第51話(生体頭脳レア)
リウがエルフィン人から提供を受けた生体頭脳レア。
未知の技術の塊であるレアの成長力に、一抹の不安を抱くリウであった。
リウは、帝國領侵攻作戦を実施する前に、レアー号に病院船としての機能を追加することにしていた。
遠征して占領後は、クロノス星系に戻ることが困難になる。
それは、遠征に従事する全員が、最新鋭の医療技術による治療を受ける機会が失われることに繋がる。
その為、JJ・R・アーガン社に発注した自動手術装置3基などの最新医療設備をレアー号に設置し、生体頭脳レアと結合させることで、万が一のことが有っても、クロノス星系に居る時と同レベルか、それ以上の医療を受けられる体制を作っておきたかったのだ。
遠征計画の責任者として......
今回の手術装置の追加は、週末の往復で計画してある。
行き先は、クロノス星系第4惑星ティアー。
場所は、レイが不老装置を埋め込んだアーゼル・アーガン社の共同研究施設。
「レイ、次の週末、レアー号の改修に付き合ってくれる?」
「勿論です、リウ様」
「それで、何処を改修するのですか?」
「病院船の機能を持たせようと思って」
「移住後の医療体制強化の為ですね。 わかりました」
「この改修が終わったら、そのままアルテミス王国に出張する予定だからね」
「アイアイサー」
レイが元気よく返事をすると、リウは少し恥ずかしそうに、
「それで......今回は、前回みたいなことしないから......」
「???」
レイが不思議そうな顔をしたので、
「あの~、AA・アーガンさんから、レアが私の脳を通じて、見ていたり感じてもいるって話しを聞いて、ちょっと恥ずかしくなっちゃって」
「気持ちは分かります。 でもレアの成長には必要なことだと思います」
レイはきっぱりと意見を述べた。
「レイの性格から、そういう風に言うとは思わなかったよ」
リウが苦笑いすると、
「意識しないで、今迄通りでいきましょう。 もう既にレアは何回も私達のをリウ様の脳を通して経験済みなのですから」
レイは、『手遅れですよ』という意味で笑った。
今のところ、レアに変化は無い。
喋る様子も無いし、手足となるロボットも、家事や艦内の掃除をするぐらいで、他に大きな動きは見られない。
ただ今回の改修で、レアには最新の医療技術と知識が組み込まれることになる。
そうなると、大きな変化が出るのかもしれない。
三連休明けは、ブルー・ドラグーンが第四艦隊所属となる日であった。
また、第四艦隊に新型艦艇100隻の配属もしなければならず、リゾート滞在の休暇明けは忙しいスタートとなった。
「ここに来て、艦隊の編成直しとは。 忙しいなあ」
ルー少将が嘆く。
「人員が半分になるのですから、文句言っちゃいけませんよ」
「それにこの100隻は、少将直属部隊にするよう、リウ様から言われております」
アイザール准将が淡々と編成を直す素案を作成している。
「最近は、リウのことを『アーゼル少将』って呼ぶ部下が少ない気がするなあ。 『様』、『様』っていう感じだね」
「私とレイだけですよ。 他の方は司令官って呼んでますから」
「それより少将。 私と雑談している場合じゃないですよ。 リウ様と地上軍本部に行くのでしょ?」
「あっ、そうだった。 あとは頼んだぞ~」
ルー少将は、慌てて3階に降りる。
あまり待たせると怒られるからだ。
しかし、とき既に遅し。
第三艦隊司令部室に入ると、リウが憤怒の顔をして立っていた。
警備をしている機械兵が自動ドアを開けたのに、部屋に入らず、回れ右をして立ち去ろうとする少将。
後ろから肩を掴まれ、部屋に引きずり込まれる。
「せ・ん・ぱ・い〜」
低い声色にビクビクするルー少将。
「遅過ぎ」
と冷たく言い放たれる。
「ごめんなさい」
素直に謝る少将。
リウは、
「寝坊とか遅刻をするところが、先輩らしいよね」
「ほら、ブルーム大佐とラートリー中佐、カイキ大尉も待ってたんだから、もう行くよ」
そう言われ、司令部室を出る5人であった。
地上軍本部に着くと、一旦ブルーム大佐、ラートリー中佐と別れて、ルー少将、副官と一緒に、ブルー・ドラグーン連隊の様子を見に行く。
そして、ルー少将の初訓示を見学。
「諸君達は、今日から栄光ある宇宙艦隊所属の特殊連隊となった。 近々訓練出動も計画されており、それに伴い今日から訓練内容も大きく、より実践的に変わる。 よろしく頼むぞ」
