第63話(送別会)
プロシード派の嫌がらせ監査・監察が終了し、ようやく落ち着きを取り戻した新領土。
3年間同じ釜の飯を食って苦労してきた、艦隊参謀長ザッハー少将の退役に伴う送別会をリウは開催した。
その頃、リウに一目惚れしてしまったプロシード派のハミルトン准将は、自身の気持ちを抑えることが出来ない、危険な人物であったのだ......
レイは翌日、アイザール少将と会うと、早速ハミルトン准将のことを質問してみることにした。
「先輩。 昨日街中でリウの姿をハミルトン准将に見られてしまったのです。 ちょっと見惚れている様にも見えたので、気になって......」
「マジか〜。 それは良くないと思うぞ。 リウ様は私服で女性の姿だったのだろ?」
「はい。 やっぱり横恋慕でストーカー気質の人物だから、相当気を付けないとイケナイですよね?」
「肝心なリウ様は、どういう反応?」
「全く気に留めていないですね。 小人だから、相手にする気も無いでしょう」
「そうか〜。 まあせめてもの救いは、向こうは軍中央の将校で、リウ様は遠く離れた最前線の総司令官であることだな。 リウ様の方が上官で、ポストも高く、実力も有るから、そう易易と手出しは出来ないから」
「はい」
ハミルトン准将のことをよく知るディオの言葉に、やや不安が増すレイ。
「俺も気に留めておくよ。 なんか嫌な動きが有ったら、レイやリウ様に知らせるから」
アイザール少将は、来年アーゼル財閥の幹部として戻る予定なので、財閥の情報網を利用出来る立場にある。
そのツテからの情報の入手を期待すると共に、自身も総帥側近の情報網に、准将の動きについての情報収集をお願いすることにした。
なんと言っても、総帥唯一人の孫娘に関わる事態であるからだ。
その後レイは、アイザール少将と共に、終わった監査・監察の後始末を付けてから、レイは一足先に艦隊司令部から統治官のオフィスへと移動した。
すると、リウが頭を抱えていた。
「う~」
「どうしたのですか? リウ」
レイが心配そうに、顔を覗き込む。
そして、同じ部屋に居るパルトネール准将の方を一瞥すると、呆れた顔をしていたので、大した用件で無いことに気付いたのであった。
「レイ。 艦隊の方はもうイイの?」
「やっと終わりましたからね。 あとは中将に任せますよ」
レイがその様に答えると、
「レイ、この間私の伝言を先輩に伝えたのでしょ? あれから大人しくなって、効果抜群だったね」
ニヤリとするリウ。
「中将が素直な態度になったのは、それだけじゃないですよね?」
「ウフフ。 奥さんから苦言を呈して貰ったから。 そのほうがルー先輩には効果的でしょ?」
「そうだったのですね。 本番の時、殊勝な態度のままだった理由がわかりましたよ」
レイは、監査の本番も、終始中将の態度が慇懃丁寧で大人し過ぎたので、少し心配していたのだ。
『もしかしたら、リウが何か策を弄した結果、中将の体調が悪くて大人しかったのでは』
と思ってもいた。
「ところで、何か悩んでいる様子でしたが......」
「慰労会兼送別会の場所をね」
『やっぱり、そんなことだったか。 少し心配して損した』
レイは心の底からそう思ったのだが、表情には出さずに、
「それで、決まったのですか? 場所は」
「うん。 今決めた」
結局、アーゼル財閥が作った新しいホテルのレストランを貸切ることに決めたらしい。
「その方が、値切れるでしょ? なんて言ったって実家絡みだから」
そう言うと、再び仕事に没頭し始めるリウであった。
決裁書類にバンバン目を通し、次から次へと採否を決めて、処理をしていく姿は極めて凛々しい。
レイは、その姿を見ていると、つい見惚れてしまう程だった。
「少将。 はいどうぞ」
