第75話(それぞれの思惑)
ノイエ国の政治的な舵取りをしているラインシュトナー家では、リウからの書簡を巡って、対応方針の会合が開かれていた。
リウの行動による同盟2カ国の艦隊の動きが表面化し、リウも新型艦艇接収の為、いよいよレイに命令を下すのであった。
その日の夜。
ラインシュトナー家では、広大な本家の屋敷内で、主な一族の者達が集まって、今後の方針を決める重要な会合が始まっていた。
首相のウィリアム・ラインシュトナーが先ず、
「この度、アーゼル家の最重要人物の一人であるリウ・アーゼル中将から当家に対して、書簡が届いた。
それによると、
『軍部が新型艦艇の供与に関する契約違反行為を続けているので、供与を停止し、供与済みの艦艇は全て没収する。 没収作業に伴い軍の一部を動員するが、これは反乱では無く、ただの契約違反に対する対抗策である。 既に他の2カ国の同意を得ているので、ラインシュトナー家は軍部の主流派に組みしないで欲しい』
というものである」
と議題を切り出し、
「この主張に、当家としてどう対応すべきか。 皆の意見を聞きたいと思っての会合開催である」
と話して、会合が始まった。
「軍部の主流派は、問題ばかりだな。 つい先日の帝國軍との戦いも、彼等の寝返り行為、不始末が原因だろ?」
「しかし、中将の主張を許すと、いささか問題が有るな。 イチ軍人の意向が簡単にまかり通るのは、危険だ」
「彼女は救国の英雄だろ? 当家も彼女のこれまでの努力が有って、今でもこうして権力の座に座って居られる。 彼女が居なかったら、今頃帝國軍に殺されていただろうよ」
「今回は中将の意向に協力して、彼女に対して当家が背負っている先の大戦に関する負債を少し返すべきでは? 要は恩を売るということだ」
「彼女に一方的に協力して大丈夫か? 彼女の戦力は決して多くは無い。 万が一、軍の主流派を打ち破れなかった時、当家が一蓮托生になる事態は避けるべきだ」
喧々諤々の議論が続く。
議論の趨勢は6割がリウ・アーゼル支持で、4割は静観して関与せずという意見であった。
もちろん、今回の懸かる事態を引き起こした原因の軍主流派(旧プロシード派)を支持する声は出なかった。
ラインシュトナー家としては、大して実績も無く、実力も無いのに、軍という国内最大の武装集団の主流だからと言って、威張っている軍主流派のことを嫌っている者が多かったのだ。
「それで、クリス。 ラーナベルト・アーゼルの考えはどうなのだ。 彼が大事にしている唯一の孫娘が行おうとしていることだぞ。 アーゼルの姓も併せ持つお前にしかわからないこともあるのだからな」
首相は、国内最大の財閥の方針を気にしていた。
新型艦艇の建造についてノイエ国内では、彼らだけが請け負っているのだから。
「あの老獪なやり手の爺様が、私の様に妾腹筋に当たる若者に、その心のうちを明かす筈がありませんよ。 あのリウ・アーゼルだってラーナベルト総帥を避けているのですから」
クリスは苦笑いしながら、伯父は自分のことを買い被り過ぎだと指摘する。
一呼吸おいてから、クリス・アーゼルは、
「私は先日まで、半月ほどリウ・アーゼルと行動を共にしておりました」
そう言うと、一族からどよめきが起きる。
それを無視してクリスは、
「今回の彼女の主張には、全く反論の余地がありません。 新型艦艇はあくまで帝國軍の大侵攻に対抗する為、彼女が中心となって、十年以上前から用意周到に開発されてきたものです」
「そして彼女は今回の様な事態が訪れることも予期して、その対策も取っている様です。 現在ノイエ軍に配分されている新型艦艇のうち、彼女の手元に無い約350隻の艦艇は、彼女に必ず差し押さえられて、ネイト・アミュー方面軍へ配置替えとなることでしょう」