「それではイルバール大佐、訓練内容についてはお任せするので、よろしく」
であった。
リウは、訓示を終えたルー少将を拍手して迎えた。
「流石、先輩。 今から国家元首選挙立候補して下さいよ」
「先輩の演説なら、フォーに勝てるかもしれないです」
「先日のお返しのセリフだな?」
「そうだ。 一緒に訓練していきますか?」
「無理無理。 普段から鍛えているリウの練習に付いていけるわけないだろ? 俺は運動神経あまり良くないんだから、見学だけしていくよ」
訓練参加は拒否しながら、小声で
「美女の汗まみれの姿を見るのは、嬉しい気持ちになれるからな」
と、少し離れたところに居る副官に聞こえないように言うと、
「いやらしいなあ、先輩は」
ちょっと軽蔑の眼差しで見るリウ。
「健全な男子ですからね」
「まあ、男はそういうものだとは、分かって居ますよ。 でも私を対象にしないで下さいね。 アレの」
「?」
「アレですよ。 アレ」
「ワハハハ、 考えたこと無かったよ。 今まで」
「なんか全否定されると、魅力ゼロなのかなあって思うしし......」
「でも、対象にされるのはもっと嫌だし」
「難しいね。 女だと公表すると一番悩ましいのは、その部分かなあ」
「それじゃあ、私は訓練行きますので」
リウはそう言って、着替えに行ってしまった。
その後は、リウの訓練っぷりを見学していたが、かなりハードそうな訓練に、
「大尉。 司令官はいつもあんなにキツそうな訓練をしているのか?」
ジョン・ルー少将が質問すると、
「そうです。 あまりに厳しい訓練なので、心配になりますね」
「そうだよな。 まだ若いとはいえ......」
「俺は、汗を流す程度の参加だと思ってたよ」
「少しブルー・ドラグーンの訓練を見てくるから」
そう大尉に言って、その場を離れた。
自分の艦隊に来る連隊の訓練も、レッド・ドラグーンに負けない程、厳しい訓練で既に始まっていた。
そういう様子を見て、
「今回は、地上戦の可能性が高い。 命懸けの白兵戦に備える為には、これぐらいやらないとダメなのか」
改めて、事態の認識が甘かったとジョンは痛感した。
ひと通り見学してから、リウの訓練場所に戻ると、まだ訓練を続けていた。
「命令を出す責任。 だからリウは厳しい訓練に参加して、その責任の重さを分かち合おうとしているのかもな。 でもそういう姿勢が、ただでさえ短い寿命を縮めることにならなければ良いのだけど......」
やがて、訓練が終わり、装備を外して汗まみれの姿のリウが戻って来た。
「先輩に、汗まみれの姿を見せてあげようと思って」
「大サービスですよ」
ジョンは、
『こうして改めて見ると、本当に綺麗だなあ』
内心そう思ったものの、
「風邪ひかないように、早く汗を流して来いよ」
当たり障りない言葉を口にした。
暫くして、着替えたリウが戻って来た。
「先輩、汗まみれの美女、どうでしたか?」
「非常に魅力的でした。 お子ちゃまの小官にとって刺激が強過ぎて」
「サービスですよ。 私のさっきの姿、先輩ならアレに使っても赦します」
リウはルー少将を誂いながら、
「さあ戻りましょう」
車両の手配をしていたカイキ大尉が戻って来る姿が見えたので、そう言って、宇宙艦隊司令部に戻るのであった。
この日の勤務時間終了後、いつも通り第三艦隊司令部室には、リウとレイ、ルー少将が居た。
「先輩、ディオは?」
「残業中ですよ。 艦隊編成の再整備の為の」
「先輩は手伝わないのですか?」
「参謀長からは、『一人でやった方が早く終わる』って言われてしまったから......」
「そうかもね。 私も事務仕事を先輩に『手伝って』とは言わないと思うから」
まるで事務仕事は出来ないような印象となっているルー少将であるが、少佐まではデスクワーク専門から軍人であった。
「そうだ、レイ。 先輩が私の汗まみれの姿、魅力的だって」
「レイ、誤解の無いように付け加えると、そう言わないと不味い雰囲気だったんだよ」
やや焦った様子のジョン。
するとレイは、
「ジョン先輩。 私はリウ様の汗まみれの姿、大好きですよ」
「へっ?」
「いつも以上に綺麗に見えます。 汗を拭う仕草、頭を振った時の汗が飛ぶ姿など、至極の瞬間です」
普段のクールなレイからは、想像出来ないワードのオンパレード。
「レイ......」
