第11話(艦隊演習)
リウ・プロクター中佐は異動後、初めての艦隊訓練に参加した。
帝國軍との戦いが近づいてきたことを実感するのだったが......
リウ・プロクター中佐が第四艦隊の副司令官付作戦参謀になって2週間後、新体制となった第四艦隊の大規模な演習が始まった。
艦橋最上部にある指揮デスクの中央部に座った副司令官ハーパーズ少将は、左右に立つルー中佐とプロクター中佐に向かって、
「新体制に伴う、艦隊運動の習熟度アップが今回の演習の目的だから、主任参謀と作戦参謀の出番は無いだろう。 気楽に特等席で見学していろよ」
と冗談っぽく言うのだった。
そして、
「そうだ、2人共いずれ大佐になるんだから、アリエス大佐の艦長っぷりを見ていた方がイイかもな」
と言い出して、一段下にある艦長の指揮デスクの方をチラッと見た。
演習が始まり、第四艦隊の艦隊運動は、特に問題なく司令官の指揮通り動いているように見える。
戦艦トパーズも艦長アリエス大佐の指揮のもと、前後左右に指示通り移動し、主砲斉射やミサイル発射等の命令に対しても、特にタイムラグ無く実施出来ている。
そうした状況をつぶさに見ていた少将は、
「動きだけ見ると、まあまあだな」
と感想を述べてから暫く経つと、
「副司令官麾下の艦隊に告げる。 全艦全速前進」
と突如命令を下した。
リウが復唱し、
「少将麾下艦隊、全艦全速前進」
と、麾下の部隊に再度副司令官の指示を伝える。
すると、一部の艦が命令への反応が遅れ、艦列が乱れてしまったのだ。
それを見たハーパーズ少将は、
「急な命令には、まだまだ動きが鈍い。 我軍は訓練経験は豊富だが、実戦経験がほぼゼロだからなあ〜」
とぼやき、
『これで本当に帝國軍と戦えるのか?』
内心では渋い顔をしていたのだった。
実際には、西上国のシヴァ丞相からの応援要請で、帝國軍の侵攻に対する防衛出動した経験を持っているノイエ国軍人は多いのだが、戦場に到着すると、一戦も交えることなく帝國軍が撤退してしまう場合が多いので、戦闘経験はほぼ皆無なのだ。
しかも、帝國軍が最後に大規模攻勢を掛けてきたのは9年前。
その時は、戦場に遅刻して物笑いになったのがノイエ軍艦隊だから、近年に限って言えば、経験ゼロと言っても過言ではない......
丸1日半かけた大規模演習は大過なく終了し、少将はルー中佐とプロクター中佐を指揮デスクの椅子に座らせて、反省会を始めた。
「今回の訓練を見てどう思った?」
と質問してきたので、先ずルー中佐が、
「決まりきった訓練内容であれば、きっちり出来ていますが、緊急時の対応能力の欠如が顕著だと感じました」
と答えた。
一方、リウは黙ったままだったので、少将が、
「プロクター中佐は何か違う感想がありそうだな。 私と、中佐が親しいジョンしか居ないのだから、忌憚なく意見を言って貰って構わないぞ」
と促してきたのだ。
それに対してリウは、
「それでは、遠慮なく喋舌らせて頂きます。 確かに急な命令に反応が遅れた艦が多くあり、艦列が乱れましたが、おそらく帝國軍との実戦であったならば、所謂火事場の馬鹿力と言いましょうか、命令を速やかに遂行しないと生死の境を彷徨ってしまうという必死さから、あのように乱れることは無いと予測します」
と述べたのだった。
そして、
「問題は、艦隊運動の方ではなく、指揮官の能力なのだと考えます。 少将の命令で半数の艦隊は全速前進しましたが、中将指揮下の艦は、何の命令も出ず、ただ傍観して笑っているだけでした」
更に一呼吸置いて、
「数ヶ月もしないうちに、アルテミス王国方面への全軍出動命令が出るでしょう。 帝國軍は間もなくアルテミス王国との国境に殺到してくるのです。 否応なしに......」
そう語るリウの表情は、非常に厳しいものがあった。
「やがて、史上最大の艦隊戦が始まります。 しかも帝國軍の方が数も優勢、実戦経験もある......」
「西上国にはシヴァ丞相が居ます。 アルテミス王国ではルーナ中将が頑張ってくれるでしょう」
「でも、我軍には中将以上の指揮官で頼りになる彼等のような存在が果たして居るのでしょうか? 今回の演習で、改めてその点に危惧を感じました......」
と、ノイエ国軍最大の問題点を指摘したのであった。
その手厳しい内容に、ハーパーズ少将も渋い顔をしながら、
「中将以上の実戦指揮官で、有能な者が居るかどうかは、実際に帝國軍と戦ってみないとわからないだろうね。 個人的には『居てくれ〜』っていう感じかな?」
