第81話(別れ)
ついにディオ・アイザールとの別れが迫ってきた。
長くリウを支えてきた能吏であるアイザール少将は、軍を退役して、財閥の幹部となる日が来たのであった。
ブルース・ハミルトン元准将が仕掛けた謀略から始まった一連の騒動が終結して4ヶ月。
その間、静かな日々が続いていたが、大きな人事異動を伴う、ネイト・アミュー方面軍の再編成の日が近付いてきていた。
ヤーヌス星系に侵攻し、占領してから約4年半。
リウが主流派より奪取した新型艦艇を編入した方面軍の中核艦隊が正式に発足する。
それに伴い、入替えとなる旧型艦艇300隻余りの首都星系への搬送、新型艦隊運用開始に伴う、余剰人員の削減等、方面軍設立以後、最大規模の組織改編が行われるのだ。
司令官のルー中将や副司令官のコーダイ少将を始め、艦隊勤務の者達にとっては、目の回る程忙しい日々が続いていた。
それに対して、統治官のリウは、新しい人工頭脳の大量設置に伴い、人間が関与する事務作業が7割以上削減されたことから、比較的余裕の有る状況で、艦隊勤務と兼務であるレイを艦隊再編の仕事に差し出しているぐらいであった。
統治部門に余裕がうまれたことから、退役するディオ・アイザール少将に対して、今まで取得出来なかった休日分と合わせて、約2ヶ月半の休暇をリウが付与し、少将は家族を連れて惑星ネイト・アミューの景勝地を巡ったり、引越しの準備をしたりして過ごしていた。
人事異動・組織改編日が目前に迫った或る日。
引越し作業の手伝いに、リウとレイがアイザール邸を訪問していた。
「わざわざ、小官ごときの引越し作業の手伝いに、総司令官閣下と首席幕僚殿にご来訪頂き、誠に感謝に耐えません」
玄関ドアを開けて、大仰な挨拶をするディオ。
「先輩にしては、珍しいですね。 そういう言い回しをするなんて」
レイが普段の真面目過ぎるディオの言動から、予想出来なかった挨拶を少し茶化すと、リウがクスクス笑いながら、勝手に家の中に入っていく。
「ミカ〜、久しぶり〜」
リウは奥の部屋で子供達と過ごしていたミカにそう言うと、いきなり抱き着く。
「リウ、元気そうで良かった〜」
ミカは挨拶を返す。
やがてリウは、子供達とミカの取り合いを始めていた。
「ヤレヤレ。 子供がもう一人増えた様なものだな」
ディオがその様子を見ながら、レイに相槌を求める。
「まあ、いつもは威厳を保たねばならない立場ですから、たまには良いんじゃ無いですか?」
時々、夕食に誘われてアイザール邸を訪問することも有ったリウとレイだったが、常に護衛も付いており、ずっと忙しい日々だったので、今までは短時間の滞在でしか無かったのだ。
「レイ。 今日は、夜まで付き合ってくれるのだろ?」
「そのつもりで予定も調整済みですよ」
珍しく、護衛無しで訪問したリウ。
4ヶ月前に告白した悲運の宿命以降、リウは徐々に仕事を減らしていることも有り、今までの様に我武者羅に仕事に邁進する姿勢は、もはや持ち合わせて居なかった。
暫くすると、リウは子供達3人と遊んでいる。
その表情は、非常に明るく、リウを知る3人もあまり見たことの無いものであった。
リウが子供の相手をしてくれているうちに、今まで出来なかった引越し作業を一気に進めるアイザール夫妻。
夫妻とレイは、一緒に作業を手伝いながら、
「リウって意外と子供相手が似合うのね~」
ミカが2人に話す。
「子供を生めない体だから、珍しく感じるだけですよ。 元々王室の学校で色々な境遇の子供達と別け隔てなく過ごしていた方ですからね」
レイがリウの心情を思い量って答える。
「リウ様は、パルトネール准将と一緒に、身寄りの無い子供達の為の施設を作るそうだね」
