第66話(監視の目)
レイは国境警備の為に出動した。
果たして、レイを監視していたハミルトン准将はどう動くのか?
そして、別の監視の目の存在も明らかになるのであった。
ついに、レイカー・アーサ少将に対する殺意が芽生えたブルース・ハミルトン准将。
ただ苛立って、殺意が芽生えたという訳では無い。
レイが死ねば、葬儀の時に未亡人としてあの美女が必ず現れる。
その時こそ、あの絶世の美女を我がモノにする最大のチャンスだという考えが浮かんだからである。
ただ、彼も軍のエリートという立場。
無闇に人を殺して、その地位を失う気はサラサラ無い。
『どうやって、合法的に少将を殺すべきか。 良い方法は無いか......』
彼は、その様なことを張り込みを続けながら考えていたのだった。
もちろん、まさか准将が、レイの命を狙うことまで考えるに至っているとは思っていないリウ。
准将の動きは気になるものの、大きな変化が無いことから、少し安心する気持ちも出始めていた。
「私が妻だって、未だに気付いていないみたいだね」
帰宅してからリウは、少しほっとした表情でレイに話す。
「あまり油断しないで下さい。 私と誰がいつも一緒に居るのか、それを見ていれば、自ずと答えが見えてきてしまう筈なのですから」
確かに、准将が張り込んでいる間、レイと一緒に居る時間が長いのは、圧倒的にリウなのだから。
「先入観って判断を迷わせるんだね。 私が男だと士官学校時代から思い込んでいることが原因で、気付かないんだろうね」
その通りである。
先入観が無ければ、直ぐにわかった筈なのだ。
例の美女がリウ・アーゼルであることに。
「普段着ている軍の制服は、男女の区別無いですし、リウは背が高いから、気付きにくいでしょうけど」
ノイエ軍の制服にはスカートも有るのだが、リウは任官以来一度も履いたことがない。
仕草も、長年男を演じてきた影響で、女性っぽい部分が殆ど無く、こうした状況が重なり、ハミルトン准将が未だに気付かないことに結びついているのであろう。
「明日から2週間、分艦隊を率いて国境警備に従事してきますから、油断しないで下さいね」
レイはリウに注意喚起することを忘れなかった。
度量のある人は、細事に拘らないことが多い。
リウもそういう面が有るので、周囲の者が時々、細かい留意事項を言っておく必要が有るのだ。
「わかっているよ。 大丈夫だから」
レイが居ない間は、マリー・ルーナ少将が、執務時間を除いて、リウと常に一緒に居てくれることになっている。
子供の頃、王室で過ごしていた時、王妃の侍女としてマリーが常に身の回りの世話をしていた頃を思い出す状況でもある。
「マリーさんには、既に依頼しておいたから」
レイはリウにそう話すと、個人的にも出動準備を始めるのだった。
翌日。
ネイト・アミュー方面軍宇宙艦隊のうち、150隻の部隊が出動態勢をとっていた。
軍事宇宙港では、艦隊司令官ジョン・ルー中将が出動する部隊員に訓示を行っていた。
「帝國軍は、ここ3年程大きな動きが無いものの、国境周辺では、いつ偶発的な衝突が起きても、不思議では無い」
「我が国側の国境であるアワ・ドー星系は、人口も少なく、防衛能力はほぼゼロ。 頼れるのは分艦隊と己のみだということを自覚して任務にあたって欲しい」
訓示が終わると、総司令官リウ・アーゼル中将、艦隊司令官ルー中将が並んで立つ場所に、国境警備部隊を指揮するレイカー・アーサ少将が進み出て敬礼をする。
2人の中将が敬礼を返すと、
「分艦隊、出動します」
と申告してから、再度敬礼。
その後、出動する艦隊の乗組員が、アーサ少将を先頭に、見送る人々の前を敬礼して通り過ぎてゆく。
簡便な式典に出席していた将兵を乗せ終わると、分艦隊は軍事宇宙港を飛び立ち、あっという間に見えなくなって、遥か彼方の宇宙空間へと出発していった。
「さて、奴がどう動くかな?」
レイが出動することに、ハミルトン准将が気付き易くするため、普段屋内で行うものを、あえて屋外での出征式典までやって見せたルー中将。
「これを期に首都星系へ帰って行くと思いますよ。 レイが暫く居ないのですから、例の美女を探すのは無理でしょ?」
自分が探されているのに、楽観的な予測をするリウ。
「相変わらず、お気楽だな~。 まあそれがリウの良いところだから」
周囲の心配をよそに、何が有ってもいつもと変わらないリウ。
それが長所だとルー中将は言ったのだ。
「じゃあ、仕事に戻ろうか?」
それぞれの副官がやって来たのをみて、そろそろ職場に戻ることにしたのであった。
