第111話(思い出)
惑星アフロディアでの小規模な戦いは、キラン達の完勝であった。
レアはその結果を聞いて、惑星アフロディアを訪問することに決める。
ここはレアとリウにとって、盟友や親友との最後の思い出を抱える、大事な惑星であったのだ......
惑星アフロディアの偵察を終えて、アプロディテ号に戻ったキラン達。
レアに、惑星の詳細な状況と七星士の4人との遭遇事実並びに戦闘結果を報告。
「待ち伏せされていたってことね」
報告を聞き、溜息をつく。
「レア。 そんなに渋い表情しなくても」
そうキランに指摘されるぐらい、リウと同じ美しい顔をしかめっ面にしていたレア。
『やっぱり、生体頭脳の考えることは人工頭脳にも見抜かれ易いなあ~。 生体頭脳は人工頭脳の上位互換みたいなものだし、セレーネと私はどちらもエルフィン人の技術がベースだから、思考回路が似ているってことなのよね』
この問題点に、以前から気付いていたレア。
それ所以に、今後どうすれば最善なのか、珍しくレアは決断に迷いが生じていた。
「イヴェラの戦闘力は流石ね。 初めてなのに、かすり傷だけで七星士をぶった斬って」
「それに比べて、キランはギリギリ及第点止まりかな。 結構大きな怪我をしているし」
シィーアの治療でほぼ完治したが、重傷一歩手前の状態であったのだ。
「ナノ細胞による肉体全体の強化があるから、問題なく動けていたけど、それが無かったら瀕死の重傷よ。 もう少し体を労った戦い方をしないと」
レアの苦言は続く。
「敵の使っていた武器が強力だったのもあるけど......核融合レーザービーム砲を携帯型にまで小型化しているとは思わなかったわ。 あんなものをセレーネの無人軍隊全てが使っていたら、かなり不味いわね」
レアの悩みは深い。
戦闘記録をチェックしながら、
『キランの防護対策を考え直さねば』
と感じたのだった。
戦闘中のナノ兵器の可変範囲が大きいので、専用防護スーツの使用は見送っていたからだ。
「一番はシールドの差だよ。 アトラス人の使っているものは全方位防御だけど、僕のシールドは一方面だけで、防御した際のエネルギー流で発生する猛烈な暴風の巻き込みを防ぐのは難しいから」
「まあ、そうだけど......」
『キランは、ローシュ少将の防護も行っていたのであるから、ちょっとかわいそうな指摘だな』
と、一連のやり取りを黙って聞いていたイヴェラが同情するぐらいであった。
どうもレアの評価は、身内に対して、より厳しい様だ。
「それでレアさん。 七星士は9年前と比べて更に強化されているでしょうか?」
戦闘記録から判断を求める。
「特に変わっていないようね。 やはりセレーネはクローンをあまり信用していないのでしょう」
「忌み嫌うノイエ国人の、実績ある指揮官戦闘員がベースの超強化クローン。 自我があるから強化し過ぎてから叛乱を起こされると、極めて厄介な存在になるということですね」
ローシュ少将も今回戦った感触からレアと同意見で、セレーネは超強化クローンを必要以上に強化していないと結論付けていた。
「ひとまず、惑星アフロディアに一旦立ち寄りましょう。 待ち伏せされていたのだから、次の行先を再検討しなければならないし、少し時間が欲しいかな」
レアはそう言うと、部隊を惑星アフロディアの衛星軌道上に向けることにした。
「私も惑星に降りるよ」
到着するとレアがそう言ったので、戦闘強化されていないドヴェルグ人のヅーヅルと技術者2名、テラ人のルー大佐とアーゼル姓の4人の少佐がアプロディテ号での居残りとなり、他の者達はレアと一緒に巡航艦に移乗して降下することとなった。
破壊された宇宙港に着陸した巡航艦のヴェイオⅠ。
レアは歩いて、かつての宇宙港ターミナルに入ってゆく。
「レア、ちょっと待ってよ」
キランが慌てて追い掛ける程、スタスタ歩くレア。
リウの記憶が何らかの行動へと、かき立てているようであった。
半壊した広大なターミナル内には、セレーネの軍が去ったあと、生き残った市民達の生活していた形跡が残っていた。
ただ風化の状況から、それも数年前までという感じであり、寝袋や生活用具一式等が激しく散乱していることから、何らかの襲撃が有って、ここで生活していた市民達は連れ去られたか、殺されてしまったようであった。
その時のものと思われるいくつもの死骸が、ターミナル内のあちらこちらに転がっている。
レアはそれらの様子を悲しげな表情で見渡しながら、宇宙港ターミナルで壊れずに残っている低層の展望タワーへと向かう。
階段を昇り、展望タワーの屋上に出たレア。
