第112話(小星系フアル・バウテイにて)
惑星アフロディアでセレーネ配下と戦ったレア一行。
これ以上の待ち伏せを避ける為、大きく迂回ルートを取ることになる。
最初の訪問地は小星系フアル・バウテイ。
ここで、その地の自治政府から人の搬送を請け負うことになる。
予想外の展開であったが、戦う意思の有る者達を受け入れないわけにはいかない。
そう決断したレアは、更に歩みを進めるのだった。
レア一行は、崩壊した旧西上国のアフロディア星系から、アルテミス王国の新首都ディアナ星系へと直接向かう予定であったが、惑星アフロディアでセレーネ配下の七星士が待ち伏せしていたことから、予定を変更して、辺境星系をいくつか経由する針路を取ることに決めた。
真っ直ぐに向かった場合、途中で待ち伏せされるのは確実と判断したからであった。
最初に向かった場所は、直線ルートから大きく離れた場所にあるフアル・バウテイ星系。
レアとレイカーが惑星開拓を本業とするようになった初期の頃、開拓の手伝いで一時期滞在したことのある小さな辺境星系である。
アフロディア星系から通常航行で約1か月の距離が離れているのだが、当初期待された僅少資源が発見されず、人口も僅少で、セレーネ側が興味を示す様な星系では無く、安全だろうと判断したからであった。
「レア。 今向かっている星系はどんなところなの?」
名前も聞いたことすらないので、キランがみんなを代表して質問する。
「今はどれぐらい人口が居るのか分からないけど、190年以上前の時で、20万人くらいだったかな。 大半が希少鉱物狙いの人達で、当時私達が一緒に行動していたコトク元大将率いる開拓団も入植したのだけど......」
あまりにも印象が無いので、別枠で保存している記憶の奥底へ検索を切り替えてみる。
レアでも、思い出すのに時間の掛かる時があるのだ。
「あ〜っと、記録を発見」
思わず呟くレア。
なかなか見つからなかったからでの呟きだ。
「私の記憶を確認したところ、期待された稀少鉱物資源がごく僅かしか発見出来ず、あとから続々と入植予定だった開拓団は軒並みキャンセル。 私達もコトク元大将開拓団も、3ヶ月後には他の星系に移動してるって記録が残っているわ。 何も得られないんじゃ、数千人が所属している開拓団だと、みんなを食わせられないから」
実際は2ヶ月も滞在していないとレアは説明する。
「記録上の滞在期間っていうのは、西上国政府に提出した書類上の数字だからね。 私でも名前ぐらいしか覚えていないのは、当然だわ。 この惑星の映像記録も荒涼とした風景しか残っていない......」
自分で説明しながら、苦笑いするレア。
「そういう状況だと、現在はもっと少なそうだね」
キランがレアの話を聞いて、その惑星を想像して話す。
「人口5万人以下。 防衛隊も駆逐艦5隻ぐらいの規模でしょう。 だから巡航艦10隻は途中で待機させないと、余計な警戒心を持たれるかも。 セレーネによる西上国侵攻以降、ずっとビクついている筈だからね」
レアは自治政府の心境にも思いを馳せ、惑星に降りる人員を限定的に。
巡航艦に乗り換えて待機する人選も考え始めるのだった。
その後、巡航艦群は時間距離で約1日離れている無名の無人星系に待機させてから、フアル・バウテイ星系へと向かう。
星系の外縁部に到着すると、通信が入って来た。
「こちらは、フアル・バウテイ星系自治政府防衛隊である。 接近中の艦艇、応答せよ」
「当方は、レア・アーサ率いる艦艇アプロディテ号。 事前に立寄り連絡を入れてある筈だが」
アプロディテ号の通信士官を兼ねているダーダネが、星系側の通信に回答をする。
すると直ぐに、
「了解した。 惑星バウテイの衛星軌道上への進入を許可する。 以後はバウテイの管制の指示に従え」
