第5話(丞相リョウ・シヴァ)
共和国陣営最高の宰相・名将と評判のリョウ・シヴァ。
この男の信頼を得る為に、帰国したばかりのリウ・プロクターは、一体どういう手を打つのか?
アルテミス王国の首都星アルテミスに降り立ったリウ・プロクター。
約2年半ぶりに、帝國から無事戻ってきたのである。
宇宙港のターミナルを出ると、出迎えは......無し。
こっそり帰って来たからであり、そのまま王宮に向かう。
そして王宮では、新人の門兵につかまって、なかなか入れずじまいとなり、
サプライズ帰国失敗
という結果となってしまった......
結局、アルテシア王妃に連絡を取り、迎えに来てもらって漸く中に入ることが出来たのであった。
「リウ。 サプライズなんて考えるから失敗するんですよ」
「それに、みんな心配していたのですから......」
と久しぶりの再会に、少し涙ぐむ王妃。
それを見て、少し反省をするリウであった。
涙を拭いてから王妃は、
「だいぶ大人になったわね......と言いたいところだけど、あまり変わっていないわね」
「不老装置の影響かしら?」
とちょっと不思議そうに話す。
リウは、
「体の生長は、16歳で止まった感じです。 もう背は伸びていません。 179センチで」
と容姿が少し大人っぽくなったぐらいで、殆ど変化しなくなっていることを伝えた。
「今日はお祝いね。 暫くはこっちに居るんでしょ?」
と尋ねられたので、
「そのつもりですが、いずれ西上国へ行くことになると思います」
と今後の予定も伝えたのだった。
ちょうどこの頃、久しく動きの無かった帝國軍が、西上国への侵攻を開始していた。
場所は、アルテミス王国軍統合参謀本部。
「シヴァ国から盟約に基づく援軍要請が......」
「太陽系帝國の侵攻を受けているそうです」
「大帝自ら軍を率いているとのこと」
軍の幕僚会議では、情勢報告に続いて、シヴァ国への援軍の編成について、議論が行われていた。
「皇帝親征とは......」
「流石のシヴァ丞相も、今回は苦戦しそうだな」
「ただテラ軍は、それ程の大軍では無いらしい」
「では、2個艦隊派遣でどうですか?」
という具合に議論は進み、派遣艦隊も決まった。
ノイエ共和国軍と合流してから、シヴァ国へ向かう方針も決まったが、末席に座っていた派遣艦隊のルーナ准将が、
「合流してからだと、遅すぎませんか?」
「シヴァ丞相は名将ですから、あまり遅いと帝國軍が去ってしまうかもしれないですし、帝國軍が居なくなってから援軍到着というのでは、外聞が良くないでしょう?」
と幕僚会議で意見具申した。
すると、アルテミス王国軍宇宙軍艦隊司令長官のグエル大将から、
「では、貴官に半個艦隊預けるから、早く行ってシヴァに挨拶しておけ」
と、アッサリ別行動の指揮官を命じる発令をされてしまい、幕僚会議は、
『苦戦が見込まれる戦場に、わざわざ早く行くなんて馬鹿な奴だ』
という雰囲気に包まれてしまい、大爆笑のうちにで出征会議は終わっていたのであった。
リク・ルーナ准将は、直ぐに準備に取り掛かったが、先程の意見具申は、先日の
リウ無事帰国記念・ささやかなパーティー
で、久しぶりにリウ・プロクターに再会した際に、アドバイスされた意見をそのまま発言しただけなので、王宮内に居るリウのところに行き、ひと言文句を言ってから、出発しようと思っていたのだった。
ルーナ准将は王宮に行くと、早速リウが出迎えに出てきた。
「准将、無事援軍の中に入れましたか?」
とリウが尋ねると、
「当たり前だろー。 立候補する奴なんてあまり居ないんだからな」
