第94話(鎮圧後)
クーデターを鎮圧したことで、ノイエ軍はようやく組織改革に着手出来るようになった。
長年の膿を出し切り、新しい時代へ進み出す第一歩へと踏み出し始めたのであった。
ノイエ国におけるクーデターは、ようやく鎮圧された。
市民の犠牲者は出なかったものの、クーデター派を中心に多くの将兵が死傷した。
無駄な血が流されただけで、意味の無い戦いだったと、後世において捉えられがちであるが、比較的先進的な共和国家の割には、長年、超保守的であったノイエ国軍が変わる為に必要な戦いであったとも言える。
生き残ったクーデター参加の尉官以上の士官は、全員が身柄を拘禁された。
また、下士官、兵士の中でも、積極的にクーデターに参加した者等も罪に問われることとなった。
ただし、上官の命令に従っただけの者達は、厳重注意の上、一旦首都星系以外への転属が命じられる方針となった。
この措置は、命令に従っただけとは言っても、反乱に加勢した以上、無罪放免という訳にはいかないという理由からである。
尉官以上の士官は、全員が軍事法廷で裁かれる対象となり、少佐以上は一律終身刑。
尉官は、10年以上の禁錮刑と決まった。
そして、尉官以上のクーデター参加者は、全員が軍を除籍させられ、生涯のうち二度と公職に就くことが出来ない措置も合わせて講じられることとなった。
最も死傷者を多く出した第5艦隊は、4割以上の損失を出して敗北した上、クーデターを実施した旧主流派の思想が根強く残っていることから、艦隊自体を解体し、乗組員全員の異動が命じられることに。
折角、西上国から巨費を投じて購入した中古艦艇も、200隻以上を失い、元々現有戦力が少ない状況から、失った艦艇を補わざるを得ず、大戦以後の復興費用が嵩んで悪化が著しいノイエ国の財政を更に大きく圧迫する要因となってしまうのだった。
「申し訳ありません。 事前に察知しておきながら、一切お知らせしなかったことに」
クリス・アーゼル少将は、解放された議長代理のニミッツ中将のもとを訪れ、先ず謝罪をしていた。
「いや、別に構わんよ。 ただ軟禁されていただけだからな。 クーデター派も一応軍トップの席に座っている私を拘束出来て、満足そうにしていたよ」
大統領と共に、クーデター派にあえて捕らえられる役割だったと聞かされて、少し嫌味を込めながら、仕方ないという表情を見せていた。
「それで、死者数は?」
「第5艦隊を中心に数万人に及んでしまいました。 残念ながら」
「そうか。 それはだいぶ多いな」
「仕方ありません。 第5艦隊の犠牲者以外は、大半がクーデターの参加者で、激しく抵抗した千人程です」
そう答えたアーゼル少将も、非常に残念な表情をしてみせた。
「少将。 本当に御苦労を掛けた。 貴官が事前に計画して仕込んでいた種々の作戦が無ければ、もっと長引いて、市民にも犠牲者が出ていただろう」
「はっ」
「それで、重要な話とは?」
「今回の事件を期に、軍の組織改革をしませんと、犠牲になった者達も浮かばれないと思いまして......」
そう言いながら、予め作成していた軍の組織改編案を提出する。
統合参謀本部議長代理のニミッツ中将は、その案をじっくりと読みながら、
「なるほど。 これには首相殿と統一国家元首殿の意見も入っているのだな?」
「はい。 如何でしょうか」
「良いのではないか。 私も自分が軍トップというのは、おかしいと考えていたよ。 一部の功労者の昇進が旧主流派の嫌がらせで、恣意的に止まっている影響から、本来トップに立つべき者達がナンバースリー以下の地位にあるのは問題だよな。 能力に相応しい地位を新たに創設して、文民統制を強化すると共に、あの方に昇進も受け入れて貰い、職責を全うして頂こう」
ニミッツ中将は、ニヤリと笑いながら、組織改編案を承諾したのであった。
「先輩、お疲れさまでした」
帝國領内から、ネイト・アミューに戻った休暇中のリウが、超光速通信のスクリーン越しに話し掛ける。
「いやあ、疲れたよ。 事前準備していたとはいえ、どういう情勢になるのか、全く先読み出来なかったからな」
「大活躍でしたね。 クロノス星系の星系シールドを初めて突破することに成功した提督として、先輩の名前は後世に長く伝えられることでしょう」
そう冷やすリウの声は、出征前と比べて、明るいものに戻っており、ルー中将は少し安心するのであった。
「いえいえ。 小官の様な小者の名前など、帝國の内乱に、たった一人で介入して終わらせてしまった方の名前に掻き消されてしまいますよ」