周囲を索敵するも、航行している宇宙船は無い。
西上国滅亡後、激減した人々の記憶から完全に忘れ去られている星系であったのだ。
指示に従い、惑星バウテイの衛星軌道上に到着するアプロディテ号。
一方、待機中のカルポ級巡航艦10隻。
部隊の旗艦である巡航艦ヴェイオⅠには、キランの小型戦闘艇を使って、キランとシィーア、ヅーヅルの3人が移乗していた。
キランは宇宙艦艇全般の操縦が出来ること、ヅーヅルはあらゆることに通じている技術者であるので、巡航艦での待機組に。
特にシィーアの存在とバイオ兵器『レテュム』は、レア側のトップシークレットであり、カイルス星系に居住しているエルフィン人の間でも、全く知られていない。
フアル・バウテイ自治政府は敵では無いにしろ、余計な情報を与える必要も無いので、レアはその様な待機組の人選をしたのだった。
衛星軌道上に到着すると、
「これはこれはレア樣。 わざわざこの様な遠い無名の地にまでお越し頂き、誠にご苦労さまです。 当星系は来訪を歓迎致しますぞ」
『50歳位で小太りのテラ人男性といったところかな? 見た目は優しそうな雰囲気だね』
レアは映像を見ながら、その人となりに留意する。
自治政府の代表自ら、通信スクリーンで挨拶を入れてきたのだ。
「こちらこそ、突然の立寄りと補給の許可を快諾して頂き、感謝に耐えません」
レアは丁寧に挨拶を返して、その後惑星の地表へとアプロディテ号を着陸させる。
辺境の惑星であるため、宇宙港といっても平坦な草原に着陸するだけであり、老朽化で使い道が無くなった商船を宇宙港ターミナル代わりにしているだけであった。
下船する人員は、レアと護衛としてのイヴェラ、それにアーゼル姓の4人の少佐だけに留めた。
かつて、レイザールがこの惑星の開拓に入った歴史があるので、その末裔である4人を同行させることにしたのだ。
ターミナルで寄港手続きをしていると、自治政府の代表であるテラ人のヨハン・ジャンセンが、レア達の出迎えに現れた。
「私が代表のジャンセンです。 人類社会で最も有名な方の一人である、レア・アーサ樣の訪問を惑星あげて歓迎致します」
「ありがとうございます。 短期間ですが、どうぞお見知りおきをお願いします」
レアはそう答えると、差し出された手を握って握手を交わす。
「ところで、こちらの美しいお嬢様は?」
代表が一同を見渡してから、レアに質問をしてきたので、
「イヴェラ・アルテミスと申す者です。 この者をアルテミス王国に送り届けるのが、私達の旅の目的なのです」
と、レアは架空の用件をその場ででっち上げる。
偶然、アルテミス姓であることと、テラ人では滅多に見掛けない濃紺色の瞳と白銀の長髪を持つ、神秘的な雰囲気を纏った美少女という容姿を利用して、王室に連なる人物である様に装ったのだ。
「おお、そうですか。 それは大変なお役目ですね」
代表は、笑顔を見せながら答える。
ただ、イヴェラはテラ人嫌いなので、ジャンセン代表の言葉にやや冷たい視線を送り、眉一つ動かすことなく、2人の話を聞いているだけであった。
「なんだか、ちょっと胡散臭いオッサンだな~」
代表と側近が帰った後、ルガルト・アーゼルが自治政府代表ヨハン・ジャンセンの評価をする。
「俺等の経験から言わせて貰えば、苦しい状況の弱小政府のテラ人代表って、信用しちゃいけないんだよね」
ジークト・アーゼルも、ルガルトと同じ意見の様だ。
「いや、俺等もテラ人じゃん。 信用出来ないって言える立場じゃないよな、嬢ちゃん」
ローグラ・アーゼルが苦笑いしながら、テラ人嫌いで有名なアトラス人のイヴェラに同意を求める。
「テラ人云々というよりは、役人は信用出来ないってことよ」
レクアーが3人の意見をきれいに纏める。
「しかし、本当に小さな惑星だな。 レア、こんなところで、補給する必要有ったか?」
