第47話(憔悴のリウ)
フォー・プロシード少将の退役式典。
リウは今迄に見せたことの無いような、憔悴ぶりに......
リウによる出征計画説明会の翌日、リウとレイを除く出席者3名は一様に寝不足の顔をしていた。
作戦が成功すれば、『新天地』で暮らさなければならない。
それが、心の何処かで不安の影になっていたのであろう。
「副司令、眠そうですね」
レイが声を掛ける。
すると、
「昨日の話を聞いて、今まで考えたことの無い、見知らぬ他国での生活を想像すると、何だか眠れなくなってしまって」
「参謀長は、眠れましたか?」
レイは逆に尋ねられてしまった。
「私は子供の頃から、色々な国で暮らしてきたので、そういう不安はあまり持って無いですね」
「旧ムーアー国領域、テラ帝國が勃興する前は、ムーアー王国ですが、王都は綺麗な水の惑星だと聞いています」
とレイは答えるのだった。
この時リウは、少しご機嫌斜めであった。
「そう言えば、司令官が珍しく機嫌悪そうじゃないですか?」
副司令から小声で尋ねられたレイ。
「よくわからないですけど、今朝からあんな感じで......」
機嫌が悪い理由は単純だった。
レイがおはようのキスを忘れたからである。
「リウ様、今日ご機嫌斜めのようですが?」
レイが様子を見ながら、小声で確認する。
「別に機嫌悪くないよ~」
ブーたれた口調で返事をするリウ。
その様子を見て、『何か不味いことしたのかも』と思ったレイは、
「理由を教えて下さい。 私に出来ることだったら、何でも致しますから」
思わず禁句を言ってしまう。
その言葉を聞いて、少し機嫌が直ったリウ。
「何でもしてくれるの〜 本当に〜?」
笑顔で言われて、急に冷や汗が出るレイ。
『しまった。 この笑顔は、良からぬことを考えている』
と気付くも、時すでに遅し。
「ええ、私に出来ることであれば......」
やけになって、やや口籠りながら禁句を続けるレイ。
「じゃあ~、 今ここでキス」
「まだ、皆さんが居ますよ?」
「いいじゃん、気にしなくて」
我儘モードに入ってしまい、困ってしまうレイ。
その時ちょうど、
「ちょっと、朝の定例会議に出てきます」
と言って、コーダイ准将が部屋を出て行ったので、第三艦隊司令部室内には、リウとレイとカイキ大尉の3人だけに......
『リウ様の機嫌を取るには、このチャンスしかない』
『カイキ大尉、ゴメン』
と心の中で謝るレイ。
光子銃を取り出して、出力最小、最大拡散モードに切り替えて......
「リウ、その場で立って」
急にレイに強い口調で言われて、ビックリして直ぐに従うリウ。
光子銃を出入口に一番近い席に座っている副官の方に向けて、トリガーを引く......
物凄い量の眩しい光が拡散して、副官の居る方向に降り注ぎ、
「あっ、眩しい。 何も見えない」
と叫ぶ副官。
その瞬間、レイはリウを一気に抱き寄せて、ディープキス。
ミッション完了。
そして、光子銃のトリガーを元に戻す。
「副官殿、ごめんなさい。 調整中に誤ってトリガー引いちゃいました」
レイは言い訳をしながら、直ぐにカイキ大尉に謝罪。
リウは、暫くあ然としていたが、やっと機嫌が直った。
「レイに呼び捨てにされて、ちょっとシビレちゃった」
と言って、超ご機嫌モードに変化。
「すいませんリウ様。 私がおはようのキスを忘れてしまい......」
機嫌が悪かった理由が分かって謝罪し、今朝の小さな事件は解決したのであった。
「光子銃って、そういう使い方もあるんだ」
とワクワクしているリウ。
「人に向けてはダメなんですよ。 銃ですから」
レイは窘めるも説得力ゼロ。
「えー、さっきの光、綺麗だったじゃん」
「長時間目に当てると失明します」
流石にそう言われると、『またやって』と言えなくなってしまったリウであった。
副司令は、会議から司令部室に戻ると、司令官の機嫌が良くなっており、鼻歌迄歌っている様子を見て、
「司令官、何か良いことが有りましたか?」
と思わず声を掛ける程であった。
リウは、嬉しそうに、
「分かります? レイが......ゴニョゴニョ」
言いかけたところで、レイに口を塞がれ、最後まで喋ることが出来なかったリウ。
その様子を見た副司令は、
『機嫌が悪かったのは、結婚生活に関係することだな。 さては......』
と察して、
「この部屋って確か、監視システムで定期的に見られている筈ですよ。 映像だけですが」
意外な事実を言って見たところ、リウもレイも真っ赤になってしまい、
『やはり』
と副司令は思ったのであった。
実は、光子銃の光が強過ぎて、監視システムには何も映っていなかったのであるが......