ルー中将も冗談には冗談で返す。
「まあ、それは偶然ですよ。 個人的な復讐という、本来私の立場では控えるべき禁忌を破っての結果だから、評価はされません」
リウも、そのことは十分に理解した上での、帝國への遠征行動であったのだ。
「それで、今後どうするんだ?」
ルー中将は、あえて聞きにくいことを尋ねてみた。
今回のクーデターの鎮圧で、ノイエ軍は大きく変わるであろう。
帝國もリウ・アーゼルという人物が強大な存在であることを十分に知る結果となった。
そして最早、リウ自身がやるべきことが無くなってしまった様な気がしたのだ。
「私? 不老装置の具合が悪くて余命も短いし、このまま歴史の舞台から降りてもイイんじゃない? 引退して何処かで静かに暮らそうかなって考えているよ。 それにまだ休暇中だからね」
そう答えると、
「しっかり残務処理してから、ゆっくりネイト・アミューに戻って来てね」
とリウは言い残して、通信は切れた。
今回は急いで戻る必要が無い。
帝國も内乱で、更に戦力が減少し、また多くの人達が亡くなった上、現皇帝に敵対した勢力の鎮圧もまだ続いており、政情が非常に不安定で、当面は内政に力を入れるしか無いからだ。
リウとの通信を終えると、旗艦クレアシオンを降りて、軍事宇宙港のターミナル内を幕僚達と歩きながら、少し考えごとをしていた。
『波乱の時代の終焉が、近付いているのかもな』
ルー中将自身も、その様な風向きを感じながら、宇宙艦隊司令長官代理として初めて、惑星ヘーラーの宇宙艦隊司令部に入って行ったのであった。
長官室に入ると、真新しいデスクの上に『ジョン・ルー』というネームプレートが倒されたままになっている。
それを初めて立て掛けると、長官室内は拍手が起きた。
先に戻っていた、もう一人の代理であるホーウィン中将とそのスタッフが待っていて、祝福してくれたのだ。
そして、
「今回のクーデターの鎮圧に伴い、ルー中将が正式な宇宙艦隊司令長官になると聞いていますよ。 今日はまだ代理ですが、ちょっとの間、我慢して下さいね」
ホーウィン中将は、その様に話し掛ける。
「私が正式に? 初耳ですが......」
その様に返事をすると、
「今回のクーデター鎮圧で最も功績を立てたクリス・アーゼル少将が、既に軍の構造改革案を作成しているのです。 ノイエ軍は今まで文民統制が弱かったので、その点も含めて、だいぶメスを入れることになります」
既に、内々で組織改革案と新しい人事案を承認していた長官代理のホーウィン中将であった。
ルー中将の長官代理として最初の仕事は、第5艦隊に関する処分案に関してであった。
「アーゼル中将が実施した艦艇差し押さえの際にも、長官命令を無視している上に、今回のクーデターへの参加だからな。 艦隊は全面的に解体して再編。 大佐以上の指揮官は今後、宇宙艦隊への所属を禁止。 それと第5艦隊という名称の使用も止めよう」
周囲の者に自らの案を話すと、処分案を一部作り直させた上で、承認したのだった。
「中将。 議長代理へのアポの時間です」
長官室のスタッフに言われて、急いで統合参謀本部に向かうルー中将。
議長室に入ると、ニミッツ中将が待っていた。
「久しぶりです、ニミッツ中将」
「ルー中将、久しぶりだな」
旧第四艦隊以来の間柄なので、打ち解けている様子の2人。
「まあ、そこに座ってくれよ」
ニミッツ中将が応接セットのソファーに座る様に勧める。
「軟禁状態の疲れはありませんか?」
ルー中将が、2週間以上に及んだクーデター期間中の体の状態を心配すると、
「暇すぎて、ずっと寝て食べての繰り返しだったよ。 少し太ったぐらいだ」
肩を竦めながら、更に話を続ける。
「今回の出来事を期に、政府も本腰を入れてノイエ軍の組織改革に手を付けるそうだよ」
そう前置きをしてから、
「それで、これが組織改編案と人事案」
と言って、ルー中将に案を見せたのであった。
それを見て、少し驚きの表情をみせるルー中将。
「議長代理は、こちらを承認されるのですか?」
「さっき、承認したよ」
「しかし......」
「いつまでも、年功序列ではダメだろ? 実績と能力に応じて、地位に就いて貰わないと」
ニミッツ中将は笑いながら答えると、
「ルー中将。 君には、その表の一番上にある方を説得して貰いたいんだ。 結構頑固だからね」
「あとは、拘禁したクーデター参加者の処分についても、方針を決めたので確認してくれ。 正式な書面は後日長官代理にも回すから」
