまったのだ。
そして、それまでがリウが立って居た場所に、着ていた服がゆらゆらとしながら、床上に落ちていくのであった......
嗚咽をあげて泣き崩れる、マリーとリン。
その場に居た全員が泣くまいと我慢をしていた。
リウが終始泣かずに笑顔を見せていたからだ。
しかし、本当に消えてしまい、残された人々は、特にリウとの想い出を沢山共有している人達は、涙が止まらなくなる......
西暦3865年12月21日に生誕したリウ・アーゼル。
その生涯は35年8ヶ月余りで閉じたのであった......




