第9話(艦隊勤務へ)
帰国して7年。リウ・プロクターは中佐となっていた。
果たして、これからどうなっていくのか?
本編のスタートです。
惑星アルテミスを離れてから7年。
リウ・プロクターは27歳となっていた。
ノイエ国軍士官学校短縮課程を22歳、次席で卒業し、その後は順調に昇任。
現在の階級は中佐。
このたび、ノイエ国軍宇宙艦隊第4艦隊の艦隊副司令官ジョージ・ハーパーズ少将配下の作戦参謀へと昇任異動することが決まっていた。
短期課程の同期生で最も親しい、参謀本部に所属するレイカー・アーサ少佐が、統合参謀本部の建物内で偶然すれ違った際、リウに声を掛けてきたのだ。
「リウ、今度艦隊参謀に異動だって? 栄転おめでとう」
「レイ、ありがとう」
型通りの挨拶にリウは返答したところ、
「って言いたいところだけど、よりによってゲーテーのところに異動だなんて、ちょっと気の毒かな......」
「気の毒?」
「お前だって知っているだろ? 噂」
「もちろん知っているけど......」
「蔭では『ゲーテー云々』と名付けられている位だから。 リウ、お前喰われちゃうかもよ」
「そんなこと無いさ。 だって同じ艦隊に超イケメンの下士官の恋人が居るんだろ?」
「リウだって、見た目は負けて無いだろ? 『ちょっと軟弱そうな王子さま』って女性士官や女性兵士達からあだ名を付けられているぐらいだし」
と、同期生から同情の言葉を頂いていた。
「まあ、気をつけるよ」
「気をつけてどうにかなるものでも無いだろうけど、頑張れよ」
そんな会話を最後に交わして、その場で別れる。
広大な参謀本部の建物内をロビーの方へと立ち去って行くリウ。
その後ろ姿をレイカーは何か意味深な視線で暫く追った後、自身の執務する部屋に向かうのであった。
リウは、軍のエリートコースである士官学校を出ているとは言えども、2年の短縮課程の出。
本来の4年課程の出身では無い為、昇任は4年課程の人よりも少しずつ遅くなるのが通例だが、5年間で中佐まで出世している。
これは4年課程の出世頭と同じペースな為、やっかむ人が結構居るのが実情だ。
短縮課程出身者は人数も少ないので、軍の内部での勢力が弱いものの、通称『財閥派』と言われており、アーゼル財閥とLSグループという巨大コンツェルンの力が背景に有り、出世レースで4年課程より大きく遅れをとることは無い。
ただリウの今回の異動先は、同性愛者の為、人気が全く無い副司令官の参謀なので、
『やっかむ人は少ないだろう』
とリウ自身考えていたのであった。
リウの幼馴染で同年齢、士官学校4年課程出身のジャン・フォー・プロシード中佐も、参謀本部内でリウを見かけて声を掛けてきた。
「リウ、久しぶり」
「フォーか。 久しぶりだね」
「艦隊参謀に異動か~。 本来なら出世コースだけど、よりによってゲーテーさんの配下じゃあ、出世コースとは言えないよなあ~」
「......」
「性的嗜好が原因で、少将より上に昇任出来ない人の配下だと、リウの出世街道もここまでかな?」
そんな具合に話を振ってきた後、フォーはニヤリとし、
『勝ったな』
という表情をする。
この反応を見ながらリウは、
『出世欲の権化のようなフォーですら、「ご愁傷さま」という反応だな』
と思いつつ、
『誰も望まないポジションのようなので、妬まれることは無さそうだ』
と改めて実感したのだった。
そこでリウは、少し論点をずらすために、
「フォー。 巡航艦艦長の椅子の座り心地はどうだい?」
と尋ねてみる。
それに対しフォーはニヤリとしながら、
「まあまあかな」
と答えた後、
「艦内に上官が一人も居ないところが、良いところだね」
「リウも気を落とさずに頑張れよ」
と理由を言い残すと悠然と去って行ったので、リウは漸く一息つくことが出来たのだ。
ちなみに幼馴染と言っても、関係性はかなり微妙。
リウの亡き母の友人がフォーの母で、夫が若くして帝國軍の戦闘に巻き込まれて亡くなり、困窮していることを知って同情したフォーの母が、2年弱ほど御屋敷に住まわせ、面倒をみてあげたというハッキリとした上下関係が有ったので、現在も余り良い間にあろうはずが無い。
幼いフォーはそういう境遇を恥じて反発し、結局母子は2年もしないうちに出て行ったのだから......