「あはは、レイは毎日の様に、そういう姿見ているから。 一緒に体鍛えているし、夜もね~」
「だから、ジョン先輩。 私に全く気を使う必要はありません。 美しいものは美しいのですから」
その話を聞いて、ルー少将は、
「レイ、少しキャラ変わったなあ~」
「リウ様とずっと一緒に居れば、変わらざるを得ないのです」
「何よそれ。 私のせいだって言うの?」
「リウ様が魅力的過ぎて、変わってしまうという意味です」
「そうなの? レイは褒めるの上手だね~」
『最近、レイはリウの扱い方が上手くなったなあ~。 何を言われても見事な切り返しで、機嫌良くさせちゃうもんなあ~』
ジョン・ルーはそう思うのだった。
週末。
レアー号の改修の為、ヘーラーの軍事宇宙港から、ティアーの施設に移動する。
時間にして30分程。
移動先が民間企業のドックの為、いつもよりだいぶ時間が掛かったが、トラブル無く到着。
直ぐに作業が始まる。
エルフィン人の技術者と作業用ロボットが、医療設備をどんどん運び込む。
レアも作業をサポートしているようだ。
「作業スピード早いね」
レイが呟く。
「レアが少し成長したのかもね。 作業のペースが言われていたより全然早いわ」
リウが同意する。
「この分だと、今日中に終わっちゃうかもね。 レアが医療設備や医療技術、医薬品の全マニュアルをあっという間に覚えてしまったみたいで、エルフィン人の技術者が非常に驚いていたのが印象的」
「早く終わりそうだから、外出は止めて艦のデッキで待機してようか?」
「そうしましょう」
暫くすると、リウは目の前の小型スクリーンに、情報を色々出して考え込み始めた。
こういう姿を他人には見せない人だけに、レイの前とは言え、非常に珍しい光景であった。
『リウ様は、占領政策の為、政治に関する資料や情報を見ているようだな』
レイが温かい目で見守る。
ところが、暫くすると寝息が......
『政治家にはならないって公言している位だから、よっぽど興味が無いのだろう』
資料を見たまま睡魔に襲われたリウに、そっと薄い毛布を掛けて、レイは静かにデッキを出て、レアのところに向かうのだった。
だいぶ時間が経ってから、リウは漸く目覚めた。
「レイ?」
声を掛けるも、姿が見えない。
『毛布掛けてくれたんだ。 ありがとう』
心の中で感謝するリウ。
『レアのところに居るかな?』
そう思ったリウは、レアのところに向かう。
「やっぱり、ここに居たか~」
「レイ、ありがとう」
「リウ様、あまり無理はなさらないように」
あまりにも興味の無い資料を見ていて、訓練疲れもあって落ちてしまったことに、レイが心配してくれたのだ。
「少し、訓練控えるかな~。 疲れていたみたい」
リウは反省の弁を述べる。
「作業は?」
「順調そうですよ」
あらかた設備の設置が終わり、接続する段階に入っていた。
「レアが、自身の管理下にあるロボットを使って、セッティングを進めているから、本当に早いですよ」
迷わず、次から次へとレアと接続されていく医療設備。
それを見ていてリウは、
『レアの成長が当初聞いていたのに比べて断然早い。 これだと意外に早く、レアに融合を迫られるのかもしれない』
と考えていた。
『その時、私はどういう決断をすれば良いのだろう』
今から、少し考えておく必要性を感じたのであった。
作業は、夕方には終わってしまったので、医療設備の試運転をして、JJ・R・アーガン社の技術者にチェックして貰ってから、帰ることにした。
「アルテミス王国への出発を明日にしようか?」
リウがレイに予定変更を告げる。
軍には、月曜〜日曜での出張計画を出してあるので、
「大きな変更では無いので、1日早めても問題無いでしょう」
レイが同意し、そのように決まった。
「いつもレアに迷惑掛けて、ごめんね」
リウはレアに話し掛ける。
「明日、惑星アルテミスに向けて出張します」
すると、レアが一瞬光ったように2人には見えた。
「レアが了解だって」
リウが笑顔でレイに語り掛けた。
レイはこの時、リウの笑顔に少し翳りがあるのに気付いたが、何も言わなかった。
『AAさんの警告もあったし、リウとエルフィン人・アーガン社の間で、何か秘密の契約が有るのかもしれない。 そうでなければエルフィン人が最新技術を提供する筈が無いから......』
ただ、レイにはそれが何であるか見当がつかなかった。