その間に、パルトネール准将が書類の山を入れた箱を、レイのデスクの横に並べていた。
「これは......」
「少将が艦隊の監査準備に勤しんでいる間に溜まっていた仕事です。 今日じゅうに処理をお願いします」
「......」
愕然とするレイ。
よく見ると、アイザール少将のデスクの横には、その倍の数の箱が置かれていた。
「少将は、奥様に感謝してくださいね。 アイザール少将より少ないのは、総司令官が残業して、少将の担当分の決裁を半分済ましてくれたお蔭ですから」
すると、リウがなんだか嬉しそうな顔をしているのが見えたので、総司令官のデスクの横にゆき、
「リウ、ありがとう」
レイはそう言うと、感謝のキスをするのであった。
それでやる気が出たリウは、更に処理速度を上げる。
様子を終始見ていたパルトネール准将は、
『少将が居た方が、リウの処理速度20%増しなのね』
そんなことを思っていたのであった。
レイに遅れること十数分。
ディオ・アイザール少将が統治官の執務オフィスにやって来た。
そして、自分のデスク周囲を見て、愕然としている様子は、アイザール少将を知る者にとって、やや意外な姿であった。
仕事のことで、そういう姿勢を見せる人では無いからだ。
しかし、短時間で気持ちを立て直すと、早速事務処理に取り掛かり始める。
そして、猛スピードで処理してゆくその姿に、リウもレイも、手を止めずに一瞥しつつ、感動していたのであった。
惑星ネイト・アミューの統治を始めて、3年以上。
リウの思考様式を生体頭脳レアにフィードバックし続けることで、この時点で事務処理の半分はレアが処理する様になっており、その分、リウ、レイ、ディオ、ケイトの統治部門主要メンバー4人の負担も軽くなってきていた。
もう少し年月を経て、レアにノウハウが蓄積されれば、更に業務委託を進めて、統治官オフィスの仕事量を大幅に減らす予定をリウは立てていた。
それはなんと言っても1年後に、ディオ・アイザールが軍を去るので、その準備を進めておかないと、直ぐにパンクしてしまうからである。
リウはレアと相談して、新たに統治用の人工頭脳を大幅増設して、レアの負担も減らすことを決めていたのだ。
そして、退任するグレゴール・ザッハー少将の送別会兼監査の慰労会をようやく開催することが出来た。
リウの配下の主だったメンバーが皆参加したこの送別会。
参加者は、
総司令官 リウ・アーゼル中将
艦隊司令官 ジョン・ルー中将
を始め、
リウの夫であるレイカー・アーサ少将
ルー中将の妻であるサーラ・ルー
ディオ・アイザール少将と妻のミカ
シュウゴ・コーダイ少将と妻のアンナ
送別されるグレゴール・ザッハー少将
その他に、
統治の右腕であるケイト・パルトネール准将
リウの警護をも兼務する方面軍陸戦部隊の
ジョニー・ブルーム准将
ゼン・イルバール准将
キエラ・ラートリー大佐
リウの副官兼護衛官のショ・エーレン少佐
アルテミス王国軍のマリー・ルーナ少将
ルー中将の副官ジム・カイキ少佐
等であった。
その他にも、各将官の側近や、参謀長麾下の参謀など、多数の参加者がおり、これだけのメンバーが揃うのは、リウが参加したもので、これが最初で最後となる規模の送別慰労会であった。
先ず代表して総司令官のリウが、数百名の参加者を前にして挨拶をした。
「大戦から約4年の月日が流れました。 この間、色々なことが有りましたね。 辛い思い出、楽しい思い出、嬉しい思い出、悲しい思い出等々。 でも、私達はいまこの場所に立っています。 生者は死者の分まで、その想いを背負って生きていかねばなりません。 皆さん、今まで本当にありがとうございました。 そして、これからもよろしくお願い申し上げます」
この様に挨拶をしてから、