朝から軍事宇宙港が何やら騒々しいので、注視していたブルース・ハミルトン。
やがて、艦隊の一部が出陣していく。
特殊な軍事用の拡大鏡装置の画面を見ていると、アーサ少将が戦艦に搭乗している状況も確認出来ていた。
一部の艦隊が出動してから、軍事宇宙港の正面ゲートを出て来る軍人をチェックしていたが、アーゼル中将とルー中将、コーダイ少将は居たものの、アーサ少将の姿は確認出来なかった。
「奴は出陣したんだな」
そう呟く准将の脳内で、一つの考えが浮かぶのだった。
『そうだ。 やっと奴を合法的に葬り去る方法が見つかった。 グフフフ......』
歪んだ悪意に満ちたその考え。
既に准将は、エリート軍人としての矜持が無くなっていた。
それ程に、美女に対する執着心を持つ異常者。
それが、ブルース・ハミルトン准将の裏の顔、いや真の姿なのであったのだ。
この日、リウが仕事を終えてから、アルテミス王国軍のマリー少将と合流して帰宅すると、レアから准将の動向に関する報告を受けた。
「明日のクロノス星系行の客船予約に、例の准将の名前が有るよ」
それを聞いて、リウはほっとした表情を見せる。
流石にリウと雖も、ストーカー野郎が近くに居ると思うと、モヤモヤした気持ちが有ったようだ。
「中将。 これで帰ってくれれば、ひと安心出来ますね」
レイザールも緊張感が少し解けた表情を見せる。
一緒に暮らしている者として、いつ軍人が襲って来るのか、気が気でない状態だった。
レイザールは、リウやレイと異なり、武勇は全く無いズブの素人で有るから、余計に恐れていた。
「あんまり安心し過ぎない方がいいわよ。 こういう粘着質な人は、そんな簡単に諦める訳無いのだからね」
マリーは2人に釘を刺す。
「そうですが、同じ惑星に居ないのであれば、少しゆっくり出来るでしょ?」
リウはマリーにそう話すと、もうこの話題は打ち切ろうと言ったのであった。
その後は、王室時代の昔話をするリウとマリー。
「あの頃の王妃は美しかったわね~」
マリーが懐かしそうな感じで、思い出を話していると、
「なんだか、そういう言い方だと、王妃の美貌が下がったみたいにも聞こえますよ」
リウが突っ込みを入れる。
「まあ、そう言わないでよ。 でも私も王妃を随分年を取って、オバサンになってしまったのは事実だからね」
「マリーさんが侍女だった時の私は11歳。 あれから22年経って、この様な立場で再び一緒に過ごすことになるとは、思いもよりませんでした」
「そうね~。 私も閣下とか提督って呼ばれる地位にまで出世するとは、想像もしなかったわね」
「ところで、もう3年以上経ちますが、本国に戻る話は出ているのですか?」
「時々有るけど、断っているわ。 あと2年くらいはこっちに居るつもりだから、心配しないで」
「申し訳ないです。 私の為に長期駐留となってしまって」
「旦那がこっちに来れるのならば、交代出来るけど、大将閣下では、そうもいかないものね」
「寂しがっていませんか? 大将は」
「大丈夫よ。 娘も大きくなって、世話を焼いてくれているみたいだから、寂しくないでしょう。 それに、元々私と夫はライバル関係から始まったのですからね、アルテミス王国軍の射撃の世界で。 だから、私が居なくて意外と清々しているのかもしれないわよ」
マリーがそう言うと、リウと顔を見合わせて笑うのであった。
翌日。
ブルース・ハミルトン准将は仕切り直すため、首都星系に帰ることにした。
『あれ程の美女だ。 障害が高い程、手に入れた時の喜びは過去に無かったレベルでの悦楽の時となるだろう』
そんな考えに至ってしまっていた。
そして、帰りの客船の中で、思い付いた計画の準備を始めるのだった。
『アーサ、私の策略の前に手も足も出ないだろう。 グフフフ......』
ただ彼は目標の近くに来ていた高揚感で、気付いていなかったのだ。
約一ヶ月間、その彼を監視し、尾行している4つの目の存在に。
首都星系に帰り、休暇を終えた准将は、早速計画を実行する準備を始めた。
ネイト・アミュー方面軍の予定表と、アーサ少将の出動予定を確認する。
艦隊の出動は、定期警戒行動や訓練であれば、事前に宇宙艦隊司令部に許可を求めてから実施されている。
『あの艦隊出動は国境警備だったのか』
予定表からは、約2週間の日程、指揮官アーサ少将による分艦隊の出動であったことが確認出来た。
彼は既に軍の幹部の端くれなので、その予定表ぐらいなら見る権限がある。
「次の予定は、約半年後か......」
不敵な笑みを浮かべて呟く。