ルガルトが改めて確認する。
「補給もだけど、一番欲しいのは航路情報なのよ。 辺境の航路は新しい情報が少ないから、惑星に立ち寄りつつ、色々な情報を手に入れておかないと」
大国が3つも消滅し、宇宙海賊の出現頻度も大幅に増している。
航路の安全は保証されていないのだ。
入国手続きが終わると、レアは物資の買付に出掛ける。
搬送用反重力貨物車とロボットを伴って、6人で小さな街を周り始めた。
買付と言っても、物々交換。
国が滅んで通貨は無価値だからだ。
早速商人とレアが交渉を始める。
「べっぴんさん達、何が要り様だい?」
「食料が欲しいのよね~」
「本当は水の重量に対して、食料は半分の重量での交換がこの惑星での相場だけど、2人は若くて超綺麗だから、食料を2割増にしてあげるよ」
「えっ、本当に〜」
レアが上目遣いで笑顔を見せる。
いつもとあまりにも異なるレアの様子に、呆然としているイヴェラ。
その足をレアがさり気なく踏み付け、イヴェラにも笑顔を作らせ、もう少し下手に出て、交換レートを更に吊り上げようとする。
『マジ。 私が......誇り高い種族であるアトラス人のこの私が、商人のオッサンに胡麻擂りしなきゃイケナイの?』
イヴェラは内心相当ムッとしていたが......
今まで誰も見たことが無い、イヴェラの可愛らしい姿を一同は現認することになるのだった。
「お兄さん。 もう少しオ・マ・ケしてくれないかな~」
あのイヴェラが満面の笑みを見せて、砕けた姿勢でおねだりをする。
これには半年間、アプロディテ号で一緒に過ごして来た4人の少佐もビックリ!!
『この子、こんなにカワイイ笑顔を隠し持っていたんだ〜』
いつもは、勇ましい戦闘兵器としての姿しか、周囲には見せていない。
あまりのギャップに、その場に居た皆がイヴェラのファンになるのであった......
そしてこれには、商人も心を射抜かれてしまい、
「わかったわかった。 こんな時代で来訪者も滅多に無いからさ〜、今回だけ特別に5割増にしてあげるよ」
と、大サービスを勝ち取ることとなったのであった。
フアル・バウテイ産の新鮮な食料を購入して、代わりに荒涼とした惑星で不足しがちな綺麗な水を引き渡す。
レアは巡航艦10隻に水を満載にしてきたが、物々交換の為であった。
こんな時代だからこそ、場所によっては希少鉱物や貴金属よりも水の方が価値が高い。
「随分、水ばかり持って来たと思っていたら、通貨の代わりだったのか」
ジークトは、ようやく得心がいったという表情を見せる。
「レアと嬢ちゃんの2人で交渉すると、交換レートがだいぶ良くなるな〜。 みんな美人や美少女には弱いから」
レアの交渉状況を見ていると、その部分を前面に押し出し、有利に進めようとしているのがよく分かる。
そして、先ほど決まったレートで物々交換をしながら、レアは宇宙海賊の出没状況やその他の情報を求めてみる。
しかし、
「ゴメンな〜。 ここ数年は星系外に出てないんだよ。 こんな時代だから......」
との答えであり、良い情報を得ることは出来なかったのだ。
フアル・バウテイ星系はあまりにも貧弱で、大規模な宇宙海賊に遭遇した場合、対応出来る戦力が無い。
その為、セレーネに西上国が滅ぼされた後は、星系の住民が惑星外に出ることを自治政府が禁止。
星系外に出た住民達が宇宙海賊の襲撃を受けても、救援出来ないからであった。
「ここは思っていた以上に厳しい情勢だね。 カイルス星系とはだいぶ違って」
帰り道、先ほど渾身の萌えぶりを見せてくれたイヴェラが、航路における危険情報を得られなかった感想を述べる。
「こういう星系がいくつも有るんだよ。 だからこそ、セレーネの脅威を取り除かないと、やがて人類は滅亡してしまう。 テラ人だけではなく、アトラス人もね」
