第8話(シヴァの三英)
惑星アイテールで過ごす短い日々......
リウ(リュウ)は、シヴァ国の丞相やその親友達と、かけがえのない想い出を作るのだった......
惑星アイテールでの滞在4日目。
この日、丞相府は定休日だが、訪れる人はゼロでは無い。
丞相自身が、外遊や遠征とかが無ければ、大概建物内に居るので、面会をしたい人が来る場合も有るのだ。
リュウとエミーナは、丞相府のシヴァ丞相が生活に使っている部屋の掃除のためやって来た。
「丞相閣下、こんにちは」
と2人が挨拶し、早速案内された部屋は......
リュウが絶句して立ち尽くしていると、エミーナが、
「リュウ、何ぼーっと立ってるの? 早く始めましょう」
とやる気満々。
『想像していた以上だな~』
と内心ぼやくリュウ。
とりあえず、出入口付近から片付けと掃除を始めるのだった。
室内は、書類が散乱しすぎて、うず高く積もっている状態......
『この状況は、予想通りだけど』
と思いながら、ゲンナリしているリュウを横目に、エミーナはなんだか楽しそう。
少しずつ片付いてくる部屋......
『書類の中には機密文書も沢山有るんだろうなあ』
と思いながら、適当に箱にしまっていくリュウ。
シヴァ丞相は、政府関係者との打ち合わせを終えると、
「会合に少し出てくるから」
と言って、何らかの会合に顔を出したりと、この日も忙しそうだった。
夕方になり、丞相は帰って来ると、
「結構片付いたね~。 2人共ありがとうございます」
と感謝を述べてから、
「明日には終わりそうだね。 終わったら御馳走しますよ」
となんだか嬉しそうな表情だった。
翌日も、朝から丞相の執務室内の片付けを始めると、シヴァが来て、
「今日も、幾つか関係者の会合に顔を出さなきゃいけないので......」
と言いながら、
「そうだ。 午後には一人来客があるから、来たら適当に過ごさせておいて」
と言い残し、忙しそうに出て行ってしまった。
リュウは、
『やっぱり、地位が高い人は常に忙しいなあ』
と思いながら、エミーナを手伝って、淡々と片付けをしていた。
午後になって、暫くすると、丞相の執務室に一人の背の高い中年男がやって来た。
『この人が丞相の言ってた人かな?』
とリュウは思っていると、
「美人さんが2人居るって聞いてたけど、本当だったんだ」
と言いながら、
「背の高い方がリュウ・アーゼルさん?」
と尋ねてきて、自分の名前を知っていたので、リュウは少し驚いた。
「初めてお目にかかります。 リュウ・アーゼルです。 どうかお見知り置きを......」
と挨拶すると、
「自分は、シュン・コトク中将です。 丞相シヴァに顔出しするように言われてこちらに来ました。 こちらこそよろしく」
と言って、挨拶を返して来た。
『この人がシヴァ丞相の片腕と言われている方か~』
と、噂は聞いていたものの、もちろん実際見るのは初めてであった。
リュウは、
『背が高い方だなあ~』
という第一印象を受けていたのだった。
「リョウ・シヴァから、リュウさんと話をするように言われて、最前線から抜け出して来ました」
と、コトク中将は来訪の理由を述べた。
「でも、あまりにも美人過ぎて、こっちが緊張しちゃうなあ~」
と言いながら、
「多分、シヴァが話をして欲しいという内容は、想像がつくから、それについて、ちょっと喋ってみますね」
と前置きして、コトク中将は話を始めた。
「テラ帝國との最前線に居ると、帝國軍の圧力というのは想像以上です」
「特に、大帝とその配下の勇将が率いる軍と対峙すると、『今回は負けるんじゃないか?』と、非常に不安になります」
「大帝達は、立ち上がってから60年以上も戦い続けて生き残ってきた、歴戦の強者ですからね」
「それに比べたら、自分も丞相もひよっ子ですよ」
「だから、いつも不安に襲われます」
と、最前線の苦悩を話し始めた。
リュウは、それに対し、
「負ける恐怖に対し、何か打ち勝つ方法は有るんですか?」
と尋ねると、
「それは、仲間を信じることです」
「支えてくれている、上官や同僚、部下そして家族。 みんなを信じて、彼等の為にも、絶対に負けられないという、気概や勇気を絞り出すんですよ」
と答えた。
「その他にも、西上国の場合は、強力な同盟2カ国がありますから、彼等をも信じることですかね」
「援軍を信じる。 援軍の提督を信じる。 きっと高い能力を持っている筈だとね」