ディオは、今回の異動で病気療養の為、閑職に移る同僚の准将のことを気に掛けながら、レイに確認する。
「その様ですね。 私も最近は艦隊司令部の方で仕事をしていたので、統治官の執務室で2人が何を相談しているのか、知りませんが」
その答えを聞いて、
「そう言えば、首都星系から誰か統治官の補佐をする人が来るんだろ?」
「まだ決まっていないのです。 今回リウと私も首都星系に一緒に行きますので、そこで決めるみたいですが」
アイザール少将の退役に加えて、パルトネール准将の事実上の引退も有り、一気に人材不足が見込まれる統治部門。
リウも、いつまで統治官を続けられるかわからない現状であることから、統治部門の新しい幹部を決める人事は非常に重要であった。
「今日は、仕事の話はこれぐらいにしましょう。 いつまでもリウに頼ることは出来ないので、今後のことは、みんなで決めていくべきですからね」
レイはそう答えると、作業をする手を早めるのであった。
やがて、引越し業者が現れて、大型の荷物の運び出しが始まる。
アイザール少将一家の引越し荷物の搬送は、アーゼル財閥の方で全て手配が済んでおり、引越し先も財閥が用意した邸宅となっていた。
「先輩の引越し先って、あの大邸宅街ですか?」
レイは総帥の側近も続けているので、おおよそ引越し先の目途がついていた。
「らしいね。 あまり広すぎても、もて余すだけどな」
総帥が所有する巨大な邸宅と同地区にある邸宅群。
セキュリティの関係で、財閥幹部の住む地区はなるべく同じ地域でとなっているからだ。
「レイも、あの地域の一区画貰っているのだろ? 総帥がリウ様の側近として長年過ごしてきた感謝と結婚祝いを兼ねて送ったって聞いたぞ」
「あの噂ですね。 実は辞退していまして」
「そうなのか? 勿体無いじゃないか」
「リウが、総帥の邸宅の近くは嫌だって言うので」
「そうだった。 未だに複雑な感情を持ったままなのだよな?」
そんな会話を続けているうちに、業者が荷物を搬出し終えたことから、がらんとなった将官用官舎。
「荷物が無くなると、結構広いんだな?」
「そうですよ。 元々広大な王宮の跡地に、新しい施設を作ったので、余裕のある造りですから」
広くなった官舎で、走り回る子供達。
リウも一緒にハシャイでいる。
追いかけっこを始めたようだ。
「リウ。 それぐらいにしておいて。 そろそろ出掛けるよ」
レイにそう言われると、
「は~い。 みんなも出掛ける用意を始めないとね」
子供達に優しく語り掛けるリウ。
2日後、一家が首都星系へ出発するのに合わせて、アイザール家の5人と、ネイト・アミューでの最後の晩餐に出掛けるのだ。
例の地元の料理店に入って行った7人。
この日は貸し切りとなっていて、他にもルー中将を始めとした、方面軍の幹部が揃っていた。
留守番は、ブルーム准将だけであり、それ以外の面々はほぼ全員が参加していた。
「お疲れ様〜」
余計な挨拶無しで始まった送別会。
今回は家族連れ参加も居るので、大賑わいだ。
それぞれが、それぞれの思い出をディオに語り掛ける。
当時のルー少将が、副司令官探しで苦労しているのをみて、レイが推薦したことをキッカケに、リウの幕僚に名前を連ねる一人となってから、約5年。
とっくに退役していた筈だったが、レイの推薦で大きく人生設計が変わったものの、多くの人との出会いとリウの補佐が出来たことを思えば、これ以上の経験は今後の人生で二度と無いだろうと、つくづく感じているディオ。
次々と少将のもとに酒を持って挨拶にやって来る幕僚達と、労いの乾杯を繰り返しながら、その様な思いに浸るのであった......