その後、相当な苦労と努力の末、超難関の士官学校に入学、卒業してエリート士官の道を順調に歩いていると聞いている。
しかも、
フォーは、正規の4年課程を首席卒業で中佐。
リウは、2年課程を次席卒業で中佐。
で、同じ年次の卒業だから、同階級にあるのはフォーにとって面白い筈が無い。
先程の会話もライバル視しているバチバチ感が感じられて、リウはフォーがかなり苦手なのだ。
とは言え、能力が高く、兵士の人気も有り、如何にも勇将然としたカッコイイ風貌もあって、将来が期待されている若手士官の筆頭格であるのだ。
そして、リウの異動日。
佐官は、統合参謀本部の人事課長の席に出頭し、申告をして、辞令を受け取ってから、宇宙艦隊司令部に移動して、人事課長から受け取った辞令を提出する。
約二千年先の未来においても、こうしたやり方は未だに残っている昔からの慣習だ。
そして、改めて宇宙艦隊司令部から、新しい人事の発令書を受け取る。
たまに正式な人事発令日に異動先が変更されている場合もあるのだが、リウが受け取った今回のその内容は、
第四艦隊副司令官付作戦参謀を任ずる
と書いてあり、事前の発令予定内容と変更は無かったのだった。
正式な辞令書を受取ったので、早速、第四艦隊司令部に出頭する。
数名の士官の異動者と共に、宇宙艦隊司令部内にある第四艦隊の司令部室に入ると、
厳格そうな第四艦隊司令官ホール中将
イケメンで知られる副司令官ハーパーズ少将
神経質そうで怖そうな艦隊参謀長ウエダー少将
等、第四艦隊の准将以上の幹部の面々が揃っており、司令官の前に進み出て佐官以上の異動者は異動の申告をした。
やがて申告が終わると、中将の訓示があり、以後それぞれの新しい職場へ三々五々となる。
リウ・プロクター中佐も、新しい職場となる第四艦隊副司令官の執務室に移動しようとした時、後ろから、
「リウちゃん。 いやプロクター中佐殿、お久しぶりでございます」
と声を掛けてきた人物が居た。
それは、ジョン・ルー中佐であった。
ルー中佐は、リウの3年先輩であるが、先輩風を吹かせることなく接してくれる、軍では貴重な人格者だ。
リウが士官学校最後の3か月間の実地実習の時、ルー大尉付きとなり、当時、何かと世話を焼いて、わからないこと全てを優しく教えてくれた人物であり、それ以後、リウが頭の上がらない数少ない軍人の一人となっている。
「中佐も副司令官付きでしたっけ?」
記憶では違った筈なので、あえて確認の質問をしてみると、
「今回の異動で、艦隊参謀長ウエダー少将配下の作戦参謀から、ハーパーズ少将配下の主任参謀へと異動したんだよ」
「そういう訳で、また同じ職場だな。 よろしく〜」
ルー中佐は、艦隊内部の異動状況を説明しながら、
「それじゃあ、一緒に副司令官のところに申告に行こう」
と言って来たのだ。
わざわざ新任者の異動申告が終わる迄待っていて、新しい職場に不慣れそうなリウに声を掛けたのであった。
そんな気遣いに内心感謝しながら、
「先輩、それでは一緒にお願いします」
とリウは答え、揃って副司令官のところに申告へ向かうのだった。
副司令官ジョージ・ハーパーズ少将は、直属となる幹部士官の異動申告を受ける為、司令部から自身の執務室に先回りで移動し待っていた。
そこに、ルー中佐とプロクター中佐が入ってきたので、立ち上がって敬礼を受け、申告を受ける。
ひと通り申告の挨拶が終わると、副司令官室に備え付けられている椅子に座るよう指示。
そして、
「今日からよろしく」
と厳格そうな表情で言った後、演技をしている自身に笑い出してしまい、
「厳格なのは性に合わないので、これからはもっと楽にするように」
と姿勢を崩して答えたのだった。