その様に説明し、旧プロシード派がどんなことをしても、リウの意思を阻止することは出来ないと断言した。
「クリス。 そういうことだと、近々彼女は麾下全軍を率いて、クロノス星系に現れるということなのか?」
首相は、リウが主張の差し押さえ行為を、軍事力を用いて実力行使するものと解釈していた。
「違います、伯父上。 そういう形だと軍内部の対立によるクーデターのような感じになってしまいます。 彼女はその様なやり方を嫌っていますし、そもそも実力も実績も無い軍主流派の旧プロシード派に対して、そこまで大袈裟なことをする必要性を彼女は感じていません」
「では、どういうことだ」
「彼女の代わりに、同盟2カ国の大艦隊が、彼女の今回の行動に合わせて、ノイエ国国境で大規模な演習計画を決めて、既に動き始めたとのことです。 彼女は自らの軍を一隻も動かさなくても、同盟2カ国が保有する15個艦隊を動員出来る実力を有しているということですよ、伯父上」
「その圧力で、差し押さえに対する旧プロシード派の抵抗を無力化するのでしょう」
それを聞き、押し黙ってしまうラインシュトナー家一族の者達。
今やノイエ軍は、三国同盟の中で最も戦力が弱い国なのである。
そのことを改めて思い知らされる。
「幸い、三国同盟の軍関係最大の実力者の一人である彼女は、当家の味方であり、ノイエ国軍の一方面軍司令官の立場に甘んじて、最前線に立ち続けてくれています。 だからこそ、彼女を敬愛している西上国、アルテミス王国も、我が国を対等の立場と見なしてくれているのであり、ノイエ軍もデカい顔をしていられるのです」
クリスは、現状をその様な言葉で纏めた。
「それと、先程質問のアーゼル財閥の動きですが、新型艦艇の建艦作業を半月前から停止しているとのことです。 財閥側の動きはそれだけですが、このことはラーナベルト総帥が孫娘の主張を支持していると見なせるでしょう」
「流石だな、クリス。 だからこそ、まだ若い軍人であるお前にLSグループの舵取りを任せたのだ。 忙し過ぎて、お前は嫌だろうけどな」
首相はそう言って褒めると、
「当家は、内戦にならない様に、中将の動きを静観しつつ、軍主流派が暴発しないように上手く抑えつけるしか無いってことだな。 中将に借りを返すという意味も含めてな。 それがクリスの言いたいことだろ?」
ウィリアム・ラインシュトナーは苦笑いしながらその様に言うと、ラインシュトナー家の方針は決した。
「思い切って首相権限で、2カ国の艦隊に首都星系クロノス迄の移動許可を出しては如何ですか? 先日の戦乱はアルテミス王国艦隊の迅速かつ大規模な救援のお陰で、大敗せずに引き分けで無事終結したのですから、それを祝うという名目で。 どうせなら招請しちゃいましょう」
「今回のリウからの依頼に対する回答は、それだけで十分だと思いますよ。 あとは私が姪に恩を売っておきますから」
クリスが余計な出費や手間が掛からない方法を提案したのだった。
「出動費用は2カ国持ち。 軍主流派もリウに協力する大艦隊がクロノス星系直ぐ近くに居たのでは、何も出来ないでしょう。 しかもアルテミス王国とは統一政府を作ったのだから、アルテミス王国艦隊の行動は、自国内を移動しただけに過ぎないと見なせます」
すると、「それは名案だと」賛同する声が多数。
首相も賛同して、会合は終了となった。
「あ~疲れた」
クリスは思わず呟く。
先程の提案を実行する為、フォー・プロシード国家元首との調整は首相府側で実施するとのことで、クリスは2カ国の軍が動いたら知らせる様に指示されただけであった。
