第18話(リウの涙)
准将に昇任したものの、精神的な苦痛に陥ったリウ......
大会戦後、リウは自身が不安定な状態であることを十分自覚していた。
『かつて、コトク大将から言われた通りになってしまったなあと......』
これを乗り越えるには、まだ多くの時間が必要なのだが、帝國軍の侵攻はその時間を与えてくれなかったのである。
命令書を受け取ったプロクター准将とルー准将は、早速艦隊を再編することにしたが、リウが不安定な為、ルー准将が2個艦隊分の再編成を1日で終わらせた。
旧第四艦隊の残存兵力を2つに割って、足りない分を他艦隊の残存兵力から少し補充しただけではあったが......
帝國軍のクロノス星系到達迄、時間が切迫しているので、行動を帝國軍に探知されないよう、首都星系帰還後の3日後には新しく編成した艦隊を緊急出動させることとなった。
命令書、発令書等も全部ルー准将が2個艦隊分作成し、宇宙艦隊司令部と第三、第四艦隊にそれぞれ発出して......
「こんなに仕事したのは、軍に入ってから初めてだよ」
ルーは真剣な表情で、周囲にこぼしながらも、粛々と準備を整えていた......
そして、出動する将兵にも、ルー准将が代表して訓令をした。
「死地を乗り越えて、帰還した将兵諸君に、休む暇も与えられないまま、再出動を命じることとなってしまい、誠に申し訳ない」
「ただ、帝國軍の残虐非道ぶりは、皆も知っての通りだ。 このまま敗北したままでは、いずれノイエ国民全員がそういう目に遭うことになりかねない」
「それを防ぎ、帝國軍の奴等を駆逐する為に、この艦隊は出動する。 おそらく長く困難な道のりとなるだろう。 でも絶対に成果を上げて、皆が笑顔で暮らせるノイエ国を取り戻すから、協力して欲しい」
本当に心を打つ見事な訓令であった。
『行くも地獄、残るも地獄』
将兵達にも、それはよくわかっていたから、大戦で惨敗し、奇跡的に生還しても、休みが貰えず再出発という過酷な状況にも、誰も文句を言わなかった。
新しい人事異動の発令書は、司令官級のみに発出されただけの状態であり、各将兵への昇進の発令書すら手元に来ないまま、直ぐに出動した新生の第三、第四艦隊。
艦隊といえる規模では無く、せいぜい分艦隊レベルの艦数しか揃えられなかったが、大敗北後であるから致し方ない。
両艦隊が出征後、クロノス星系から遠く離れたところで、戦艦ベルクの自室に籠もっていたリウは、ようやく艦隊が出動していることに気付いた。
そして、ルー准将の居る指揮デッキに行き、涙ぐみながら、
「先輩、ありがとう〜......」
そう言った後、再び涙が止まらなくなってしまった。
ルー准将は、
『困ったなあ~。 軍師殿がこんな状態では』
と思いながら、
「暫く、そこに座ってて」
リウにその様に指示をしてから、部下を呼んでコーヒーを2つ頼むのだった。
数分後に届いたコーヒーの一つをリウの前に置き、
「出動したけど、これからどうしようか?」
とりあえず聞いてみる。
するとリウは、涙を拭きながら、
「エペソス星系へ行く」
と言ったので、驚いた......
