第95話(最後の悪戯)
ノイエ軍の組織改革が始まり、リウは新設された軍のトップ統合作戦会議議長に就任した。
やがて、盟友であるルー大将の司令官室に入り浸るリウ。
それは、若手の集まり易い場所を作ろうとする行動であり、そのうち司令長官の決裁を悪戯したりすることも。
でも、この悪戯はリウらしく、永遠の別れの意図を込めたものでもあった。
ノイエ政府と軍は、軍の組織改編とそれに伴う新しい人事を発表した。
新たに、制服組のトップとして、統合作戦会議議長職を設け、議長にリウ・アーゼル中将を大将に昇進の上で任じると発表した。
ノイエ軍として、女性初の大将であり、女性初のトップ就任でもある。
大戦時から不祥事、不手際続きで国民の信頼を大きく失った軍が、新しく変わる象徴としての意味合いも込めてのトップ人事であった。
リウ・アーゼル大将が、ネイト・アミュー方面軍総司令官兼統治官であることに、変更は無い。
制服組ナンバー2として、参謀本部長にニミッツ中将を、同じく同格のナンバー2として、宇宙艦隊司令長官に昇進したジョン・ルー大将を任じると発表した。
統合参謀本部は、統合作戦会議の新設に伴い、名称を参謀本部へ変更となっている。
リウと同様に、ルー大将が、ネイト・アミュー方面軍艦隊司令官兼務であることに変更は無い。
ホーウィン中将は、宇宙艦隊副司令長官兼第1艦隊司令官に変更となった。
シュウゴ・コーダイ少将は中将に昇任したが、方面軍艦隊副司令官という役職に変更は無いものの、方面軍2個艦隊のうち、旧型艦隊1個艦隊の司令官に任命されている。
ケイト・パルトネール准将も少将に昇任したが、病状悪化の為、統治官補佐の役職は据え置きとなった。
文民統制を強化する為に、政治家が任命される内閣の国防大臣の他に、専門職の国防長官を新設し、統合作戦会議議長と同格とすることとなった。
よって有事には、ノイエ国大統領がノイエ軍総司令官であることに変更は無いが、その次が国防大臣、そして国防長官と統合作戦会議議長という序列となる。
更に、文民統制強化の一環として、国防次官も新設され、クリス・ラインシュトナーが首相より任命された。
また国防次官は参謀本部長、宇宙艦隊司令長官と同格と決められた。
クリス・ラインシュトナーは、クリス・アーゼル少将と同一人物であるが、中将昇任は少将に昇任して間がないことから一旦見送りとなり、その代わりに当分の間、政府に出向して国防次官という、参謀本部長、宇宙艦隊司令長官と同格のポストに就くことになった。
この特別な扱いは、クーデター鎮圧の作戦面での功績を高く評価しての起用である。
アーゼル大将の副官には、リン・キートラン中佐が、ルー大将の副官には、レン・ルコール中佐が昇進の上、それぞれ新たに任命された。
2人の新しい副官共に、クリス・アーゼル少将の元部下だった人物で、少将の推薦によるものである。
マイケル・ジン大佐は、結局准将に昇任して、ネイト・アミュー方面軍艦隊分艦隊司令官に任命されていた。
わずか数ヶ月で2階級も上がるという異例の出世であったが、リウが議長就任と引き替えに要求した人事であることは、当面伏せられてはいたものの、事実上バーターで決まったのであった。
クーデターに参加して没落した旧主流派が一気に居なくなったことで、それまで抑圧されていた非主流派の人事がようやく正常化したのだ。
「アーゼル大将の副官を拝命したリン・キートラン中佐であります。 初めての副官任務ですので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、宜しくお願い申し上げます」
上ずった声で、統治官オフィスで申告するキートラン中佐。
中佐はリウを見て、
『想像以上に、凄く綺麗な人』
と思ったことから、余計に緊張してしまったのだ。
その様子に、リウは思わず笑ってしまい、
「ここには、私達2人しか居ませんよ。 そんなに緊張しないで下さい」
申告に対して、その様に返答したのであった。
「では、艦隊司令部に行きましょうか? ここは、もう無人化されたので、私もこれからは方面軍艦隊司令部で仕事をすることにしますから」