続いて、少し真剣な顔をすると
「対外情勢がだいぶ悪くなっている。 その為副司令官にも参謀を付けて司令部の機能を分散させることにした。 近いうちに艦隊の演習出動があるので、その心構えでいて欲しい」
と現在の厳しい軍事情勢に基づいての人事異動であったと説明。
そして少将は、リウの顔をジーッと見詰めてから、
「プロクター中佐」
と改めて声を掛けて来たのだ。
それに対し、リウは姿勢を正しながら、
「はい」
と大声で返事をする。
すると、
「貴官は、『軟弱な王子さま』とか噂されているらしいが」
「はい?」
「まさしく、そんな感じだな」
唐突に外見の良さを褒められたものの、リウはどう反応すべきか迷って、
「......」
無言のままであった。
その反応を見ながら、少将は続けて、
「俺が色々と噂されていることは勿論知っているが、そんなの気にするな。 無論、貴官に何かするようなことは無いからさ」
と言い出し、身構えずにリラックスして職務に専念するように申し付けたのであった。
2人は副司令官の執務室を出て、宇宙艦隊司令部の建物内にある、各艦隊の佐官以上が使えるデスクスペースに移動する。
そこでルー中佐はリウに
「緊張しただろ?」
と尋ねてきた。
リウは、色々な噂の流れている副司令官であるし、艦隊司令部での勤務自体が初めてであったので、
「ええ」
と素直に答える。
すると、ルー中佐は
「ハーパーズ少将は、第四艦隊の中で最も指揮能力の高い将官だよ。 色々な噂もあるけど、それだけは間違いない」
と断言し、副司令官のことを高評価しているのだと打ち明けた。
更に続けて、
「司令官のホール中将とウエダー参謀長はイマイチだよ。 くだらないことばかり気にしてさ〜。 決断力も無いし、人間がちっちゃいんだよね。 彼等の元で帝國軍と戦さになったら、司令部丸ごと獄門行き確定だろうと思っているよ」
と、忌憚ない第四艦隊司令部の人物批評をしてから、
「だからハーパーズ少将が、司令部の参謀の一部を副司令官付きにと要望した時に、立候補したんだよ。 他に立候補する奴が居ないことが分かってたからね」
自ら進んで異動したのだとリウに教えたのだった。
ただ、
「まさか、同僚のもう一人の参謀が『軟弱王子さま』だとは思わなかったけど......」
とも話し、リウと一緒に仕事をすることになったのは偶然だったらしい。
「しかし、リウと一緒なら帝國軍との負け戦でも、何とか生き残れるような気がするなあ~」
「そんなことありません。 過大評価ですよ」
ルー中佐の感想に、リウは正直な気持ちを話すと、
「5年前、統合参謀本部に当時少尉だったリウが提出した戦力増強等の意見書の件があったよな? あの時軍首脳は完全無視したけど、結局正しい指摘だった。 先が見える参謀様が居れば、そんな気がするんだよ」
一悶着あった過去のリウの行動を、先輩は評価してくれていたのだ。
「西上国のシヴァ丞相は7年以上前から、アルテミス王国は5年前から、帝國軍の侵攻に対抗する為に戦力増強を始めていたのに、我が国は今更慌てて始めるなんて、ちょっと遅すぎるよなあ~」
自軍の先見の明のなさを嘆く。
そこでリウは、
「帝國の大帝が予想以上早く亡くなって、油断したのが痛かったですね。 現皇帝が即位すると暗殺未遂事件とか発生し、国内がゴタゴタしだしたから、対外的な軍事侵攻の動きがこれ程早く出て来ると思えなかったのは、致し方ないですよ......」
と答えたのだ。
これは、以前から抱いていた思いとは正反対のことを敢えて述べ、ノイエ国が有効な対策を打てていないに、帝國軍の大侵攻が迫っていることへの気持ちの整理を付けようとしているのであった......