そう言うと、ルー中将は処分案も確認する。
「こちらは、この案で私も良いと思います。 説得の件は努力してみます」
「頼むよ。 うんと言ってくれないと空席になってしまって、我々も困ってしまう。 新しく変わるノイエ軍の象徴として、その地位を受け入れて欲しいと言って、説得を頼む」
ニミッツ中将はルー中将に詳細な説明をすると、ルー中将も組織改編案と人事案を承諾したのであった。
ショウ・グエン大佐は、クーデターが鎮圧されたことで、ようやく出動中だった第2艦隊も首都星系に帰還出来たので、その足で統一政府の建物を訪問し、フォー・プロシード国家元首のもとを訪れていた。
「グエン大佐。 御苦労様でした」
「国家元首殿、ご無事で何よりです」
統一政府の貴賓室内で、挨拶をした2人。
スタッフが居るので最初は、よそ向きの言葉をかわす。
その後は、クーデターに参加した同期生達の消息の話となる。
「ヒロは自害したそうです」
「らしいね。 彼はプライドが高過ぎたのだよ。 それと自己能力を過大評価していた。 事前の彼の動きはバレバレだったのにね」
フォーは、同期生への冷静な人物評価を下す。
「少佐以上は、全員が終身刑の方向と聞いています。 残念ながら、私達の同期生の6割が終身刑、残り2割がクーデター鎮圧の際に抵抗して亡くなりました」
グエン大佐は同期生の惨状に、涙を滲ませる。
「それは致し方ないよ。 僕達は派閥を出るようにと力の及ぶ限り、同期生を説得して勧めたじゃないか。 それでも抜け無かったのは彼等自身の判断」
「......」
「それと共に、僕は彼等の態度に失望したよ。 僕に付いて来てくれていると思っていたのに、そうではなく、ただ強い者と一緒に群れたかっただけなんだ、軍での栄達に利用されていたんだって気付かされてね。 だから、死んだと聞いても、涙は出ない」
沈痛な面持ちであったが、フォーはそう言い切った。
「グエン大佐。 8割もの同期生がいなくなって、勢力が弱くなると、今後色々苦労するだろうけど、気を落とさずに」
「はい。 私のことを気遣って貰ってありがとうございます」
「グエン大佐と、キートルダ中佐、イジュウイ中佐の3人だけだから。 僕とずっと行動を共にしている同期生は」
3人の名前を出した時のフォーは、少し嬉しそうな顔を見せた。
「キートルダ中佐が命懸けの潜入を続けてくれた結果だよ。 今回、僕が無事だったのは」
「キートルダは、主流派を装っていたので、表向きは直ぐに昇進させられないけど、半年後さり気なく昇進させることになっているから、安心する様にと本人へ伝えておいてくれよ」
フォーはグエン大佐に伝言依頼をした。
それを聞いて大佐は、フォーに質問をする。
「わかりました。 ところで、誰と話を付けているのですか?」
「間もなく、国防次官になる方さ」
「えっ?」
聞いたことが無い役職である『国防次官』というワードに、どの様に反応して良いのか、大佐はわからなかった。
「多分だけど、ジン大佐は昇進して、方面軍の艦隊幹部になると思うよ。 グエンもずっと艦隊勤務畑だから、これからは彼を頼ると良いと思う」
「本当ですか?」
「ジンは、僕と首席を争った非常に優秀なヤツだよ。 それにどうも艦隊指揮能力に高い何かを持っていそうな感じだよね? 今回もゴート中将の旗艦を狙い撃ちにして、早期に沈めることで第5艦隊を降伏に導き、大勢の乗組員の命を救ったのだから」
フォーはそう話すと、ジン大佐の活躍を自分のことの様に嬉しそうに語ったのであった。
「軍のトップも代わるので、新しいノイエ軍に期待しようよ。 今後はグエンも派閥とか気にせず、自分の持っている能力を出し切ることに専念すればイイんだよ。 これからはそういう時代が来る」
その様な予言めいたことを話すフォーであったが、彼自身が新しい組織改編案に一枚噛んでおり、自身の経験と意見が反映される軍の今後の変化に、大いに期待しているのであった。
クーデターの後始末で最大の問題となったのは、再び減少してしまった宇宙艦隊の艦艇補充であった。
方面軍を除いて、最低4個艦隊は整備しておきたいところであったが、ハミルトン元准将絡みの帝國軍との戦乱での消耗分を加えると、300隻ほど足りない状態に陥ってしまったのだ。
新型艦艇の追加発注は10年間凍結し、その予算を大戦の復興費用に回すこととなっており、と言って、旧型の艦艇を今更新規整備するのも意味が無い。
なんとか安く300隻を整備する方法が無いか......