レアはイヴェラの問い掛けに答えると、険しい表情を見せるのだった。
それから、先ほどの姿を思い出して、
「イヴェラもやれば出来るんじゃない。 カワイイ表情」
レアが茶化す様に言うと、イヴェラは顔を真っ赤に。
「俺達も心を射抜かれちゃったよ。 これからはイヴェラちゃんの親衛隊になるかな」
ローグラ、ルガルトの両名が『いいモノを見せて貰った』と非常に嬉しそう。
「あまり、茶化さないで下さい。 超恥ずかしくて、隠れたいぐらいなんですから......」
そんな姿にも、萌えてしまう3人の少佐なのであった。
翌日。
レアは自治政府の建物を表敬訪問する。
随行員は前日と同じ。
「わざわざ、私のところまで挨拶に来て頂き、ありがとうございます」
ジャンセン代表は、レア達に感謝を述べる。
自治政府の小さな建物内は、少しザワザワしている。
小さな政府で働く住民にとってこの訪問は、大きな出来事であったのだ。
それは、有名モデルのレアが現れたから。
「うそ〜。 こんな時代なのに、レアがこの辺鄙な惑星にやって来るなんて......」
「顔ちっちゃい〜」
「背が高いんだね」
「サイン貰えるかな?」
「レアと一緒に居る子、超カワイイね」
「なんだか神秘的〜。 白銀の長髪に、あの瞳の色」
少し遠巻きに色々と噂をしている。
4人の少佐がこの日も同行を求められたのは、雑踏警備の役割であった。
「新鮮な食糧を買付出来ました。 本当にありがとうございます」
レアはお礼を重ねて述べると、
「次はどちらの星系に立寄るのですか?」
代表はレアに尋ねてくる。
「まだ決めていませんが......」
レアは様子見する為に、誤摩化して答える。
「セレーネの侵攻で国が滅んでから、星系外の情勢はまるでわかりません。 この先の星系がどうなっているのか、非常に心配ですが、我々は軍事力がほぼゼロ。 安易に訪ねるという訳にもいきませんから......」
最近の周辺航路の情勢に関する情報は自治政府にも無いと、代表は言うのであった。
「そうですか」
残念そうな表情をレアは見せる。
「約10年間、居住者が星系外に出ることを基本的に禁止しています。 しかしそれが若い人達の夢と希望を潰してしまっていることに、責任を感じてもいるのです」
小星系の責任者としての苦悩を吐露するジャンセン代表。
レアも星系の責任者として、似た様な苦悩を持っている。
「そのお気持ち、私にも理解出来ます」
そうレアが答えると、
「そこで、一つお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「この自治政府に住む若者の中にも、全人類の敵であるセレーネと戦いたいと強く願い出ておる者が数名居るのです」
「......」
「レア様方は、アルテミス王国へ向かわれるのですよね? でしたら、そうした若者を同行させてくれないでしょうか」
代表は、予想外のお願いをしてきたのだった。
「軍事力の無い我々自治政府としては、セレーネと敵対する様な行動を公式には認めることは出来ません。 ただ個人として行動することを止めることは出来ないのです。 この惑星はあくまで自由自治領ですから」
「......」
「大叛乱発生以後、今まで数千人の住民達が自分達で調達した船に乗って、セレーネとの戦いへと旅立ちました。 そして帰って来た者は一人もおりません。 残念ながら......」
「私達は、戦いに参加する予定はありませんよ」
レアは代表の本心を探るために、観測気球をあげてみる。
「それはわかっております。 あくまでアルテミス王国領域まで同行させてあげて欲しいというだけです。 この情勢で少数の者達で向かおうとしても、途中でウロツイている宇宙海賊に襲われ、無駄死にするだけでしょうから」
こうした申し出にレアは警戒しつつ、