「ところで、ジョン先輩。 先輩が艦隊主任参謀で自分が作戦参謀という形でよろしいですか? 先程ハーパーズ少将から手渡された指令書には、どっちがどっちに就くかは、辞令はあくまで仮りの肩書き。 2人で話し合って正式に決めろと書いてあったので......」
希望を確認すると、ルー中佐は、
「作戦参謀の良きように」
と、半分笑いながら、
『リウが作戦参謀に決まっているだろ』
と暗に仄めかしたので、端末でそのように記入し、直ぐに少将へと提出したのであった。
後日改めて、ルー中佐が主任参謀、リウを作戦参謀に任ずるとの命令が発令された。
そして、ハーパーズ少将は、
「俺は艦隊での勤務が長く、艦隊指揮はうちの軍の中でも、ある程度出来る方だと思っているが、参謀としての才能は無いって自分自身でよくわかっているんだ。 だから作戦立案能力も無いからな。 よって2人の中佐に期待すること大である」
と笑いながら打ち明けると、
「いずれ、近いうちにテラ帝國軍と戦うことになるだろう。 だから、仲の良い2人を参謀にと、軍中央や艦隊司令部にお願いしていたのだ。 本番まで中佐2人でよく敵の戦術等を研究して貰って、帝國軍に抵抗出来る様な作戦を幾つか考えておいてくれよな」
その様な指示を2人に出すと、少将は立ち上がって副司令官室を出、休憩をしに行ってしまったのだ。
顔を見合わせる2人の中佐。
『いよいよ、決戦の時が近付いて来た。 出来るだけの努力をしておかねば』
少将の言葉にリウは気を引き締め直し、参謀としての初の艦隊勤務に従事する決意を心に秘めるのであった。
一方、太陽系帝國では二世皇帝臨席のもと、御前会議が開かれていた。
会議の議題は、
『三国同盟を滅亡させ、人類社会の統一を目指す大遠征計画』
の最終的な結論を出す為のものである。
会議の開幕が告げられてから直ぐに、
「陛下。 口の端に乗せるも憚れることなれど、発言をお許し下され」
先ず、老将のウォルフィー元帥が手を挙げ、その様な申し出を行ったのだ。
「気にすることはない。 元帥は、予が大事に思っておる最重要な臣下であるのだからな」
皇帝はその様に述べ、元帥の発言を許可する。
「今回の大遠征計画、儂は反対でござる」
皇帝自ら発案の人類統一計画に伴う大遠征。
それに対し率先して発言し、しかも反対意見を述べるとは、戦功著しい老将で無ければ咎められるところである。
「敵は大きく3つの国に分かれているとはいえ、西上国の名丞相リョウ・シヴァを中心に纏まった軍事行動を常にとっておる。 確かに兵力は我等が上回っているものの、敵には地の利がありまするぞ。 その点を加味して、今ひとつ慎重に行動すべきだと、儂は愚考致すのであります」
元帥は起立して反対の理由を述べ終わると、皇帝に向けて、深々と頭を下げる。
「他に意見の有る者はおるか。 遠慮なく述べよ」
二世皇帝が更なる発言を促す。
すると、帝國宰相ルーゼルト大公が手を挙げた。
皇帝は無言のまま、発言を許可する仕草を見せる。
すると、宰相はその場で立ち上がり、
「陛下。 私も本心を述べさせて頂ければ、反対でございます」
この発言には、臨席の重臣達からどよめきが起き、一様に驚いた表情を見せる。
およそ帝國宰相が、二世皇帝の意見に反対を述べるという場面を見たことが無かったからだ。
「陛下が臣民の為に、より盤石な帝國を築き上げたいという気持ち、私にもよくわかります。 しかし、今回の遠征はリスクが大き過ぎると考えております。 敵は、我等の領域に足を踏み入れたことはございません。 それは我が帝國が軍事力で優位にあるからです」
ここまで話すと一息を入れる大公。
二世皇帝と居並ぶ重臣達の表情を一通り見回してから、
「遠征が成功すれば、歴史に名を残す偉業となるでしょう。 ところが、敵味方の兵力差は2割程度しかございません。 その差の小ささを考えれば、現時点で無理をする必要は無いと、非才の身なれど臣は思うのであります」
意見を述べ終えた宰相は元帥同様、皇帝に向けて一礼をしてから自席に座ったのだった。
帝國を支える軍・政それぞれのトップが反対意見を述べたことに、二世皇帝は内心少し苛立ちを覚えたが、それを表情に出すような人物では無い。
「他に意見のある者はいるか? どうだ」
皇帝は再び重臣達に発言の機会を与えたが、その後2人以外に積極的な発言をする者は居なかった。
二世皇帝に発言を促された大半の者が、
「陛下の御意に従います」
と述べるだけであったのだ。
「わかった。 2人の意見を取り入れ、今ひとつ慎重に考え直してみようぞ」
この会議で二世皇帝は、重臣の前で度量を見せることに最大限留意していた。
それは、自身の重臣と言っても、大帝の臣下であった者が大半であるからだ。
稀代の英雄で、帝國の開祖である大帝と、その後継者となった大帝の次男である二世皇帝を見比べ、能力の品定めをしている者達も多い。
その為、性急に物事を決めてしまうと、短慮だという評価がなされてしまう。
「大遠征計画を実行段階に移すか否かの最終決定は、次回の御前会議に持ち越そう。 それまでに他の重臣達も、自身の意見を決めておいて欲しい」
二世皇帝はそう述べて、会議を締め括った。
この時点で、帝國による三国同盟への大遠征計画は、まだ正式決定には至らなかったのであった......