それに付いてゆく一行。
そしてレアは、屋上から惑星アフロディアの地表を一望する。
何らかの感慨を持って。
約215年前。
「リュウお嬢様どうですか? いいところでしょ。 僕はこの惑星が大好きでね」
対帝國の新型艦艇計画が動き出した後、リョウ・シヴァ丞相は、国営新造艦所を建設予定だという惑星アフロディアに、リウ(当時はリュウ)・アーゼルを招待していたのだ。
「ここには、人々の希望と未来、そして開拓精神、フロンティアスピリットがみなぎっているんでね。 その活気を本当に愛しているんですよ」
既に四十代半ばのオッサンである丞相であったが、子供の様に目を爛々と輝かせて、案内を続ける。
次々と着陸し、そして飛び立ってゆく客船や貨物船。
大型から小型のものまで、多くの宇宙艦艇がひっきりなしに離着陸を続け、上空には軍の警備艦艇も定期的に周回している。
「本当に活気が有る惑星ですね。 各首都星系以上の離着陸数なのでしょうか?」
リウは丞相に質問してみると、
「その通りです。 人々の熱気が伝わってきますよね? もちろん惑星開拓には、一攫千金の欲望も伴っていますが、そうした雰囲気を含めて僕は好きなんです」
「ところで新型艦艇専用の造艦所は、どの辺りに建設予定なのですか?」
リウの質問に対して、高層の展望デッキから丞相は指を差しながら説明を始める。
「造艦所は、このターミナルの隣接区域の空地に建設します。 遠くに見えるあの超々高層ビル群はオフィス区域。 1000棟以上のビルが建つ計画です。 その隣接地は居住区域。 億単位の人々が居住出来る様に開発計画を進めているのです」
いつも以上に声が弾むシヴァ丞相。
その声を聞きながら、嬉しそうな姿を見てリウは、
「丞相閣下。 失礼ながら、この惑星の開発状況を説明されている御様子は、まるで少年のようですね」
力の入った説明に対する感想を、微笑みを浮かべながら答える。
「いやあ、ついつい熱くなってしまって。 失礼致しました」
「いえいえ。 そのご様子だと、きっと丞相閣下は、引退されたらこの惑星で余生を過ごされるのかなと思いまして」
「バレちゃいましたか。 そのつもりですが、果たして実現出来るかどうかはわからないですがね」
そう答えながら笑顔を見せたリョウ・シヴァ。
この時の表情をリウは生涯忘れなかったのであった。
同じ場所からの景色をレアの目を通して眺めながら、あの時のことを思い出すリウ。
惑星アフロディアに降り立った時から、リウはレアの中で自発的に起きていたのだ。
そして、
「リョウ、ごめんなさい。 貴方が愛したこの惑星をこんな姿にさせてしまって......」
思わずリウは声を出して謝罪し、リウの代わりに涙を流し始めるレア。
その様子に、周囲の者達がオロオロ。
「レア、どうしたの?」
いち早く涙に気付いたシィーアが、レアの涙を拭ってあげていた。
「私の中のリウが泣いているの。 『みんな、ごめんね』と言って......」
レアの瞳は真っ直ぐ惑星の風景を見つめ続けている。
廃墟と化し、その殺伐とした景色を。
その言葉に、
『リウが、鬼籍に入っている盟友達に謝罪しているのだ。 惑星が廃墟となってしまったことに対して......』
その場に居る全員が、その気持ちを感じとったのであった。
やがてレアは屋上を出て、巡航艦に戻る。
「もう1箇所、訪問しておきたい場所があるのだけど」
と同行者達に、立ち寄りのお願いを申し出る。
そこは、惑星アフロディアの山岳地帯。
標高2000メートル程度の場所にある小さな湖の静かな湖畔。
流石にこの場所は、セレーネ軍侵攻の被害を受けていない。
しかし、民家も全く無い場所であった。
巡航艦を湖に着水させると、小型反重力車両に乗り換えて、湖畔沿いの小さな丘に向かってレアは湖水上を進む。
丘の手前で上陸して車両を止め降りると、小さな廃屋跡を通り抜けて、丘を登り始める。
20メートルぐらいの高さであろうか。
少し広く平たい頂上部は、雑草がレアの背の高さを超えて、生い茂っている。
「キラン。 雑草を刈ってくれないかな?」
レアのお願いに、キランは右手を光子ビームサーベルに変化させ、黙って雑草を刈り始める。
それを見て、イヴェラも両手をビームサーベルに変化させて手伝う。
高さ2メートル前後の雑草が取り除かれるにつれて、湖寄りの場所に石碑が建っている状況を確認出来る様になった。
「レア。 この石碑は?」
キランが質問すると、レアは、
「貴方のご先祖樣の墓碑よ」
と答えた。
それから、この石碑についての思い出話を始めるのであった......