リウは中佐に説明すると、案内がてら、一緒に司令部に向かう。
統治官オフィスの玄関では、機械警備兵が10体も待機しており、リウが出て来ると、護衛警備の任務に就く。
「襲撃前は、こんな護衛付けて居なかったのよ。 でも現状は致し方ないね」
リウは少し寂しそうな表情で語ると、片道徒歩5分の移動距離を中佐と一緒に歩く。
上空には、見慣れない中型艦がリウの護衛警備に就いていた。
「総司令官。 あの上空の艦艇は?」
「あれは、私個人所有のレアー号ね。 襲撃以後は、毎回上空から警備して貰っているの」
リウが説明すると、クリス・アーゼル少将から聞いた話を思い出していた。
「あの船って、スゴい生体頭脳が搭載されているのですよね? ハミルトンの変態が帝國に送った暗号通信文を解読したという......」
「中佐、よく知っているわね。 レアっていうのよ」
「情報部の時、ハミルトンを追跡して、この惑星で行動監視をしたのです」
「そうなんだ。 この惑星は本当に美しい惑星よね?」
リウはあえて、少し話を逸らす様な返答をした。
ハミルトンのせいで、当時のカイキ中佐が亡くなったのだから、あまり触れたくない話題であったのだ。
キートラン中佐も、リウの様子に気付き、
「大将閣下。 すいませんでした。 くだらない話をしてしまい」
「閣下は止してね。 過去のつまらない事件のことよりも、未来に向けた明るい話をしましょうよ」
リウはその様に優しく諭すと、
「艦隊司令部に着いたわよ」
そう言いながら、建物内に入っていくのであった。
つかつかつかと司令部内を歩き、司令官室の前に着いたリウとキートラン中佐。
リウが守衛機械兵にIDを照合すると、更に自動スキャンでボディーチェックされてから、ようやく室内に入ることが出来た。
「先輩、おかえり〜」
いきなり超軽い挨拶をしながら入ったところ、ちょうど新任者の申告中であった。
「ゴメン。 続けて下さい」
反省した様子を見せるリウ。
サプライズ登場を狙ったが、ちょっと唐突過ぎたのだ。
申告が終わると、ジン准将がリウのところに、直ぐに挨拶にやって来た。
「大将閣下。 お蔭様で、こんなに早く戻って来れました。 色々とありがとうございます」
「もしかして、昇進出来たの? それなら、フォーとクリスに御礼を言っておいてね。 おそらく2人の口添えが有ったからだから」
「それと大佐と少佐のこと、本当に残念です。 ご主人のレイカーのことも」
今にも泣き出しそうな沈痛な面持ちに変わったジン准将の様子に、
「たった数ヶ月で、大きく変わっちゃったわね。 レイは、そのうち目覚めるでしょうけど......2人の墓碑が、軍の基地の郊外の、景色の良い丘の上に有るから、行ってあげてね」
リウは墓参をお願いしたのであった。
「なんだ。 暗い表情だな」
ルー大将がリウのところにやって来て、声を掛ける。
「私も、執務室をこの建物に移すね。 ケイトも病状が悪くて、統治官オフィスに戻るのは難しそうだし、私が一人だけあっちに居ると、余計な警備も必要になるから」
「統治官の仕事は大丈夫なのか?」
「レアが人工頭脳を大幅に増やしてくれたから大丈夫よ。 統治官としての私の席には、統治官ロボットを設置することにします」
「ロボット?」
「用件のある人は、ロボットに言ってくれれば処理出来る様にするのよ」
「なるほど。 じゃあ、こっちで部屋を準備させよう」
ルー大将はそう答えると、直ぐに参謀達を呼んで、リウの執務室を準備するように指示したのであった。
「新しい体制が始まったね」
「責任が重くなるばかりだな。 俺は大した能力が無いのに、困ったことだよ」
「先輩。 私が始めたことに付き合わされたせいで、その若さで高い地位に就くことになっちゃってゴメン」
「まあ、人の出会いも何かの運命だよ。 もしかしたらクーデターで死んだ奴の中には、若い時にリウや俺と巡り合っていたら、今頃、幕僚をつとめていた人物も居るかもしれないよね? それだけ、人の出会いって大事なのだと思うよ」
ルー大将が真剣な表情で喋ったので、リウは思わず笑ってしまった。