『リウ。 ここまで手を打ってあげたのだから、主流派が蜂起しないうちに、速やかに新型艦艇を持って行ってくれよ』
そう願うクリス・アーゼルなのであった。
それから5日後。
アルテミス王国艦隊が出動準備を始めたとの情報がアーゼル准将のもとに入った。
出動名目は、マリー・ルーナ少将の中将昇進に伴う、戦力再編成での訓練と、晴れて1個艦隊の司令官となったマリー艦隊の戦勝祝いを兼ねた、軍事パレード的な国内回遊の演習というものであった。
そして演習先は、アクタイオン星系と発表が有った。
「アクタイオン星系ね~」
ノイエ国首都星系クロノス迄僅か1日の距離にある、アルテミス王国では最もノイエ国寄りの星系。
それもその筈で、ノイエ国領の中の飛び地であるからだ。
両国の貿易拠点であり、アルテミス王国の大企業の物流集積地が集中する経済的に重要な星系だ。
『しかし、こんな近くに艦隊を持って来るとはなあ〜』
あまりの大胆さに、流石だと感心するクリス。
『リウとシヴァ丞相、王室・ルーナ大将夫妻が示し合わせての行動だと、思い切ったことをするんだな』
統一政府があることも利用しての戦力移動。
普通ならノイエ国側から抗議が来る様な場所だが、今回はリウの書簡が各所にバラ撒かれて、それが軍事行動を仄めかす内容であることから、ノイエ軍主流派は動きが取れないし、抗議する余裕もない。
そもそも、リウの艦隊を除くと、たった3.5個艦隊しかノイエ軍には宇宙戦力が無いし、しかも宇宙艦隊は旧プロシード派の影響力が弱く、彼等は実質1.5個艦隊しか動員出来ない。
「ところでシヴァ艦隊は何処に居るのだろう。 もうとっくに出発している筈だが」
クリスはそう呟きながら、情報収集につとめるが、流石シヴァ丞相の国である。
情報は全く入って来なかった。
そして、リウの通告した期限迄あと3日に迫った時、アクタイオン星系に派遣した部下から、クリス・アーゼル准将に連絡が入った。
既に西上国の艦隊がアクタイオン星系に到着しており、それも全部新型艦艇の大部隊であると。
しかも、ショウ・イ・ヒエン元帥が直々に率いており、現在マリー・ルーナ中将の活躍を祝う戦勝祝賀会が、惑星アクタイオンの軍事宇宙港ターミナルで大々的に開かれているとの情報であった。
慌てて首相府に連絡をするクリス。
首相府側も、西上国のナンバー2が来ていると聞いて、大騒ぎとなった。
ただ、ノイエ国人のジャン・フォー・プロシード統一国家元首が祝賀会に参加していると情報が入り、面目が立ったとして、ようやく落ち着きを取り戻した首相府。
「統一国家元首から、元帥とルーナ中将に、そのまま艦隊ごと我が国を表敬訪問してくれる様に依頼して欲しい。 援軍に対する感謝と戦乱終結の祝いをしたいからという名目で」
首相はクリスからの情報に基づいて、事前にアクタイオン星系に派遣していた特使を通じて、招請を行うことに決めたのであった。
すると、暫くしてから、首相府の意思を理解した元帥から、
「3日後の到着でどうでしょうか? そちらの準備もあるでしょうから」
と、招請への承諾と到着予定日の具体的な申し出が有ったとの連絡が入った。
既に、状況把握の為、首相府に移動していたクリス。
首相はクリスに意見を尋ねる。
その回答を聞いたクリスは、
「元帥閣下がそう言ったのならば、リウの実力行使は3日後ですよ。 間違いありません」
「アーゼル中将に味方する約2000隻の艦隊が首都星系付近に現れれば、軍の主流派の動きを封じることが出来るだろう。 たとえ軍主流派が艦隊を動かそうとしても、直ぐに制圧出来るからな」
そう語る首相は、一安心した様子であった。
その様な内乱回避への動きが各所で始まっているとは、全く気付いていないノイエ軍主流派(旧プロシード派)。