180年程前。
「レア。 わざわざ来てくれてありがとう」
エミーナが嬉しそうに挨拶をする。
「エミーナこそ大丈夫なの。 体調に変化ない?」
50歳を超えて、不老装置の寿命切れが近付いているので、招待を受けて開拓先の惑星から惑星アフロディアにやって来たレアとレイ、それとレイザール。
更には、レイザールの妻となったエミーナの娘2人に孫4人も。
「随分家族が大勢になったわね、私も」
エミーナは孫4人に囲まれて、少し感慨深そうに語ったが、祖母にはとても見えない永遠の20歳の容貌のままであった。
レイザールに嫁いだ2人の娘よりも若く見える。
「しかし、思い切ってかなりの奥地に引っ込んだわね」
レアは、風光明媚な湖畔に建つ小さな家と湖水上に停泊しているアプロディテ号を見渡しながら、感想を述べる。
「綺麗でしょ? 主人がお気に入りの場所なの。 この惑星もこの湖も」
エミーナの寿命がいつ尽きるともわからないので、政界を完全引退して、隠遁生活に入っていたシヴァ丞相夫妻。
そして、遥か遠方の地で惑星開拓に従事しているレアやレイザール達と最期の別れをする為、この隠遁の地へと招請したのだ。
その時は長期滞在をしたのだが、とある日。
エミーナはレアを小さな自宅の裏にある小高い丘へと案内する。
「この場所は?」
小さな湖を一望できる丘の上には、石碑が建てられていた。
「これは、私と主人のお墓よ。 生きているうちに、この場所を目に焼き付けておきたくて、早目に建てて貰ったの」
既に覚悟を決めているエミーナ。
不老装置の寿命切れは、必ず突然死になってしまう。
予兆や前駆症状も無い為、その時を予測は出来ない。
だから、別れは突然。
悲しみが深くなりやすいパターンである。
「この場所を教えておきたかったのは、私が亡くなっても、時々この地を訪れて欲しいっていうこと。 50年に1回でも構わないからね。 私の最後の願いはそれだけよ、リウ」
レアの方を振り返りながら、あえてリウと言いつつ、可愛い笑顔を見せたエミーナ。
35年以上前にリウと出会った頃と、殆ど変わりがない表情。
石碑とその先に広がる風光明媚な景色と相まって、その容貌は、間もなく死を迎えると雖も何の迷いが無さそうな、美しいものであった。
「エミーナ......」
言葉が続かなくなったレア。
別れの悲しみを抑えることが出来なくなり、涙が止まらなくなってしまうのだった......