「先輩、ゴメンなさい。 あまりにも真面目なことを突然言い出すから」
その後も暫く、笑いが止まらなかったリウ。
「いや、そこまで笑わなくても......」
困惑する大将閣下。
「でも、本当にそう思うよ。 人の出会いって。 だから、新しい幕僚や副官も大事にして下さいね」
リウはルー大将の言葉を纏めると、キートラン中佐の方を見る。
中佐はどう反応して良いかわからず、立ち尽くしていた。
「私達の仲間も、女性がだいぶ少なくなっちゃったからね。 先輩、キートラン中佐を宜しくね」
「確かに、そうだな。 少将の具合も相当悪いのだろ?」
「まあ、ここまでよく持ったわ。 レアが診ていなかったら、もうとっくに亡くなっていたでしょうね」
話を聞いていたリンがリウに確認する。
「少将って、パルトネール少将のことですか?」
「そうよ。 彼女が正当に評価されていたら、ノイエ軍で女性初の中将は、私じゃなくて彼女だったでしょうね。 軍官僚として、彼女の右に出る人は居ないのだから」
その後は、方面軍艦隊に新しく赴任して来た幕僚や副官から挨拶を受けたリウ。
新しい執務室が準備出来るまで、艦隊司令部の司令官室に入り浸るつもりの様だ。
「リウ。 議長の任命式には出席しないのか?」
「特段、首都星系に戻る用事が無いし。 そもそも統合作戦会議議長って、常設ポストじゃないからね」
「そうなのか?」
「相応しい人物がいる時だけのポストにするらしいよ」
「じゃあ、あまり仕事が無いのか?」
「時々、サインするだけでしょうね。 重要書類に」
「いいな~」
宇宙艦隊司令長官は、多くの仕事がある。
テラ帝國の政情が不安定なので、方面軍の重要性の高さから、遠隔地に駐屯しながら兼務しているが、いずれは首都星系に戻らなければならないだろう。
「俺はそのうち、勤務地を首都星系に移さなければならないけど、リウはどうするのだ?」
「私? 先輩が向こうに行くのなら、私が方面軍艦隊司令官やろうかな」
「議長が艦隊司令官っていう訳にはいかないだろう。 非常時を除けば」
「そうね〜。 新しい人に後を託す時代が近付いているってことかな?」
リウは、何となく誤魔化す様な言い方をするだけであった。
3日後に、リウの執務室の準備が出来たことから、方面軍艦隊司令部の建物内での勤務に切り替えたリウ。
政府としては、軍の改革をアピールする為に、新ポストの統合作戦会議議長任命式を大々的にやりたかったのであるが、ただその為だけに人を往復させるのは、経費と時間の無駄だとリウに叱責されて、諦めたのであった。
首相からの統合作戦会議議長の任命書類が届き、それをもとに、任命式の合成映像を作って、政府に送り返したリウ。
宇宙艦隊司令長官の任命式も、リウがルー大将に任命書を渡す映像を撮影して、一緒に送っておいた。
ニュースの映像として使える様にと、遠隔地に居るリウなりの政府や軍への配慮であった。
「色々気を遣わなきゃいけなくなるから、嫌だったんだよね。 議長っていうポジション」
副官としてのキートラン中佐の仕事は、ほぼリウの話相手であった。
護衛としての能力は、リウの方が相当上だし、統治官としての仕事については、時々纏めて処理をするだけで、あとは特にすることがなく、普段の大半の時間はルー大将の執務室で過ごしていたのだ。
「おい、リウ。 そんなに暇なのか?」
司令長官として、毎日山のような決裁が首都星系から送られてきて、目を通すだけで半日が過ぎてしまう。
そういう日々を送っているのに比べて、ソファーに座って、リンとお喋りして、ガールズトークにうつつを抜かしているだけの軍トップの姿を、少し疑問に思っていたのだ。
「私だって、それなりに忙しいのですよ。 ただ、仕事量の98%をレアに振ってあるから、余裕が有るの」
そう言うと立ち上がって司令官席に行き、ルー大将の決裁画面を出して、次々と承認ボタンを押すリウ。
「ああ、そんな勝手に押さないでくれ〜」
「大丈夫大丈夫。 ちゃんと目を通したから」
嬉しそうに、ドンドン承認してゆくリウ。
参謀や副官と打ち合わせ中だったルー大将が、慌てて自席に戻るも......