「でもよ~、盛大に笑われてきたぞ。 早く援軍に行くなんてアホだと」
と、会議での状況を説明しながら、少し不満そうに准将は答えた。
「予定通りじゃないですか? 普通なら少将じゃないと半個艦隊も預けて貰えないですよ? それに他の提督に足を引っ張られないで済みますし」
と少しイタズラっぽい表情を浮かべながら、人の悪い言い方をした後、
「何と言っても、シヴァ丞相に恩を売っておくのは悪くないですよ。 准将は長髪で覚えて貰えてますから......」
と、笑われたことなんて、些細なことだと宥められてしまったのであった。
「お前は大人だなあ~。 俺より全然若いのに......」
と准将はちょっと感心するも、
「シヴァ丞相の様子を探ってくる件は、貸しだからな〜」
と肩を組みながら、耳元で周りに聞こえないように言った後、出発の準備に艦隊司令部へ戻って行ったのだった。
場所は変わって、テラ、シヴァ国境付近某星系
「第2・第3艦隊に、敵の猛攻が続いています」
「第6・第7艦隊にも......」
「4個艦隊には、防御に徹して、猛攻に耐えるよう、重ねて激励しろ」
「本体の4個艦隊から敵の大帝直属艦隊へ一斉斉射して、動きを牽制しろ......」
太陽系帝國軍は、大帝自ら軍を率いる「皇帝親征」の形で戦いを挑んで来ており、名宰相と言われるシヴァ丞相も、防戦の指揮を自ら采らざるを得ない状況であった。
シヴァは、横に居る総参謀長に
「敵は大帝+五大将のうち3人が戦場に来ているんだろ?」
「こっちは、俺しか居ないぞ? ズルいじゃないか? 4対1なんて!!! 完全に不利じゃないか」
と冗談か本心か分からないような嘆息を述べながら、総参謀長との会話が続く。
「丞相閣下、それを言ったら、当方の提督達も......」
「うちの提督で、テラの五大将に勝てる奴が居るのか?」
「居るのなら、名乗り出てくれ、早速戦って貰うから」
「閣下」
「冗談だ、しかし厳しい(戦況だ)なあ〜」
盟約に基づき、ノイエ共和国・アルテミス王国から西上国への援軍が戦場に向かっている筈だが......
「同盟2カ国からの援軍はまだ到着しないのか?」
「もう戦いが始まって3日だぞ」
シヴァは、少しイライラした感じで、総参謀長のヴェール大将に話掛ける。
「アルテミス王国軍からは、ノイエ軍の到着が遅れているので、ひとまず半個艦隊だけ先発で向かわせたと連絡がありましたが......」
「半個艦隊???」
「居ないよりマシだが、それじゃあ戦局が変わらないだろうが」
シヴァは、ちょっと呆れた様子の苦笑いを浮かべる。
「丞相閣下、如何致しましょうか?」
とヴェール大将が改めて作戦指示を求めて来たので、シヴァは、
「とりあえず、帝國軍より先に戦場に着いて、有利な地形に布陣しているのだから、猛攻されても耐えるしかない」
「援軍が着いたらテラ軍は撤退するだろうから」
戦力や将卒の才能を鑑みて、シヴァはこちらからは動きようが無い事を説明すると共に、今後の予測をするのであった。
「丞相閣下、本当に敵は引いてくれましょうか?」
「大丈夫だ、大帝は大規模な補給部隊を連れて来て無いのだから、本気で攻めて来たわけじゃない」
「帝國の目的は、あくまで我国への牽制ですか?」
「そうだろうな」
「共和国陣営最高の名将」と称されるシヴァ丞相にも、今回のテラ側の目的が今ひとつ把握出来ていない。
『しかし、ここまで援軍の到着が遅いと、大帝の気が変わるかもしれんな。我軍は全8個艦隊出陣させているので、これ以上投入出来る戦力は無い......』
守るシヴァ艦隊に対し、攻めるテラ帝國軍の猛攻が続く......