「今日はこの3年間、惑星ネイト・アミューで一緒に新しいものを作り上げてきてくれた、ザッハー少将の退役に伴う慰労会です。 最後に愉しい思い出を沢山作って送り出しましょう」
そう言って、リウは挨拶を締めたのであった。
その後は、ルー中将が引き継ぎ、
「それでは皆さん、乾杯の準備をお願いします」
「ザッハー少将のこれからの人生と、この惑星で働く皆さんの御健勝を祈願して、乾杯をさせて頂きます。 乾杯〜〜〜」
「乾杯〜〜〜」
そして、久しぶりに愉しいひとときが始まる。
暫くすると、ザッハー少将はアイザール少将のところにやって来て、
「アイザール少将。 これからは貴方が軍の財閥派筆頭として、残り1年間お願いしますね」
と挨拶をした。
「こちらこそ、今まで色々と面倒を見て頂き、ありがとうございました。 私も残り1年ですが、派閥の長をつとめさせて頂きます」
とディオは答える。
すると、参謀長は、
「私の心残りは、総帥のお孫さんのことです」
そう言うと、総司令官の方を見る。
「なんだか、生き急いでいる様に見えてしまうのです。 不老装置の影響で寿命が短いとはいえ、もう少しゆとりのある生活を送って欲しいなと、この3年間ご一緒させて貰って感じました。 せっかく帝國軍の侵攻を防ぎ、最終的に勝利するという大業を果たすことが出来たのですから、人々の為だけでは無く、今後は中将自身の為に残りの長くない人生を過ごして欲しいと......」
それを聞いたアイザール少将も、同じ思いを抱いたのか、
「少将が財閥派の筆頭として、大戦前からリウ様を陰ながら支えてくれていたことは、私も重々承知しております。 私自身残り1年ですが、今度リウ様に少将の貴重なご意見を提言させて頂きます」
そう返答したのだった。
その後、
「アイザール少将の次の派閥の長は......やっぱりレイカー君なのかな?」
ザッハー少将は確認する。
「私はそのつもりですが、彼は私達と異なり、あくまでリウ様の護衛が最大の任務なのです。 総帥からその様に勅命を受けて、軍に入った者ですからね」
「そうだね。 彼は中将が退役すると言い出したら、一緒に退役するだろうから、他にも後釜を見つけておかないとダメかな」
その様な話をしていると、参謀長の背後に総司令官が立っていたのだった。
「これは、気付かず、申し訳ありませんでした」
総帥の唯一の孫娘であるリウに、盛大な送別会を開いて貰っており、恐縮する少将。
「何をおっしゃっているのです。 主賓は参謀長であって、私ではありませんからね」
リウを嬉しそうに、そう切り出してから、居住まいを正して、
「参謀長。 今まで本当にありがとうございました。 少将が財閥派の長として、私を引き上げてくださらなければ、恐らく先の大戦時、私は少佐か大尉止まりで、今日の様な栄誉を得ることが出来なかったと思います。 この恩は生涯忘れません」
謝意をこの様に述べてから、深々と頭を下げるのであった。
「いえいえ。 昇任は中将の努力と天賦の才の賜物です。 私の影響力は、そんなにありませんでしたからね」
参謀長はそう述べると、嬉しい言葉を頂いたことで、目尻に光るものが見えたのであった。
「私からの送別の贈り物は、これです」
リウはそう言いながら、厳重な封がされた一通の文書を差し出した。
「これは?」
怪訝な表情を見せる参謀長。
「御祖父様からの文書です。 私がお願いして作成して貰いました。 帰宅したら開封して読んでみて下さい」
リウはそう説明すると参謀長の手をとり、文書を直接手渡しでから、今までの恩義を振り返り、力強い握手とハグをするのであった。
もちろんそれは、無理を言って、退役を3年延ばして貰った御礼を込めてのものだった......