「わかりました。 少し検討させて下さい」
とだけ述べ、即答を避けたのであった。
アプロディテ号に戻り、レアは一同と、星系代表からの申し出を受け入れるかどうかの検討に入る。
「良いのではありませんか? あくまで同行という形で、別の船で付いてくるのであれば」
ローシュ少将もオプス大佐も、一定の距離を取った同行ならば問題ないと言って賛成する。
すると、ジェイク・ルー中佐が、
「もし、この惑星の若者達を同行させるのであれば、巡航艦10隻は、かなり距離をとって別行動させるべきでしょう。 その存在を知られれば、我々がセレーネへ戦いを仕掛けようとしていると発覚してしまいますから」
と慎重論を提案する。
「そうだね。 無碍に断るのも逆に怪しまれるかもしれないから、用心した形で同行を認めることにしようかな」
レアはその様に方針を決めると、キランとシィーア、ヅーヅルの他に、ダーダネとドヴェルグ人技術者2名、更にはアーガイル・ローシュ少将とマリナ・ルーナ大佐を巡航艦部隊に移乗させることにして、自治政府代表の申し出を受け入れることにしたのであった。
あくまで、アルテミス王国への要人搬送という建前を維持する為に、建前とは似つかわしくない不自然な異星人が同乗していると一目でバレてしまうエルフィン人とドヴェルグ人の存在を隠すことにしたのだ。
また、イヴェラには王室の縁者という雰囲気の演技をなるべくするように指示を出した。
フアル・バウテイ星系の若者達をアルテミス王国領域まで同行させている間は、戦闘兵器としての振る舞いを避ける様にと。
もちろん、戦闘が有った場合には、遠慮をする必要は無いという条件付きで有ったが。
滞在3日目。
レアは再び自治政府代表のもとを訪問する。
前日の代表からのお願いに対する回答をするためだ。
「これは、レア様。 昨日のお願いの回答を頂けるのですか?」
「はい。 アルテミス王国領域のカリステ星系までであれば、同行を許可します」
「ありがとうございます。 若者達も喜ぶことでしょう」
「ただ、アプロディテ号への同乗は出来ません。 別の船での同行が条件です」
「それはわかっております。 何処の馬の骨かわからぬテラ人の若者を、著名なレア様や高貴なアルテミス王室の方と同乗させられないのは当然のことです。 彼等はかつての西上国軍の旧型掃宙艇で向かうと聞いてますよ」
代表はその様に答えると、
「明日、当人達に挨拶させますから、詳細は直接話して決めてください」
「わかりました。 我々も先の航路情報が得られなかったので、万全を期すために、搭載している偵察艦を先行させて、無事にアルテミス王国領域まで届けたいと思います。 若者達の望みが叶えられず、宇宙の塵とならぬよう、宇宙海賊の動きを探りながら、進もうと思います」
レアはさり気なく、一部搭乗員の巡航艦部隊への移乗をする為、偵察艦の先行発進を説明したのであった。
レアは、アプロディテ号に戻ると、巡航艦に移乗させる人員を偵察艦に乗せて発進させる。
指揮は最上位の軍人であるローシュ少将に一任することとなっていた。
「少将。 それではよろしくお願いします」
「巡航艦部隊の方は大丈夫ですよ。 心配なのは、アプロディテ号が万が一セレーネの刺客に襲われた際のことです。 特別な戦闘員はレアさんとアトラス人のお二方だけとなってしまいますから......」
「まあ、その時は私がどうにかします」
レアは安心させようと、笑顔を見せる。
「迂回ルートでのアルテミス王国までの道程は、本当に小さな辺境星系しかありませんから、セレーネの策謀が張り巡らされている可能性は無いでしょうけど」
少将も、念の為というレベルでの警戒話であり、それほど心配してのものでは無かった。
滞在4日目。