戦況に大きな変化が無いまま、更に半日が過ぎた頃、戦況を見つめていたシヴァ丞相が
「おっ」
と思わず声を上げた。
不眠不休の戦いが続き、疲れから総旗艦の指揮デスクで寝落ちしていたヴェール大将が、丞相の声で起き、
「丞相閣下、どうしましたか?」
と問い掛ける。
シヴァは、少し上ずった声で、
「アルテミス艦隊の一部が最前線に到着し、帝國軍に攻撃を仕掛けたようだ」
「それで帝國軍が引いて行くぞ」
と答えたところ、その答えに、眠気が吹き飛ぶ総参謀長。
戦況を映し出すスクリーンを凝視するも、帝國軍を示す矢印に、それ程大きな動きは無いように見える。
「丞相、本当ですか?」
と言いながら、固唾を飲んでスクリーンを睨むこと数分......暫くして
帝國軍を示す矢印の動きが、帝國領側へ大きく動いていく様子が如実に現れた。
ヴェール大将は嬉しそうな声で、
「本当だ、おーーー」
と歓声を上げた。
その声を聞きシヴァは、フーと何とも言えない溜息のような声を出した後、
「何とか凌いだなあ。 これ以上続いたら、防御線が崩壊したかもしれないからな」
と、今回の戦いの感想を述べるのだった。
シヴァは続けてヴェール大将に対し、各艦隊へ労いを伝えると共に、今少し警戒態勢を維持するようにと、矢継ぎ早に指示を出した。
引き続き、テラ帝國軍の動きを警戒心を持って眺めていると、指揮デッキの直ぐ階下に居る通信士官から、
「アルテミス艦隊より入電」
と大きな声がした。
それを聞いたシヴァは、直ぐに指示を出す。
「繋げ」
「はっ」
すると、スクリーンにアルテミス王国軍の軍服を着た長髪の三十代半ば位の将官が映し出された。
軍人に似合わぬ特徴ある銀色の長髪は、シヴァにも見覚えのある男だ。
男は、スクリーン越しのシヴァ丞相に対し、
「アルテミス王国軍第5艦隊第1部隊のリク・ルーナ准将です。 到着が遅れて申し訳ありませんでした。 丞相閣下、何卒御容赦下さい」
と被っていた制帽を脱ぎ、シヴァに向かって頭を下げた。
シヴァは、
「いやいや。 戦線到着後、貴隊が速やかに帝國軍の補給部隊を攻撃する姿勢を見せたお陰で、帝國軍が引く形となった。 礼を言わせて貰う。 ありがとう」
と援軍への感謝と共に、戦場に到着後、援軍到着のアピールをすることなく、直ぐに戦況を見極め機敏な動きをしたことで、帝國軍に撤退を決断させた行動力を称賛した。
准将は、表情を幾分和らげた様子を見せながら、
「こちらこそ恐縮です」
と短く答え、頭を再度下げる。
シヴァは、
「そういえば最近のアルテミス王国軍の援軍には、大概ルーナ准将が居るような気がするんだが、こちらの記憶違いだったかな?」
と准将に疑問を問い掛けると、准将は苦笑いを浮かべながら、
「丞相閣下が仰っしゃられる通りです。 王室の軍師と言われて居る若者から、小官がなるべく援軍に立候補するように言われていまして......」
と、ウソか本当か分からないような謎の回答に、シヴァは少し驚いた表情を見せながら、
「軍師? まあよく分からんが、その話はまたの機会に聞くとして......戦いの経験が有る指揮官が援軍として来てくれるのは、心強い限りだ。 もしまた帝國軍が攻めてきたら、是非お願いしたい」
とシヴァは本心からの言葉を述べるのだった。
その後、型通りの挨拶をして通信が切れた後、シヴァは総参謀長に向かって、
「帝國は本腰では無かったから、これで引くだろう。 残りの援軍艦隊も到着したら、こちらも撤退しよう」
と帰国に向けた指示をし、自分は丞相としての仕事が山積みなので、先に戻ることを伝え、戦場での後処理は軍幹部に任せて、首都星アイテールへと帰還していった。
帰国用に準備された戦艦に乗り移り、帰りの道中シヴァは
『援軍が着いたら随分簡単に引いたな。 今回、何の為に帝國軍は攻めてきたのかな? まるで目的が分からない......何だか不気味だな』
と述懐し、その不気味さに少し悪寒を感じるのであった。
何とか引き分けに持ち込んだシヴァ軍。
『しかし、シヴァ軍8個艦隊に対して、テラ軍6個艦隊なのに、これ程苦戦するのでは、もし帝國が全戦力を上げて共和勢力に侵攻してきたら、凌ぎ切れんだろうな』