定期警戒出動での国境警備とはいえ、帝國との国境なので、行動の時期はランダムに設定されていた。
「それまでに、お膳立てしてやらないとな」
再び呟く准将。
そして、何やら特殊な暗号通信文を作り始めるのであった。
准将と同じタイミングで、惑星ネイト・アミューから戻って来た2人の人物が居た。
報告の為に特別な建物に入ってゆく。
この建物は表向きアーゼル財閥系の民間企業であり、実際に建物の大半はその企業が入居しているが、最上部の3フロアーだけは、財閥本社のイチ部門が使用している。
「准将。 ただ今帰還しました」
レン・ルコール少佐とリン・キートラン少佐の男女ペアーが、ブルース・ハミルトン准将の行動調査を終えて、上司に申告をしたところであった。
「ご苦労さまでした。 調査結果はあとで報告書に纏めて提出して下さい」
クリス・アーゼル准将が2人の少佐に指示をすると、1か月に渡る出張を労うべく、ソファーへ誘う。
「ありがとうございます。 失礼します」
声を揃えて答える少佐達。
「そんなに緊張しないで。 私はそんなに恐ろしい人物では無いよ」
「はい」
再び声を揃えて答える2人にアーゼル准将は笑ってしまった。
アーゼル准将はその名の通り、アーゼル財閥の一族の人物で、リウの叔父である。
総帥の年の離れた異母弟の子供で、リウより年下の31歳。
ノイエ国軍情報部の将校の地位にあり、「もう一人のアーゼル」と異名を付けられている程の俊英だ。
「今回の件は、やんごとなき方からの依頼に基づくものだからね。 報告書はキチンと纏めてくれよ。 その方が目を通すのだから」
アーゼル准将はそう言うと、自身のデスクに置いてある写真立てに視線を移動させた。
その視線に気付いた2人の少佐。
『依頼主は総帥では無く、あの写真に写っている女性だったのか』
そう思ったのであった。
リウに似た雰囲気の容貌を持つ准将。
だから、どんな仕草も画になる、そういう感じなので、見つめられると男女問わずドキッとしてしまう。
しかも、アーゼル財閥の一族。
まだ若い少佐達は、この様にソファーで対面して准将と話をするだけでも、ドキドキであったのだ。
話が終わって、別のフロアーの自席に戻ったルコール少佐とキートラン少佐。
報告書を一緒に作りながら話を始める。
「やんごとなき方って総帥じゃ無かったのだね」
ルコール少佐がキートラン少佐に確認する。
「准将の視線からすると、写真立てに写っている女性だよね、今回の依頼主」
「そういうことだと......誰なのかな?」
ルコール少佐は、准将と写っている美女の正体を知らなかったのだ。
それに対して、キートラン少佐は、
「レン。 知らないの? 本当に?」
「うん。 知らない」
「それで、よく情報部の少佐がつとまるわね?」
キートラン少佐は呆れた表情を見せる。
「リンは知っているの?」
「もちろん」
その答えを聞いたルコール少佐は、拝みながら、
「教えてくれないかな~」
とお願いする。
すると、キートラン少佐は、
「さっきまで、私達が出張して仕事をしていた惑星の方面軍総司令官だよ」
と答えた。
「えっ。 総司令官っていうとアーゼル中将?」
驚いた表情で確認するルコール少佐。
「それ以外に居ないでしょ?」
「だって......」
「公式発表はしていないけど、もう隠して居ないよ。 女性だったっていうことを」
「知らなかった......」
「それで、よく今回の仕事が出来たわね。 呆れた」
リンは本当に呆れた表情を見せていた。
「ということは、ハミルトン准将の標的の女性って......」
「だから、絶対他言無用。 あの変態准将もいずれは気付いてしまうだろうけど、それを少しでも遅らせて、准将の暴発を防ぐのも、私達の任務だよ。 この任務はまだ始まったばかりなの」
リンはレンにそう答えながら、ブルブルと寒気に襲われていた。
「あの変態准将の行動を尾行していた時のことを思い出すだけで、気分が悪くなるわ」
その表情は、ルコール少佐が今までに見たことも無い程の、何とも言えない、
『人間ってこんな表情も出来るんだ』
と思う程のものであった。
一方、2人の少佐に依頼主を仄めかしたアーゼル准将。
『まだまだこれからだからな、この任務は』
2人の報告を簡単に聞きながら、そう思ったので、あえて2人のやる気を出す為に、明かしてみせたのだ。
「三国を救った女神、英雄の為の任務だと感じてくれれば、変質者の尾行と監視というつまらない仕事にも気合いを入れてくれるだろう」
准将は窓外の景色をみながら、遥か遠くに居る依頼主のことを考えていたのであった......