やがて、リウとレイがディオのところにやって来た。
「ディオ。 今まで本当にありがとう」
リウが感謝の言葉を口にする。
『そういえば、数ヶ月前にレアを通じて、もっと丁寧な感謝の言葉を貰ったな~』
その様なことを思い出したディオ。
「リウ様のもとで、二度と出来ない様な経験をさせて貰い、こちらこそありがとうございました。 リウ様も残りの人生を大切に過ごしてください」
丁寧な挨拶で返すアイザール。
彼らしい言葉であった。
「レアが私の代わりに、感謝の言葉を述べてくれたらしいから、簡単な言い方でゴメンね。 ディオの才能に助けられたよ、本当に。 これからは御祖父様を助けてあげて。 もう80歳を超えてしまったし......私の分まで」
リウはそう言うと、ディオとハグをした。
レイも続く。
そして、2人はミカの居る席へと移動して行くのであった。
その姿を目で追いながら、
『いつの日か、リウ様の代わりとなるレアが挨拶に来てくれるだろう。 その日まで充実した日々を過ごして欲しいな、リウ様には』
そんなことを考えながら、グラスを傾けるのであった。
最後にパルトネール准将が、アイザール少将のところにやって来た。
「ディオ、お疲れ様」
短い言葉が、口下手な准将らしい。
「准将。 お体の具合はどうですか? 無理なさらないでください」
ディオはそう挨拶を返すと、
「私の体はもう無理よ。 残念だけど、残された時間は少ないわ。 リウと一緒ね」
「私の次に能吏である貴方が退役するのは、リウにとって大きな損失だけど、いつまでも束縛し続けるのも良くないからね。 貴方の時間はこれから先の方が遥かに長いのだから、私達と違って。 財閥で大活躍して欲しいわ」
珍しく長いセリフを述べたパルトネール女史。
「准将はこれからどうされるのですか?」
「次の異動で、ディオの後釜の統治官補佐に就くけど、これからの統治官補佐は名誉職。 実際にはリウのあの船......レアー号の病室で過ごしながら、リウの手伝いを少しして、お迎えが来るのを待つってところね」
「そんなに悪いのですか?」
ディオは驚いてしまった。
そんな素振りは、今まで見せなかったからだ。
「あの事故を生き延びた数千人の人達も、ここに来て続々と亡くなっているわ。 仕方ないのよ、事故だから。 賠償金も軍と政府から沢山貰ったし、もう文句の言うところも無いからね」
そう言うと、珍しく笑顔を見せた。
「どっちが先に居なくなるかわからないけど、リウの居なくなった世界を殆ど味わなくて済むのだから、迎えが来るのは、それほど悪い話でも無いわよ」
自己の死をその様な言い方で肯定する准将。
『彼女らしい、表現だな』
ディオはそんなことを思ったのであった。
「ディオ。 貴方もリウに言いたいことあるのだったら今のうちよ。 統治官オフィスで本当は言いたかったんじゃない? 私達を酷使し過ぎだって」
パルトネール女史は、その様なことを言ったところで、地獄耳のリウが近付いてきた。
「確かに、酷使されましたね。 労働環境は最悪でした。 勤務時間についてだけですが......」
すると、パルトネール准将が笑ったので、振り返るとリウが居たのだ。
「ゴメンなさい。 酷使し過ぎました。 反省しています」
シュンとするリウ。
わざとらしいので、ディオは、
「最後の機会だから、本心を言ってみました。 今後は無いと思いますが、長時間労働は止めましょう」
リウにそう言ったので、准将は笑いが止まらなくなるのであった。
流石に珍しい姿に、全員が驚いた表情を見せる。
「あら。 私だって笑う時も有るのよ」
視線に気付いた女史がそう答えると、リウが、
「統治官の大黒柱で有る2人が、第一線を退きます。 非常に痛いですが、今までの大活躍に拍手をお願いします」
そう言うと、拍手が始まる。
鳴り止まない拍手。
アイザール少将とパルトネール准将が居なければ、一番大事な給料でさえ遅配が相次いだだろう状況を、そうならないように2人の能力が支えてくれたのだ。
方面軍という新しい巨大な組織をイチから作って支え続けてくれた2人の能吏に、全員が感謝するのであった。
やがて、慰労会兼お別れ会も終幕を迎えた。
明後日には多くの者達が首都星系に帰ることになる。
最後のお祭りを皆が楽しんだのであった。
翌日。
人が少なくなり、寂しくなった統治官の執務室。
リウとレイ、控室にエーレン少佐が居るだけであった。