「実際のところは、知りませんよ。 どんな提督なのか? 殆ど知らないけど、艦を並べて一緒に帝國と戦う」
「だから、信じるんです。 勝ってみんなを守る為に......皆が同じ目的で必死に戦っているんだからと」
コトク中将は、天井を見上げながら、そう言うのであった。
「リュウさん、これから貴方は祖国に帰って、帝國と戦う提督を目指すとリョウ・シヴァから聞きました」
「女性の貴方が提督を目指すのは、想像以上の相当な困難が待ち構えているでしょう」
「そこをどう乗り越えて、大業を果たされようとするのか? そこまではシヴァから聞いていませんが、シヴァが期待しているぐらいだから、きっと何か良い方法が有るのでしょう」
「貴方は、ノイエ国の大財閥の一族だと聞いています。 そういうものも使えるものは何でも全て使って、のし上がって下さい」
「それに、アルテミス王国にも長く滞在していて、王室や軍の高官とコネクションが有るとも聞いています」
「当国とアルテミス王国、そして新合衆国。 3つの国の提督達や政治家と繋がりが有る人で、貴方以上のアドバンテージを有している若者は先ず居ないでしょう。 是非そのアドバンテージを活かして、なるべく早く提督迄昇り詰めて下さい」
「昇り詰める過程で必要ならば、シヴァやヒエン、私の名前も遠慮なく使って下さって構いませんよ」
「そして、貴方に提督としての相応しい能力があり、その地位に迄昇り詰めることが出来たのならば、いつか必ず大挙して攻めてくる太陽系帝國に打ち勝つことでしょう。」
と、実践指揮官としての経験からの貴重なアドバイスをしてくれたのだった。
リュウは、
「中将は、まさか私に、このような貴重な話をして頂くためだけで、ここ迄来てくれたのですか?」
と尋ねると、中将は、
「親友であるリョウ・シヴァの頼みだからね。 断れないんだよ」
と、暗にそうだと認めたのだった。
コトク中将は更に続けて、
「これから、貴方には多くの試練と苦しみがあります」
「士官学校に入り、卒業し、昇任していく中で、多くの人と出逢うでしょう」
「そして、戦闘で勝利の為に部下を見捨てなければならない時、知り合った上司や仲間に犠牲となって貰わなければならない瞬間というのが、必ず出て来ます。 特に帝國との大戦となれば、多くの同僚や仲間が戦死するでしょう」
「それだからこそ、最後は必ず勝って、生き残った家族、知人友人、同僚部下を含めた自国民を帝國の下僕とさせず、死んでいった仲間の想いに報いる。 そういう気概を常に持ち続けて下さい」
「私やシヴァも、そうした覚悟を持っています」
「今の地位にある理由を理解し、それを全うしようと全能力をあげて努力し、今後も努力し続けていくことでしょう」
と、リュウの今後の人生に厳しい試練の発生があることを、経験者として予測してみせたのであった。
リュウ・アーゼル、今後はリウ・プロクターに戻るのであるが、これらの話を一生忘れないよう、そのひと言ひと言迄、心に刻み付けるのだった。
「話は変わるけど、リュウさんは、戦略戦術シミュレータでシヴァと引き分けたんだってね?」
と中将から質問されたので、
「あのリアルな艦隊戦のゲームですか? 1敗2分けでしたよ」
とリュウは答えると、コトク中将は、
「1敗は、初めてだったことが原因の反則負けだったんでしょ? 自分ともやってみませんか? 直ぐ下の階に有りますから。 どうです?」
と誘われたので、
「いいですよ、ちょっと待っていて下さい」
と、エミーナのところに行って、
「ちょっと出てきてもイイ? 戻ってきたら手伝うから」
と尋ねると、
「いいよ、建物内には居るんでしょ?」
と許可を貰ったので、コトク中将と戦略戦術シミュレータで戦うことになった。
結果は、
リュウの1勝2分
だった。
コトク中将は、
「負けたから、何か希望があれば、手伝いますよ」
と言ってきたので、
「それでは、片付けを手伝ってください」
とエミーナの手伝いをお願いした。
「シヴァの部屋の片付けの手伝いだよね? それでいいんだったら勿論やるよ」
と言ってくれたので、三人での片付けとなった。
中将は、部屋に入るなり、
「シヴァの部屋、グチャグチャだったでしょ? よくぞここまで......」
と感動している様子。
エミーナは、
「2人共、突っ立ってないで、私の届かないところの掃除をして。 背が高いんだから」