と改めて危惧を抱いた、西上国のリョウ・シヴァ丞相。
リョウ・シヴァは、元々が専制国家だった西上国の丞相である。
専制国家上がりの共和国の為、国民は支配されることに慣れており、政治体制も専制国家時代を引き継いでいる部分が多数見られる。
丞相という役職が国家の最高執政官であると共に、軍の最高司令官も兼ねている。
一院制の議会と直接選挙制の丞相。
権力は丞相の方が強い。
そういった成り立ちの為、優れた丞相に全てを任せるという風潮が強い国だが、リョウ・シヴァはまさにうってつけの存在である。
政治家として非常に優れた手腕と公平性を有している上、権力欲が少なく、その上軍事的才幹も有しているという稀有な人物であるのが『リョウ・シヴァ』。
リョウ・シヴァの治世になって十年以上経つ。
その治世の間に、かつて3大共和国で3位の国力だったものが、既に1位に躍進する等、その才幹が如何なく発揮出来る丞相制と相まって、発展著しい西上国である。
この国にもオーバーテクノロジーを有する少数の異星人が居住しており、制御技術・ソフトウェア分野がオーバーテクノロジーとなっている。
通称シヴァ艦隊がいつも大きな損害を出さすに済んでいる理由の一つは、守勢の名将リョウ・シヴァの存在だが、もう一つは艦隊運営・制御技術が他国を遥かに上回っているからであろう。
シヴァは、丞相府に戻り、山積みとなっていた政治案件をあっという間に処理をし、その後ティーを飲みながら、今回の戦いを少し振り返った。
特に、
『ノイエ軍に帝國軍への危機感が無いのが問題だろうな。 帝國から最も遠い地理位置にあるからと、とにかく動きが鈍い』
『大帝は老齢とは言え、一代で巨大国家を作り上げた英雄的人物だぞ。もう少し考えて貰わないと......』
と内心強く感じており、ノイエ共和国に対して少し強い態度に出ないといけないと思ったのであった。
一方、テラ帝國の大帝は、今回の局地戦後に、
「シヴァ丞相は、相変わらず堅い指揮だ。 称賛に値する。 結局突破出来なかった。 息子に持つならああいう人物だな」
と上機嫌で感想を述べた後、
「自分も老齢だ。 戦に出るのは今回で最後。 あとは寿命が尽きる迄遊んで過ごすぞ~」
と第一線引退宣言をしたらしい。
これを伝え聞いたシヴァ丞相は、
『本当に引退するのか? 眉唾ものだと思うがな?』
と半信半疑ながらも、ひとまず抱いていた危機感から少し解放されたのであった。
場所は、再びアルテミス王国。
援軍から戻って来たルーナ准将をリウは出迎えていた。
「提督、お疲れ様でした」
「リウか、おー、ありがとう」
「提督、ほら良かったじゃないですか? 会議で笑われても早く援軍に向かって」
「まあな。 結果オーライっていうことだな」
と准将は答えたところで、
「まさか、お前、こうなるってわかってたのか?」
と、急に気付いたので、確認した。
「さあ、どうでしょうね?」
とリウは答え、イタズラ顔で笑うだけだった。
「喰えない奴だなあ、お前さんは」
「まあ、ノイエ軍と我軍の他の艦隊は大恥をかいたからな。 援軍に行って着いたら、とっくに戦さが終わっていたなんて」
と、援軍が間に合わなかったという結果が世間の物笑いになったものの、ルーナ准将だけが間に合ったので、アルテミス王国軍としては面目を保つことが出来た。
「准将の評判が上がって良かったですよ。 来たる日にはせめて中将には昇進して貰ってないと困りますからね~」
とリウは、にこやかに厳しいことを言いながら、
「ところで、頼んでおいた件、どうでしたか?」
と確認した。
「丞相の様子だろ? 俺みたいな小者には本心を語るような人じゃ無いけど、俺のこと覚えていたみたいで『いつも来てくれて心強い』って言ってたぞ」
とスクリーン越しの会話の様子をリウに教えた。
「これ位で良いのか? 戦場に着いたら直ぐ帝國軍撤退しちゃったから、他に会話する機会が無かったぞ」
と、
『あまり意味が無い会話なのでは?』
と気を回したところ、リウは、