と、冗談っぽく話しをしたが、
『心当たりが無い』
と暗に言っているも同然だった。
「まあ、今回の人事異動で無理にお願いして、副司令官に参謀を付けさせて貰ったのは、プロクター中佐が言うような危機感が俺にも有るからだ」
少将は端正な顔の眉間にシワを寄せながら、話を続ける。
「帝國軍は、旗艦狙い撃ちが好きだろ? もし今後の実戦で、真っ先に旗艦が沈んで、ホール中将以下の司令部が全滅したら、第四艦隊は副司令官と分艦隊司令官のみとなってしまう。 参謀が一人も居ないのでは、継戦はより厳しくなる。 戦場で少し余裕を持つためには、一人の目ではなく、複数の目で戦局を見ていたいからな」
と本音を漏らしたのだ。
最後に笑いながら、
「お二人さん、今の話はオフレコだぞ〜。 漏らしたら最前線に飛ばすからな」
と締めて、反省会は終了したのだった。
艦を降りて司令部の建物に戻り、副司令官室に入ると、ある一枚の写真を見ながらハーパーズ少将は、3年前の人事交流会のことを思い出していた。
アルテミス王国軍とノイエ国軍は、両国の首都星同士が、比較的近距離にある為、人事交流が盛んに行われている。
ハーパーズ少将も数年前、当時も少将であったが、数週間アルテミス王国に出張し、共同訓練や戦略戦術研究会に参加していた。
その時の人事交流会最終日、打ち上げのパーティーの座席で隣の席に座ったのが、リク・ルーナ少将だったのだ。
お互い、艦隊指揮官の少将同士だったので、同じ様な課題や苦悩を抱えており、話は大いに盛り上がった。
死ぬ前の大帝が率いた帝國軍との最後の戦いに、援軍で赴いた点も一緒だったことから、ハーパーズ少将は
「あの時は、戦場に遅刻してしまい、大恥をかいてしまいましたよね?」
と尋ねると、ルーナ少将は、
「あの時自分は、とある人物の入れ知恵で、我軍の宇宙艦隊司令長官の不興をワザと買って、先に戦場に行かせて貰ったんですよ。 だから恥をかかずに済みました」
と答えたので、驚いたのだった。
「私が、アルテミス王国軍である程度評価されている要因になっている『対帝國戦防衛計画書』というのがあるんですが、実は入れ知恵してくれたのと同じ者に託されたものでして......」
そんな説明をルーナ少将は続けると、更に、
「その人物は今、貴軍のエリート軍人になっているのですよ。 名前はリウ・プロクター。 まだ貴国の士官学校を出てから何年も経っていないので、階級はそれ程高くないと思いますが......」
と紹介したのだった。
印象に残る話だったので、ハーパーズ少将はその名前を覚えておくことにしたのだ。
帰国してから、その名前のことは記憶の片隅に追いやってしまっていたのだが、昨年第四艦隊司令部に主任参謀として異動してきたルー中佐に、
「有能な若手が居たら教えて欲しい。 参謀として迎えるから」
と質問したところ、
「小官の後輩に、現在参謀本部の平参謀をしているリウ・プロクター少佐という人が居るんですが、彼は極めて有能です。 周囲の評価は低いものの、自分は彼を非常に高く評価しています」
と答えたのだった。
そこで、理由を尋ねると、
「彼は少尉のとき、軍中央にある計画書を提出しました。 その計画書には、アーゼル財閥総帥ラーナベルト・アーゼルの署名も入っており、軍の若手と大財閥が、将来の帝國軍の軍事行動を憂い、我が軍の軍備増強と効果的な防衛計画を具体的に記載した提言書でした」
「しかし、軍首脳は怪文書と一笑に付して、結局黙殺しました。 大財閥総帥の意見でもあったのですけどね」
ルー中佐がそんな説明をしたので、少将は、
「なるほど。 先見の明がある人物だと、中佐は評価している訳だね」
「そうです。 アルテミス王国軍やシヴァ艦隊が対帝國戦に備えて、共同で効果的な軍備増強を進めている裏には、プロクター少佐が絡んでいるそうですよ。 これはオフレコの話ですが」
その話を聞いて、ハーパーズ少将は驚いたが、過去のルーナ少将の言葉も思い出して、今回人事異動で呼び寄せたというのが、リウが第四艦隊副司令官付参謀になった裏事情だったのだ。
戦争が近づいているのは、少将にも痛いほど分かっていた。
『二世皇帝は、大帝に劣らぬという評価を得たいから、人類統一の夢を実現したがっている。
だから、攻めてくるのだ。
それに対し、少しでも負けない可能性を高めたいから、有能な参謀で固めておきたい。
第四艦隊のホール中将は凡庸で、戦さでは期待出来ないから』
というのが少将の本心であった......