暫くしてから、リウはレイに、
「たまには、第四艦隊司令部に顔を出してみようか?」
「昨日の今日だから、司令官と参謀長の様子が気になるし」
と提案した。
レイが、
「いいですねー。 あの部屋は眺めも最高でしょう」
と賛同したので、副司令官に断りを入れて、最上階にある第四艦隊司令部に向かった。
第四艦隊司令部室前で、警備の機械兵にIDを見せ、中に入る2人。
「先輩、こんにちは」
部屋の主に挨拶し、つかつかと進んで応接セットのソファーに座るリウ。
レイもその隣に。
司令官のジョン・ルー少将は、窓外の景色を眺めていたが、リウとレイに気付いて、
「おお、招かれざる客よ」
笑いながら、副官にコーヒーを四人分を持ってくるように依頼した。
「ディオも、こっち来なよ」
目の前のデスクで仕事中のアイザール准将をリウが誘ったものの、
「副司令官も分艦隊司令官も居ない第四艦隊ですから、私は忙しいのです。 一段落ついたらそっちに行きます」
と言って、淡々と事務処理を続けていた。
「先輩も准将も少し眠そうだね」
とリウが2人の様子を見て確認する。
「昨日の説明を聞いて、出征迄に色々考えなきゃいけないことが増えたんでね」
ジョンが答える。
「サーラさんのこととかね~。 早く決めないと」
相変わらず2人を早く結婚させようと煽るリウ。
すると、話題を変えようと、
「昨日尋ねそびれたのだけど、アイザール准将とリウが知り合ったのってどんな感じ?」
ルー少将が尋ねる。
「今更、それ話すの? 大した話じゃないよ。 普通の企業活動だもん」
とリウは言うものの、
「でも、レイも聞きたそうだから、話してあげるか」
レイの様子を見ると、聞きたそうなオーラが出ていたことから、話すことにするのであった。
「あれは、私が16歳の時。 まだアルテミス王国に居た時だね」
「総帥から、『お前も、16になったのだから、財閥の交渉人としてデビューしなさい。 アーゼル姓を名乗っているのだろ』と言われてね~」
総帥の喋り方をモノマネしながら話すリウ。
「『アルテミス王国に居るのだから、軍の物資調達の交渉に行け』って命令されて、私は渋々行ったのだよ」
「その時に、私の補佐役として財閥本社からやって来たうちの一人がディオだったの」
「ディオは、『総帥の唯一の孫娘、しかも美貌』と聞いてドキドキだったんじゃない?」
淡々と仕事をしている准将に向かって、茶化すように確認する。
「ドキドキだったのは否定しませんよ。 入社2年目なのに、大きな仕事を任されてしまったので」
淡々と仕事を続けながら、『ドキドキの意味が異なる』と准将は説明した。
「翌年から、士官学校2年課程に入らなければならない時で、本当に大変でした」
ここで准将は、仕事の手を止めて、
「右も左もわからない、初めて降り立った美しい惑星アルテミス。 アルテミス王国のアーゼル財閥本店に行くと、今より少しピチピチした、リウお嬢様が待っていてくれました」
「初めてお嬢様を見た印象は、『噂以上の美少女』だったことを鮮明に覚えてますね。 と同時に『実力を備えているのかな?』と疑問も持ちましたよ。 『総帥の孫娘というだけじゃないか』と」
「初めて会って挨拶した時に、『貴方が、ディオ・アイザールね、宜しくです。 これから私は『ディオ』って呼ぶから、貴方も『リュウさん』ぐらいでいいですよ』っていきなり言われましたね」
アイザール准将は懐かしそうに語った。
「誰とも壁を作らないところは、全く変わらないです。 そこがリュウ様、今はリウ様ですが、一番良いところだと思っています」
「交渉場所は、アルテミス王国軍の参謀本部。 軍側は補給部門のベテラン将校以下数名。 こっちはリウ様と私ともう一人だけ。 若輩者にとって、結構大きな金額の商談でしたので、非常に緊張しました」
