第29話(出会いと別れ)
レイは、約束通り、生い立ちを話し始めた。
そして、出会いがあれば別れもある。
別れの挨拶にリュウは......
その日の夜、レイはリュウから、
「御祖父様直属のエージェントのお給料って、どれくらいなの?」
「教えてくれるって言ったじゃん~」
と言われ、話すようにせがまれた。
そこでレイは、
「リュウ様。 このような関係になりましたから、誰にも話したことの無い私の生い立ちをお話しすることに致しますね。 ただし他言無用でお願いします」
前置きを説明すると、リュウは隣で寝そべっているレイの右手を強く握って、
「うん、わかった」
と返事をしたので、レイは話を始めた。
「私は、諜報員の両親のもとに生まれました」
「父はノイエ国出身、母はアルテミス王国出身です」
「両親は私が生まれた当時から、共に西上国の諜報員でした。 今は違いますが......」
「そういう出自なので、諜報員としての英才教育を受ける形となりました。 これは生きて行く上で必要だったからです。 父も母も、常に命を狙われる可能性がある状況でしたから」
「15歳迄、そうした生活が続きました。 色々な国、色々な場所を転々として、そこに溶け込み、色々な職業を装って活動する両親との生活」
「それは、それなりに楽しかったです。 父は2メートル近い大柄で強面ですが、人懐っこい性格で溶け込むのが上手かった。 母は155センチ位の可愛らしい女性で、どう見ても、諜報員には見えない容姿ですから、色々な国からスカウトが来るぐらい重宝されていました」
「しかしある時、両親の身分がバレて、急に逃亡することになったのです」
「帝國の諜報員に追われて、必死に逃げる私達家族」
「父は、私や母を庇って重症を負ったものの、何とか西上国迄逃げきることが出来ました。 四ヶ月以上の逃亡生活だったのです」
「この出来事をキッカケに、私を何処かに預けるべきだとの結論になりました。 何時までも子供ではないので、キチンと教育を受けさせて、独立させないと、と」
「両親は、ツテを頼ったところ、アーゼル財閥の総帥が新しい年少者の人材を求めているらしいという話が持ち込まれました」
「それは、今考えるとリュウ様に対する同世代のエージェントの募集であったようで、それに応募することになったのです」
「条件はかなり厳しかったらしいです。 先ず諜報員としての高い能力。 あらゆる武器が使えて、護身術等や体力面で非凡なものを兼ね備えているのは当たり前」
「情報収集力や知力、変装術なども求められます」
「そして、その時の募集では、それだけではなく、普通の勉強も出来て、運動も出来る子」
「更には、総帥の側近にもなるので、見栄えも良い子。 私の場合、父の血統からは、ここで落第だったのでしょうが、遺伝子迄調べられて、将来の容貌の予測で、母に似た雰囲気になるだろうという結果が出たことで、最終的にギリギリ合格となりました」
「一緒に合格したのは3人。 ただ諜報員でも有るので、お互いの素性は知りません。 会話も最低限で、お互いに親しむような関係は一切無いですね」
「その後は、あの御屋敷に住み込み、総帥の身の回りの世話やボディーガードを他のエージェントと一緒に行なっていました」
「そしてある日、総帥に呼び出しを受けて、総帥の側近としての役目から外れて、リュウ様=リウと同じ道を歩み、護り続けるように命じられたのです」
「だから、まさか士官学校に入校して、ノイエ国のエリート軍人という人生になるとは、思いもよりませんでした」
「母は、もう諜報員を辞めているので、喜んでいるみたいですよ。 息子がエリート軍人ですからね。 父はまだ諜報員をやっているので、何処に居るのかわかりません。 母も父と一緒に居るので、所在不明で会うことは出来ないです」
という話だった。
「こんな内容ですが、リュウ様つまらないでしょ?」
そう尋ねた時にリュウは、やや眼を閉じかけていた。
「そんなこと無いよ〜」
眠い目をこすりながら、誤魔化すリュウ。
「で、お給料は?」
結局、そこにしか興味が無い様子。
それに対して、『しょうが無いなあ』という表情をしながら、レイは、
「これぐらいですね」
リュウにだけ、指で出して教えたのだった。
それを見てリュウは、
「祖父様普段ケチのわりには、結構払っているのね」
という感想を述べたのだった。
結局この日、交渉でリュウは疲れていたのだろう。
そのまま、寝てしまった。
『寝顔も超カワイイなあ、リュウ様は』
リュウの顔を眺めながら、横で寝そべっているレイ。
そんな女神の寝姿を間近で見られる特等席に居られる幸せを実感しながら、
「リウが消えた今後、どうして行くべきなのか?」
幸せの絶頂に居る2人に関わって来ることなので、少し不安も感じていたのであった。
翌日は、大きな予定は無かったが、西上国からの賓客2人がホテルを訪れてきた。
コトク大将とヒエン長官である。
2人は帰国するので、リュウにお別れの挨拶をしに来たのだ。
西上国側でホテルの特別ラウンジを貸切にしてあったので、リュウは準備をしてからレイを連れて、2人のもとを訪問した。
流石に西上国VIPの2人なので、ホテル全体が物々しい雰囲気に包まれている。
一昨日の秘匿会合の時とは大違いだ。
リュウの姿を見ると、2人は立ち上がったが、その姿に驚いていた。
何とこの日は、珍しく女性用のドレスを着ていたのだ。
「大将閣下と長官閣下、わざわざのお越しありがとうございます」