ノイエ軍が受領した新型艦艇350隻余りは第6艦隊として彼等の支配下に置く予定で、編成途中であった。
旧プロシード派は自派の力を強める象徴として、既に支配下にある第5艦隊の他に、新型艦隊を直轄中核部隊とすべく、佐官以上の人員を自派閥で固めていた。
その為、この艦隊は宇宙艦隊司令部がある第五惑星ヘーラーの軍事宇宙港では無く、第6惑星クロノスの軍事宇宙港に停泊していたのだった。
「アーゼル中将の通告した期限が近い。 警戒を怠るなよ」
艦艇が奪われないように、多くの兵士や人員を既に配置している旧プロシード派。
厳重な警戒態勢にあり、惑星クロノスの軍事宇宙港は、この日から完全閉鎖状態に有ったのだ。
一方当事者のリウ。
書簡を方々に出して、各所を騒がしくさせていたが、当人は至って通常通りであった。
「差し押さえ実施日が近付いて来ましたが......」
レイがリウに確認する。
「そうだね。 レイは明日レアー号で、クロノス星系惑星クロノスの軍事宇宙港に出発してくれる? 私は受け容れ準備で、こっちに残らないとイケナイから」
リウは、差し押さえの実行者をレイに決めていたのだ。
「私ですか?」
いきなりの指名に驚いたレイ。
「レアに任せておけば、何の心配も要らないよ。 大丈夫だから」
「本当に?」
「私が設計したのだから、安心して。 当日はトラブルに備えて、惑星ネイト・アミューにJJ・R・アーガン社のエルフィン人技術者、VSNR社のアトラス人技術者、ASV社のドヴェルグ人技術者も来て貰って、万全を期すからね」
「ということは、もしかして差し押さえに関するシステム使うの初めてだからってことですか?」
「ピンポンピンポン。 当ったり〜」
そう言うとニコニコするリウ。
『なんでこんなに嬉しそうなんだろう。 やっぱりリウって技術者気質の人なんだな~。 実地実験大好きってことで......』
しかしレイは、逆に不安が大きく増してしまうのだった。
その様子に気付いたリウは、
「勿論、テストは何度も行っているからね。 ただ350隻規模は初めてだからってことよ。 念の為」
「システム的には、最大同時に何隻迄制御可能なのですか?」
レイがリウに質問する。
「それは、レア次第よ。 設計上は10000隻だから余裕の筈」
「リウの言い方を聞いていると、少し心配だな~」
レイは戦闘になった時に、問題が発生するのでは無いかと思っていたのだ。
「第1艦隊と第2艦隊が、旧プロシード派に組しないことに期待しているけど......それは実際当日にならないとわからないわね。 一応直前にタイラー大将にはホットラインで知らせておくけど」
「えっ。 まだ知らせて居なかったのですか?」
「そんなわけ無いじゃん。 もちろん、一番最初に書簡を出してあるよ。 でも音沙汰なし。 ってことは派閥の連中が握りつぶして、議長と長官に届かなかったってことかな?」
「......」
「まあ、その方が都合が良いから放って置いたの。 責任を旧プロシード派幹部に押し付けられるでしょ?」
「わかりました。 私は基本的にリウを信頼していますから」
レイは最終的にその答えると、最後の細かい詰めについて、リウと相談し続けた。
「詳しい状況はわかりました。 そう言えば、アーゼル准将への連絡忘れていませんか? 最初の時に協力依頼するって言ってましたけど」
「......」
『しまった』という表情をしたリウ。
連絡したつもりで居たのだ。
「これから、連絡して協力依頼するよ」
そう言って慌てて連絡先を調べ始めるリウ。
その様子を見て、
『やっぱり、ちょっと心配だな~』
内心、そう思い直したレイであった。