と言われてしまい、その後は掃除大臣に、きっちり仕切られて、バリバリ掃除の仕上げをさせられたのであった。
シヴァは、会合をハシゴして、丞相府の執務室に戻ると、コトク中将までもが掃除をしているのを見て、
「シュンは、掃除するために、この惑星に来たんだっけ?」
と言い、少し笑っていた。
それを見たエミーナは、
「そういうことを言っていると、掃除の仕上げ、丞相にも手伝って貰いますよ~」
と言ったので、
「まだ仕事が......」
と言い訳をしながら、執務室内のデスクに座ったのであった。
日が暮れる頃には、片付けも終わり
シヴァの居室は綺麗に、キチンと整理整頓がなされた状態
となった。
エミーナが、ここまで人の部屋の掃除を頑張るなんて思わなかったというのが、リュウの本音で、
『愛は盲目なんて言うけれど......』
とその言葉の意味を実感したのだった。
シヴァ丞相は、コトク中将に、
「シュン、久しぶり〜。 シミュレータ負けたんだって?」
と何処から情報を得たのか、早くも誂い始めた後、小声で
「だから言ったろ〜。 相当なものだって」
と耳打ちした。
その後も雑談が続き、やがて丞相が
「皆さん、部屋の片付けありがとうございました」
「お礼に今日の晩ごはんは、皆さんに奢ります」
というと、コトク中将が、
「ありがたく頂戴致します。 場所はいつものところで?」
と言い、丞相が頷くと、
「若いお嬢様方のお口に合うかどうかはわかりませんが、我々の行きつけの店に向かいます」
ということで、丞相府にほど近い古い料理店に向かうことになったのであった。
この日は休日なので、官公庁街にある丞相達の行きつけの料理店も、それほど客は居なかった。
丞相は、慣れた感じで2階に上がるとオーナーが
「これはこれは。 いつもご贔屓ありがとうございます」
と挨拶しに来た。
シヴァは
「繁盛してる? 2階は貸切でね~」
と言って、部外者が入れないようにしていたが、これはいつものことらしい。
そして、リュウはここでの食事や丞相達との会話が、一生涯での大切な思い出となったのであった。
シヴァは、三人に向かって、
「小生の居室の清掃、本当にありがとうございました」
「明日から、より良い仕事をすることをお約束します」
と挨拶をして、夕ご飯は始まった。
ごく普通の庶民が通う料理店だが、味が良く、種類も豊富で、料理人の腕の良さがわかる。
グルメなエミーナが、
「おいしい~」
と言っているぐらいだから、味音痴のリュウでも美味なことがよくわかる程だ。
リュウは、丞相と中将に向かって、
「本日は、貴重な話を聞くことが出来て、本当にありがとうございました。 このことは生涯忘れないと思います」
と丁寧に挨拶をした。
「でも、どうしてここまで面倒を見てくださるのですか? 私は他国の人間なのに......」
と言ったところで、涙が溢れてしまった。
それに対してコトク中将は、
「若い人が、貴方のように、思い切って相手の懐に飛び込んできて、自分の想いを訴えかける。 そうした情熱に火処されたからじゃないかなあ。 そうだよなあ、リョウ」
とシヴァ丞相に相槌を求めると、
「そうだと思うよ。 リュウちゃんが最初に来た時、表面上は冷静さを保っていても、自分自身の情熱に溶かされて、思わず涙が零れてしまったでしょ?」
「そういう想いに、中年は弱いんだよ。 涙脆くなっているし、若い時の情熱が無くなっていることにも気付かされるしさ」
と頷いて同意した。
「勿論、危機感を共有していたことも大きいよ。 帝國という強大な敵への......」
「リュウちゃんは非常に綺麗な女性なのに、自分の楽しみや青春を捨てて、帝國の侵略に立ち向かおうと努力して進んでいるでしょ? それに対して、オジサン達が協力出来ることと言ったら、一番は経験話さ〜。 やっぱりね」
「経験話をしてもらうなら、リュウちゃんが将来目指しているポジションとほぼ同じ地位に居るシュンに話をしてもらうのが一番かなって思ったんだよね。 だから来てもらったんだよ」
とシヴァは、コトク中将を呼び寄せた理由を述べたのだった。
そして、
「この席に、涙は似合わないさ。 楽しくやろうぜ~」
と言って、場を盛り上げようというシヴァ丞相。
『素の姿はこんな感じなんだ~。 普通っぽくてホンワカだなあ~』
と思うリュウ。
そんなことを思っていると、もう1組参加者が......