「十分ですよ。 丞相は信頼出来る援軍が欲しいって言っているのと同じですからね」
と丞相の気持ちを推し測りながら、
『そろそろ、丞相の元を訪れるかな?』
と独り言を言い、准将とその場で別れたのだった。
そんな出来事が有って少し経ったある日、ノイエ国から民間の特使が、西上国首都星アイテールに到着した。
特使は到着後、シヴァ丞相への面会を求めて来ていたが、先日の艦隊遅刻事件でノイエ国への心証が悪化していたシヴァは、
「丞相閣下、ノイエ国特使との面会は為されないのですか?」
と部下の若い男性から申し上げられたものの、
「会わん」
と駄々っ子のように拒否。
同盟国からの特使なので、流石に部下が「これは不味い」と思い、
「民間の特使ですが、財閥の......」
と、『民間』と『財閥』の部分を強調して、暗に会うべきじゃないかと確認した。
するとシヴァは、
「対帝國戦で遅刻の件。 スポーツじゃないんだぞ戦争は。 負ければ終わり」
「それなのに遅刻なんて、本来絶対にあってはいけないことだ」
「だから、腸が煮えくり返っている。 とにかく会わないから」
と、援軍大遅刻のことを今更思い出して、怒りがこみ上げてきたのか、顔を少し紅潮させて、会わぬの一点張り。
その様子を見た部下が、少し宥めるような柔らかい口調で、
「では、特使には丞相の体調不良を理由に帰って頂くことにします」
と理由付けして帰ってもらうことにすると答えると、シヴァはやや冷静になり、
「今は会いたくないから会わない。 何か土産とか親書があるのなら、それは受け取っておけ。 後で見るから......」
と指示を出し直した。
特使は、当初対応に出た丞相府の女性職員から、
「今日は幸運なことに、丞相のスケジュールが結構空いています。 多分お会い出来ると思いますよ。 手配するからお待ち下さい」
と言われたので、暫く待っていたところ、待合室に現れた丞相の部下は、
「ノイエ国の特使の方、おられますか?」
と言って、探し始めたので、特使は手を上げた。
それに気付いてこっちを見た部下の男は、予想外にも若い女性だったので、少し驚いた様子だったが、近づいてきて、
「丞相閣下は、先日の戦での疲労が抜けておらず、体調が優れないようなのです」
と面会が叶わなそうだと言ってきた。
ただ特使が若い女性だったせいか、丞相の部下のサービス精神が少し発揮されたようで、小声で、
「ちょっとご機嫌斜めなので、出直されてはどうですか?」
と、申し訳なさそうに提案された。
その様子を見て、特使は
『ノイエ共和国の誰かが何か丞相の不興を買うようなことをしたのかも。 一旦出直す方がいいのかな?』
と感じ、
「もしよろしければ、丞相閣下がご機嫌斜めな理由を少しお聞かせ願えますか?」
と確認した。
すると丞相の部下は、先日の帝國との戦争の件を簡単に説明してくれた。
それを聞いた特使は、
『出直すしかなさそうね、急ぐ話でもないし』
と思い、丞相閣下へのお詫びを申し上げ、ひとまず手土産を渡して欲しいと依頼して、丞相の部下の男に手渡してから、滞在中のホテルへと戻ったのであった。
暫くしてからシヴァは、先程の部下に、
「そういえば、ノイエの特使は何か言ってたか?」
「丞相閣下のお怒りも当然のことです。 それでは致し方ありません。 ひとまずお渡ししたい親書等が有るので、丞相閣下にお渡し下さいと言って、その特使のスゴい美女は帰りましたよ」
と預かった品物を渡す部下。
シヴァは、特使の詫びの部分を聞いて、部下に
「不機嫌な理由を話したのか?」
と確認すると、
「質問されたので、勿論簡単に説明しただけです」
と言いながら、
『サービスし過ぎたかも』
と、ちょっと焦った様子を見せた。
シヴァは、
『余計なことを喋りやがって』
と思ったものの、話を戻して、
「さっき言ったよな? スゴい美女の特使だと? 男じゃなかったのか?」
「ええ、リュウ・アーゼルと名乗って居ましたが......」
『アーゼル? 財閥の一族の者かな』
シヴァは名前を聞いて、そんなことを考えながら、とりあえず、特使が持ってきた品物を確認すると、贈り物に混じって親書が......