その頃、帝國では正式に決定された大遠征計画が一気に具現化し始めていた。
人類史上、最大規模の作戦であり、決定したから言って直ぐに実施出来るものではない。
物資も人員も、未曾有のレベルのものを投入するのであるのだから。
実は元々、皇帝の極秘の勅命で2年以上前から準備が始まっており、御前会議はあくまで最終決定をしたという形式だけのものであった。
太陽系帝國は、皇帝が全てを決定する専制国家。
しかも二世皇帝自身が大遠征計画を推進してきたのであるから、その御心や最終決定の内容は、当初から明らかであったのだ。
「元帥閣下。 これ以上反対せずによろしいのですか?」
オズワルト大将がウォルフィー元帥に、大遠征計画が本決まりになったことを憂う発言をしていた。
「オズワルト、滅多なことを言うものではない。 誰が聞き耳を立てて、いつ讒言があるかわからない。 何処に罠が仕掛けられているのか分からないということが、専制国家の最も怖いところじゃからの」
そう言うと、元帥は苦笑いをしてみせた。
「それは心得ておりますが......」
「御前会議は、形式的なものに過ぎないのじゃ。 計画は陛下自ら極秘に推進していたのじゃから。 2年以上前からの〜」
「そんなに前から......」
大将は絶句する。
贔屓目に見ても、今回の大遠征は帝國の作戦能力を遥かに超えてしまっている。
先帝時代から、幾度と問題になっている軍の組織改変や意識改革も遅々として進んでいない。
この様な情勢で専制支配を嫌う共和制の国々に攻め込んでも、必死の反撃を受けることになるであろう。
『火事場のバカ力』とか『背水の陣』といった状況になって、予想外の反撃を喰らい、惨めな結果に終わった歴史に事例は枚挙にいとまがない。
だから、慎重になるべきなのだ。
「元帥閣下。 大帝陛下はこの様な事態になることを予測しておられたのですか?」
帝國の開祖ツォー・フォン・アークは稀代の英雄であった。
銀河連邦のイチエリート士官に過ぎなかった男が、選民意識の強い地球を中心とする、テラ人優遇の王国を建国し、その後、百戦以上の戦いの大半に勝ち続けて、一代で人類社会の過半を占める大帝国を作り上げたのだから。
「予見しておったよ。 当時の皇太子、現在の皇帝陛下であらせられるが、『我が息子ながら、なかなか出来が良い。 優秀な男だからこそ、父を超えたいと思うであろう』と言ってな」
元帥は少し懐かしそうな表情を浮かべながら、先帝の言葉を思い出しつつ語り続ける。
「ある日儂に、こう質問されたよ。 『皇太子は父を超える為に、何を為そうと思うだろうか。 わかるか?』ってな」
「そこで儂は、『大きな戦いを興すということでしょうか?』と答えると、『その通り。 皇太子は政治家としては優秀だが、将軍としての才能は凡庸だと皆が噂しておる。 その評価を覆したいと常に考えているからな』と答えられたよ」
その逸話を聞き、二世皇帝による今回の大遠征は、行われるべくして実施される『歴史の必然なのだ』とオズワルト大将は感じたのであった。
「そこで儂は大帝陛下に改めて尋ねたさ。 『大きな戦いの場合、止めなくてよろしいのですか? 勝算は低いと愚考しますが』とな」
「すると、『歴史の流れは止められないよ。 私は急速に勃興した国の当主として、幾つもの大きな課題を放置し、早く強大な帝國にすることを優先してきた。 だから未だに大きな課題を抱えたままだ』」
「『元帥も、よくわかっておるだろうが、残虐行為を止められない軍全体の意識改革。 強大で面従腹背の、半ば独立国である地方軍閥の存在。 次代を担う人材育成等々』」
「『これらの課題を克服してから、人類統一を図るのならば、おそらく成功するであろうよ。 ただこれらの課題を放置したまま、いきなり遠征してもな......』」
「『ただ一人の人間が1000億もの人々を統べるのは、非常に難しいし、極めて重責だ。 それが2000億人を目指すというのであるから......ここまで話せば、自ずと結果は見えているであろう?』と笑いながらおっしゃっておられたよ」
「ハッキリとは言わなかったが、先帝は勝敗の帰趨まで見越していたに違いない」
と述べたのであった。
流石に慧眼な眼。
やはり歴史に名を残す英雄である。
「我等はシヴァ丞相の軍と対峙するのが、今回の役目となるじゃろう。 奴は大帝陛下には劣るとはいえ、当代の英傑の一人。 大遠征に対して、どの様な事前準備をしていたのか、その状況次第で帝國軍の勝敗は決まる......」
元帥はオズワルト大将に答えると、準備を急ぐ様に指示を出す。
戦う以上、全力を尽くさねば生きて帰っては来られない。
特に、
『戦力を払底するまで出し尽くして行う、一大大戦の怖さは、万が一の敗北の事態に陥った時、対応する為の予備戦力が足りず、戦の敗北から国の滅亡へと繋がってしまう点にある』
と、大将はよく理解していたのであった。