「本気か?」
尋ねるルー准将。
リウは、また涙が止まらなくなったが、
「本気だよ。 あそこに帝國軍の補給艦隊がやってくるから」
精神状態は不安定だが、言っていることはマトモなので、
「わかった。 リウは当面休んでいろよ。 俺が指揮をとるから。 その間気をつけることは?」
と確認する。
するとリウは、
「敵に、絶対見つからないようにすること......」
と難しいことを簡単に言ってきた。
「それって難しいよね?」
重ねて尋ねると、
「あの星域は、大会戦で壊された艦の残骸だらけだから、小型偵察艦と偵察衛星を残骸に紛れさせてバラ撒いて、艦隊は少し遠くから監視していれば見つからないよ......」
その様にアドバイスする。
そして、再び泣き始めてしまった。
「とりあえず、エペソス星系の少し手前迄進むか~ 大回りしてね」
指示を聞いたルー准将は、その様にリウに語り掛けた後、小型スクリーンに航路図を出して、にらめっこしながら、艦長に次の座標を指示するのであった。
リウが自室に戻って行く姿を見送りながら、
『しかし、またエペソスか~』
ルー准将は厳しい顔をしながら考える。
ほぼ全将兵が敗残兵の第三、第四艦隊であるから、
『多くの仲間が戦死したことで、皆が複雑な感情を持っている、大敗した戦場に短期間で舞い戻らなくてはならないとは......』
『これも運命のイタズラか』
と嘆きたくもなる。
『リウだけでは無く、他の将兵にとってもあの場所に行くことはキツい筈だから......』
ルー准将は自身も複雑な心境のまま、逆転勝利の為に、リウの提案を実現すべく、努力し続けることになるのであった。
半日後リウは、漸く涙が止まった。
約8年ぶりに、
「リュウ・アーゼル」
に戻った瞬間から約2週間、涙が止まらなくなってしまったのだ。
敬愛するハーパーズ少将を始め、多くの知己が亡くなるという、人生最大の悲しみが大きなショックとなり、あの時一瞬リュウに戻ったことで、今迄抑えつけていた感情の爆発と重なって、涙が出続けてしまったと思われる。
こういう不安定な感情爆発が出てしまったことで、
『そろそろリウ・プロクターを演じるのを止めるべきか』
そう考えていた。
『ついに、女性に戻る決断をする時が来たのかもしれない』
大戦があって、全将兵が特別昇任した影響が非常に大きいとはいえ、将官にまで昇任し、帝國軍の侵攻を防ぐ役割を続ける為に必要な階級にも近づいた。
10代迄は、男を演じる必要がない位、完全に男だったが、30歳が近づくにつれて、気を張って演じないと、自然に出来なくなってきたという自覚もある......
容姿も、あの時の少将の反応からすると、見た目は19歳で止まっているとは言え、それ以外は年齢を重ねるにつれ、雰囲気もだいぶ女性っぽく、大人びてきてしまったようだ。
リウはそんなことを考えていて、ふと気が付いた。
『ハーパーズ少将は、どうして女性のリュウ・アーゼルが正体だと知ったのだろう?』
それだけは、謎であり、永遠に謎のままであった。
ようやくだいぶ落ち着いたので、ルー准将の居る筈の指揮デッキに行って、謝意を伝えようとしたが、行ってみると誰も居なかったので、登場するまで待つことにした。
巨大なスクリーンに映る星々をずっと眺めながら......
本当にずっと......
数時間経っただろうか?
途中でリウが居ることに気付いた艦長のスール大佐が、アイスコーヒーを持って来てくれたが、それを飲みながらも、ずっとスクリーン越しの星々を眺めていたのだ。
照明が落とされた指揮デッキで制帽を脱ぎ、長くなった髪を束ねたまま、巨大スクリーンの淡い光が照らし出す、涙が枯れた後のリウの横顔は、ほぼリュウ・アーゼルであり、女神に近い神々しさを放っていた......
『こういう時間の過ごし方は、子供の時以来かな?』
今迄あまりにも駆け足で走り続け、忙し過ぎた自分の人生を振り返りながら、星々の煌めきを感じ続けるリウであった......