「おー、少しは盛り上がっているかい?」
と言いながら入ってきたのは、ショウ・イー・ヒエン大将であった。
丞相のもう一人の片腕と言われている人だ。
普段は、丞相の代理職である国務長官をしており、前回訪問時のアーゼル財閥との大型契約は、全てこの人がサインしている。
ヒエン長官の妻子も一緒に入ってきた。
ということで、4人での夕ご飯は7人になった。
「今日は、リョウの奥さんになるかもしれない女性のお披露目会だろ〜」
とヒエンさんが言うと、エミーナはちょっと嬉しそうに、
「よろしくお願いします。 エミーナです」
と挨拶。
するとヒエンさんは、
「リョウにはちょっと勿体無いよ~」
と、エミーナの若さと美貌にやや驚いた様子......
「リュウさんが誰か連れて来るらしいって噂は流れていたけど......」
と、どうも最近、丞相がそわそわしているからと親しい人達の間で話題になっていたらしい。
「シュン、どう思う?」
とヒエンさんが中将に同意を求めると、
「当人同士が良ければ、歳の差なんて関係無いよ。 いいんじゃない?」
と、ごく常識的な模範解答をしたので、
「そうか、シュンも奥さん若いもんな〜」
と長官から意外な事実を教えて貰う形になった。
「そういうお前だって......」
と言いかけて、
「セリーさん、すいません。 くだらない話になっちゃって」
と中将は、直ぐ横に座って居るヒエン長官の奥さんに謝罪。
「いいんですよ~。 中将の奥様は変わりありませんか?」
等とすっかり内輪話の宴会に......
大国のトップ達が、庶民の食堂でざっくばらんに楽しそうに内輪の宴会をしている。
『こんな光景は、他の国では絶対に見られないだろう
自分にはこのような仲間が出来るのだろうか?』
リュウはそう思い、こうした光景を心に焼き付けながら、グラスを傾けるのだった。
丞相達の宴会が終わり、掃除の疲れで途中で寝てしまったエミーナをリュウが背負いながら、シヴァに言った。
「今日は、私が背負って帰りますが、次は丞相が背負って帰って下さいね」
と。
シヴァは、
「本当に自分なんかでイイんだろうか? こんなに若くてかわいい子なのだから、相手なんか幾らでも選び放題だろうに......」
と素直な迷いを吐露した。
「彼女は私と同様に、子供の頃、死病の治療の為、不老装置を埋め込んだ子なので、あと三十年位しか生きられません」
「だから、悔いのない選択をしたいと強く思っているようです」
「その彼女が、ここまで行動的に動くなんて、私の知っている範囲では、初めて見ることです」
とリュウは言い、
「丞相も忙しいでしょうから、デートをするって言うわけには行かないでしょ?」
「それでエミーナは部屋の片付けをしたのだと思いますよ」
と続けて言った後、
「今後も何回か会って、お互いの気持ちが変わらないのなら、早くヤルことヤッテ決めちゃって下さいね」
と少しニヤリ。
本来のリュウ=リウらしい言い方をして、2人の背中を押すのだった。
リュウの言葉が背中を押したのかはわからないが、翌日からエミーナは、丞相の執務室で身の回りの世話をすることになった。
リュウは、エミーナの送迎のボディーガード以外は、することが無くなったので、ホテルのジムで体を鍛える日々となった。
ただ一度だけ、リュウはアルテミス王国の為、コトク中将が任地に戻る前に、シヴァ丞相も交えて、詳細な情勢予測と迎撃計画を公文書にして作成する打ち合わせを実施していた。
この文書をルーナ准将と王室に託し、アルテミス王国の隣接国であるムーアー国領が帝國の直轄地になったタイミングで、議会や軍部に提出して貰い、軍備増強や退避計画の立案に使って貰えるようにするためだ。
特に、シヴァ丞相の署名が入っていることで、かなりの効果が得られることだろう。
今回の滞在も終盤に入り、リュウはエミーナの様子を見に行ってみることにした。
ホテルの部屋にはあまり戻って来なくなったこともあって、予定通り帰るのか、それともこのまま滞在するのかの意思確認の為でもある。
執務室に入って様子を見ていると、丞相の側近達とすっかり打ち解けていて、受け入れられているエミーナの姿にリュウは安心した。