グレゴール・ザッハー少将は、リウの大きな功績に対する縁の下の力持ちという存在であった。
華麗な才能のある人物では無かったが、実直で欲が少なく、面倒見が良い温厚な人柄で、士官学校2年課程の卒業生である軍高官の大半が所属する、所謂『財閥派』の長として、多くの若手士官の面倒を見てきたのだ。
特に、リウ・アーゼル(プロクター)が、帝國軍対策の文書を提出したことで、軍中央から嫌厭されていた少尉時代には、出世に影響しないように尽力したのであった。
その為、後世においては、評価の高い人物となっている。
『三国同盟が対帝國戦で勝利をおさめた際の、影の功労者の一人』として。
ザッハー少将は帰宅後、総司令官に渡された文書を開封してみた。
すると、そこには財閥復帰後のポジションについて、具体的な役職名が書かれていたのだ。
それも、財閥総帥ラーナベルト・アーゼルのサイン入りの文書であり、決定のものである。
その地位はヒラの役員待遇であったが、仕事量が少ない割に実入りの多いポジションであり、退役後当面は、ゆっくり過ごして、家族サービスや趣味等にも専念できるよう、リウが総帥にお願いして、特別に配慮して貰ったことで決まったポジションなのだ。
参謀長は、この文書を大事そうに仕舞いながら、リウに心の中で感謝を述べるのであった。
送別会兼慰労会は、つつがなく終了した。
リウはレイと一緒にレアー号に帰宅すると、レイザールがアウローラ社の仕事を続けていた。
「中将、少将。 二人ともお帰りなさい」
お帰りの挨拶をしながらも、レイザールはレアと相談しながら、忙しそうにアウローラ社の事務処理をしている。
「レイザール、悪いね。 ちょっと遅くなっちゃった」
リウが謝罪をしてから、仕事ぶりを覗き込む。
「ゴメンね~。 人材と時間不足で、レイザールまで私達の仕事を手伝って貰っちゃって」
「中将。 そんなことは気になさらないで下さい。 僕もいずれは大人になるのですから、早いうちに社会に慣れておくのは重要なことだと考えていますので」
リウもレイも統治官としての仕事が忙しく、恒星間物流・警備を生業とする、アウローラ社のことまで手が回らなくなっていたのだ。
そこで、実質的に企業運営をしている生体頭脳のレアに、リウの代理人としてレイザールが関与する形で、ようやく民間企業として成り立つ様になっていた。
なんだか楽しそうに仕事をしているレイザール。
その姿を見て、リウもレイもひと安心していたのであった。
「ギリギリだけど、なんとか回っているね。 リウ」
レイが、現状の厳しさを言い当てながら語り掛けると、
「もう少し、どうにかしないとパンクするね。 人工頭脳を増設しようか」
リウがレイとレアに提案すると、レアが
「そうしてよ。 統治部門用の人工頭脳も導入予定を早めてくれないかな?」
半ばお怒りの口調で言われてしまったので、リウは人工頭脳増設の発注をJJ・R・アーガン社宛てに、即実行したのであった。
その頃、監査・監察を終えて首都星系に帰還したハミルトン准将。
帰路の時から、ぼーっとした様子で、心ここに非ずという感じであった。
「准将の様子がおかしいね」
「あの美女を見てからだろ?」
「あの人の悪いところが、また出てしまったのかな?」
「今回はどうにもならないだろうよ。 少将閣下の奥方だぞ」
「准将は人柄は悪くないし、能力も有るのだけど、女にだらしないからな。 それで出世が遅れているのだから」
監査に同行した部下達は、口々に上官の噂話をしていた。
ハミルトン准将は、気になった女性に対して、自分の気持ちを抑えることが出来ないという悪癖を持っているのだ。
士官学校時代のミカ・シェラン(のちのディオ・アイザールの妻)へのストーカー行為から始まって、その後、軍・民間人問わず、数件の同様行為が有り、何度も謹慎処分を喰らっており、それは監察部門に居る者なら、大半が知っている事実であった。
しかし、それでも准将にまで昇官しているのだから、能力が高く評価されているのだ。
もちろん、フォー・プロシード派に属していることの影響も大きいのであるが。
そして首都星系に戻ると、ハミルトン准将は自分の気持ちを抑えることが出来なくなり、遂に軍監察官の権限を悪用して、個人的な欲望を満たす為に、レイカー・アーサ少将の身辺捜査を始めてしまうのであった。
これは違法捜査であり、しかも上位階級の者に対する不要な捜査であったことから、公になれば、自身の身の破滅に繋がる恐れが高い行為であった。
しかし、それでも彼は気持ちを抑えることが出来ない、そういう大きな欠点を抱えた人物であった。
この彼の欠点が、やがて大きな嵐を巻き起こすことになるのだが、現時点では誰一人、それは当然だが、そのことに気付いていないのであった......