それから約1年後。
エミーナが亡くなって暫く経つと、レアはシヴァ元丞相の陰遁の地を再び訪れていた。
用件は、
『維持費が掛かるので、アプロディテ号を返還したいのだが』
という相談があったのだ。
小高い丘の上の石碑内に埋葬されたエミーナの墓参を終えてから、レアはシヴァ元丞相の湖畔の自宅を訪れる。
長女夫妻や孫3人に囲まれた静かな生活を送っていたリョウ・シヴァ。
「レアさんの中に居るリウ殿はお元気かい?」
「もちろんです。 殆ど眠っていますけどね」
「アプロディテ号だけど、お返ししたいと思って。 リウさんはOKしてくれるかな?」
「少し待って下さいね」
レアはそう言うと、リウを起こして確認する。
「『わかりました。 丞相のご随意に従います』と言ってますよ」
その答えを聞いた丞相は、「もう丞相ではないよ」と言いながら、ニコっと笑顔を見せた。
「私も80歳近いし、完全引退しているから、こんなに立派な艦艇はもう必要ないものな。 惑星開拓にでも使って貰った方が、アプロディテ号も喜ぶだろうから」
理由を答えると、石碑の丘へとレアと一緒に登る。
夕日が迫る美しい風景の中、リョウ・シヴァは、
「レアさん。 そしてレアさんの中のリウ殿。 今日はエミーナの為に立派な花束を持参し供えて頂き、本当にありがとうございます。 亡きエミーナに代わり、御礼申し上げます」
墓参のお礼を述べて、深々と頭を下げた。
「そして、僕もいずれこの石碑の中に納められる日が来るでしょう。 その時は、いつかまた是非この場所を訪れて頂き、石碑に話し掛けてでもくれれば幸いです。 今まで本当にありがとう。 どうか永遠に近いレアさんの日々に幸が多いことを願っております。 末永くお達者で」
これが最後の機会になるだろうと、あえてこの時別れの言葉をレアに告げたリョウ・シヴァなのであった......
長い思い出話を終えたレア。
少し涙を滲ませながら、石碑にかかわるシヴァ丞相夫妻との最後の会話を、全てを記憶しているレアの特性から、一語一句正確に話し終える。
それを聞いた全員が改めて、西上国の過去の英雄であったリョウ・シヴァ、エミーナ夫妻の石碑への墓参を行う。
ある者は、石碑を掃き清めながら、またある者は、石碑に向かって長く祈りを捧げながら......
かつての英雄の晩年が、静かで平穏な日々であったことを知り、ほっとすると共に、その成果が失われた現在の厳しい情勢に対する、それぞれの想いを込めてのものでもあった......
この時、レアの口から、
「レア、そして皆さん。 本当にありがとうございます。 リョウもエミーナもきっと喜んでいると思います」
という言葉が発せられる。
その言葉の違和感に気付いたイヴェラ。
「レア。 もしかして、今の言葉って......」
「イヴェ、その通り。 一瞬だけ私の中のリウがみんなに話し掛けたの」
レアはそう答えると、笑顔を見せた。
「そういうことですから、もう少しこの場所を綺麗にしましょう。 私の口を使ってリウが直接謝意を述べるなんて、初めてのことよ」
小一時間程掛けて、整備してから一行は石碑を離れる。
レアは、
「みんな、ありがとう。 そして、またよろしく」
と感謝の言葉を述べる。
よろしくとは、機会があったら個別に再訪して欲しいという意味を込めてのものであった。
レアの思い出を聞いてから、小高い丘の横にある廃屋跡についてキランが、
「この場所が、シヴァ丞相夫妻が最後に住んでいた家の跡?」
と尋ねる。
「その通りよ。 丞相が亡くなってから、遺族はこの地を離れたの。 生活するにはかなり不便だからね。 以後しばらくは家屋も残っていたのだけど、悪戯とか有ってはイケナイってことで取り壊すことになって。 だから、ずっとこんな感じのまま」
レアは記憶を辿りながら答えると、廃屋跡で少し立ち止まってみる。
門と塀の一部、それに小さな小屋だけが残っている。
小屋には、石碑を掃除する為の道具が収めてあった。
「レアは、何回目? ここに来るの」
イヴェラの質問に、
「10回目かな? 辺境開拓の拠点だったから、時々必要なものを揃える為に、訪問していたからね。 結構来ているでしょ」