「でもリウ様は、自然体のまま。 美貌を活かし、鼻の下が伸び気味の軍人に、こっちの要求額で丸呑みさせて、商談は無事成功」
「財閥内では、ちょっと大袈裟なくらい話題になったのでしたよね? 全然値引きしませんでしたから......」
准将は、昔を思い出しながら、少し笑う。
リウも、
「そういう感じだったね。 私は特に交渉していないけど、向こうが勝手に『その金額で良い』って言ってきただけだったのにね」
「それだけ、本店のチームが優秀だったってことだよ。 相手の担当者の少将の名前から、最初から値引き無しでも行けそうな金額を提示出来るよう、計算してくれていたのだから」
結果的に、リウの評判だけが先走りしたのだと言う。
「その後、もう1回ディオ達との組み合わせでの交渉が有ったね。 この時はアルテミス王国の軍艦建造の入札で、こっちも全く交渉していないけど、半分位落とせたので、勝手に評価されちゃった」
「入札の時、ディオ達がわざわざ本社から送られて来てね。 縁起がいいからという理由で」
「それを最後にチームリュウは解散。 私は帝國に旅立ったのさ」
説明を終えると、リウはレイの方を確認した。
そして、
「こんな話、別に面白く無いでしょ? レイは、きっと幻に憧れたのよ。 私のね」
リウは『レイが想い入れ過ぎている16歳の『月の女神』の実態』を説明して笑った。
「何だ、それだけか~。 もっとレイが妬むような物語が有るのかと期待したのに」
ルー少将が物凄く残念そうな表情を見せる。
「そんな人聞きの悪いこと言ってると、バチが当たりますよ」
とアイザール准将に迄言われてしまい、肩をすくめるのだった。
「しかし、この部屋もガランとしているね」
とリウ。
「司令官と参謀長と副官しか居ないんだものね」
レイは立ち上がって、窓際に行き、隣に来たリウと周囲から見えないように手を繋いだ。
そして最上階から見える、高さ2000メートル超のアーゼルタワーを一緒に眺めながら、
「この景色も間もなく見納めか」
と呟いた。
そして、
『この後、一体どういう運命が待ち受けているのだろう』
まだ見ぬ新天地への想いと、自身とリウとの幸せな生活が変化することへの不安を少し抱くレイであった。
数日後の午後、後方司令官代理のジャン・フォー・プロシード少将の退役式が統合参謀本部ビルの前で行われた。
連合政府発足に向け、初代国家元首の座を目指す為の退役とあって、退役式は華やかであった。
リウも出席を求められた為、レイとカイキ大尉を連れて、統合参謀本部ビルに赴いていた。
「かなり人が集まっていますね、参謀長」
リウが久しぶりに、レイを参謀長と呼んだ。
いつも以上に警戒心を強めている証拠だ。
「司令官、何処に座りますか?」
レイもリウの警戒心に、喋り方を合わせる。
「自由席みたいだから、後ろの方にしましょう」
退役式を行うビルの玄関前に、座席が並べて有るのは、一種異様な光景である。
通常の退役式は、花束贈呈と拍手で見送るぐらいなものであるから。
今回は退役式自体が、既に政治ショーであり、選挙戦のスタートと同一視すべきものなのだ。
この時リウは、自身の存在を政治的に利用されるのを警戒していた。
特に、アルテミス王国の世論に大きな影響を与えるものとなっているリウ・アーゼルの存在。
それを利用しようという意図がミエミエの出席要請であるからだ。
大勢の人の中に紛れ込んだ、リウとレイとカイキ大尉。
統合参謀本部ビル玄関の内外にも多くの人が集まっており、建物内から、フォー・プロシード退役少将が姿を現した。
玄関前で大きな花束の贈呈。
メディアによる撮影が続く。
座席に座っていたお偉方も全員起立して拍手が始まった。
盛大な拍手が続く。