その文面を読んだ後、丞相が部下に向かって、
「さっきの美女特使、連絡先は聞いたのか?」
「勿論です、はい」
「それでは、直接話を聞くから、連絡を取って丞相府に来るよう伝えてくれ......」
特使であるリュウ・アーゼルは、ひとまず滞在先のホテルへ戻ったものの、
「今日は丞相のスケジュールに余裕があるって言ってたわね。 帝國軍との戦争で危機感を抱いているみたいだから、きっと親書を見て、呼び出しの連絡があるかも」
と、訪問時の格好のまま、待つことにした。
すると、先程の丞相の部下の職員から連絡があり、
「丞相閣下が直ぐにお会いになるそうです。ご足労をお掛けしますが、再訪願えないでしょうか?」
と言いながら、ビシッと決めた姿のままホテルに居る特使の様子を見て
『予想していたのか?』
と感じ、ちょっと驚いた表情を浮かべた。
それに気付いたリュウは、
「直ぐに向かいます。 よろしくお願い致します」
と笑顔で答え、颯爽と丞相府に向かうのだった。
シヴァは、執務をこなしていると、部下から、
「特使が再度到着されました」
と連絡が有った。
そこで、
「丞相府の貴賓室に案内するように」
と指示を出し、準備を慌ただしく始めた。
その様子に部下は、
「さっき迄と随分な変わりようだなあ、美女だって聞いたから? でも丞相はそういうタイプの人では無いしなあ」
と、どうも腑に落ちないという顔をしながら、待合室に向かい、戻って来た特使を丞相府の貴賓室へ案内した。
だが、丞相は部屋にまだ来ていなかったので、特使に向かって、
「お手数おかけして申し訳ございません。こちらで少しお待ち下さい」
と丁寧にご挨拶して、頭を下げながら、ちらっと特使の顔を確認し、
『いやあ、やっぱりスゴい美女だなあ。年齢は二十歳位か〜。 殆ど化粧していなさそうだし、それでこれだからスゴイなあ~』
と、感想か嘆息か、何とも言えない感嘆符を醸し出しながら、部屋をあとに......
程なくして、シヴァが貴賓室に入るなり、
「特使殿、お初にお目にかかる。 私が当国丞相のリョウ・シヴァと申す」
と挨拶をすると、特使も
「丞相閣下、こちらこそお逢いできて光栄です。 私はリュウ・アーゼルと申します。 アーゼル財閥の血筋の者です。 今回は突然の訪問で申し訳ございません」
と立ち上がって挨拶を交わしたので、シヴァは特使にソファーに改めて座るよう勧めた。
特使のリュウは、その勧めに従って座ったところ、シヴァが口を開いた。
「早速だが、先程の親書の内容の件、他の2カ国はどのような興味を示すか知らないが、当国としては、大いに興味がある」
と親書に書かれていたことについて、話を始めた。
「テラの軍隊が強大なこと、当国が一番多く戦っているのだからよく知っている。 危機感は非常に強い」
と先日から更に強まった考えを素直に表明した。
「先日の戦いも薄氷を踏む思いだったし、戦力の強化は特使の申し出が無くても、近日中に決断する予定だった」
と艦隊の増設を実施する予定で動き始めていることも隠さず示した。
と同時に、シヴァは
『一般論をあえて示してみようか』
と思いたち、
「しかし、大帝が死ねば、二世皇帝が5年以内に全戦力を持って共和国陣営に攻め込んで来るというのは本当か?」
「二世皇帝となる現皇太子は、どちらかと言えば戦下手だ」
「大帝と共に何度も出陣しているものの、これといった戦功は無い」
「だから代替りすれば、逆に戦は遠のくとも考えていたのだが......」
と。
特使はその一般論に、
『少し試しているのだな』
と感じ、
「確かに、丞相閣下のおっしゃりようも、至極当然の判断です」
と同意したものの、
『きっと丞相の本心ではないわね。
少し強い意見を出してみて、反応を見てみようかな?』
と考え、反論を開始した。
「ですが、私はだからこそ敢えて逆の判断を二世皇帝はすると断言するのです。 戦下手だからこそ、先代の百戦錬磨の老将達が生きているうちに、銀河統一の野望を成し遂げようとすると......」