惑星ネイト・アミューにある『リウの丘』でさえ、200年間で2回しか訪問していないことに比べると、それなりの訪問数である。
「ここは、一般人で訪れる人は殆どいないのよ。 丞相の子孫達が時々整備しに来ているから、いつ来てもそれなりに綺麗にされていたけど......国が崩壊しちゃったからね。 こんなに雑草が生い茂っていたのは、今回が初めてかな?」
レアは暗にキランに対して、
『今後は、一族で話をして、時々来てあげなさいよ』
という意味合いを込めていたのであった。
巡航艦に戻ると、直ぐに衛星軌道上に戻って他の艦と合流後、今後の方針を決める為に、一旦アフロディア星系を離れることにした。
七星士の4人を失ったことを知ったセレーネが、レア討伐軍を派遣する可能性が有るからだ。
通常航路では無く、開拓団が利用していた航路を航行しながら、かつてレアとレイカーが開拓した小星系へと針路を向けたレア一行。
今後の方針を話し合う席で、
「セレーネは、何故艦隊を常駐させて居ないのですか? 西上国を滅ぼしたのだから、旧首都星系のアイテールに艦隊を置いても不思議ではないと思うのですが」
シィーアは自身の考えを交えて、レアに質問をする。
「セレーネには、旧ノイエ国と旧帝國の領域以外、興味が無いのよ。 『ノイエ第一主義』を掲げたマック・ジョーカーは自己肯定の強過ぎるイカれて無能な独裁大統領だったけど、高齢だったことも有って、他国を支配しようという考えは無かったの」
「その為、セレーネの基本プログラムは、ノイエ国第一主義の考えに基づいて作られていて、国内統治限定。 その後、セレーネが作った帝國のゼウス計画も、セレーネの基本プログラムが反映された帝國第一主義の自国統治限定。 その影響だと思う」
似た者同士の生体頭脳レアとスーパー人工頭脳セレーネ。
お互いの考えが読めてしまうというのは、悪い点もあるが、良い点もあるのだ。
「勢力圏争いでは、艦隊決戦に及ぶのが普通だと思うのだけど、どうしてセレーネはそれをして来ないのかな?」
シィーアは、更なる疑問点をレアにぶつけてみる。
「最初はセレーネも、宇宙艦隊を重要視していたわ。 彼女の全ての判断は、テラ人を中心に数千年分の歴史を学んだ知識で得たものを基にしているからね。 西上国を滅ぼしたのは大艦隊の力だし、アルテミス王国を追い詰めているのも無人艦隊だよね?」
その答えにシィーアは頷く。
「でも、転機はカイルス星系への遠征失敗かな? あの時セレーネは保有する15000隻程度の艦隊のうち、5000隻を一度に失ったことで、艦隊戦はリスクが大きいと考え始めたのだと思う。 特にリアルタイムに制御出来ない遠隔地においてはね」
「なるほど」
「それに、艦隊の整備費用って莫大だよね?」
「そうですね」
「今は貨幣の価値が殆ど無くなった時代だけど、5000隻の艦隊整備って新造艦ならば、昔の価値で言うと100兆ノイエドルぐらい掛かる」
レアの答えを聞きながら、シィーアも自身の考えを更に話してみる。
「確かに莫大な費用ですよね。 しかもテラ人を淘汰したことで経済活動が無くなり、その費用を賄えなくなったってことですか?」
「税収が無くなったことはそれほど重要では無いわ。 その代わりに無人社会は対価を求めないから、費用が無くてもセレーネが恒星を利用してエネルギーを作り出しさえすれば、ロボットや機械を制御して動かし、物資を調達して、艦隊の整備も運営も出来るのよ」
「そっか〜。 貨幣が無く人が居なくても、テラ暦で42世紀の技術的に進んだ社会基盤があるならば、自動化で経済は十分動かせるってことですね」
イヴェラもシィーアも、レアの話からセレーネの無人化社会が問題なく回っている理由を改めて理解したのだった。
「艦隊戦に固執しなくなった理由は、初めての完敗により、大きな損失を味わったことが、効率重視の人工頭脳としては許せなかったのだろうね。 そこで彼女は改めて全てを計算し直した」
レアは自身の考えを詳細に述べ始める。
「人工頭脳も生体頭脳もそうだけど、基本は前例踏襲主義なんだよね。 それを状況を加味して見直した結果、セレーネの支配が大きく進んだ新しい銀河系において、艦隊戦は非効率と判断」