座席最前列の真ん中に居た、統合参謀本部議長のヘムズ大将と宇宙艦隊司令長官のタイラー大将が、フォーのもとに歩み寄り、固い握手を交わす。
そして、フォーを真ん中にして両側に両大将が立ち、記念撮影が始まる。
鳴り止まない拍手。
撮影が終わると、フォーが玄関前からゆっくりと歩き出す。
退役式のクライマックスだ。
徐々に、建物から離れて行く。
その様子をメディアが撮影し続ける。
拍手も改めて大きくなった。
リウとレイも
『無事終わった』
と思い、ひと息入れた時だった。
リウをメディア各社が探していたのだ。
見つけられてしまい、メディアの連中が近づいて来る。
フォーも既に戻って来ており、メディアの連中より先にリウに近付いた。
そして、リウの手を強引に取り握手。
その姿をメディアが撮影する。
あっという間の出来事であった。
リウとの握手を終えたフォーは、今度は参謀本部ビルに向かって手を振る。
再び拍手の嵐。
こうして、フォー・プロシード少将の退役式という政治ショーは終了したのであった。
「出征計画があるから、仕方ないけど......」
と言いながらも、肩を落とすリウ。
「また、政治的に利用されちゃった......」
力無く呟くリウ。
レイは、掛ける言葉が見当たらない。
『本当は出席したく無かった。 利用されたくないから』
『世論を誘導する為、出席を求められた』
『出征の許可を貰う見返りで、断れない......』
リウは、自分の心を捻じ曲げて耐えた。
でも、そのショックは大きく......
目に光の無い表情。
こういう表情のリウをレイが見たのは、初めてであった。
ひとまず、早くこの場から去りたいという、リウの心の中を見たレイは、副官に地上車の手配をお願いし、リウの手を強く握る。
手を握って貰ったことで、暫くすると、リウの濃いエメラルドグリーンの瞳に光が少し戻って来た。
「レイ、ありがとう」
大勢の人でごった返しているので、涙は我慢したリウ。
副官のカイキ大尉が戻って来て、手配した地上車へ向かう3人。
そして、賑やかな参謀本部ビル前から静かに去ったのであった。
宇宙艦隊司令部のツインタワーに戻ると、リウは疲れた表情で、自席に座り窓外に椅子を向けると、そのまま動かなくなった。
涙を流していたのだ。
レイは、カイキ大尉に用件を幾つかお願いして、副官が部屋を出ると、リウの前に座って、涙を拭ってあげた。
拭っても拭っても溢れ出て来る涙。
それを何度も繰り返す。
最後は抱きしめて、ずっとそのまま......
司令官の隣のデスクに座っていた副司令も、少し貰い泣きしてしまっている......
リウの感じた悔しさが、みんなに伝播したのだろう。
暫くして、漸く落ち着いたリウ。
副司令にも頭を下げて謝意を示していた。
「もう帰りたい......」
元気の無いリウは、レイにそう告げた。
間もなく定時になり、レイはリウを連れて、副司令と副官に挨拶してから、自宅のレアー号に向かう。
重い足取りのリウ。
歩調を合わせて、ゆっくり進むレイ。
いつもなら10分程度の距離が、この時は倍近く掛かってしまった。
レアー号に入ると、リウが崩れ落ちる。
優しく抱き上げて、ソファーに連れて行くレイ。
ソファーで下ろそうとすると、リウはそのままレイに抱きついて離れない。
「レイの元気を私に分けてください」
と言って、そのままレイを求めるのだった......
リウが疲れ切って寝てしまう迄、レイはリウを抱き続けた。
寝息を立てている、リウの美しい寝顔。
いつも朗らかで、綺麗な顔立ちのリウ。
でも、その奥には、悩み苦しみ疲れ切った表情を見せるリウも常に居るのだということを、この日レイは感じ取った。
リウの寝顔の直ぐ下で、跪くレイ。
『命を掛けて、リウ様の笑顔を護ります』
と改めて誓いを立てたのであった。