「現在の正規軍の戦力比で見ても、帝國側24個艦隊に対し共和国側は19個艦隊と既に劣勢です」
「大帝は、先日戦を一旦止めると宣言しましたが、これは今後数年間で戦力を再整備する暇とも受け取れますよね?」
「更に共和国陣営は、丞相閣下の軍を除くと、戦闘の経験が殆どありません」
一息でリュウはここまで話すと、一呼吸を入れてから、
「現状、名将・勇将と言える人材も、共和国陣営は丞相閣下の他には1〜2名めぼしい者が居るかどうかなのに対し、帝國は歴戦の強者の将軍達が沢山居る訳です」
「これだけを見ても、帝國の優勢は確実。 共和国陣営が勝つのは奇跡に近い状況でしょう」
「しかも、二世皇帝は稀代の野心家です。 皇位継承のライバルに全て勝ち抜き、しかもそのライバル達を権謀術策を弄して徹底的に追い落とす」
「こういう人物なのですから、絶対に勝てそうな戦を仕掛けないなんていうことが有り得ましょうか?」
「私は、帝位継承後、5年以内に100%、世紀の大侵攻を仕掛けてくると断言します」
と続けざまに反論してみせた。
シヴァはその間口を挟まず、黙ったまま、特使の話の内容を吟味し、ずっと思慮深く考えていた。
特使の顔を睨みながら......
『そういえば、先日の大帝の戦は異様だった
もしかしたら皇太子に、シヴァ軍の動きの封印方法を見せるのが目的だったのかもしれないな
そうだとすれば、やはり全軍での大侵攻か......』
と反論を聞きながら、大帝の狙いは二世皇帝即位後の帝國軍の動きに繋がっているのかもしれないという判断に至った。
少し考えを纏める為、黙っていたが、暫くしてシヴァは、
「特使殿、ちょっと睨んでしまって悪かった。 誰もが聴きたくない、目を背けたい話だったのでな」
「人は、都合の悪い話と良い話が並んだ時、どうしても良い話の方を選び易いから......」
と口を開いた。
「しかし、特使殿の話を聴いていると、情勢分析だけでは無く、何か確信があって100%と言っている様に聞こえるが?」
「それは、何なのだろうか?」
「既に皇太子が自分が帝位に就いた暁には、銀河統一を実施するとでも言っているのだろうか?」
「それとも他に......」
と、特使が何か別の理由があって100%の確信だと言っているのだと受け取り、その理由を聞いてみたくなったのだった。
リュウもシヴァの意図を正確に受け取り、
「とある人物のヴィジョンの話。 ちょっと興味を持たれると思いますよ」
と言って丞相の方を見てニコりとしてみせた。
シヴァは、
「それはどういう話なのか?」
と興味をそそられたので、話すように促す。
そこでリュウ特使は、
「今度、アルテミス王国の王室の方とお話する機会が有ったら、尋ねてみてください」
と、他にもヴィジョンのことを知る者が存在することを示してから、
「数年前アルテシア王妃が、命を救われた話。 先年王太子一家が狂信者のテロ集団から身を守れた話。 いずれも、とある方の見たヴィジョンが有ったことで、危機を回避出来たのです」
とヴィジョンと現実が繋がっていることを明らかにした上で、
「その方は、今、二世皇帝が共和国陣営に攻め込んで、共和軍を撃破して人々の間を蹂躙し、非道の限りを尽くすテラ軍兵のヴィジョンを見て苦しんでいます」
「何もしなければ、現実となるヴィジョンだそうです。 でも早く対策を打ち、力の限りを尽くせば、変えられる未来でも有ると言っています」
と答えたところで、特使はヴィジョンを思い出して、自然と落涙してしまうのだった。
暫く間が有り、特使の落涙する様子を見ながら、
『これは特使自身が見ている未来のヴィジョンの話なのかもな』
と、あえて他人称の話にしているのではないかとも感じ取ることが出来る、何だか不思議な感覚があって、考え込んでいたシヴァであったが、
「特使のお話、よくわかりました。 当国も力の限り、帝國の侵略を防ぐ計画に協力しましょう。 これはお約束致します」
と一般的な答えをしてみせた。
続けてシヴァは、