レアとイヴェラ達は、暫く同行することになる惑星バウテイ居住の若者達と会うこととなっていた。
「お待ちしておりました。 既に同行したいという若者3名が待っております」
ジャンセン代表はそう言うと、一同を待合室へ案内をする。
扉が開くなり、若者達は即起立し、レアとイヴェラに深々とお辞儀をする。
「そんなに畏まらなくても」
レアが楽にする様に話をすると、ようやくお辞儀を止めて顔を上げたのであった。
「僕達は、元々西上国出身のテラ人です。 右から、アトル・キジョー、ルイ・シェフコ、そして僕がソウ・ツキシロと申します」
その3人は、いずれも背が高く、眉目秀麗な若者達であり、あまりにも容姿端麗で粒揃い過ぎなことに、レアはやや違和感を感じた。
一方のイヴェラ。
表情を変えることは無かったが、
『みんなカッコイイなあ~』
と内心思っていた様だ。
3人共、テラ人なので、いつもの様に拒絶する態度をとってもおかしくないのだが、一切その様な感じを出さなかったのだ。
「それでは暫くの間ですが、よろしくお願いします。 著名なレア様一行にご迷惑を掛けないよう、努力します」
3人を代表するソウ・ツキシロは非常に礼儀正しい。
「明日出発するね。 速力はツキシロ君達の艦艇に合わせるから」
レアは3人に急いで準備を進める様に指示をする。
「本当にありがとうございます」
再び深々と頭を下げる3人。
「そんなに丁寧じゃなくて良いからね。 慣れていないから、調子狂っちゃうよ」
レアはそう言いながら、『じゃあ、あとでね』と3人に手を振って会議室を出てゆく。
イヴェラも丁寧な様子で3人に頭を下げると、レアの後を追い掛けるのであった。
いよいよ出発の日。
アトル、ルイ、ソウの3人が乗る掃宙艇「ホップⅦ」の発進準備が完了したので、アプロディテ号も発進体勢をとる。
「ジャンセン代表、お世話になりました。 若者達をお預かりします」
レアはスクリーン越しに自治政府代表に挨拶すると、漆黒の宇宙空間へと飛び立つ。
その後を掃宙艇が続く。
ジャンセン代表は自治政府の建物から、2隻が薄暗い大空の彼方へ去って行くのを見届けると、「ふー」と溜息をつき、大きな仕事を無事終えたかの様な表情を見せる。
その様子から、かなり重い責務を双肩に背負っていた様にも見えた。
「彼等は無事、アルテミス王国領域まで辿り着けますかね?」
側近が代表に質問をする。
「そうなることを願っているよ」
代表は一言だけ答えると、以後一切この話題に触れようとしなかった。
無事に飛び立ったアプロディテ号とホップⅦ号。
掃宙艇とはいえ、長距離航行用にエンジンを中心に大幅改造が為されており、小さな艦体であることから、速力はかなり出る。
ただ、元々長距離運航を想定されていない設計であるので、亜空間遷移航行能力が低いことが改めて問題となる。
その対策としての結論は、その時だけアプロディテ号の格納庫に収納して、引き続き同行することとなった。
「今回は特別よ」
レアも本来は、格納庫に他艦艇を入れるのは好ましくないと考えている。
しかし、ホップⅦ号に合わせていると、亜空間遷移航行の頻度が大幅に増えてしまい、アルテミス王国領域への到着に倍以上の時間が掛かってしまうのだ。
それに、レアー号であれば極秘装備が多いので、部外者の立ち入りは絶対ダメであるが、アプロディテ号はそういった装備が殆ど無い点も考慮した。
「格納時は、3人の格納庫以外への立入禁止。 これだけは絶対守ってもらうよ」
レアはソウ・ツキシロに告げる。
「わかっています。 禁を破ったら置いていかれちゃうのでしょ?」
「そういうこと」
「ありがとうございます。 色々と配慮して下さって」
ソウは嬉しそうな表情で答えると、レアは早速格納作業を着手する。
掃宙艇を全面スキャンして、爆発物等の搭載が無いか、慎重に調査を始めたのだ。