よく見ると、議長の決裁承認画面であった。
「焦った~」
ホッと胸を撫で下ろすのも束の間、隠れていたもう一つの決裁承認画面は司令長官のもの。
「あ~、やっぱり」
頭を抱えるジョン。
「今日の仕事、だいぶ減らしておいたからね」
リウがそう言ったので、驚いて確認すると、この短時間のうちに半日分の決裁が終わっていた。
「まさか......たった2分で......」
内容を一部確認するも、キチンと直すべきところは、直してある。
「どうやって......あっ、レアにやらせたのだろ?」
「当たり〜」
リウは非常に嬉しそうであった。
呆れた表情を見せる長官であったが、ひと言言っておかねばと思い、
「これでも2年くらい前までは、いい加減そうな中佐の上司も、朝から夜遅くまで毎日仕事していたのだぞ。 それも事務処理のスペシャリストチーム4人で。 その積み重ねが有って、人工頭脳を用いたシステムが作られ、今の時間的余裕が有るのだからな。 勘違いしないでくれよ」
ルー大将は、キートラン中佐に説明することを忘れなかった。
そして、あることに気付いたルー大将。
「もしかして、議長の決裁が異常に早いのって......レア?」
リウに質問する。
「随分、鋭くなったね~。 流石長官殿」
長官の副官であるルコール中佐が、賓客の議長閣下に新しいお菓子を出すと、それを食べながら答えるリウ。
「それって、大丈夫なのか?」
「私も全部内容把握しているから、大丈夫よ」
リウが暇そうにみえたのは、全部レアが先に処理をして、それをリウにフィードバックしていたからだったのだ。
リウは補正があれは、それをするだけであった。
その後も、リウは司令官室に副官と一緒に現れ、ルー大将の仕事ぶりを眺める日々。
襲撃前まで週に3回実施していた特殊部隊の訓練参加も、警備に負担がかかるからと、止めてしまっていたので、本当に入り浸りとなっていた。
「総司令官。 こんな日々でよろしいのでしょうか?」
ついに、キートラン中佐は心配になって来て、リウに確認をする。
「地位を極めるってことは、こんなものじゃない? 私が今までの様に動いていたら、みんなが困るの。 トップの人ってそういうことに気を遣えば、それで十分なのよ」
リウは短く答えたが、要は基本的に部下に任せるって言いたかったのだ。
「中佐は、暇な状況に耐えるっていうのが仕事よ」
しかし、本心は少し違うのであった。
かつてリウが少将だった時の、放課後の様な時間を意識して作り、それを貴重なものとして、受け継いでいって欲しい。
リウは、みんなが好き勝手話す、勤務終了後のあの素敵な時間を、もう一度作っておきたいと考えていたのだ。
メンバーは当時と変わってしまったが、新しい幕僚達にも、自由闊達な意見や、くだらない話や果ては悩み迄をもさらけ出せる時と場所を。
やがて、徐々にその様な雰囲気になって来た。
トップ自ら、行動した結果だろう。
「なんだか、昔を思い出すな~」
ルー大将も懐かしそうに話す。
「そうでしょ? あえて、あの時のことを再現したくて」
リウが答えると、
「お二方が軍のトップになってしまいましたからね。 なかなか当時の様に、好き勝手話すのは難しいですよ」
コーダイ中将がそんなことを言ったので、
「私と先輩が居ないと思って、話してくれればイイのよ。 若しくは、若手士官だと考えてくれても良いのかな。 まだ私達だって、十分若いでしょ?」
司令官室はかなり広いので、執務時間後、色々な若手が集まる様になった。
新任の分艦隊司令官のジン准将やスール准将、方面軍参謀のヴェルト大佐、ベルトラン大佐、新しく艦隊参謀に加わったウルワス中佐やグン中佐。
2人の大将の副官であるルコール中佐とキートラン中佐。
はたまた、憲兵隊の責任者であるサガラ准将までもが、時々顔を出すようになった。
リウもルー大将も年齢からいえば、まだ若手と言えなくもないが、流石に立場が立場なので、部屋の隅っこで、コーダイ中将と話をしているパターンが多くなった。
「こんな雰囲気だろ?」
場所を提供しているルー大将が、リウに胸を張る。
「そんなに、威張ることじゃないよ」
リウが冷ややかな目で見る。
「今後も続くと良いね。 先輩や私がこの場所に来れなくなっても」
「それなら、コーダイ中将にお願いしておこうか? まだ当面はこの惑星から離れられない筈だからな」
ルー大将が人事権を悪用して、中将を方面軍に暫く縛り付けるつもりのようだ。
「私は良いですよ。 この惑星に骨を埋めるつもりですから」
中将にそう言われたので、
「いや、冗談ですよ。 希望しても、いずれは去らねばなりません。 新しい世代の人達にポジションを譲っていかないと」
そう言いながら、雑談に花を咲かせている部下達の方を見つめる。
「バトンを繋いでいければ、それで十分です」
リウはしんみりと語ると、数年前を思い出す。
『これだけは、残したかったんだ。 もう大丈夫だね』
心の中で呟くと、涙が少し滲んでしまうのであった......