そこに、珍しい訪問者がやって来たのだ。
マイケル・ジン中佐であった。
エーレン少佐も初めて会う人物であり、アポ無しだったので、面会するかどうかリウとレイに問い合わせをする。
『転属の挨拶をしたい』という希望を伝えると、2人の許可があったので、執務室の応接間へと案内する少佐。
やがて、リウとレイが揃って、中佐の前に現れた。
「珍しいね。 士官学校の卒業式以来かな?」
リウが中佐に話し掛けて、座るように促した。
「それでは、お言葉に甘えまして。 失礼致します」
ジン中佐はそう言うと、ソファーに腰掛ける。
「異動だよね? 今回」
レイが中佐に確認をすると、
「はい。 2人に感謝を言っておかなければならないと思っていました。 忙しい中、時間を割いて貰ってありがとうございます」
そう答えた中佐。
そして、
「旧プロシード派の嫌がらせで、昇進が遅れていた私をさり気なく引き上げてくれて、本当に感謝しています。 大戦の時は大尉で、駆逐艦砲術士官でしか無かったのに、その後、いきなり駆逐艦の艦長になったり、新型巡航艦の艦長にしてくれたのは、全部中将閣下の差し金でしょ?」
それに対して、リウは、
「適材適所っていうやつだよ。 私達2人よりも優秀な成績で卒業したのに、勿体無いからね」
そんな言い方で、誤魔化すリウ。
中佐は、
「それと、カイキ准将の戦死。 本当に残念でならないです。 あの時、私は僚艦の艦長として、隣で艦を並べて、ずっと一緒に戦っていたから......平凡な人だと思っていた彼に、あんな才能があるなんて、あの戦いまで全く気付かなかった。 それぐらいの大活躍でした」
「......」
「下士官出身の亡き准将の活躍をみて、私も考えを改めることにしました。 士官学校出とか、卒業の成績、地位や階級なんかに、いつまでも縛られるのはもう止めようって。 世話になった人、尊敬出来る人の為に精一杯尽くす。 それさえ出来れば、十分だと」
そう語る中佐の目には、薄っすらと滲むものがあった。
「私としたら、このまま方面軍に残りたかったけど、私を大佐に昇進させた中将閣下の意図が、何かあるのなら教えて欲しいのです。 ずっと艦隊勤務だったのが畑違いの情報部への異動だから......そう思ったので挨拶に来ました」
すると、リウは、
「私はね、近いうちに軍を去ることになる予定なの」
「私の後継者は、今度情報部長代理になるクリス・アーゼル少将。 ジン大佐には彼を支えてやって欲しいんだ」
「......私なんかで務まるのでしょうか?」
「ジン中佐のもとにも、フォー・プロシード氏からの反省文届いたのでしょ?」
「どうして、それを......」
「ミカがガツンと言ってくれたんだよ。 その効果かな? 私にも届いたし、フォーもだいぶ考えを改めたらしいから」
「そうだったのですね」
「大佐。 首都星系に戻ったら、私の叔父だけど、弟の様なアーゼル少将を支えてやってください。 優秀だけど、まだまだ危なっかしいんで、辛酸を舐めてきた苦労人が側に居ることが役に立つと思うから。 それにこれから方面軍の戦艦艦長をやっても、もう出番は無いだろうからね」
リウはそうお願いをすると、中佐に暫く待つように言って、何やら書簡を直ぐに作成した。
「アーゼル少将に会う機会が有った時に、これを直接渡して」
そう言って、ジン中佐に手渡したリウ。
それから、
「卒業式以来だから、あの時も撮ったけど、3人で写真を撮ろうよ。 フォーは退役しているから、『頑張って残っているよ。 士官学校卒業2位〜4位がね』っていう記念を」
次席卒業だったジン中佐を真ん中に、総合3位のレイ、総合4位のリウが左右に立った一枚の記念写真。
エーレン少佐を呼んで撮影が終わると、直ぐに印刷して中佐に手渡したリウ。
その写真を見ると、卒業から12年が経ち、中将と少将にまで出世した2人を従えるジン中佐の表情は、何だか誇らしく見えたのであった。
中佐が帰ってから、レイは、
「人知れず、気にかけてあげていたのですね」
そう言ってリウに確認すると、
「たまたまだよ。 大会戦直後の再編成された第三艦隊に、彼の名前を見つけたからね」
簡単な説明をしただけであった。
『そんな筈は無いけど。 やっぱり優しいね』
レイすら気付かないうちに、かつて士官学校時代に切磋琢磨した仲間に配慮していたリウの姿勢に、何だか大きな喜びを感じたレイであった。