そして、何も無いことを確認。
その後、アプロディテ号の格納庫に納められたのであった。
3人は、用意された格納庫内の待機室に移動。
掃宙艇の機能を完全停止し、敵対勢力の手先では無いことを示す。
「とりあえず、大丈夫そうね」
レアは3人のあまりにも整った容姿から、セレーネの息が掛かっている可能性を排除しきれていなかった。
「レア。 そんなに警戒しなくても大丈夫なんじゃない?」
イヴェラがテラ人である3人に同情する様な言い方をする。
これは珍しいことであった。
「念には念を入れておかないとね。 セレーネは美しいものが大好きだから」
七星士もイケメン、美女揃いであるが、セレーネはその配下を含めて、人類から常に美しい神秘的な存在であると思われたいと考えているらしい。
それは、ライバルであるレアを意識してのようだ。
その後イヴェラは、亜空間遷移の度に3人が居る格納庫内の待機室へ顔を出すようになっていた。
警戒されている状況に同情もあったが、3人の極めて礼儀正しい態度に好感を持つ様になったからだ。
「ソウ、アトル、ルイ。 本当に大変ですね」
亜空間遷移をする際の、毎回の厳しいチェックに心の底から同情している。
「イヴェラさん。 あまり私達に関わらない方が良いと思いますよ」
ソウは、レアの警戒は当然だと述べる。
セレーネが人類社会の大半を支配する時代に、自分達の勢力圏外の人達を安易に信用するのは、絶対にダメなことだからである。
「確かにそうでしょうが、御三方はセレーネと戦うつもりなのでしょ? そういう意思を持つ方達に、少し失礼ではないかと、私は思うのです」
イヴェラは3人の前だと、非常に丁寧な態度と口調であり、とてもナノ兵器を埋め込まれた戦闘マシーンだとは思えない姿を見せていた。
「いえいえ。 イヴェラさん、私達に対する警戒心を解いては駄目ですよ。 貴方は王室に連なる身なのでしょ? でしたら、セレーネにいつ狙われてもおかしくありませんからね」
その様に忠告するソウは、誰をも魅了するであろう、非常に素敵な笑顔を見せる。
思わず『ドキッ』としてしまうイヴェラ。
今までに接したことのないくらい、常に丁寧で思いやりがあり、人当たりも良い、超イケメンのソウ・ツキシロに、イヴェラは徐々に惹かれ始めていた。
「イヴェラさん、貴方は非常に美しい王族の方。 我々の様な下賤の身のものと、こんなところでお喋りをしていて良い筈はありません。 早くレア様の元にお戻り下さい。 そして、毎回の差し入れ本当にありがとうございます」
アトルが重ねてその様に勧める。
ソウと同様に、自分達にあまり構わない様にと丁寧な心配りをしてくれていたのだ。
そうした温かい言葉が、生きている戦闘兵器イヴェラの、常に尖っている氷の様な気持ちを溶かしてくれていた。
そうした配慮に対して、イヴェラは少女らしいお礼を続けていたのだった。
それは食べ物の差し入れ。
イヴェラは料理下手なので、もちろん自身の手料理では無いのだが、掃宙艇では簡易携行食しか食べていない3人の若者の健康を案じ、毎回の亜空間遷移での格納庫内待機中に、アプロディテ号の調理マシンが作る美味しい料理を提供していたのだ。
そうした日々が約2か月続き、次の立ち寄り先が近付いてきた。
それは、ラウ・フエイ星系。
惑星アフロディアから、通常航行での時間距離で3ヶ月以上離れた、相当な辺境にある小星系。
ここも、過去にレア達が惑星開拓で滞在したことのある星系であった。
「こんな遠くまで、来ることになろうとはね」
レアも、全く想定していなかった、ラウ・フエイ星系の再訪。
二度と降り立つことは無いだろうと思っていた惑星フエイの大地に立つことになる。
そんな感慨を持ちながら、レアは自治政府の建物へと向かうのであった......