そこで、旧帝國軍の艦艇とはいえ、アルテミス王国から買い取った約600隻の軍用艦艇を保有するリウに、一部売却を求める要請がなされたのだ。
武装が外される前に契約出来れば、改造費用も抑えられる。
リウも一部はアウローラ社用に改造して使うつもりだったが、多額の借金をして過剰購入したので、余剰分の引き取り先を探していた。
双方の希望が合致したことから、話し合いの結果、300隻の中古艦艇を2500億ノイエドルで売却することが決まった。
800隻を5000億王国マルク(6000億ノイエドル)で購入していたのだから、リウから見ると利益無しで、右から左へ捌いただけの結果であったが。
「ああ、良かった~。 帝國軍の中古艦艇300隻の引き取り先が決まって」
ホッとした様子でレアに語るリウ。
「借金の金額、スゴいのでしょ?」
「そうだけど、資産も有るから問題無いわよ。 今回の売却契約が成立したからね」
流石のレアでも、リウの個人資産状況までは把握していない。
だから、少し心配していたのだ。
「リウがそう言うのだから、余計な心配は要らないってことでイイんだよね?」
「そういうこと」
リウが笑顔で答えたので、レアは信用することにした。
この会話を、後日レアはガッカリしながら思い出すことになるのだが、この時点では当然、未来のことはわからない。
「残りは、アウローラ社の警備艦艇と貨物船に転用するのよね?」
「ヤーヌス星系への経済的な進出が加速度的に増えてきているからね。 実際の運用はレアを通じて、アウローラ社の人工頭脳で行うから、宜しく〜」
既に、一部旧帝國軍艦艇の改造を発注していたリウ。
アウローラ社の価値も大きく増大しているのであった。
リウとの旧帝國軍艦艇譲渡交渉の、ノイエ軍代表者はルー中将であった。
その交渉過程で、ルー中将はリウにお願いをしたのであった。
「リウ。 今度、軍の組織改編が行われるんだよ」
「クリスから聞いているよ」
「それで、トップの統合作戦会議議長職に就いてくれないか?」
「私が?」
「そう。 潜在的な反乱分子も大量追放されたし、昇進もすることになるから。 頼む」
リウは、この依頼を予想していたので、引き受けるつもりであった。
三種族との約束期限を考えると、就任は短期間で終わってしまうだろうけど、今後の女性達の為に、見えない壁を出来るだけ壊しておきたいと考えていたのだ。
ただ、ルー中将が下手に出て来たので、条件を付けてみることにした。
「う~ん。 どうしようかな?」
「要望があるなら、検討するからさ」
「じゃあ、ジン大佐を先輩の幕僚に加えてよ。 准将に昇進させて」
「数ヶ月前に昇進したばかりじゃなかったっけ? 大佐から准将をそんな短期間では無理だろ?」
「でも、クーデター参加者は准将クラスが多かったから、ポストが沢山空席になって、可能性有るんじゃない? 駄目だったら大佐のまま、参謀にして戻す形でも良いから。 ねっ」
「わかったよ。 じゃあ、どうして情報部に異動させたんだよ」
「それは、クリスのお目付け役としてだったの。 でも、クリスが情報部から異動しちゃいそうなのでしょ? だから戻してあげて、方面軍の艦隊に。 本人も方面軍に残りたいって希望を言っていたから」
「わかったわかった。 努力するよ」
この会話の結果が、結局どうなるのか。
ルー中将に、ジン大佐を昇進させる力は無かったので、希望を出しただけであった。
そして、ルー中将も事後処理を終えて、ネイト・アミューヘと出発したのであった。
方面軍艦隊全てを率いて......