「レアも、現在の状況だとそう考えるの?」
キランはレアのその答えに対して、少し質問をしてみる。
「うん、そうだよ。 陣取り合戦ならば、艦隊は必要。 敵地を占領して自分達の勢力に組み込んで、更に勢力を大きくしようとするのであれば......」
「でも、セレーネはノイエ国と帝國の人民を自滅させて淘汰したことで、大半の星系を無価値にしてしまい、艦隊を使って占拠する必要性を失わせてしまった」
「しかも他国には興味が無い。 セレーネへの人類側の反撃に対処した結果、西上国を滅ぼしたことで、あとはアルテミス王国に対応する艦隊と自身のシステムを守る為の艦隊だけを維持すれば十分だと考えを改めたのよ」
レアの答えを聞いて、シィーアが結論を纏める。
「セレーネが進めたノイエ国民と帝國国民の淘汰と、大決戦で勝利して西上国を滅ぼし、アルテミス王国の国力を半減させたという結果が、艦隊戦の必要性を失わせたってことね」
「そのとおり。 無人の世界が広がったことで、艦隊戦の価値を大きく下げたってこと」
「だから、少数精鋭の工作員達が、相手の中枢に潜入して、お互いを倒し合う時代に変化したってことなのかな? 私達が今の様な特別作戦に従事するという......」
「私の考えは、そういうことね。 それに私達には大艦隊を揃える力が無いし」
艦隊戦から特殊部隊戦へ、戦いの土俵を変える意味で、5000隻の無血奪取は非常に大きかった。
更に、ディアナ星系を中心に人工頭脳ミレがレアのコントロールを受けながら、セレーネの無人艦隊の攻勢を防ぎ切った影響も多大であったのだ。
無人部隊と有人部隊の長所を使い分け、遠隔地ではリアルタイムに制御出来ないというセレーネに欠点も突いて、無人艦隊のコントロールをかなり奪いとったのだ。
大決戦での勝利と西上国を滅ぼした勢いで侵攻し、灰色の宰相ハルトが油断していたということも有利に働いた。
無人艦隊との最終決戦で、引き分けに持ち込むことに成功。
セレーネ側から見れば、この2つの敗北以後、艦隊戦の重要性は大きく低下する形となっていたのだ。
「ありがとうレア。 ようやく、僕達の存在の必要性と重要性が理解出来たよ。 何故、今回大戦力を率いないのか、ずっと疑問を持っていたから」
キランはモヤモヤが晴れた様で、スッキリした表情を見せていた。
「本当に理解出来たの?キラン。 もう出征に出て半年よ。 今頃そんなこと言っているようじゃ、もう少し勉強が必要だと、私は思うけどね」
イヴェラは、相変わらずキーランに手厳しい。
同乗しているテラ人に対しては、普通に接していることから、イヴェラのテラ人嫌いは、キランの方へ集中的に出ているのだ。
シヴァ丞相に関する歴史書を読みながら、やり取りに対して聞き耳を立てていたシィーア。
『あらら。 七星士との戦いが有ったけど、イヴェラの気持ちはキランの方へ微塵も傾いていないようね』
2人に対しての複雑な感情を持っているシィーアであるが、キランの心がイヴェラに向いていることは重々わかっている。
既に自身の気持ちを伝えてあるが、それに対する大きな進展は見られていないからだ。
また、非常に仲の良い兄弟の様に育てられたことから、キランを応援する気持ちも持っているところが、余計にシィーアの感情を複雑にしていた。
「ハハハ。 イヴェの言う通りかもね」
キランは頭を掻いて、少し恥ずかしそうな表情を見せる。
「それと、石碑のところでレアに直接言われたこと、理解している?」
イヴェラのその確認に、キョトンとした表情のキラン。
「やっぱり〜。 呆れた。 今回の戦いが無事終わったら、定期的に墓参しなさいよという意味だったのよ」
「えっ?」
「キランの立派なご先祖樣でしょ? 今は仕方ないけど、セレーネを倒したら、沢山居る一族と話し合って、シヴァ丞相夫妻をもう少し敬いなさいよね。 キランのご先祖と言っても、帝國皇帝の一族の方はどうでも良いけどね」
「そういう意味だったのか〜。 レアごめんね。 そして、イヴェラありがとう」
こういう素直な感謝を言えるところが、キランの良いところなのだ。
シィーアは一連の会話を聞きながら、また少しキランに惹かれてしまうのであった......