リウが指揮デッキに来て、約12時間後にルー准将が現れた。
やっと登場したルー准将に、
「ご迷惑をお掛けしました。 艦隊の再編から出発まで全てやって頂き、本当にありがとうございます」
と言いつつ、
「寝坊は控え目に」
と誂うことも忘れず、御礼を言い終わると、先輩に手を振りながら、交代の休憩を取るために、指揮デッキを降りてゆくのだった。
再び様子が突然変わったリウの言動に、ルー准将はかなり驚いた。
そして、リウが自室の方に戻ってゆく姿を、艦橋デッキ最上部から目で追いながら、直ぐ下のデッキに居る艦長に、
「プロクター准将は、いつから指揮デッキに居たんだ?」
その様に尋ねると、
「半日ぐらい前からでは? 小官が気付いた時には、真っ暗な中で座って居ましたよ」
との答えを貰った。
「半日も?」
再確認すると、艦長に、
「司令官代理が寝坊するからですよ」
と言われてしまったのだった。
やがて短時間の睡眠も取って、だいぶ元気になったリウが、指揮デッキに戻って来て、
「とりあえず、帝國軍に見つからないように行動しなければならないので、准将同士交代で指揮を采りましょう。 ルー准将がお疲れのようなので......」
と、寝坊したことを再び弄られながら、
「乗り移るのが面倒だから、この戦艦ベルクを両艦隊の旗艦にしましょう。 そもそも艦隊と呼べる規模ではありませんから、旗艦は一隻で良いでしょ? この非常事態中は」
そうも言われて、一方的に決められてしまった。
更に、一階層下の艦長デッキに降りたリウは、艦長のスール大佐に、
「当面の航路の座標です」
と言いながら、座標データを渡しており、その姿を見たルー准将は、
『多分だけど、リウは復活した』
やっと一安心出来る状態になったと判断して、安堵の表情を浮かべる。
リウは再び指揮デッキに戻ってきてから、
「先輩、寝坊分も合わせて、暫く指揮デッキに居て下さいね」
そう言い残すとリウは艦橋から降りて休憩を取りに自室へと向かってしまった。
本当に元に戻ったのかを、会話のやり取りでキチンと確認したかったルー准将。
しかし、去ってゆく様子を見送っているうちに、
『肩の荷がおりたような感覚』
を得ることが出来ていたのであった。
その後、大回りをしながら、エペソス星域に2週間後に到着した、第三・第四艦隊。
星域内は、大会戦での残骸だらけであり、全将兵は到着後、3分間の黙祷を捧げた。
亡くなった仲間達の慰霊をする為に......
「長期戦になるよな?」
ルー准将はリウに確認する。
「帝國軍が飢えるまでですからね。 数ヶ月は掛かるでしょう」
その答えを聞いたルー准将は、
「クロノス星系が飢えるのと、どちらが早いかな?」
最大の懸念事項をふと漏らす。
「アルテミス王国の焦土作戦が、威力を発揮すると思いますよ。 彼等は食糧が尽きても撤退出来ない。 ノイエ国へ侵攻した帝國艦隊の補給線を確保する為にね」
リウが自身の予想を話すと、ルー准将は、
「そうすると3ヶ月くらいか? アルテミス星系に駐屯する帝國艦隊が飢え始めるのは」
と答えた。
「でしょうね。 その後節約を始めて、4ヶ月後くらいには、補給艦隊がこちらに向かって帝國から出発。 もし、元々補給艦を多めに持って遠征して来ていたら、6か月のタイムリミットギリギリになるかもしれませんね」
「そんなにギリギリにならないことを祈るよ」
ルー准将は祈る様なポーズをしながら、長期間艦隊を潜伏させる場所を探すのであった。
その頃、西上国と帝國の国境付近では、シヴァ丞相率いる艦隊とウォルフィー元帥率いる帝國軍別動隊との小競り合いが続いていた。