そこでリュウは、
「エミーナ、このままこっちに残る?」
と確認すると、
「リュウちゃんと一緒に帰るよ~。 お姉ちゃん達に怒られちゃうもん」
と答えてきた。
エミーナは四姉妹の末っ子で、上の姉3人は実家の大企業幹部として、バリバリ働いているのだそうだ。
シヴァ丞相が戻ってくると、リュウは帰国の挨拶をし、
今回の滞在が一生の宝物になったこと
に対し、謝意を述べた。
すると、丞相は
「こちらこそ、素敵なお友達を紹介してくれてありがとう」
と逆に礼を言われたので、
「次お逢いする時は、お二人の結婚式ですかね?」
と言い、笑顔で少し誂いながら、再度今までの厚遇のお礼を述べるのであった。
いよいよ、惑星アイテールを離れる日、リュウとエミーナの見送りに丞相の側近達が来てくれていた。
生憎、シヴァ丞相やヒエン長官は、外遊で忙しく見送りには来れなかったが、どんどん小さくなっていく惑星をいつまでも目で追いながら、リュウは数々の出逢いを思い出して、涙が止まらなくなるのであった。
リウ・プロクターに戻ったリュウ・アーゼルは、惑星アルテミスに戻ってから直ぐに、国王夫妻にも帰国の挨拶をすることになった。
エミーナの為にギリギリまで惑星アイテールに居たので、ノイエ国軍士官学校短縮コース(既卒者・社会人用のエリート軍人課程)の入校時期がかなり直前に迫っていたからであった。
特に、アルテシア王妃には王太子妃の時から、母親代わりとなって貰い、感謝しても感謝し切れない想いを伝える。
そして、惑星アルテミスからノイエ国の惑星クロノスに帰国する前夜、リウのささやかなお別れ会が開かれた。
ルーナ准将も忙しい軍務の合間を縫って出席してくれたので、タイミングをみながら、准将と国王夫妻に、シヴァ丞相達と作成した対帝國戦の防衛作戦計画の公文書を手渡した。
3人は、その内容を見て驚愕する部分があり、そこに質問が集中した。
「この計画だと、王都が帝國の手に陥ちるだろうと予測されているが......」
それに対しリウは、
「残念ながら、その結論はシヴァ丞相達と何度シミュレートしても変わりませんでした。 ですから、今のうちから密かに副都ディアナへの遷都と国民の脱出計画を立案しておかなければならないのです」
「明日からは、アルテミス王国の国民の誰かが、帝國侵攻に備えた計画を考えなければなりません」
「ノイエでは今後私が考えます。 西上国ではシヴァ丞相達が既に考えています」
「アルテミス王国でのその役割は、准将と王室となります」
と、リウは自身の後継者をこの場で指名したのであった。
更に続けて、
「間もなく、隣国のムーアー国が形式だけの独立を剥奪され、帝國に滅ぼされるでしょう。 現皇太子指揮の侵攻で。 ムーアーは既に帝國の属国なので直轄領に変更されるだけの話ですが、帝國軍の正規艦隊が駐屯するようになります」
「そうなれば、アルテミス王国との間には小国家が幾つかあるだけで、帝國領から惑星アルテミス迄は最短で7日間の距離しかなくなるのです」
「そうなってからでは少し遅いですが、そうなってからの方が、アルテミス王国での軍備増強と退避計画も受け容れられやすくなるでしょう」
「准将や王室は、そうなったら動いてくださいね」
と厳しい情勢認識を改めて共有するように、リウから求められたのだった。
そしていよいよ、リウがノイエ国へ帰還する日が、やって来た。
いつか来てしまうだろうと分かっていた日ではあったが、万感の思いが湧き上がってくる。
『今後、二度と惑星アルテミスで暮らすことは出来ないだろう』
ということを予測していたから......
アルテミスで出逢った人達が、見送りに来てくれていた。
アルテシア王妃と双子の娘
ルーナ准将とその副官
目立たないところに、エミーナも
その他、王宮の職員や警護員も......
多くの人の支えがあって、今、無事に成長して祖国に帰ることが出来る自分が居る。
そのことを、見送りに来てくれた人を見つめながら、改めて実感し、再び涙が溢れるリウ・プロクター(リュウ・アーゼル)であった......