「ただ私の懸念は、ノイエ共和国です。 軍隊は最新鋭で兵器も強い」
「しかし、経験値がゼロ。 しかも危機感を共有出来ていない上に、人材も欠乏している。 帝國軍と戦える提督が見当たらない」
と問題点だらけな特使の母国に対し、何らかの行動をしてもらわなければ困ると苦言を呈した。
更に続けて、
「もし、帝國が侵攻してくれば、最初に大決戦をするのはアルテミス王国とノイエ共和国の連合軍となるでしょう」
「当国は、帝國から直接攻めることが出来るので、援軍を送らせまいと、2国が対峙するだろう大軍とは別の一軍団が攻めてきて、共同作戦を取るのはほぼ不可能となるでしょう」
と三国共同の大会戦にはならないと予測してみせた。
「事実上、アルテミス王国とノイエ共和国の連合軍が帝國の大軍と決戦という事になるのです」
「その結果を当国は傍観するしか有りません。」
「果たして、盟友2カ国が帝國と戦う際に、勝つことが出来る提督を見つけられるか否か、それが1番の鍵だと思います」
「特使殿は、そういう人材の候補に心当たりがお有りだろうか?」
と計画の本質に触れた。
特使が示した計画というのは、
艦隊の増強
資金提供
綿密な迎撃計画の立案
の3点であったが、もう一つ
名将の育成
という部分が特に強調されていた。
シヴァ丞相で足りない部分を補う為
ヴィジョンを見ている19歳のリウ・プロクターを
名将へと成長させる育成計画
これが、最大のポイントであり、シヴァの興味を引いたのであった。
シヴァは、
自分では帝國の大軍を防ぐことは出来ても撃破する才能が無い
と強く自覚している。
だから、そのことに気付いている人が他国に居たのだと言う事を親書から感じた為、直ぐに面会しようと思い立ったのである。
人の心・考えの機微を読んで、その先を見通せる人
そういう人が帝國軍を破る名将となれるのでは無いか?
シヴァは、以前からそう思っていたのだった。
特使は、親書の候補者について、
「まだ若い方ですが、この人を帝國に勝てる提督に育て上げるため、丞相閣下にご協力を頂きたいのです」
「具体的には......」
その後、色々と話をして、要望もした結果、リウ・プロクターをシヴァ国軍式の教育、
特に諜報部員としての訓練と実践をさせる約束
を取り付けたのだった。
その後雑談に移ったが、シヴァは特使に
「リュウ特使は、随分とお若いが、年齢は二十歳位ですか?」
と質問をしたものの、続けて
「ノイエの方に年齢を聴くのは不味かったかな? 不老装置を埋め込んでいる富豪の方が居る国だから、見た目と年齢の差違は当たり前だからね」
と笑いながら確認した。
すると特使は、
「丞相閣下。 当たりです、多分」
とイタズラっぽい表情を浮かべながら答えたので、シヴァは
「それでは一応、二十歳位ということにしておきましょう」
と愉しそうに笑った。
「ところで、候補の方が来られる時、特使殿も同席されますか?」
と、シヴァは先程から気になっていることが有ったので、敢えてその部分の確認の質問をしてみた。
すると、特使は
「私は、ただの連絡役ですので、リウ・プロクターと一緒に来ることは無いでしょう」
と、にこやかに即答した。
ただ、目の奥には何か『気づいて欲しい』と言っているような表情にも見えた。
その様子を見てシヴァは、
「わかりました」
と言い、何らかの確信を持ったのだった。
シヴァは、特使が帰ったあと、部下から
「美女の特使とは、良い話が出来ましたか?」
と尋ねられた。
その言い方は少し気に入らなかったが、
「まあ、まずまずだ。 諸刃の剣だがな」
と特使には言わなかった懸念を少し言葉に示した。
それは、
『もし、その育てた名将が、第二の大帝になってしまったら、一体どうなる?』
ともシヴァは考えたからだった。
それでも賛意したのは、
『眼の前の美女が実は今回の候補なのでは? それならば第二の大帝にはならない。 あの涙は私にそう言っている』
と人物鑑定眼に自負があるシヴァは、自分の眼を信じることにし、協力を決めたのだった。