初戦は、新型艦艇3個艦隊を動員したシヴァ艦隊が、旧来の艦艇との性能差を活かして圧倒したが、その後、帝國軍本隊とノイエ・アルテミス連合軍との激突の結果を考慮し、戦況の変化に応じて、丞相は新型艦艇艦隊をアルテミス王国に1個艦隊派遣したことと、ウォルフィー元帥側も艦艇の性能差を考慮し、帝國軍本隊側へシヴァ艦隊を転進させないという基本方針に則り、あくまで対峙し続けるだけという姿勢を徹底した為、戦況は膠着状態となっていた。
主戦場で同盟国の艦隊が敗れたことから、西上国軍では今後の対処方針を話し合う為、軍幹部が総旗艦に集まっていた。
「帝國軍主力部隊の戦い方を分析させて貰ったが、初期段階で旗艦を狙い撃ちして撃沈させ、敵軍の指揮能力を喪失させるという戦法、悪くないやり方だが、ノイエ軍には効果が殆ど無かったな」
リョウ・シヴァ丞相は、その様にコトク大将に話し掛けた。
「丞相、その言葉の意味するところは皮肉ですか?」
大将は少し笑顔を見せながら答えると、
「そういうことだよ。 ノイエ軍では政治力のある軍人が出世し易い。 言い方を変えれば、能力に応じて高い地位に就く訳ではないってことさ。 帝國の連中はそのことを知らなかったのだろうさ」
丞相は皮肉を込めて、帝國軍の取った戦術が逆効果だったと言うのであった。
「ノイエ軍の宇宙艦隊司令長官や各艦隊司令官は皆、凡庸な人物だった。 本当に実力ある指揮官は副司令官や分艦隊司令官クラスに留まっていた。 だから旗艦を轟沈させて、能力の低い指揮官を帝國軍が纏めて始末したことが、逆に有能な指揮官による艦隊指揮を引き出してしまい、その後のノイエ艦隊の善戦に繋がったということですな」
コトク大将も、ノイエ軍の人事体系を皮肉を込めて批判するのであった。
「とは言え、結果として特にノイエ軍は惨敗だ。 帝國軍は殺戮行為や残虐行為をノイエ国民に対して行うだろう。 それへの対応策もこちらで考えてやらないとな」
「当面、彼の国の首都星系は巨大シールドで防御することになる見込みですが、自給率が低いので長期間は耐えられないでしょう」
「新型艦艇のお蔭で、幸い我軍はほぼ無傷だ。 現状は帝國軍別動隊と対峙していて、直ぐに援軍を出せる状況では無いが、あの艦艇を生み出したのはリュウお嬢様の並々ならぬ努力によるものだから、その恩に報いてやらねば、俺達は後世から猛批判されてしまうだろうよ」
丞相は冗談めかしながら、窮地に陥ったリュウ・アーゼルの母国ノイエ合衆国に対する救援部隊を派遣する方針を西上国軍幹部に示したのであった。
「クロノス星系はシールドで半年ぐらい耐えられるだろう。 先ずはヒエン大将の王国への応援部隊と王国軍で侵攻を続ける帝國軍を撃破して貰おう。 あちらも新型艦艇艦隊が有るのだから、局地戦ならば十分勝てる筈だからな」
丞相は当面、アルテミス王国軍が帝國軍に反撃するタイミングを待つと言う。
「その間、俺達はウォルフィーの爺様をとことん苦しめてやろう。 もう一度新型艦艇を前面に出して、敵戦力を出血させ続ける。 そうすることで、我軍がノイエ国への救援部隊を派遣する余力を作り出す」
その様に基本方針を定めると、軍幹部に補給体制を盤石にするように指示をする。
「これから帝國軍別動隊の物資を消耗し尽くさせるぞ。 我々も物資の消費量が一気に増大するからな。 補給線が短い我々の利点を活かした戦いを徹底するから、皆もそのつもりでいるように」
丞相は方針を定めると、早速準備に取り掛かるように指示を出した。
「我々にとって、戦いの本場はこれからだ。 完全勝利の為の第一歩が始まるぞ~」
その気合いに、幹部みんなが
「よし、これからだ〜」
と唱和する。
そして、帝國軍に対する、全面的な反転攻勢がいよいよ始まるのであった......