リュウが完璧な挨拶をすると、大将と長官も、
「こちらこそ、急な訪問でご迷惑をお掛けし、申し訳ない」
と挨拶を返した。
リュウは、
「お二方が帰国されるとお聞きしましたが......」
と改めて尋ねると、
「私はまた戻ってきますが、コトクの方は、もう戻って来ないだろうということなのです」
ヒエン長官が簡単に急な訪問をした理由を説明すると、コトク大将が、
「今後リュウ様に、お会いする機会がなくなるだろうと思い、今日は別れの挨拶に来ました」
と会話を切り出した。
「私は、元々辺境部の新規開拓部門の責任者で、帝國の侵攻に備えて、一時的に対帝國方面の対応に従事していたのです」
「今後、長期に渡り帝國軍が侵攻する可能性が無くなったので、本来の任務に戻ることを決断しました」
と説明し、
『もしかしたら、今生の別れになるかもしれないこと』
を告げに来たのだ。
丞相府の丞相室で初めて会ってから約9年。
その後、リュウは消えていたので会う機会は無かったが、リウとして戦場で会っている。
ただ、軍を離れる気配をリュウも薄々感じていたので、今日はあえていつもと異なる姿で会ったのだ。
「そういうことかもしれないと思い、珍しくドレスを着てみました」
とリウも説明をした。
そのリウの短い言葉の裏には、
『辺境開拓で非常に遠くに行くので、娘のような年齢のリュウちゃんと隣に居る彼氏との結婚式には出られないだろうと、花嫁姿のようなドレス姿を見せてくれたのだな』
コトク大将はその様に理解をした。
「滅多に見れない姿を拝見出来て、感動いたしました。 恐悦至極に存じ上げます。 隣に居る彼と幸せになってね」
約30年間、自分を捨てて人々の為に、帝國軍を撃退することだけを使命として生きてきたリュウ・アーゼルが、結婚という人生の新たなスタートを切る決断をしたことに、コトク大将はエールを贈るのだった。
それに対して、リュウは結婚について
「まだ少し早過ぎですよ、シュンさん」
と少し恥ずかしさを込めて言った後、
「大将閣下からの金言は忘れていません。 実際に戦ったのは私では無くリウの人格でしたが、彼の心にも、大将閣下の金言は間違いなく届いて、そして響いていました」
と述べ、辛い戦いを乗り切る力になったことに、謝意を示したのだった。
「戦場で物を壊し、人を殺すよりも、新天地を見つけて開拓し、新しいフロンティアを作って行く方が性に合っているので、残りの人生は再びその道を歩みます。 もう五十代半ばですから」
コトク大将は、開拓への道を再び歩み始めることを楽しそうに語るのだった。
そこで、
「ここから、どれくらい遠いところに行かれる予定ですか?」
リュウが尋ねると、
「惑星アルテミス、この『月の女神の惑星』からだと、片道4ヶ月はかかるでしょうね。 まだ名前も付いていない星域です」
と説明してから、その後は9年前の思い出話となった。
「そう言えば、ヒエン長官閣下は私に確認したいことが有るから、一緒にいらしたのじゃないですか?」
突如リュウが言い出した。
それを言われてしまい、少し頭を掻きながら、
「分かってらっしゃいましたか。 実は昨日の1個艦隊の売却の話に関してですが、人工頭脳の件で......」
ヒエン大将は本題を質問してきた。
そこでリュウは、
「先の大戦で、エルフィン人の方達も数千人の死者を出しています。 彼等はただでさえ人口減少が著しいので、今回の事態を重く見て、一定の技術協力を確約してくれています。 安心してください」
と答えた。
暫くして、
「長話にすると、警護の者達が大変なので、そろそろお暇するよ」
コトク大将が周囲に気を遣いながら、そう申し出ると、リュウは
「またいつかお会いする機会もあると思います。 それまでお元気で」
と言いながら、珍しく頬に挨拶のキスをしたので、大将は超絶美女のその行動に、少し照れてしまった。
その後、大将は
「リュウ様もお元気で。 レイ君、あとは君に任せたよ」
と言い残し、去って行った。
帰って行く西上国の人達を見送った後、レイはリュウに、
「リュウ様、素敵な方達でしたね」
感じたことをそのまま言葉にしたところ、リュウは、
「本当にそうね。 私には勿体無い方達だわね。 レイもだけど......」
と答え、その瞳の奥には、少し光るものが見えたのであった。
「リュウ様、ドレスを着たというのは、コトク大将に花嫁姿の代わりを見せておきたかったってことだったのですか?」
レイが確認すると、
「......」
と無言で肯定し、少し経ってからレイに、
「まだ、少し早いけど、私も間もなく三十歳になるし、残りの人生が短いから言っておくね。 レイ、私と一緒になってもらう場合には、一つだけ条件があるの。 その条件は貴方の人生を変えてしまうから、今から考えておいて欲しいの。 私のたった一つの我儘なんだけど......」
と言ったところで、レイはリュウの口を唇で塞いだ。
そして、
「リュウ様。 その条件が何なのか、私にはもうわかっております。 そして受け入れる決心もついております。 だから、安心して下さい」
そう返事をしたところ、リュウはレイに抱き付き、
「ありがとう」
と涙を流しながら、非常に嬉しそうな顔をした。
すると、ホテルのVIPラウンジに居た従業員達が、プロポーズの成立と勘違いして、拍手をし始めたのだった。
その反応に、
『ちょっと、ドレスが花嫁っぽすぎたかしら?』
リュウはそんなことを思いながらも、そうした反応を嬉しそうに受け入れるのだった。




